おっさん、女に抱きつかれる
勝った。
ルイスは荒々しい呼吸を整えると、よろよろと立ち上がった。かつてない激戦の連続で、心臓がドクドクと波打っている。全身の筋肉が悲鳴をあげている。
ひとまずの勝利だが、ルイスは嬉しくもなんともなかった。そのまま顔を横に向け、大扉から現れた闖入者を見やる。
「てめえ……どういうつもりだ。アリシア」
アリシア・カーフェイは後頭部に手をやると、あははと笑い出した。
「……あの、サクヤという兵士さんに起こしてもらいまして。慌ててここまで来たんですよ。ルイスさんも爪が甘いですね。あんな優しい攻撃じゃ、すぐに起きちゃいま――」
「そういうことを聞いてんじゃねえ!」
ぎろりと、まだ年端もいかない新人冒険者を睨みつける。
「勝てもしねえ戦場にのこのこ現れやがって。俺がなんのためにひとりで戦ってたか、わからねェ訳じゃねえだろうがよ」
彼女には生きていてほしかった。
犠牲になるのは俺ひとりで充分だった。
なのに。
その狙いを踏みにじって、アリシアは無謀な行動に出た。
だから許せなかった。
「実力がねえなら、せめて的確な状況分析くらいしろよ。馬鹿かてめえは!」
ルイスの鬼気迫る表情に、アリシアはしかしまったく動じなかった。つかつかとルイスに歩み寄ると、あろうことか、いきなり抱きしめてくるではないか。
「なっ……!」
思わず目を見開いてしまう。
――戦場でなにをやってるんだこいつは!
慌てて魔獣たちを見やるが、なにもしてこない。新たな人物が現れたので、出方を伺っているのだと思われた。
「……状況がわかったから、ここまで来たんですよ」
「なんだと……?」
「ルイスさんは死のうとしてる。王都を守るために――いままで散々馬鹿にしてきた人たちを守るために――ひとりだけ犠牲になろうとしてるんです」
「…………」
そのときルイスは気づいた。
彼女の額が汗に滲んでいることに。息切れが激しいことに。
意識が戻って、それこそ全速力でここまでやってきたんだろう。
「どうしてですか。私のことは大事に守ってくれるのに、なんでご自身を守ろうとしないんですか……!」
――それは。
それは俺が能無しで、なんの芸もない中年オヤジだから。もう枯れちまった情けねえおっさんだから。
なんの役にも立てない俺だから、せめてこのときくらいは……
そうは言わなかったが、アリシアはすべてを察していたようだ。ゆっくりと抱擁を解くと、やや涙ぐんだ両目でルイスを見上げた。
「……私は、ルイスさんを守りにきたんです。生きて帰って、女に心配をかけさせた責任を取ってもらうんです」
「けっ……馬鹿野郎が……」
初めてのことだった。
誰かに助けてもらうなんて。誰かに心配されるなんて。
だからすこし目頭が熱くなってしまったが、ここは年上の威厳を保たねばと思い、なんとか真顔をキープする。
「……生きて帰る、か。できると思うのか、この状況で」
「わかりません。でも、必ずやり遂げてみせます」
「……はっ、勝手にしやがれ」
――アリシア・カーフェイ。
気づかぬ間にずいぶんと成長したものだ。いや――単に俺が止まっちまっただけか。
まあ、どっちでもいい。
アリシアが来た以上、投げやりな戦いはできない。この場をどうにか切り抜け、彼女の言うように、生きて帰らなくてはなるまい。
ルイスは再び表情を引き締めると、魔獣の群れに意識を集中した。