おっさん、死ぬほどびっくりする。
「は……う、嘘だろ……!?」
説明を終えた後、フラムはそれはもう、吃驚仰天という顔をしていた。
「《無条件勝利》に《古代魔法》……んなスキル、聞いたことねえぞ」
「だろうな。俺も最初は驚いたもんよ」
「私もです。転移魔法……うふふ……あいたっ」
ニヤニヤ顔でどこか別世界に行ってしまいそうなアリシアをこつんと小突き、ルイスはこほんと咳払いした。
「そういうわけだ。俺もアリシアも、スキルに頼りっきりで素のステータスでは心許ない。悪いが、そのへんの立ち回りは頼めるか」
「はっは。誰に言ってんだよ。任せておけ」
実際にも、アラーネ・フォーリア戦での身のこなしは見事なものだった。かのロアヌ・ヴァニタスすらはるかに凌駕するスピードは尋常ではない。彼女が味方になってくれるのなら、これほど頼もしい存在はいないだろう。
「私もちょっと不信感を持ってきたところさ。ヴァイゼ大統領にな」
「不信感……?」
「ああ。《テイコーは人にあらず》なんて言いふらしてるが、あんたらを見てると、とてもそうは思えねえしな」
「そ、そりゃどうも」
「極めつけはさっきの黒装束の男だ。ヴァイゼ大統領が、父を……神聖共和国党を傀儡にしていたのであれば、もう……支持する理由がない」
ちなみに、さっきの襲撃現場に、フラムの父はいなかったという。これも含めて、今後地道に探していくしかあるまい。
「これからも協力してくれるんですか……? 私たちに」
おそるおそる尋ねるアリシアに、フラムは「おう」と親指を突き出した。
「帝国人はまだ信用できない部分もあるが、少なくともあんたらは信頼できる。だからついてくよ」
「はは……。正直、願ったり叶ったりだな」
これで貴重な戦力を確保できたといえる。調査も捗るだろう。
問題は、これからどう動いていくかだが。
――我が国に魔獣がまったくいないことを思い出せ! すこしは不審に思わないのか!――
かの神聖共和国党の遺言を思い出す。
たしかにすこしは不審に思うべきだったと思う。共和国に入ってから、一度も魔獣と戦っていないのだ。もちろんテロリストに召還された古代魔獣は別だが……
これはたしかにおかしい。帝国にはわんさか魔獣が湧いていて、なぜこちらでは平和な状態なのか……
「それを理解するには、共和国の歴史を知るのが近道かもしれませんねー」
ふいに声をかけられ、ルイスは背中を竦ませる。フラムの母――ナール・アルベーヌが、いつものほんわかした態度でテーブルに皿を置いていた。
「れ、歴史ですか?」
「ええ。エルガー・クロノイスはあなたもご存知でしょう? たしか帝国では勇者エルガーと呼ばれているんでしたっけ?」
勇者エルガー。
その言葉にルイスは思わずドキリとした。
ここでその名が出てくるか。
「エルガー・クロノイスは、二千年前、帝国サクセンドリアの危機を救いました。前代魔王ロアヌ・ヴァニタスを倒し、そしてまた、共和国からの刺客を退けたのです」
「ええ……。まあ、それは存じておりますが……」
「そうでしょう。問題はここからなのです」
ナールはすっと背を伸ばし、おもむろに真剣な顔つきになる。
「……これはほとんどの者が知りません。当時、共和国の大統領は、魔物界と手を組み、総出で帝国を乗っ取ろうとしたのです。そして、いまもその友好関係は続いています」
「な、なに……!?」
さすがに衝撃的だった。無意識のうちにでかい声を発してしまう。
「おそらくソロモア皇帝あたりは知っていると思いますが……こんなことを大衆に広めたら《表向きは友好的な関係》に亀裂が走りますからね。あえて情報を統制しているんでしょう」
ルイスは思い出していた。
帝国内において、やたら上手に魔獣を操る神聖共和国党を。彼ら自身の実力はたいしたことなかったが、召喚師としてはあまりに優秀だった。
また、さっき黒装束の連中に強制転移させられた謎の場所……あそここそが、まさしく《魔物界》ではなかろうか。
ちょっとずつではあるが、いままで謎だった部分が一本の線に繋がってきた気がする。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
フラムが慌てたように大声を出す。
「じ、じゃあ、うちの大統領は、魔獣なんかと密約してるってことか!?」
「ほぼ間違いないでしょう。おそらく、再び帝国の支配を考えているともわかりません」
そこまでを話し終えて、ナールはいつものほんわかとした笑顔に戻った。
「私から話せることは以上です。出しゃばってしまって申し訳ありませんねー」
言いながら、台所の方面へと消えていってしまう。