3.四属性の御子
「予定通りの到着だな。待ってたぜ、クヴァール。それから、アンタが白竜騎士団の……」
「白竜騎士団団長、シャール・プラティーヌと申します。お初にお目に掛かります、ヴォルカン殿下」
お城に入ってすぐ、私達はヴォルカン王子に出迎えられた。
クヴァール殿下は少し心配そうな様子でヴォルカン王子に声を掛ける。
「普段より覇気が無いが……あまり休めていないのではないか?」
「あ? 別にいつも通りだ。アンタに心配される程ヤワじゃねえよ」
本人はそう言うものの、私から見ても彼の顔色は優れないようだった。
彼は軍を指揮して、住民の避難や対策にあたっている。救援部隊である私達が到着するまでの間、ほとんど休む時間が無かったのではないかという殿下の意見にも頷ける。
「オレの事は良いんだよ。それよりも、さっさとやる事済ませちまうぞ」
火山に出現したとされる古代種は、日が沈んだ今であれば活動が穏やかになるという。
殿下達はその間に調印式を済ませ、古代種討伐に向けた対策を練らなければならない。そして私は、炎の御子として他の御子達との連携や意見交換をする役目があるのだ。
自分の事よりも国民の安全を優先するヴォルカン王子の姿勢は、国を纏め上げる王族として正しいものなのだろう。
「カウザとフェー・ボクの国王と救援部隊も、数時間前に到着してる。後はウチの国王とクヴァールが揃えば、すぐにでも調印式が行われるはずだ」
「そうか。では早速、そちらへ向かうとしよう」
「後は御子同士の意見交換会だが……先にカウザの水の御子が部屋で待機してる。残りの二人も揃った事だし、こっちもすぐに始めるぞ」
「は、はい!」
ヴォルカン王子と目が合い、慌てて返事をする。
もう既に水の御子が居るのなら、後は私と大地の御子のヴォルカン王子……。残るは風の御子だけれど、その人ももう来ているのよね?
すると、クヴァール殿下はティフォン団長とシャルマンさんを連れて、お城の兵士さんに案内されて調印式の場へと向かっていった。
騎士団と魔術師団のトップが揃って護衛をするのなら、これ以上に心強い事はないだろう。
別れる間際、団長さんは私に力強く笑いかけ、シャルマンさんは小さく手を振ってくれた。慣れない状況に少し不安を抱えていたけれど、彼らの応援にとても励まされた。
「それじゃ、オレ達もそろそろ行くぞ」
歩き出した王子に続いて、白竜騎士団のシャールさんともう一人が続く。
「レディ、私達も向かいましょう。万が一の時には、私が貴女をお護りします」
「はい、ありがとうございます」
こんな私でも一応、アイステーシス王国にとっては貴重な人材だ。私の護衛にはグラースさんが着いてくれるらしい。
彼の言うような「万が一」の事態なんて起きてほしくないけれど、初めて土地では用心するに越した事はないのだろう。
そうして、ヴォルカン王子に案内されてやって来たのは、豪華な椅子とテーブルが置かれた広い個室だった。
部屋の奥には大きな鳥を模した金色の置物が置いてあり、壁には龍が描かれた横長の絵が飾られている。
そんな部屋で静かに座り佇んでいたのは、透き通るような空色の髪をした綺麗な人だった。
「待たせたな、水の御子」
ヴォルカン王子が声を掛けると、その人は無表情のままこちらに顔を向けた。
雪のように白い肌に、潤んだような藍色の瞳。
美しい少女のような顔立ちをしているけれど、しかしその身体つきはすらりとしており、座っていても身長が高いであろう事が良く分かる。
さっぱりとしたショートヘアである事も、カウザ王国の水の御子が男性とも女性ともつかない、中性的なミステリアスさに拍車をかけていた。
「……待ちすぎて眠かった。その二人が炎の御子と風の御子か?」
テンポが遅れて帰って来た言葉は、声変わり前の少年とも、少し大人びた少女の声にも思える声色だった。
けれども、私は元々カウザ王国で生活していた身だ。それに、私が炎の御子である事が騎士団をはじめとする一部の間に知れ渡ってから、他の御子についての噂話なんかを耳にする機会が何度かあった。
『カウザの城には、水の歌姫が暮らしているらしい』
そんな噂が、いつしか私の中で水の御子の事を指しているのではないかという予想に変わっていったのだ。
「ああ。こっちが炎の御子のフラムで……」
「自分はフェー・ボク王国白竜騎士団団長、風の御子のシャール・プラティーヌです」
「やはりそうか。そんな気がした」
礼儀正しく挨拶をするシャールさんに、水の御子はまたも無表情に言葉を返す。
それにしても、シャールさんが風の御子だったなんて驚いた。
エルフの騎士団の団長で、そのうえ風の精霊と契約を交わした超エリート……。自分がこの中でかなり平凡な人間である事を再確認してしまった。
「わ、私はアイステーシス王国の騎士団で治癒術師として働いています、炎の御子のフラム・フラゴルです。皆さん、本日はどうぞよろしくお願い致します!」
「ほう、癒し手さんか。ワタシもキミと同じ癒し系の仕事をしているぞ。ワタシはカウザの城で歌を歌う仕事をしている、メール・オーケアヌスだ。こちらこそよろしくな」
私が治癒術師であると知ると、メールさんは親近感を覚えたようで、ちょっとだけ表情が明るくなった。
本人の職場と仕事内容が噂と一致したから、多分メールさんは水の歌姫……女の子なのだろう。彼女は私より年下か、もしかしたら同い年ぐらいかもしれない。
「ひとまず挨拶も済ませた事だし、調印式が終わるまでに色々と話し合わなきゃならねえ。オレ達が四人揃った今、四属性の御子にはやらなきゃならねえ使命がある」
ヴォルカン王子のその言葉に、私達は黙って頷く。
すると、シャールさんが口を開いた。
「魔女の再封印……もしくは討伐。大昔の御子達が多くの犠牲を出しながらも捕らえた災厄は、解き放たれてしまいました。これを成せるのは、御子である我々だけ……」
「それぞれ魔女について知っている情報を提供してもらう。それから、どれだけ大精霊の力を使いこなせるかも話してもらわなきゃならねえ。この話し合いが済んだら、オレはここで出た情報を持って四大国同盟の作戦会議に参加するからな」
古代種が暴れ出す日の出前に、全ての情報を元に作戦を決め、一刻も早く古代種を討伐する。
そして、どこかへ消えた魔女と──彼女の手に堕ちたオルコを止める為、私達は戦わなくてはならない。
「今は少しの時間も惜しい。さっさと始めるぞ」
「はい!」
「おー」
「勿論ですとも」




