2.火山の王国
それから間も無く、エルフのシャールさん率いる白竜騎士団の協力によって、私達アイステーシス王国救援部隊の荷物がドラゴンの引く荷台に乗せられた。
すぐに私達も残りの荷台に乗り込み、いよいよ出発の準備が整った。
私が乗った大きな荷台の中には、見知った騎士団の面々と団長さん、そしてグラースさんも一緒だ。
殿下はシャルマンさん達魔術師団と共に乗り込んでいったので、現地に着くまではこのままの状態だろう。
屋根付きの荷台には小窓がついており、殿下の見送りに来たお城の兵士さん達の姿が見えた。
「それでは、スフィーダ王国の王都へと出発します!」
私達を運んでくれるドラゴンを操るエルフ騎士さんが、こちらに聞こえやすいように声を掛けた。
そして、ドラゴンは次々と鳴き声を上げ始める。風を巻き起こす音がした次の瞬間、突然の浮遊感が私の身体を支配した。
慣れない感覚に思わず目をぎゅっと閉じていると、グラースさんが私の肩をそっと抱いてくれた。彼の安心感のお陰か、そう長くない内にその浮遊感から解放される。
「……無事に飛び立てたようですね。もう大丈夫ですよ、レディ」
「は、はい……」
彼の言葉を受け、私はゆっくりと目蓋を開ける。
すると、小窓から覗く外の景色が目に飛び込んで来た。
どんどん離れていく、豆粒のように小さくなった王都アスピス。そして、外に広がる無限の青空。
この空の向こうに、私達が倒すべき相手が──救うべき人達が待っているんだ。
「……頑張らないと、ですね」
私が呟きに、グラースさんが頷いた。
「ええ。私達の持てる力の全てを発揮し、皆で手を取り合わなければ……!」
他の人達の迷惑にならないよう小声で話していると、すぐ側で私達を眺めていたティフォン団長が、ニヤニヤとした笑みを見せならがら言う。
「お前達、俺の知らない間に随分仲良くなったなぁ?」
わざとらしい言い方をする団長さん。
彼ももう立派な大人の男性だ。私達の様子を見て、ある程度の事は察しているのだろう。
「そ、それはそのっ……ええと……」
私がどう返事をするべきか戸惑っていると、
「男女の仲というのは、他者の知らぬ間に育まれるものです。ただ、レディをからかうのは感心出来ませんね。あまり度が過ぎるようでしたら、団長相手といえど容赦は致しませんよ?」
あまりにも落ち着いた態度で、しかしそこに相手への牽制を込めた発言を繰り出したグラースさん。
今の私達は職場仲間以上、恋人未満のような曖昧な関係だ。けれども私もグラースさんも、間違い無く互いに惹かれ合っている。
魔女の件を解決し、オルコとの決着を済ませたら……その時こそ、もう一度それぞれの結論を出すと決めたのだ。
ただ、今のグラースさんの言い方だと、私達はもうお付き合いを始めているように聞こえてしまう。そう捉えてしまったらしい団長さんは、その言葉を聞いてより笑みを深めていた。
「おー、怖い怖い。そりゃ、こんだけ可愛い恋人をいじめられたら怒りもするわなぁ」
「か、かわっ……⁉︎」
「分かって頂けたようで何よりです。さて、現地に到着してからは忙しくなりますよ。今の内に出来るだけ身体を休ませておきましょう」
私が訂正する間も無く、グラースさんが強制的に会話を終了させてしまった。
団長さんは私達を交互に見ながら、「ほ〜」とか「美男美女でお似合いじゃねえか」なんて呟いている。
せめてもう少し違うタイミングと場所で伝えたかった気がしないでもないけれど、そのお陰で適度に緊張感がほぐれた気がする。
そうして、日が沈み始めた頃。
馬車で行けば七日以上はかかる道のりが、ドラゴンの翼にかかればほんの数時間で済んでしまった。
これがフェー・ボク王国が誇る白竜騎士団の機動力という訳か。
一頭ぐらい私達の騎士団にもドラゴンを導入すれば、緊急時に遠方まで治療に行けるんじゃないかしら。
そんな事を考えていると、街の明かりが見えてきた。
「グラースさん、あそこがスフィーダの王都でしょうか?」
私が指差した先に見えたのは、溶岩の川が囲む中にある大きな街だった。
その中心部には巨大な建物がある。きっと、あそこがお城なのだろう。
そこから少し離れた場所にまた別の建物が見える。あれは何なんだろう?
「ええ、スフィーダ王国の王都オングルです。そして、向こうに見えるのがスフィーダ火山。あそこに例の古代種が現れたのです」
彼の言う通り、王都からある程度距離を置いたところに巨大な火山がある。
ここから徒歩で行くなら、一日以上はかかる距離だろうか。
あの火山の周囲にある町や村の人々は今、どうしているだろう。
もしも私がアイステーシスではなく、スフィーダ王国に居たとしたら、猛威を振るう古代種から彼らの命を護れたかもしれない。無意識の内に、そんなあり得ない事を考えてしまう。
白竜騎士団が操るドラゴン達は、王都のすぐ側に降り立った。
そこからスフィーダ王国が用意してくれた荷馬車を借り、お城へと物資を運んでいく。
火山は勿論、周囲を溶岩が流れるこの環境は、あまりにも暑い。まるで炎に包まれているような灼熱の気温だった。
王都オングルの門は、スフィーダ王国の文化を象徴する独特の雰囲気を醸し出していた。
それは街中やお城にも共通している。赤い柱や金色の龍の装飾、そして街の人々が着ている光沢のある布地の服など、目新しいものばかりで全てが新鮮だった。
しかし、救援部隊である私達の到着を目撃した彼らの表情には、期待と不安が入り混じっていた。
これ以上彼らが苦しむ事のないように、私達は必ず火山の古代種を倒さなくてはならない。
「アイステーシス王国救援部隊、並びにフェー・ボク王国救援部隊が到着した! 開門! 開門せよ‼︎」
お城の門番さんがそう叫ぶと、重い金属製の扉がゆっくりと開かれた。
古代種が休む夜の内に、私達にはすべき事が数多くある。その中でも重要なものの一つが、御子四人による情報交換だ。
私は王国騎士団の治癒術師であると同時に、アイステーシスを代表する炎の御子。他の御子達に侮られないように、気を強く持たないと……!
そうして私達は、ヴォルカン王子が待つスフィーダ王城へと足を踏み入れた。




