深まる謎に、Sランク冒険者、ため息をつく。
「え、なんですかこれ……!」
「おいおい、嘘だろ……!?」
アリシアとフラムも、依頼書を覗き込むなり目を見開いた。思考停止してしまったのか、二人とも口をパクパクさせている。
「……驚いたでしょう。私もです……」
受付嬢が俯きがちにそう言った。
「冒険者にあるまじき行為です。こんなことをしてしまったら、今後自分がどうなるかくらい……わかるはずなのに……」
ご最もである。
すでに《冒険者》という身元が割れていることからしておかしいのだ。普通、姿形くらい隠しておくものではないのか。
また、女性への暴行目的で立てこもりを起こし、逃走ルートの確保を要求しているなどと……間抜けすぎて、もうかける言葉が見当たらない。猿かこいつらは。先のことなど、ろくすっぽ考えもしないで動いているように見える。
「わかった。この依頼は俺たちに任せておけ」
「あ、ありがとうございます!」
大仰なまでに頭を下げる受付嬢。
ルイスは思わず苦笑いを浮かべた。随分と仕事熱心な子だ。他の嬢は面倒くさそうに頬杖をついているというのに。
ちなみに、他の受付嬢はみな、ふてくされたような表情でだらけている。オルスのようなイケメンがいないときは、彼女らは女であることを放棄しているらしい。
「あ、ちょっと待ってください」
ふいにアリシアが声をあげた。なにかを思いついたかのような顔だ。
「さっき、どんどん依頼が増えてるって言ってましたよね? それって、もしかしたら……」
「あ、はい……」
受付嬢は申し訳なさそうに両肩を寄せた。
「そうなんです。他の依頼も、錯乱した人が暴れているような内容でして……」
「な、そ、そうなのか!?」
再びぎょっとするルイス。
「はい……。あなたたちにお願いした依頼は、ギルド内部による不祥事ですから、どうしても優先順位が高くなります……」
まあ、それはわからなくもない。
一般人ならともかく、冒険者が犯罪を犯しているのであれば、当然のことながら相応の労力がかかる。
しかも五~七人もいるとなると、かなり厄介だろう。
他にも同様の事件が起きているのであれば、軍の手を煩わせるわけにもいくまい。
本当に、いったいなにが起きているというのか……
いまいち釈然としなかったが、こうしてたたらを踏んでいる間にも、現場ではさらなる被害が出ているかもしれない。深く考えるのは後回しにして、ルイスたちは一秒でも早くモンネ街に向かうのだった。
★
「いったい、ユーラスはどうなってしまっているんだ……」
モンネ街に向かう道すがら、フラムはぽつりとそう呟いた。
ちなみに、今回に限っては馬車を貸してもらうことができた。あの受付嬢が気を利かせてくれた形だ。他の冒険者たちが姿を見せない現在、それを咎める者もいない。
ガタガタ……と揺れる御者台のなかで、フラムはふうと大きなため息をつく。浮かない顔だ。
無理もない、とルイスは思う。
黒装束の集団。
神聖共和国党の謎。
ヴァイゼ大統領からの伝言。
冒険者らの失踪。
立て続けに、色々なことが起きすぎている。自分の国が厄介事に手を突っ込んでいるとなれば、それを憂うのも仕方があるまい。
――父上。
ふと、フラムがそう言っている気がした。
誰にも聞こえないくらいの、小さすぎる声量だった。
さすがのSランク冒険者様も、さすがに疲弊が溜まってしまっているようだ。自分の問題すら解決できていないのに、次々と謎が押し寄せてくるのだから本当に無理もない。
「大丈夫ですよ。フラムさん……」
そんな彼女に、アリシアが優しく声をかける。
「この問題を解決するために、私たちがいるんです。あまり一人で抱え込まないでください」
「え……」
まさか聞こえていたとは思いも寄らなかったのだろう、フラムが顔を上げる。
「そうだな。俺たちはもう仲間だ。できるだけ頼ってほしい」
「仲間……?」
「そう。クセェ言い回しだけどな」
ルイスがひとり壁をつくっていたとき、ある老年の剣士がルイスに歩み寄ってくれた。あの優しさがあったからこそ、ルイスは多少なりとも自分に自信を持つことができた。
彼への感謝は、いまでも胸に根強く残っている。
「ふふ。いいですね。あんなに暗かったルイスさんが、《仲間》と言い出すなんて……」
「お、おまえは黙っとれ……」
それを言うならアリシアも人のことは言えまい。ファイアすらまともに扱えなかったのはどこのどいつだ――とは言わないでおいた。
「まあ、そういうことだ。おまえはまだ若い。いまからでも、できることは沢山あるさ」
「…………」
「俺ももう四十だが、いまからでもやるべきことはあると思ってる。ヴァイゼ大統領がなにを企んでるのか知らねえが……このまま野放しにするつもりはねェ」
ルイスにしては長い自分語りだったが、アリシアもフラムも、黙って話を聞いてくれた。
過激派右翼団体――神聖共和国党。
奴らの残した謎はあまりに大きすぎた。なにも覚えていないヒュースに、王城へ繋がる井戸の《呪文》……なにかしら裏があると考えるのが妥当だろう。
そうして隣国に来てみれば……やはりきな臭い《何か》が起こっている。
かつて皇女プリミラも言っていた。世界に危機が訪れたとき、勇者エルガーは類稀なる力を得たと。
――この一連の事件、必ずや真相を突き止めてみせる。
そう決意を固くしたルイスの顔を、フラムがまじまじと見つめていた。
「ん? どうしたよ」
「あ。いや、なんでもない」
「…………?」
慌てて目を逸らすフラムに、ルイスは目を細める。
いったいどうしたっていうんだか。
「ま、まあ、とりあえず、礼は言っておくよ」
視線をあちこちにさまよわせながら、フラムは言った。