10.神殿の秘密
大地の神殿内部の構造は複雑で、似たような景色が続いている。
私一人では迷ってしまいそうな空間だけれど、今の私には頼りになる味方が付いている。
「このまま真っ直ぐに進むよ!」
「うん……!」
小声で語り合う私達。
私の数歩先を駆ける黒い子犬、闇の精霊オンブルくん。
彼は空間把握能力に長けているらしく、この神殿の構造が手に取るように分かるのだという。
そんなオンブルくんの後に続いて、神官に気付かれないように注意しながら先を急ぐ。
精霊であるオンブルくんが察するには、どうやらこの神殿には強い大地の加護をもたらす地脈があるらしい。
その力を利用すれば、ここから火山までの移動手段が手に入るそうなのだ。
その時だった。
次の角を曲がろうとした矢先、向こうの方から人の話し声が聞こえてきた。
私達はすぐさま足を止め、声の主達の様子を伺った。
「ルディイエ大神官の姿が見当たらないのだが、大神官様がどちらに向かわれたのか知らないか?」
「ああ、大神官様なら炎の御子様の治療にあたっていたはずだ。まだ治療の間にいらっしゃると思うが……」
御子の治療、大神官……。
彼らの話から察するに、どうやら私の治療にあたっていたのは、ルディイエという男性だったようだ。
「いや、それが治療の間には誰もいらっしゃらなかったのだよ」
「誰も? 大神官様も、御子様もか?」
「ああ。もしかしたら既に治療が終わり、御子様が帰られた後なのかもしれないが……。もしルディイエ大神官を見掛けたら、私が探していたと伝えてもらえるか?」
ルディイエ大神官は、私の治療──という名目であの部屋に監禁した後、姿をくらましたらしい。
彼らの会話はすぐに終わり、一人はそのままどこかへ去っていく足音が聞こえた。
もう一人は、すぐ近くの部屋のドアを開閉しているようなので、今ならこの通路に人影は無いはずだ。
私達は神殿探索を再開し、地脈のある地点を目指す。
オンブルくんに着いてどんどん進んで行くと、地下へと続く階段を発見した。
「この下の方から力を感じるよ」
「それじゃあ、このまま行こう。早く、皆のところへ急がないと……」
地下は普段人通りが少ないのか、ここから見える範囲では足元がかなり暗そうだった。
私は炎魔法で火の玉を手の平の上に出し、視界を確保する。
段差を踏み外さないように注意を払いながら、誰かがここを通り掛かる前に下を目指した。
最後まで降り切ったところで、オンブルくんが言う。
「……この先、あんまり良い気配がしないなぁ。御子さん、ぼくから離れすぎないように気を付けてね?」
「そ、そうなの……? 私にはよく分からないけど……。さっき言ってた、大地の地脈っていうのと関係があるの?」
そう問うと、彼はすぐに首を横に振った。
「ううん。地脈とはまた違う……嫌な気配。どこかおかしい魔力が、この先にあるんだ」
オンブルくんはそう言うけれど、私にはその嫌な気配というのが何なのか、あまり理解出来ていない。
というのも、この神殿は大地の神への信仰を捧げる場であり、日々神官達が祈りを捧げ蓄積された膨大な魔力によって、不思議な感覚に包まれてしまうからなのだ。
集められた大量の魔力と、そこに流れる地属性に偏った魔力の流れ──地脈。
そもそも地脈というのは、私達が暮らすこの星に張り巡らされた血管のようなものだ。
星の中心には巨大な魔力の核があり、そこから地表へと向かって伸びる無数の管こそが、地脈と呼ばれる地下深くから流れる星の核のエネルギー。
膨大な魔力を抱える星に満ちた魔力は地脈によって大地に満ち、空気に溶ける。自然と一体化した星の魔力は『マナ』と呼ばれ、私達人類は、そのマナと自身の持つ魔力を組み合わせる事で魔法を行使する。
そんな地脈の一つが、この大地の神殿の地下にある訳で……。
神官達の祈りの魔力と、地脈からのマナ。その両方が混ぜ合わさった空間で、個別の魔力を感じ取るのは至難の技だろう。
けれども、精霊であるオンブルくんはそれに敏感だってのだろう。私では気付けないような異変を、本能によって察知しているのだ。
「……分かった。慎重に進もう、オンブルくん」
「さあ、着いてきて!」
薄暗い通路は一本道で、私の炎以外に先を照らすものは無い。
そこをしばらく歩いていると、両開きの大きな扉が見えてきた。
その時点で、私はようやく異変を察知する。
「……っ! この扉の奥に、何か……居る……」
背中をゾワリと駆け抜ける、悪寒。
きっとこれが、オンブルくんが感じていた気配なのだろう。
けれども、先へ行かない訳にはいかない。
この地下通路は一本道で、この扉を抜ける以外に地脈へ向かうルートは存在しない。
この先に何が待ち構えていようとも……グラースさん達が向かった火山へ辿り着く最短ルートは、これしかないのだから……!
「……扉、開けるよ」
私の言葉に、オンブルくんが頷く。
恐る恐る腕を伸ばし、扉に手を掛ける。
重く鈍い音を響かせながら、私はいよいよその扉を開け──
──そこから漂ってきた気配に、私は思わず咳き込んだ。
「これっ、は……!」
扉の奥には、どんよりとした暗黒の霧──瘴気が充ち満ちていたのだ。
扉に何らかの仕掛けがあったのだろうけれど、まさか神殿の地下にこんな空間が広がっているとは思いもしなかった。
戸惑う私とオンブルくんに対し、瘴気の奥からねっとりとした声が耳に届く。
「おや、これはこれは……。このような場所に、貴女が顔を出してはなりませんよ? 炎の御子殿」
「この、声は……ルディイエ大神官……⁉︎」
「いつの間に私の名をお知りになったので? いえ、それよりも……」
おっとりした口調とは裏腹に、ルディイエ大神官はその声に怒気を含めながら言う。
「どうやって、あの結界から抜け出した……?」
あまりにも濃い瘴気が立ち込める中で、大神官の姿はここからでは目視出来ない。
身の危険を感じた私は、咄嗟に首から下げていた真紅のペンダントを右手で握り込んだ。
「……っ、来て! フランマ!」
私の呼び掛けに応じた彼女が、私を背後に庇うようにして炎の渦の中からその姿を現した。
「一体何だい、この酷い瘴気は……! 早速で済まないが、あんたの魔力を使わせてもらうよ!」
「うん、お願い……!」
強い不快感を示しながらも、フランマは私の中から必要な分だけの魔力を吸い上げていった。
体感で、五分の一程の魔力が失われていくのを感じる。そして炎の大精霊は、毅然とした態度を崩さない。
「フランマ、だと……? まさか、あの炎の大精霊のフランマか‼︎」
「あんたが誰だか知らないけどねぇ、ひとまずここらの瘴気を焼き払わせてもらうよ! フラム・サクレ‼︎」
有無を言わせず、フランマは私の魔力を変換した黄金の炎で辺り一帯を焼き尽くしていく。
漆黒の瘴気は輝かしい黄金に焼かれ、混ざり合う。
そこから一気に白い光の粒が現れ、聖なる炎によって瘴気が浄化されていく様が凄まじかった。
黒はみるみるうちにその総量を減らしていき、視界は金と白の世界に染まる。
全ての瘴気が彼女の手によって燃やし尽くされた後、そこに残ったのは、複雑な魔法陣と、台座に乗せられた巨大な水晶。
そして、悔しさで顔を歪めた大神官の姿だった。




