おっさん、驚愕する
「あ……えっと、ギ、ギルドへ、ようこそ……」
新人の受付嬢はドギマギしながら言った。
顔が赤い。かなりテンパっているんだろう。彼女らが忌み嫌う帝国人が来たのだ、それも当たり前か。
ルイスは後頭部をさすりながら言った。
「悪ィな。おまえさんも俺の相手は嫌だと思うが、ちぃと冒険者登録の手続きだけ頼みたい」
「いえ……わ、私は、その、構いません……」
歯切れの悪いその発言に、ルイスはひょこと頭を下げる。
帝国人に対して、体裁だけでもきちんと対応してくれるとは。他の連中と比べれば、だいぶこの子は立派だと思う。
「そ、その、あなたがたは、フラムさんの依頼を達成されてますよね……? 依頼書を……」
「ああ。これこれ」
フラムが依頼書をカウンターに乗せる。
「実は《薬草採取》はしてないんだが、二人が母を治してくれたんでね。間違いなく依頼完了だ」
「え……? 治したって、どうやって……?」
「ああ。そこのアリシアって人が……ふんが!」
「――というわけで、依頼達成だ。よろしく頼む」
ルイスは乾いた笑みを浮かべながらフラムの口を塞いだ。こんな衆人環視のなかでアリシアの能力が知られたら、面倒なことこの上ない。
ルイスの手のなかで、フラムは「んー! んー!」と暴れていた。顔が真っ赤である。
「…………?」
受付嬢はしばらく首を傾げていたが、カウンターの下から硬貨を三枚差し出した。銅貨ってやつだ。
「では、報酬はこちらです。お受け取りください」
「おう」
共和国においては、銅貨、銀貨、金貨の順で価値が上がっていく。銅貨はそのなかでも最も安いが、もともとの依頼は単なる薬草採取だ。フラムの経済的状況を考えても、これは妥当な額といえようか。
さっき街を見回した限りだと、銅貨一枚では、せいぜい安価なパンが買えるくらいだろう。これくらいでは生活が成り立たない。
「では、これにサインをお願いします」
受付嬢は依頼達成書と書かれた紙を差し出してきた。かみ砕いて言えば、報酬を確かに受け取ったと認める契約書のようなものだ。
ルイスはさらっと自身の名を書くと、それを受付嬢に返却する。彼女は満足そうに頷いた。
「……それでは登録の手続きに入りますが――」
数分後。
いくつかの書類にサインをしたルイスとアリシアは、晴れて冒険者登録をすることができた。
これにて、共和国での食い扶持を確保できたことになる。フラムの母――ナールはしばらく《泊まってていい》とは言っていたが、なるべく迷惑はかけたくない。あんな美味いご馳走を振る舞ってもらったのだから。
というわけで。
ルイス一行は早速、手近な依頼がないかを探すことにした。
共和国の情報を探ることができて、なおかつ収入の多い依頼がベストだが、もちろんEランクの分際でそんなものはない。とりあえず、適当に掲示板を眺めることにした。
「おうおう、テイコーに依頼を担当されるなんてよぉ、依頼者も可愛そうだよなぁ、あ?」
ふいにあのオルス――訂正、クソ野郎が話しかけてきた。こいつはいちいち暇なのか。
「一番可愛そうなのは依頼しても誰も来ないことじゃないか? さっきおまえたちがやっていたようにな」
「ばーか。神聖共和国党の身内なんか人間じゃねえんだからいいんだよ」
「……そうかよ」
口では大きいことを言っているが、遠くで依頼を眺めているフラムには聞こえない声量に留めているあたり、実は小心者なのか。
というより、共和国の人たちは差別意識がずいぶんと強い気がする。お国柄なのだろうか?
……まあ、こんな奴に気を取られるだけ時間の無駄だ。さっさと掲示板に目を戻そうとした……そのときのことだった。
バタン!
勢いよく扉が開かれ、若い男が姿を現した。焦っているのか、顔面に汗がドクドクだ。息切れも激しい。
男はオルスに気づくや、慌てたように彼の名を呼んだ。
「オルスさん! 緊急依頼です! すぐにでもファイ村に大勢の冒険者を!」
「……へ?」
「神聖共和国党の残党どもがテロ行為に及んでいます! 巨大な魔獣――おそらく、古代魔獣と思われる強敵まで暴れています!」
「な、なんだと……!?」
信じられない言葉に、ルイスはぎょっと目を見開いた。