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9.魔女の企み

 忘れてしまった事があるような。

 早く目を覚まさなければと、頭の片隅で必死に呼び掛けてくるような、何か。

 気のせい、だろうか。


「────! ──────!」


 ……いや、これは気のせいなどではない。

 誰かの声が、何度も私を起こそうと呼び掛けて来る。

 徐々に明確になっていく意識と共に、全身にずっしりとのし掛かって来るような圧力を感じる。

 そんな重苦しさを感じながら目を開けると、視界は真っ赤に染まっていた。


「ここ、は……」


 身体が自由に動かない。

 それと同時に、私はこれまでに起きた事を思い出していく。


 体調を崩した私は、神殿でならば治療出来るという話をサージュさんから聞いて、神官さんから長時間に渡る治療を受けていた。

 しかしその実態は、炎の御子である私をここに閉じ込める為の罠だったのだ。

 私を取り囲むこの紅い景色の正体は、あの神官の男性が施した特殊な結界だろう。

 対象者を拘束する事に特化したものらしい。意識を取り戻した私は(はりつけ)にされたような状態で、両手を頭の上で纏め上げた形に捕らえられていた。

 軽く釣り上げられた状態なので、身体が少しだけ宙に浮いたようになっている。

 それに加えて、まだ怠さが抜けきらない身体と、全身を締め付けられているような窮屈さ。だんだんと頭はスッキリとしてきたけれど、ここから脱出する手立てはすぐに浮かばなかった。


 窓から見えるのはすっかり日が暮れた夜空。恐らくはもう、この神殿にグラースさん達は居ないはずだ。

 本来ならば、病人である私を預けるのに神殿は安全であるはずだ。

 けれどもこの神殿は──少なくともあの神官は、私達の味方ではない。


『炎の御子……貴女の自由を封じれば、我々が崇めるあのお方への被害を抑える事が出来る。貴女には、事が済むまで眠っていて頂きますよ』


 神官が口にしていたその言葉が、脳裏で蘇る。

 あの神官は、大地の神を信仰しているのではない。

 彼が崇めているのは──古の魔女ジャルジーだ。

 そうでなければ、彼女を再封印する可能性のある御子の邪魔をする必要性が無いのだ。

 御子は四人揃ってこそ、その真価を発揮する。その中の一人である私を妨害する事で、彼は魔女の封印を阻止しようとしているのだろう。


「御子さん、御子さん! 目が覚めたんだね? 良かった〜!」


 すると、どこからか少年のような声が聞こえてきた。

 私は辛うじて動かせる首を回しながら、その声の主を探す。


「だ、誰ですか……?」

「ここだよ、ここ! 御子さん、もっと下を見て!」

「下……?」


 声に従って視線を落とすと、そこには可愛らしい黒い子犬が居るではないか。


「あっ、やっと目が合った〜!」

「い……犬が、喋ってる……」


 きゅるるん、と潤んだ目の子犬は、確かに言葉を口にした。

 しかし当の本人──というか、本犬?──は、すぐに私の発言を否定する。


「ぼくは犬じゃなくて、闇の精霊なんだ! ご主人に頼まれて、御子さんに何かあったら助けてあげろって言われたんだよ」


 闇の精霊と名乗ったその子は、どう見ても愛らしいワンちゃんにしか見えなかった。

 ふさふさとした豊かな毛皮につぶらな瞳。垂れた両耳は動く度にふわりと揺れて、思わず抱き締めたくなるような衝動に駆られてしまう。

 けれども私は、その言葉を聞いてある事を思い出した。

 主人の危機に活躍し、私達騎士団に助けを求めた──サージュさんの使い魔の存在を。

 私はすぐにその疑問をその子に投げ掛けると、


「そうだよ! ぼくのご主人はサージュだよ! 御子さんは確か、フラムっていうんだよね? すぐにそこから出してあげるから、ちょっと待っててね〜」


 と返して、私から少し距離を空けた。

 やはりこの子は、サージュさんの使い魔だったのだ。

 彼の薬草園がある森でブラッドベアに襲われた際、騎士団に救助を要請したのがこの子だったはず。

 すると、私との間に充分な距離を取ったらしい使い魔くんは、こちらに向けて力一杯走り出した。


「とーうっ‼︎」


 元気な掛け声と共に、真紅の結界に体当たりを繰り出した使い魔くん。

 と同時に、簡単には抜け出せないと思っていた結界に大きなヒビが入った。


「えいっ! えーいっ!」


 何度も体当たりを繰り返し、遂に私を拘束していた結界はバリンと大きな音を立てて崩壊する。

 床に落ちた結界の破片は、形を保てなくなり魔力の粒となって消えてしまった。

 そして、私はというと……。


「ひゃあっ⁉︎」


 急に身体が軽くなったせいで、着地に失敗して尻餅をついてしまった。

 痛むお尻を撫でる私と、嬉しそうに尻尾を振るワンコ。


「た、助けてくれてありがとう。ええと、貴方の名前は確か……」

「オンブルだよ!」

「何度も体当たりしてたけど、身体は痛くない?」

「へっちゃらだよ! ぼくはね、結界破りが得意なんだ。それよりも早くご主人の所へ急ごう! さっきの大きな音で、この神殿の人達に気付かれちゃったかもしれないから」


 体当たりだけで結界を壊せたのは、この子が精霊だからだろうか。

 しかし、問題はまだ山のようにある。


「そうだね。だけど……」


 ここからスフィーダ火山まで徒歩で向かうのは、良策ではないだろう。

 王都に来る時に上空から見た限り、この地域一帯は足場が悪い。そのうえ、火山から流れ出た溶岩が川のようになっていて、場所によっては迂回しなければならないポイントがあったはずだ。

 今からでは救援部隊の馬車に乗るのは無理に決まっている。夕方には出発する予定だったのだから、どう考えても間に合わない。

 いや、もしかしたらお城にまだ白竜騎士団が残っているかも……? でも、四大国が合同で火山に向かうのだから、お城に竜を残せるような余裕はあるのだろうか?


 いつこの場に人がやって来るか分からない緊張感と、早く火山へ向かわなければという焦燥感に駆られる私。

 すっかり黙り込んで考えていると、足元に擦り寄ってくる柔らかな感触がした。


「大丈夫? 具合、悪いの?」

「オンブルくん……」


 心配そうに首を傾げて見上げてくる、黒い瞳。

 私は笑みを浮かべながら言う。


「大丈夫だよ。早く、皆の所に行かないと……だよね」


 私は少しふらつきながらも立ち上がり、ひとまず部屋を出るべきだろうと扉へと歩き出す。

 ……今のところ、廊下に人影は見当たらない。ここからどうにかして、グラースさん達を追わなければ。

 私を結界に閉じ込めたあの神官は、魔女派の人間と見て間違い無い。

 魔女派がこうも堂々と私に手を出してきたという事は、魔女ジャルジーもいよいよ本格的に動き出した証拠になりそうだ。


 それに、思い出してみてほしい。

 以前アイステーシスのお城の書庫で調べた、太古の時代。

 魔女ジャルジーは神々が生み出した神獣を操り、魔獣と化した彼らを人類にけしかけた。

 その神獣がもしも、古代種と呼ばれる魔物を指し示すのならば──スフィーダ火山に突如出現した古代種は、魔女が操る魔獣である可能性があるのではないだろうか。

 そして以前、ベルム村に古代鰐ブー・クロコディルが出現した際、シャルマンさんがこんな事を言っていた。


 ブー・クロコディルのような古代種が、各地で目撃されている──と。


 これが魔女の封印が弱まっていた事によるものならば、彼女はあの遺跡の中から行動に出ていたとも考えられる。

 それが真実ならば……魔女はあの火山で、何かを仕掛けてくるはずだ。

 あそこには各国から辿った選りすぐりの騎士や兵士、そして御子達が集まっている。彼らが纏めて叩き潰されれば、私達の側の戦力は大きく削がれてしまう。

 一人でも御子が欠けてしまえば、再封印は不可能になる。

 それは実質、魔女の勝利とも言える訳で……。

 私はごくりと唾を飲み込んで、足元に居るオンブルくんに目を向ける。


「……行こう、オンブルくん」

「うん!」


 魔女の思い通りになんてなるものですか。

 私は……私達は、貴女になんか絶対に負けない──!

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