おっさん、突撃する
――ファイ村。
普段は平和な風景が広がっているだろうその場所は、現在、地獄絵図に染まっていた。
遠目からでもわかる。
村全体から薄い煙が立ち昇っており、近づくにつれて焦げっぽい臭いが鼻孔を刺激する。悲鳴や怒号も響き渡っており、嫌でも事件の大きさを想起させる。
加えて。
「ありゃあ……ひでえな……!」
ルイスは思わずそうひとりごちた。
村の出入口付近には、古代魔獣と思われる大型の化け物が猛威を奮っているのだが――そいつのせいで、せっかく駆けつけた冒険者がたたらを踏んでいる。
なんのために馬車を使ったというのだろう。古代魔獣と戦うのに精一杯で、村には誰ひとり入れていない。それどころか、荒れ狂う古代魔獣にほとんど太刀打ちできていない有様だ。
他にも、神聖共和国党が召還したと見られる小型の魔獣が何体もひしめき合っている。
「ひどいです……あんなの……」
表情を歪ませるアリシアに、フラムも同様に悔しそうな表情をした。
「さっきは最高でBランクの冒険者しかいなかった……。もちろんオルスを除いてだが……戦力的に不足しているのは否めない……」
「…………」
デジャブだ、とルイスは思った。
以前にも、帝国で同じようなことが起きていた気がする。
と、ふいに。
どこかでひとつ、大きな悲鳴が上がった。
そう、これは子どもの悲鳴。
想像を絶する恐怖に晒されているのか、裏返った声でしきりに母の名を叫んでいる。しかしながら、その悲鳴に答える者はいない。誰もが皆、目の前の戦いに躍起になっている。
対して、冒険者たちはいまだ古代魔獣に苦戦しており、誰も救援に駆けつけない。
「ちくしょう……」
瞬間、ルイスのなかでなにかが弾けた。
もう我慢してはいられない。これ以上力を温存していても、新たな被害を生むだけだ。それよりも、この馬鹿げた騒動を終わらせなくては……
「アリシア。フラム。俺が先に行く。おまえたちは援護を頼む」
「わかりました……!」
「な、なにを……」
瞬時に頷くアリシアと、目を見開くフラムを確認し。
ルイスは一瞬だけ立ち止まり、一度だけ深呼吸すると。
スキルを解放した。
――《無条件勝利》発動。
「おおおおおっ!」
長時間走り続けてきた反動か、太股にわずかながら疲労感が残るが、そんなものは些事に過ぎない。いま自分が動かねば、それだけで犠牲者が増えていく。
ルイスは大きく息を吸うと、ふっと吐息し、あらん限りの速度で疾駆した。
「…………!?」
一気に追い抜かれたフラムが、ぎょっと目を丸くしているのが見えたが、その姿も数秒後にははるか彼方だ。
常識を超えたスピード感に、ルイスは自身が風と一体になっているかのような錯覚を味わっていた。身体が異様に軽い。初めて《無条件勝利》を使用したときより、さらに速くなっているような気さえする。
「な、なんだ!?」
「なにか来たぞ!」
「新たな敵か!!」
猛然たる速度で近寄ってくるルイスに、冒険者たちが警戒の声をあげる。古代魔獣やその他の魔獣たちも、一瞬だけ呆けたようにルイスを凝視していた。
そして数秒後には、冒険者の顔に驚愕が貼り付く。
「なっ、テイコーか!?」
「マジかよ! ここまで走ってきたってのか!!」
だが彼らに構っていられる余裕はルイスにはない。いまは一体でも多くの敵を倒さねば……!
そう思いながらルイスが太刀の柄に手を添えた――その瞬間。
「ギャア!」
「ギュウン!」
古代魔獣を除くすべての魔獣が、文字通り-無条件で地にひれ伏せた。この魔獣どもは帝国では見たことがなかったが、恐らくそこまで強くはなかったのだろう。ルイスが手を出すまでもなく息絶えた。
「な、なんだと……!?」
「このテイコー、いまなにを……!!」
いまだに佇ずんでいる冒険者らに、ルイスは思わず声を張った。
「馬鹿野郎! 突っ立ってる暇ァあるなら、ひとりでも多くの村人を助けてきやがれ! 自分の仕事を忘れんな!」
「…………!」
数秒の静寂の後。
ひとりの男が、腕をまくりながら険悪な表情を浮かべた。
「……んだと、てめェ、テイコーのくせに……!」
「ま、待て、ここは冷静になろうじゃないか! 喧嘩している場合じゃないだろ!」
逆ギレしかけた男を、別の冒険者が静止する。
現在においても、村のなかでは神聖共和国党のテロ行為が続いている。ここでなにを優先すべきなのか――それくらい、子どもでもわかるはずだ。
「グオオオオオオオオッ!!」
数メートル先で、取り残された古代魔獣が怒りの咆哮をあげた。黒い体毛に包まれ、八本の足で自身を支えているそいつは――巨大蜘蛛と形容するに相応しかった。
ルイスはそいつの名を知っている。
アラーネ・フォーリア。
いままでの強敵と同様、古の文献に記されていた古い魔獣だ。
冒険者は真剣極まる表情でアラーネ・フォーリアを見上げてから、再びルイスに視線を戻した。
「おまえ、奴とひとりで戦うつもりなのか? とんでもない化け物だぞ……?」
「構わん。くだらねえ心配してる暇があったら、さっさと行け」
もちろん、ひとりで戦うよりは複数人で戦ったほうが有利ではある。
だが、帝国人を毛嫌いしている連中と共闘したところで、まともな連携を取れるはずもない。
「…………」
男はなおも逡巡しているようだが、やがて意を決したようにぽつりと言った。
「わかった。この場は任せよう」
それから、やや言いにくそうに口をもごもごさせる。
「……武運を」
「ふん。互いにな」
男が頷いたのを契機に、冒険者たちは揃って村の内部へと走り始めた。