13.対峙
──その時、地鳴りのような轟音が周囲に轟いた。
それと同時に、何かが大きな唸り声をあげる。
「なっ、何だこの音は⁉︎」
「これはもしや、火山の古代種の……‼︎」
サージュさんと殿下が声を発した、ほんの数秒後。
私達の頭上から、パラパラと小石が降って来た。
次の瞬間、グラースさんが私を抱き抱えるようにして大きく横へ飛ぶ。
突然の彼の行動に一体何事かと戸惑う暇も無く、いくつもの巨大な岩が崩れ落ちてくる音が耳に届いた。
その音が止むと、私の身体を覆っていたグラースさんが口を開く。
「……ご無事ですか、フラム」
「は、はい……」
ぶわりと舞った砂埃の奥に、今の揺れで落石したらしい巨岩の姿がぼんやりと見える。
その岩が落ちたのは、つい先程まで私達が立っていた場所だった。
グラースさんが咄嗟に私をその場から引き離してくれていなければ、今頃私の身体はあの岩の下敷きになっていたに違いない。
「あ、ありがとうございます! グラースさんが助けて下さらなかったら、私……」
「私は当然の判断を下したまでです。それにしても、困った事になりましたね……」
揺れが収まり、一旦は安全を確保したところで、私達は密着していた身体をそっと離した。
視界がクリアになると、彼が告げた言葉の内容を理解する事が出来た。
どうやら古代種が暴れた事で発生した落石によって、私達は戦力を分断されてしまったようなのだ。
こちら側には私とグラースさん、そして団長さんと殿下の四人が。
恐らく向こう側に取り残されているのが、サージュさんとシャルマンさん。それから、殿下が引き連れていた救援部隊の皆さんだろう。
すると、団長さんが岩の方を向いて大声を張り上げた。
「おーい! そっちは全員無事かー⁉︎ こっちはひとまず大丈夫だー‼︎」
どうやら彼の声が届いたらしい。
岩の向こう側から、くぐもったシャルマンさんの声が聞こえて来る。
「こっちも皆無事よ〜! 今、サージュちゃんが岩をどうにか出来ないか試してるところなの〜!」
サージュさんは騎士団でも魔術師団のメンバーでも無い人物であるものの、その類い稀な地属性の魔術の腕を買われてこの遠征に参加する事になった。
そんな彼であれば、この大岩の壁も処理出来る──この場の誰もがそう確信していたのだけれど、事態は好転しなかった。
サージュさんが岩の形状を変化させて道を作ろうと魔法を発動したところ、何故か魔法が上手く発動しなかったらしい。
その原因というのが、岩に含まれた特殊な鉱物だった。
スフィーダ火山とその周辺でしか産出されないスフィーダナイトという鉱物には、魔力を大量に蓄える性質があるそうなのだ。
そんなスフィーダナイトは、魔力を利用した装置に使われる事が多いそうなのだけれど……魔力を吸う性質によって、魔法を使ったそばからサージュさんの魔力が吸収されてしまい、きちんと効果が発揮されないらしかった。
しかし、それは岩に直接魔法で干渉しようとした際にのみ発生する効果だったようで、離れた位置からであればシャルマンさんの爆発魔法が届くという結論が出たのだ。
「だけど、かなり硬い岩だから、通り道を作るには時間が掛かりそうなの! アタシ達もすぐに追い付くから、先に東側から突入したヴォルカンちゃん達と合流して頂戴!」
彼のその主張は尤もだった。
活動が鈍化するはずの夜であるというのに、暴れ出した古代種。
そして、どうやらこの件には魔女ジャルジーが関わっているらしい点。
この二つが無関係だとは言い切れない。
一刻を争う非常事態に、動ける私達までもが足止めを喰らう必要は無い──シャルマンさんは、そう言っているのだ。
殿下は彼の意見を受けて、団長さんとグラースさんに目を向けた。
「……ここはシャルマンの意見に従う方が良いだろう。今の揺れで、ヴォルカンらの隊にも被害が出た可能性も考えられる」
「そうなりますと、この道を下っていくしかありませんなぁ」
ティフォン団長の言葉に、殿下が小さく頷く。
「そのうえ、ここはかなり気温が高い。このまま我々がここに留まっていても、悪戯に体力を消耗してしまうだけであろう」
殿下の最終判断によって、私達四人はヴォルカン王子と白竜騎士団との合流を急ぐ事となった。
仮に魔女がここへ来ているというのなら、御子の一人である私も古代種の元へ向かわなくてはならない。
遥か昔、魔女は神が創造した獣達を操る力を持っていた。
その力が今でも現在なのだとすれば、火山の古代種を自在に操る事だって出来るかもしれない。
それに……今の魔女の側には、きっとオルコが居るはずだ。
オルコは殿下の生誕パーティーがあったあの夜、魔女の手によって彼女の『虜』となってしまった。
古代種と魔女の虜──恐らくそれが、魔女の持つ戦力だろう。
私達はそれらを全て打ち砕き、魔女ジャルジーを再封印するか、討伐する必要がある。
ここで彼女を取り逃がしてしまえば、次はいつこんな機会が巡って来るか分からないのだから。
「レディ、見えてきましたよ!」
岩肌に囲まれた坂道を下っていくと、また拓けた空間に出た。
グラースさんが指差した先には、ヴォルカン王子と白竜騎士団の団長シャールさん、そして水の御子のメールさんが待っていた。
「良かった、皆さんご無事だったんですね……!」
「待て、フラム」
そのまま彼らの元へ駆け出そうとした私を、何故か団長さんが引き止める。
疑問に思いながら彼の顔を見上げると、団長さんは鋭い目付きで王子達を睨み付けているではないか。
それは、明確な敵意の色を見せた眼だった。
「団長、さん……?」
グラースさんと殿下も、団長さんとほぼ同時に脚を止めていた。
やはり二人も団長さんと同様に、彼らに険しい表情を浮かべている。
「ど、どうしたんですか? ヴォルカン王子や白竜騎士団の皆さんと合流するという話でしたよね? それなのに、どうして皆さんはそんな顔を……」
「……レディ。どうやら彼らは、正気を失っているようです」
「えっ……?」
グラースさんの言葉に、私は反射的に前方へと目を向けた。
この場所は火山の地下深く、周囲を見渡す限りの溶岩の海に囲まれた岩場の上だ。
そこで私達を待ち構えていたのは、ヴォルカン王子達三人だけ。
本来ならばこの場に居るはずの救援部隊の人々が、彼ら以外に誰も居なかったのだ。
私がその事実に気付いた瞬間、シャールさんが腰の剣を抜いて私達に剣先を向けた。
「……っ! 伏せて下さい、フラム!」
「きゃあっ⁉︎」
グラースさんがそう叫び、私や殿下達も咄嗟に身体を伏せる。
そのほんの数瞬の後、頭の上を風の刃が斬り裂く鋭い音がしたのだ。
私は混乱していた。
この場に魔女や古代種、オルコ達の姿は見えない。
つまり、この場に敵は存在していないはずなのだ。
それなのにシャールさんは、明らかに私達に向けて攻撃魔法を繰り出してきた。
「どうして……どうしてシャールさんが……!」
私を庇うようにして、グラースさんと団長さんが前に出た。
すぐ近くで私を護るように、静かに剣を抜いた殿下が控えている。
これはもう、どこからどう見ても戦闘態勢だ。
理解が追い付かない私に対して、殿下が小さく答える。
「……ヴォルカンらには、何らかの精神異常の魔法が付与されているように思う。恐らくは、魔女の手によるものであろう」
「そんなっ……!」
殿下の言葉を肯定するかのように、ヴォルカン王子は弓を、メールさんは杖をゆらりと構えていた。
そんな彼らの瞳には、どこか暗い影が差しているようだった。




