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14.ぶつかる風

「……どうにかして、彼らを無力化するしかありませんね」


 そう呟いたグラースさんの言葉に、団長さんが頷いた。


「これが魔女の仕業ってんなら、その洗脳か何かを解除出来れば、あいつらを解放出来そうだな」

「ひとまずは、殿下とレディをお護りしながら戦うしか……」


 何を考えているのか分からない、空虚な目をした三人。

 ヴォルカン王子とシャールさん、それからメールさん達は、それぞれ武器を構えて私達に向き合っている。

 そんな彼らと、私と殿下の間に立ち塞がるグラースさんと団長さん。

 本来ならば共に古代種の討伐を果たすはずだった面々が、どうして敵対しなければならないのだろう。

 隣で私を庇うように寄り添う殿下も、目の前の状況をどう乗り越えるべきか、苦悩しているようだった。


 ……こんな状況を、魔女はどこかで見ながら嘲笑っているのだろうか。

 その隣には、もしかしたらオルコが……。


 魔女ジャルジーはどこまでも他人の心を弄び、邪悪を振り撒く災厄だ。

 そんな彼女の凶行を、私が……私達が止めなければならない。

 まずは、今ここで苦しんでいるヴォルカン王子達を救い出さなくては。

 魔女についてならば、実際に彼女と戦った事のあるフランマに訊ねるのが一番だろう。もしかしたら、この状況を切り抜ける最善の対処法を知っているかもしれない。

 そう思って私は胸元のペンダントを握り込んだ時、ふとある異変に気付いた。


 ──フランマとオンブルくんは、どこに行った?


 私達が大地の神殿の地下からこのスフィーダ火山へとやって来た時、二人は確かに私と一緒にここへ転移してきたはずだった。

 それなのに、いつの間にか彼女達は姿を消している。

 オンブルくんはサージュさんに着いて行っただけかもしれないけれど、フランマが私に何も言わずに姿を消すとは思えなかった。

 彼女は私を実の妹のように可愛がってくれる、とてもフレンドリーな女性だ。

 そんなフランマが急に居なくなるだなんて、大精霊である彼女でも抗えないような何かが起きてしまったのではないだろうか。


 そこまで考え至ったところで、念の為いつものようにペンダントを通じて、フランマを呼び出そうと試みる。

 これで何事も無く彼女が召喚されれば、ひとまずはそれで良い。

 ……けれども、彼女が私の呼び掛けに応えてくれる事は無かった。

 何度必死にフランマの名を呼び、強く強くペンダントを握っても、彼女からは何の反応も返って来なかったのだ。

 私は思わず泣き出しそうになりながら、小さな声で呟いた。


「どうして……? どうして何も応えてくれないの、フランマ……!」


 何か異常が起きているのなら、彼女の身も危険に晒されている可能性がある。

 そんな不安と焦りを感じていると、殿下がちらりと視線をこちらに向けた。


「大精霊に何か異変があったのか?」

「はい……。何度フランマに呼び掛けても、彼女を召喚出来ないんです……!」

「先程までは姿があったように思うが……」


 殿下の発言から、やはりフランマ達がここに来ていたのは間違い無い。


「……魔女の封印は綻び、あやつが遺跡から解き放たれてそれなりの時が流れた。今のあやつであれば、精霊への妨害術を操れていても不思議ではないのやもしれぬな」

「そ、そんなっ……!」


 クヴァール殿下の推測に、嫌な胸騒ぎが止まらない。

 すると、前方から大きな魔力が渦巻くような気配がした。

 それに反応してハッと顔を上げると、虚ろな目をしたメールさんが大きな杖を構えながら、ぶつぶつと何かを唱えて口を動かしているのが見えた。


「殿下、レディ! 攻撃が来ます!」


 グラースさんが叫んだ直後、メールさんの杖の先端から巨大な水の渦が巻き起こる。

 それは私達を呑み込まんと、じわりじわりとこちらへ動き始めていた。

 その攻撃に連なるように、ヴォルカン王子が無言で矢を放って来る。

 剣を構えた団長さんがそれを叩き落とすように斬り付けながら、前線に並ぶグラースさんへ指示を出した。


「グラース! こっちは俺が対処する! お前はあの渦潮を頼む‼︎」

「承知致しました、団長!」


 明確な敵意によって轟々と動く巨大な渦潮は、遂にグラースさんの目の前まで迫っていた。

 一度呑まれてしまえば簡単には抜け出せそうにない水の檻に対して、氷の騎士はその名に違わぬ冷静さで前を見据える。

 彼は自身の愛剣、その刃にそっと左手を這わせるように撫でながら、はっきりと凛とした声を発する。


「我が呼び声に応えよ、氷の精霊よ。氷結せよ──」


 彼の魔力の高まりに応じて、雪のように真っ白な髪がぶわりと揺れた。


「──《コンジェラシオン‼︎》」


 その詠唱が終わると同時に、灼熱の空気は急速に冷却されていくのが分かった。

 グラースさんの眼前に迫っていた魔法の渦潮は、彼の唱えたコンジェラシオンによってピキピキと音を立て、一つの巨大な氷のオブジェのように固まった。

 それを見た団長さんは、喜びの声を上げる。


「よくやった、グラース!」

「……っ! いえ、まだです!」

「なっ⁉︎」


 安心したのも束の間、氷結した渦潮を何かが勢い良く切り刻んでいくのが見えた。

 それは紛れも無く、魔法によるもの。

 対象を瞬時に切り刻む、無数の風の刃であった。

 風を操る者といえば、この場には二人しか居ない。

 風魔法を得意とするティフォン団長と、風の御子であるシャールさんだけだ。


「フラム、私の背中に隠れろ!」

「は、はい!」


 何かに気付いたらしい殿下が、いち早く私をその背に隠れるように言う。

 その次の瞬間、とんでもない暴風が私達を襲った。

 目を開けているのも困難な強い風に、私は思わず目を瞑ってしまう。

 閉ざされた視界。耳に入るのは、音を立てて荒れ狂う暴風と、苦しみもがくグラースさんと団長さんの声だった。


「ティフォン! グラース!」


 殿下が叫ぶ。

 風が止み、私は彼の背中から恐る恐る顔を出す。

 するとそこには、斬り刻まれた氷の断片と、それによって傷を負ったであろう二人の騎士が立っているではないか。

 そうか。シャールさんは凍らされたメールさんの渦潮を新たな武器にして、自身の生み出す暴風でそれらをグラースさん達に浴びせていたのだ。

 ここから見える限りでも、斬り刻まれた氷の断片はかなり大きく、鋭利なものだった。一つ一つがレンガブロックぐらいのサイズだろうか。

 そんな危険なものを真正面から大量に喰らえば、いくら屈強な王国騎士であろうとも一溜まりも……。


 ──そこまで思考が及んだところで、私はある事に気が付いた。

 あれだけの氷の塊が直撃していたはずなのに、彼らはそれほどダメージを受けていないように見えるのだ。

 すると、私達を安心させるようにして、ティフォン団長がニカッと笑いながら振り向いた。


「こっちは大丈夫だ! 多少は喰らっちまったが、あらかた俺の風で受け流してやったからな!」


 続いて、グラースさんが正面を向いたまま答える。


「団長の機転に助けられました。……次は、こちらからいかせて頂きますよ」


 団長さんもグラースさんも、しっかりと意識を保っていた。

 グラースさんが言っていた通り、団長さんの野生の勘のような機転で、シャールさんの攻撃に上手く対処してくれたようだ。

 まだまだ油断は出来ないけれど、一旦は胸を撫で下ろしても良さそうだ。

 そして、グラースさんは宣言通りに新たな魔法の詠唱に入る。

 アイステーシス王国騎士団の本領発揮は、ここからなのだから。

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