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11.この手はどこまで伸ばせるか

「この時代においても、御子と大精霊はあのお方に牙を剥くというのですか……!」


 ルディイエ大神官はその怒りを隠す素振りも無く、私達を鋭く睨み付けて来る。

 すると、大神官の言葉を受けてフランマが言う。


「当然さ! あたし達大精霊は、この世界を護るべくして生まれた存在なんだからね」

「くっ……! かくなる上は、この私自身が命を捧げ、尊きお方の糧となるしか……‼︎」


 私達に勝つ手立てが無いと判断したのか、彼はこちらに背を向けて、台座の上の水晶玉に両手をかざした。

 大神官はあの中に込められた魔力を利用して、何かをしようと企んでいるのだろう。

 彼が発した内容から察するに、この場で魔女に命を捧げようとしているのかもしれない。


「この魔法陣は……まさかっ!」


 フランマは、床に描かれた魔法陣を一目見て、大神官の意図している事を理解したらしい。

 彼女は(くう)を蹴り出した勢いに乗り、そのまま横に吹き飛ばすようにして、ルディイエ大神官にタックルを繰り出した。


「なぁっ⁉︎」


 フランマにタックルされた衝撃を受け止めきれなかった彼は、魔力操作を中断され、床を転がり飛ばされる。

 その最中、私はフランマが注目していた魔法陣にもう一度目を向けていた。

 私はあまり魔法陣に詳しくはない。ただ、その魔法陣がどのような魔力の流れによって発動される術式なのかは、ぼんやりとだが理解は出来る。

 台座を中心としたこの魔法陣は、水晶に集められた神官達の魔力を変換し、何らかの効果を発揮させるもののように見えた。

 けれども、そんな魔法陣のある部屋の中に、どうして瘴気が満ち溢れていたのだろうか。

 あと少しで何かが掴めそうな気がするのに、最後の重要なポイントだけが見えて来ないのだ。

 ……そんな悔しさに、私はぐっと奥歯を噛み締めていた。


「一体お前さん、何ていう事に地脈を利用しようとしてんだい! こんな事を企てるような……そんな事を思い付くような奴は一人しか居ない!」


 大神官を見下ろし、激しい剣幕でまくし立てるフランマ。

 そんな彼女に全てを見透かされ、神官服に身を包んだ男は、眼をギラつかせながら大声を張り上げた。


「ええ、そうですとも! この私めにその策を授けたのは、我らが敬愛する黒の魔女──偉大なるジャルジー様であらせられる‼︎」


 痛む箇所を手で押さえながら、大神官はふらりと立ち上がる。


「貴様らに王都での計画を邪魔立てされた事実は、実に腹立たしい……。だが! 貴様らが行動に出るよりも遥かに早く! 我らが大魔女による復讐劇の幕は上がっているのだッ‼︎」

「王都での計画……? 詳しく話して下さい、ルディイエ大神官!」

「私の口から語らずとも、じきに全てを理解する事になる……!」


 彼は私の問いには答えず、懐から真っ黒な液体の入った瓶を取り出した。

 それを間髪入れずに口に運ぶと、その得体の知れない中身を一気に飲み干してしまった。

 すると、ほんの数秒で大神官の顔色は真っ青に染まり、だらだらと顔一杯に汗をかき始めたではないか。

 彼は声を震わせながら、ガクガクと小刻みに揺れる膝でバランスを取って立ち続け、私達を恐ろしい形相で睨んで来る。


「炎の御子よ……。我らの魔女に敵対せし、愚か者よ……。最期に一つ、この大神官ルディイエが、貴様に予言を授けてやろう……」

「貴方、今何を飲んで……⁉︎」


 大神官は、焦点の定まらない瞳をこちらに向けている。

 あの様子は尋常ではない。

 彼を探していた他の神官達は、ルディイエ大神官がどこに向かったのか知らないようだった。

 もしかしたら、彼の言う『王都での計画』がどういったものなのか、この神殿の人々には一切知られていない可能性がある。

 けれども私達は大神官が隠していたであろう地下の瘴気部屋を発見し、彼が魔女に心を捧げた魔女派である事を突き止めた。その事実が第三者に露呈すれば、彼はその地位や何もかもを失う事になる。

 私が背にした扉以外に出口の無いこの場所で、敵に追い詰められた大神官が口にしたあの黒い液体。あれは恐らく……即効性の猛毒だろう。

 放置すればじきに命を落としてしまう危険のある彼が、こんな状況下で私に何を伝えようというのか。


「貴様はもう間も無く、大切なものを失うだろう……! そして、その魂までもが喰らい尽くされるのだ! 我が偉大なる、我らの愛するジャルジー様の手によって‼︎ フハッ……フハハハハハハッ‼︎」


 耳障りな高笑いを響かせ、彼はガクリと膝を折る。

 しかし、ぷつりとその笑い声が途切れたかと思うと、大神官は充血した目を見開きながら胸を押さえた。

 そうして……大地の神殿の大神官、ルディイエはバタリとうつ伏せに倒れこんだのだ。


「服毒、自殺……」


 気が付けば私は、倒れた彼を治療しなければと駆け出していた。

 けれどもフランマは私の腕を掴み、それを制止する。


「下手に近付いちゃ危険だよ。こいつはあたし達の敵……魔女の手下なんだ。あんたをおびき寄せる罠かもしれない」

「でもっ……それでも、あの人を助けないと……!」


 私がそう反論すると、彼女はその手に力を込めた。


「あんたは炎の御子だ。その責務を果たす為に、あんたはこの火山の国までやって来た。……違うかい?」

「……違わない。違わない、けど……」


 私が……炎の御子が欠けてしまったら、魔女に対する手段が失われてしまう。

 私の代わりは、他に居ない。

 だからこそフランマは、軽率な行動に出るなと言っているのだろう。


「でもそれは、この人を見捨てろって事なんだよね……?」

「あんたも分かってるんだろう? こいつはもう手遅れだ。それに……この男がやろうとしていた事は、王都の人間を丸ごと犠牲にする計画だったんだ。こいつには、フラムが救ってやるような価値なんて無いんだよ」


 フランマは言う。

 ルディイエ大神官の言う『計画』というのは、水晶に日々集められていく魔力を魔法陣によって変質させ、瘴気を生み出し続けるシステムの構築なのだという。

 この部屋の扉は、本来ならば地脈から流れ出す魔力をしっかりと抑え込む為にあるもので、大神官はその性質を利用して室内に瘴気を溜め込んでいたそうなのだ。

 そして恐らく……大神官は今日この日、ヴォルカン王子やスフィーダ軍が王都から離れたタイミングを狙い、この場所から瘴気を解き放とうとしていた。

 常人が浴びればひとたまりも無い濃密な瘴気が王都を覆えば、ここに住む人々を無力化し、王都を乗っ取る事も可能だっただろう。

 そうして、私があのまま結界の中に捕らえられたままであったとしたら──逃げ出す事も抵抗する事も出来ない私は、激しい苦しみに悶えながら、瘴気によって殺されていた。


「フラム。あんたは自分を殺そうとした相手にすらも、その手を差し伸べようっていうのかい?」


 彼女の問い掛けに、私は言葉を詰まらせる事しか出来なかった。





 ルディイエ大神官の亡骸は、フランマの炎によって弔われた。

 彼の魂が天に昇ったのか、地に墜ちたのか……。

 それを私達が知る術は無い。


「オンブルって言ったかい? ここの術式は書き換えたから、いつでも陣を起動出来るよ!」


 その後、フランマはオンブルの指示通りに、魔法陣の一部を書き換えていた。

 オンブルはそれを目視で確認すると、満足そうに尻尾を振りながら言う。


「うん、これなら大丈夫だね! それじゃあこれから、魔法陣を起動するよ〜!」

「さ、フラムもこっちにおいで」


 手招きをするフランマの元へ、私は複雑な感情を胸に秘めながら歩み寄る。

 彼女が書き換えた箇所とは、水晶の中の魔力を瘴気に変換する部分だった。

 そこに新たに書き加えられたのは、魔力を利用して地脈の流れを頼りに移動する、転移魔法の術式だ。


 この部屋にある地脈の出口というのは、オンブルの見立てではスフィーダ火山から枝分かれした分流の一つなのだという。

 オンブルは闇の精霊である為、転移の魔法を得意としている。しかし、彼はまだ未熟な子供精霊なので、自分以外を転移させる事は出来ないのだそうだ。

 けれどもオンブルはこの部屋に満ちる魔力と魔法陣を補助として、私を火山まで一瞬で転移させようと考えていたらしい。

 その過程で大神官の計画を知る事になり、それを未然に防ぐ事が出来たのは……きっと、幸運だったのだろう。


「御子さん、準備は良いかな?」


 私を見上げるオンブルに、私は一つ頷いた。


「お願い、オンブルくん。これ以上犠牲になる人が増えてしまう前に、私は行かなくちゃいけないから……」

「フラム、あんたまだあいつの事を……」


 大神官の死をどう受け止めれば良いのか、どう気持ちの整理をすれば良いのか戸惑う私を、フランマは心配そうに見詰めている。

 そんな彼女に負担を掛けてはいけないからと、私は無理矢理笑顔を作って返事をした。


「私の事は気にしないで。私は大丈夫。大丈夫だから……!」

「……そうかい。あんたがそう言うなら、あたしはもう何も言わないよ」

「うん。……ごめんね、フランマ」


 しばしの沈黙の後、オンブルくんはいよいよ魔法陣の起動に移った。

 オンブルくんの魔力を受けて、魔法陣は紫色の輝きを放ち始める。


「少し揺れるかもしれないけど、頑張って堪えてね! それじゃあいくよ〜!」


 彼の言葉を合図に、視界が大きく歪み始めた。

 景色がぐにゃりと溶け合い、私達は真っ白な世界に包まれる。

 それと時を同じくして、体全体を上下左右に激しく揺さぶられるような妙な感覚が襲って来た。

 多少の不快感を堪えながら、私はぎゅっと目を閉じる。


 ……そうしてしばらくすると、突然揺れが収まった。

 と同時に、急な気温の変化に思わず肩が跳ねる。


「どうやら、無事に到着したようだねぇ」


 フランマの言葉に反射的に目を開けると、そこは灼熱のマグマに囲まれた、炎と岩の空間だった。

 そして──


「レディ・フラム……⁉︎ どうして貴女がここへ⁉︎」


 突然姿を現した私に驚きを露わにする、グラースさんの姿もあった。

 こちらへ駆け寄って来る彼の背後をよく見てみれば、ティフォン団長やシャルマンさんやサージュさんに、騎士団の面々。そしてクヴァール殿下も居るのが分かる。


「レディ、貴女は大地の神殿で治療を受けているはずなのではないのですか⁉︎」

「こ、混乱させてしまってごめんなさい! ちゃんと訳を話しますから、どうかひとまず落ち着いて下さい……!」

「フラムの事だ。また何かとんでもない事でもやってのけたんだろう?」


 まるでいつもの事だとでも言うように、落ち着いた態度でいる団長さん。


「今の、もしかして転移魔法かしら?」

「ああ、多分僕の使い魔がやったんだろう。彼女の身に何か危険が迫っていたら、ここへ連れて来るように命じておいたからな」


 すると、グラースさんに続いて殿下もこちらへやって来た。


「そなたの様子を見る限り、神殿で何か揉め事があったのだろう。まだ多少の猶予はある。神殿からここへ至るまでの間に何があったのか、詳細な報告を頼みたい。……そなたもそれで構わぬな、グラース?」


 殿下にそう問われたグラースさんは、ハッとして態度を改める。


「……っ、ええ。フラム、どうか全てを話して下さい」

「勿論です。少し長くなってしまうかもしれませんが……」

「良い。私が許そう。さあ、どこからでも話してくれ」


 クヴァール殿下に促され、私はルディイエ大神官との間に巻き起こった出来事について、その全てを打ち明けた。


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