おっさん、共和国の少女に身を預ける
さて……
ルイスは改めて、目前に屹立する化け物を見上げた。
――アラーネ・フォーリア。
黒い体毛に覆われており、その一本一本がまるで槍のように尖っている。しかもその先端には軽微な毒が混じっているから、相当に厄介だ。まさに存在するだけで他の生態系を脅かす……古代魔獣ならではのおぞましさがある。
目と思わしき部分には紅の球体が埋め込まれていた。気味の悪いことに、その眼球が八つ――不規則に並んでいる。まあ、はっきり言って気持ち悪い外見だが、だからといって怯んでいてはこちらが殺られる。
「ルイスさん!」
やっと駆けつけたか、アリシアたちが息も切れ切れに呼びかけてきた。特にアリシアの汗はすごい。ルイスの危機には一目散に走ってくる――彼女のこういうところはずっと変わらない。
「ルイスさん、状況は――?」
「俺がこのデカブツの討伐を引き受けた。他の奴らに村人を助けに行かせた。見ての通りだ」
「ふん。なんというか……ずいぶんと損な役回りだな」
短剣を取り出しながら、ひとり苦笑するフラム。
まあ、それは否定できない。
おそらく、アラーネ・フォーリアがこの周辺で一番強い相手だろう。すこしでも油断したらこっちが死ぬ。しかもこいつ、見た目が超気持ち悪い。
だが……
「文句言うなよ。ここにゃ、化けモンの相手をできるのは俺たちしかいねえんだ」
言いながら、ルイスは太刀を構える。
「わかってるさ。私は嬉しいんだよ」
「は……?」
予想外の発言に、ルイスはわずかに目を丸める。もちろん、アラーネ・フォーリアの警戒は怠っていない。
「あんたのような本物の《戦士》がまだいたとはね……。テイコー……いや、帝国人への認識を改める必要があるようだ」
「……そりゃ光栄だ」
「生きて帰れたら喋ってもらうぞ。さっき一瞬でザコ魔獣をぶっ倒していたことも、アリシアの奇妙すぎる魔法も」
「はっ。帰れたらな」
言いながら、ルイスとフラムは同時に剣の切っ先を巨大蜘蛛に向ける。魔術師たるアリシアは後方にてサポートに徹することになった。
ふと、ルイスは思った。
もし、あの奇っ怪な卵――前代魔王ロアヌ・ヴァニタスがこちらの味方になってくれたら、もしかしなくてもバランスの良いパーティになるんじゃなかろうか。あいつが魔法も剣も同等に使いこなせるのは、身に沁みてわかっていることだ。
フラムもSランク冒険者だし、戦力敵には申し分ない……。これはすさまじい四人組である。
と、そこまで考えたところで、ルイスはぶんぶん頭を振った。いまはこの戦いに集中することが大前提だ。
「フラム。おまえを信用して、ひとつだけ俺の弱点を言おう」
「……弱点か。なんだ」
「体力の消耗だ。このスキルは強力だが、そのぶんスタミナ切れが激しい。スキルのオンとオフを考えなけりゃ、あっという間に力尽きちまう」
ここに来るまでに、アリシアには何度も《完全回復》をかけてもらった。アリシアのMPも底が近いだろう。ロアヌ・ヴァニタス戦でやったような泥試合は、今回は選択できない。
「なるほどな。さっきアリシアに魔法をかけてもらってたのはそういうことか。……なら、特攻は私が務めよう。あんたはうまく隙を見つけて突っ込んでくれ」
「ああ。頼む」
大きく首肯するルイス。物わかりがよくて助かる。
数メートル先では、アラーネ・フォーリアがこちらの様子を伺うように唸っていた。ルイスが大勢の魔獣を討伐せしめたのだ、さっきから襲ってこないのは警戒しているためだろう。
フラムは二本の短剣を逆手に切り替えると、ぐいっと腰を落としながら言った。
「……私からもひとつ、あんたを信用して告白したいことがある」
「なんだ」
「嫌いじゃないよ。あんたみたいに芯のしっかりしたおっさんは」
「……は?」
なにを言ってるんだこんなときに――と突っ込む間もなく、フラムは猛然と巨大蜘蛛に突っ込んでいった。




