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15.因縁の再会

「氷の槍よ、我に仇なす者を突破せよ! 《グラース・ランス・ペルセ!》」


 白き氷の騎士は、(おく)せず魔法で生み出した無数の鋭い氷を三人へ放つ。

 シャールさんは先程ティフォン団長がやってみせたように、風の壁で防御しようとしたものの、その内のいくつかは防ぎきれていなかった。


「うぐっ……!」


 操られていても、痛みは感じるらしい。

 氷の槍が刺さったりかすれた箇所から、じくじくと真っ赤な血が溢れ出しているのが見える。

 ……なるべく早く勝負をつけなければ、ヴォルカン王子達の身体がもたないだろう。

 彼らが元に戻るか、気絶するかしなければ、私も安心して治療する事が出来ない。

 けれども、彼らの動きを鈍らせる事は出来たようだった。

 ここから更に攻撃を畳み掛けようと、団長さんが詠唱に入ろうとしたその時だった。


 高らかな、確実に聞き覚えのある男性の笑い声が聴こえてきたのだ。

 私はすぐさまその声の主に思い当たった。


「アハハハハ! 何とも無様だ……無様すぎるよ、揃いも揃ってさぁ!」


 その男は、巨大な真紅の翼竜の背中に立ちながら、私達の元へと降り立った。

 肩の辺りまで伸びた、長い黒髪。

 それをオールバックにして、ヴォルカン王子達を嘲笑いながら片手で前髪を搔き上げる、やけにカンに触るねっとりとした仕草。

 何より、その他人を見下した緑色の瞳が、鳥肌が立つ程おぞましく感じる。

 見覚えのある礼服に身を包んだその男は、竜の背から私を見付けると口元をニヤリと歪ませた。


「それにしても……。まさかお前が、本当に炎の御子だったとはねぇ……フラム?」

「オルコ……ドラコス……!」


 その男──元婚約者のオルコを、私はキッと睨み付ける。

 けれどもオルコは私の敵意など気にも留めず、やけに余裕のある態度を崩さなかった。


「やだなぁ。そんな目をして睨まないでくれよ。僕とお前の仲だろう?」

「あんたとの過去なんて、もうどうでも良い! 私はあんたに殺されかけた。そして今のあんたは、悪しき魔女に魅了された世界の敵! 私はアイステーシス王国の一員として──そして炎の御子として、魔女の虜を捕らえるだけよ!」


 怖くない訳ではない。

 何故なら今のオルコからは、以前では考えられないような膨大な魔力を感じるからだ。

 魔女の虜としてジャルジーに選ばれた彼は、もうあの頃の調子に乗った貴族のお坊ちゃんではない。

 彼は全人類の……世界の敵対者なのだから。


「へぇ……言うじゃないか。口だけはあの頃以上に立派になったものだねぇ? でも……」


 オルコはすうっと目を細めると、地に伏したヴォルカン王子やシャールさん、メールさん達に向けて手をかざした。


「今の僕は偉大なる魔女ジャルジー様の手によって、お前達以上の大いなる力を授かっている! これを見ても、まだその威勢を保っていられるかなぁ⁉︎」

「貴様、何をするつもりだ!」


 グラースさんが叫ぶも、オルコは止まらない。


「止めても無駄さ! さあ、(いにしえ)より蘇りし炎の魔獣イフリートよ! こいつらの魔力を喰らい尽くせ‼︎」

「イフリート……⁉︎ あの伝説に語り継がれる魔獣を、魔女が蘇らせたというのか!」


 私の隣で驚愕するクヴァール殿下。

 遥か昔、魔女が操っていたとされる複数の魔獣。

 その中の一体が、目の前にそびえる真紅の翼竜の正体だというのか。

 オルコがイフリートと呼んだその魔物は、彼の命令に従って大きく息を吸い込んだ。

 それと同時に、ヴォルカン王子達は苦しそうに呻き声を上げ、そのまま意識を失ってしまった。

 あれは恐らく急激に体内の魔力を失ったのが原因だろう。命に別状は無いと思うけれど……。私以外の御子全員が戦闘不能というのは、かなりまずい状況だろう。


「さあさあ、これでイフリートは御子達三人の魔力を吸収したぞ⁉︎ 降参するなら今のうちだよ? 泣きながら『自分のようなクソザコがオルコ様に歯向かって申し訳ございませんでした』って地面に頭擦り付けながら謝れば、苦しむ暇も無く安らかに殺してあげるからさぁ‼︎」


 ああそうだ、と何かを思い出したような言葉を口にしたオルコ。

 彼は私を指差しながら言う。


「お前だけは特別メニューだよ、フラム。お前は僕の言う事を聞かずに逆らった挙句、そこの王子様に取り入って随分気に入られてるみたいじゃないか。アレかい? 僕みたいな中途半端な貴族よりも、彼のような将来有望な王子様に身体を売ったんだろう?」

「……最っ低」

「何だ、違うのかい? でもお前、相変わらず顔だけは一級品だからなぁ。そこの騎士様達にだって媚を売ったら、男遊びには困らなかったんじゃないのか?」


 そう言って、下品な笑みを隠しもしない脳内ピンク男。

 どうしてこの男は、そんな目でしか人を判断出来ないのだろう。

 同じ目的を持った仲間との友情や、信頼出来るパートナーとの絆を踏みにじるような発言を、何故こうも易々と出来てしまうのだろうか。

 私は怒りに震える手を固く握り締めながら、大声を張り上げた。


「この人達の事をそんな風に言わないで! 殿下も団長さんもグラースさんも、あんたなんかとは全然違う立派な志を持った人達なんだから!」

「レディ……!」


 振り返るグラースさんに、私は大きく頷く。

 私はこの人が……アイステーシス王国で出会った皆が大好きだ。

 私の事ならどれだけ馬鹿にされても傷付かない。ただただ不愉快なだけだから。

 でも、私の大切な人達をけなされるのは、絶対に許せない。


 すると、オルコはつまらなさそうに眉根を寄せて言う。


「……ああそう。そんなにそいつらが大事なのか。せっかくお前が壊れるまで玩具(おもちゃ)にして遊んであげようと思ってたのに……そういう態度を取る訳ね」


 冷めきった目と声に、私は嫌な胸騒ぎを覚えた。


「分かったよ、フラム。お前の大事なもの、僕がお前の目の前でぶっ壊してあげるから……さぁ‼︎」

「ギュオオオォォォォンッ‼︎」


 オルコの言葉を合図に、イフリートは唸り声を上げて、両翼を広げ飛び上がる。

 その翼の羽ばたきで生じた風に、思わず顔を腕で覆う私達。

 彼はイフリートに(また)がると、鬼のような形相を浮かべながら叫ぶ。


「イフリート、僕の命令に従え! ここに居る奴ら……フラム以外を全員焼き尽くしてやれぇッ‼︎」


 オルコの命令に応えるように、真紅の翼竜は口を大きく開き、そこから地面に立つ私達目掛けて炎を吹き出したではないか。


「ティフォン! グラース!」

「はっ!」

「お任せを!」


 殿下の呼び掛けに即座に反応した二人の騎士は、意識を失ったままのヴォルカン王子達の元へ駆け出した。

 彼らは炎が到達するよりも早く、走りながら構築していた魔法を発動させる。


「簡易魔法壁、発動!」

「どうにか持ちこたえるぞ、グラース!」


 倒れた三人の前に立ち塞がったグラースさんと団長さんは、剣を横に構えながら魔法の壁を出現させた。

 それは半透明な薄い光の壁で、イフリートが放った激しい炎を、ギリギリのところで何とか防いでいるように感じる。

 彼らは一般騎士達よりも優れた魔力コントロール能力があるものの、それでも王城魔術師達と同等か一歩引いたレベルの魔法までしか扱えない。

 おまけに今使っている魔法は、私が見る限りとても魔獣に敵うような強度だとは思えなかった。

 それを裏付けるように、二人が維持する壁には徐々に亀裂が走り始めている。


「クッソォォォ……‼︎」

「まだ、私達が倒れる訳にはっ……!」

「グラースさんっ、団長さんっ……‼︎」


 必死に堪える彼らを、魔女の虜は心底愉快そうに見下ろして嘲笑う。


「アッハハハハ! アイステーシスご自慢の騎士様ですらこの程度なのかい⁉︎ これはもう時間の問題だねぇ!」

「そう、時間の問題よ。だからこそ、ここはアタシ達の出番って訳なのよね!」


 しかしそこへ、一筋の希望の光が差し込んだ。


「我が呼び声に応えよ、大地の精霊よ! 偉大なる岩石の盾でもって、我らを護り給え! 《グラン・ロッシュ・ブクリエ‼︎》」

「その声は……!」


 歓喜の滲む声を発したグラースさん達の目の前に、見上げる程に高い岩石の壁が出現する。

 その岩壁はイフリートの炎を難なく凌ぎ、魔法壁が崩れ去る直前に彼らの危機を救ってみせた。


「待たせたな、氷の騎士」

「ティフォンちゃんも、支援魔法は苦手だって言ってたのによく耐えたわね! また一段と素敵な騎士様に近付いちゃったわね〜!」

「サージュにシャルマンじゃないか! あの落石を突破出来たんだな!」


 団長さんの嬉しそうな笑顔に、ピンチに駆け付けた二人の魔術師は大きく頷いた。


「ええ! 少し時間が掛かっちゃったけれど、ここからはアタシ達もバリバリ戦っちゃうわよ!」

「援護なら僕達に任せておけ。相手は見たところ、火竜の上位種……。それなら、僕の地属性魔法が役に立つはずだ」

「さぁ〜て、悪い子ちゃんにはしっかりお仕置きしてあげなくっちゃね!」


 突然現れたサージュさんとシャルマンさんを前に、オルコは激しく舌打ちをする。


「……まあ良いさ。ザコがいくら増えたところで、こっちにはまだ奥の手があるんだからね。本当は気分が乗らないんだけど、こうも多勢に無勢じゃ、いくらこの僕でも手に余ってしまうからねぇ」


 そう言うと、オルコは人差し指を宙に指し、見た事も無い魔法陣を空中に描き始めたではないか。


「偉大なる魔女よ……我らに愛を注ぎし慈悲の魔女よ……。この忠実なる貴女の虜に、そのお力をお貸し下さい……!」

「あの魔法陣……妙だわ」


 シャルマンさんがそう呟いた次の瞬間、魔法陣が激しい輝きを放ったかと思うと、オルコとイフリートの身体がその光に呑み込まれた。

 その光は禍々しい闇色を纏い、それが次第に収まっていく。


 ──そこから姿を現したのは、イフリートよりも一回りもふた回りも巨大な、常闇色の鱗を纏った漆黒の竜だった。

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