おっさんの本気を見せてやろう
――私の命もここまでか。
サクヤ・ブラクネスは無感情にそう思った。
目前には、数えるのも億劫な魔獣の群れ。ゴブリンのようなザコもいれば、骸骨剣士のような強敵もいるが、この際、敵の強さは問題ではない。
――魔獣が多すぎる。
多すぎるのだ。
南口が襲撃を受け、警備が手薄になっているところを狙われた。しかも敵は《隠し通路》を開ける呪文を知っていたらしい。
南口を襲ったフリをしつつ、本命はこの王城だった……
そう気づいたときにはもう遅かった。ひとり、もうひとりと、兵士たちが殺されていった。
そしていまや、残されたのはこの私――正規軍の代理リーダー、サクヤ・ブラクネスのみだ。
増援が来る気配はない。みな南口の襲撃に躍起になっているようで、魔獣どもの狙いに気づいていないのだ。井戸に逃げ込む魔獣など、たいした脅威とも思っていないのだろう。
それも無理からぬことだ。サクヤとて、同じ立場ならそう思う。
大多数の者はあの井戸が《隠し通路》だと知らないし、仮に知っていたとしても、魔獣ごときが呪文を知っているとは思わないだろう。
当然、呪文の内容は機密事項だ。サクヤだって知らない。
この事件、必ず裏がある。
だが、それがわかったところで何になるというのか。多勢に無勢、こちらに勝ち目はない。たぶん、私もみなと同じように殺されるのだろう。
と。
「ぴぎゃー!」
奇声を発しながら、ゴブリンが棍棒を腕に叩きつけてきた。
「うぐ……」
激痛が走る。
思わず表情を歪めてしまう。
「くっそ!」
慌てて反撃を繰り出すが、ゴブリンはすでに引っ込んでいたらしい。サクヤの振る剣が、むなしく空気だけを斬った。
――ゴブリンごときの攻撃をまともに喰らうとは。もう私も潮時だな……
「はぁ……はぁ……」
もう呼吸さえままならない。
片膝をつき、剣を地面に突き立てることで自身を支える。
――もうなにもかもが終わりだ。
せめて、初めてのリーダーくらい立派にやり遂げてみたかったな……
精一杯の切なさを抱きながら、サクヤが瞳を閉じた、その瞬間。
「おいおい、こりゃひでえなあ」
場違いなほどに明るいおっさんの声が、あたり一帯に響き渡った。
人間の声だ。増援か……?
わずかな期待を込めて顔を上げたが、次の瞬間、サクヤはそれがぬか喜びだと悟った。
闖入者はたったひとり。
しかもそいつは《不動のE》と呼ばれる、王都でも悪評名高いおっさんだ。聞いたところによると、ゴブリン一体にさえ苦戦する軟弱者らしい。
「なにをしにきたのだ……貴様は」
知らず知らずのうちに、邪険な声を発してしまう。
おっさんは後頭部をかきむしりながら、
「いや、見てわかるだろ。助けにきたんだ」
と言った。
「な、なんだと……?」
思わずかっと目を見開く。
「馬鹿を言うな。貴様ひとり来たところで、まさか勝てると思うのか!」
「思わねえよ。見たとこ、おまえさんそこそこ偉い兵士だろ? 悪いが俺の代わりに増援呼んできてくれや」
「な、なに……?」
今度こそ本気で驚いた。
「馬鹿か貴様は! 呼ぶなら貴様が行け! 死にたいのか!」
「……はぁ。どいつもこいつもよ」
おっさんはつかつかと歩み寄ってくると、いきなりサクヤの胸ぐらを掴み上げた。
「俺が頼んでも誰も来てくれねえよ。ちょっと想像すりゃわかるだろ? 俺の言うことなんざ、説得力のかけらもねえんだよ」
「…………」
「この場は俺が受け持つ。だからおまえが他の連中を呼んでこい。それ以外に方法があるかよ。このまま王城を落としていいのかよ!」
「…………!」
サクヤは思い出した。
自分の使命を。
正規軍たる自分の任務を。
「私は……城と、陛下を守らねばならない……」
おっさんはにんまりと笑うと、ふっと手を離した。
「そうだろ。ようやくわかったかよ」
「し、しかし……いいのか? 敵は多い。Eランクでは到底手に負えないぞ」
「馬鹿野郎。くだらねえこと言ってねえで、さっさと行け」
おっさんはそう言うなり、魔獣の群れへ太刀の切っ先を向けた。
「おまえら若え奴らの道を切り開く。これが俺たちオヤジの使命ってもんだ」
「…………そうか。わかった」
サクヤは立ち上がると、小さい声で言った。
「私はあなたを誤解していたようだ。ルイス・アルゼイド殿。武運を……祈ります」
「ああ。はやく行ってこい」