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8.魔術師レヴリーの記憶

「まずは、我が一族を王家に知らしめた初代当主について話そうか。これは本来、家督を継いだ者にしか語られない話ではあるのだが……歴代当主の間で、この歴史を知るべき者にだけ明かす事を許された話だ」


 コンセイユさんは静かに語り始めた。


「初代当主の名はレヴリー・ソルシエール。あらゆる魔法を得意とし、中でも呪具に関する知識や作製能力に長けていた天才だ」


 レヴリーはその魔法の腕を買われ、王家に仕える魔術師として力を振るっていた。

 そんな中、彼は四人の御子によって神殿に封印された魔女の瘴気を閉じ込める、新たな道具の開発を決意する。


「その道具というのが、彼自らが素材となる事で誕生した瘴気吸収の呪具だった」

「そこが気になるのよね。ただ単に瘴気を集めて封じ込める道具なら、魔道具と呼べば良いはずよ。なのに呪具と分類されているという事は……」


 シャルマンさんの疑問に、コンセイユさんが頷いた。


「そうだ。これには『呪いの道具』と言われる所以がある。お前にしては察しが良いな、シャルマンよ」

「こんなんでもアタシ、魔術師団の団長なのよ? それにお姉様の弟なんだから」


 彼が笑ってそう言えば、彼女も小さく笑みを零す。

 あまり仲が良さそうには見えなかったけれど、心底険悪な仲ではなかったようだ。


「……レヴリーは素材となる間際、遺跡の最奥にて魔女との接触を果たしたと言われている。これは国王も知らない事実だろう」

「魔女と接触、ですか……。その頃には既に魔女は封印されているはずですが、一体どのような方法でそのような事をされたのでしょうか?」

「御子の一人を連れ、大精霊の手を借り最奥まで続く道を浄化させながら地下深くへと進んだらしい。詳細は実際にその目で見てもらった方が早いだろう」


 その目で見るって、大昔に起きた事をどうやって……?

 すると、コンセイユさんはおもむろに立ち上がった。


「着いて来い」


 私とグラースさん、そしてシャルマンさんはそれぞれ顔を見合わせ、ひとまず彼女の言う通りに後を追う事で意見が一致した。

 部屋を出てエントランスに戻ると、一階の右手側の壁の前でコンセイユさんが立ち止まる。

 扉も何も無い行き止まりで、すぐ側には美しい花と果実の絵が立派な額縁に入れられ、飾られていた。


「あの、ここに何かあるんでしょうか……?」


 私の問いに、こちらに背を向けたままの彼女は行動で答える。


「我が名はコンセイユ。魔術師ソルシエールの血を継ぐ者なり」


 その言葉が鍵となっていたらしい。彼女の詠唱が終わると同時に壁が消滅し、奥へと続く道が現れた。

 そのまま先へと進むコンセイユさんにシャルマンさんが続き、私とグラースさんも二人を追い掛ける。

 しばらく歩いたところで彼女が告げる。


「この先は下り階段だ。足元に気を付けろ」

「は、はい」


 彼女の忠告通り、隠し通路の先には地下への階段があった。

 建物の二階分程度はあっただろうか。最後の段を下り切った先には、大きな石造りの工房が広がっていた。

 あまり掃除がされていないのか、壁際に置かれた棚や作業台の上には埃が積もっている。


「これは……魔術用の工房ですか? かなり古いもののように見受けられますが……」

「その通りだ、氷の騎士よ。ここは初代当主レヴリーが愛用していた魔術工房だ。彼が使っていた当時のまま保存してあるぞ」

「下手に触れない方が良さそうね。何しろ初代様は、呪いの達人だったんだから」


 シャルマンさんが言ったように、部屋のあちこちには古ぼけたよく分からない品々が放置されていた。

 これがもし強力な呪いの道具や材料だとしたら、うっかり変な風に弄って大変な事になってしまうかもしれないもんね。怖い怖い……。


「それで、お姉様。アタシ達に何を見せるつもりなのかしら?」

「先程言った通りだ。この工房は当主である私のみが自由に開閉出来る権限を持っている。ここならば貴重な品を保管しておくには最適という事だ」


 言いながら、彼女は棚の奥から小さな箱を取り出した。

 片手で軽々持てる程度の長方形の小箱の中には、二つの物が仕舞い込まれている。

 その内の一つを手に取ったコンセイユさんは、それを私へと差し出した。


「御子殿、これを手の中で軽く握り締めてくれ」

「こ、これは……?」


 私の手の上にちょこんと乗った、青紫色の石が嵌め込まれた銀の指輪。

 その指輪からは、かなり強力な魔力を感じる。


「初代が魔力を込め、仕掛けを施した魔道具だ。見た目はただの指輪だが、それにはレヴリーの記録が残されている」

「この指輪に、魔術師レヴリーの記録が……? そんな事が可能なんですか?」

「宝石には元から魔力が込められているものだ。それを利用し作られるものが、杖や剣に取り付けた宝石で魔力を増幅する武器だ。その応用で、己の魔力を受け入れる器として手を加える手法を考案したのが初代当主……。これは、そういった魔道具の一つに過ぎないのだよ」


 まあ、並みの魔術師では作製すらままならない高等技術の結晶だが……と、彼女は言葉の最後に付け足して言った。


「ひとまずそれを手で握り、そなたの魔力を流してみると良い。ああ、それから生憎だがこれは一人用だ。順番に指輪を起動させてもらうしかない」


 一通りの説明を受けた私は、右手の上に輝く指輪に視線を落とした。

 どうやらこの指輪から感じる魔力は、初代当主レヴリーのものだったらしい。これだけ強力な魔力を残した魔術師が、後世の為に何を記録したのだろう。

 私は意を決して指輪をきゅっと握り締め、少しずつ手の中に魔力を流し始めた。

 それからほんの数秒後、意識が彼方へと旅立っていくような感覚を覚えながら、私はそのまどろみの中へと沈んでいった。



 ******



「ああ、だからアナタの力が必要なんだ。これは国王陛下からの勅命(ちょくめい)だからね」


 聞き慣れない男性の声がする。

 どうしてもその声を聞かなければいけないような気がして、私は重い瞼をゆっくりと開けた。


「国王陛下の、ねぇ……。一応僕もフェー・ボクの国王なんだけど、その態度もうちょっと直した方が良いんじゃないかなぁ?」


 苦笑を浮かべているのは、長い銀糸の髪に王冠を被ったエルフの男性だった。

 その向かい側に立つもう一人の男性の姿に、私は思わず目を疑ってしまった。

 何故なら彼は、シャルマンさんと瓜二つだったから──。


「そんな寂しい事言わないでよ、カミールおじさん。ボクとおじさんの仲じゃない」

「おじさん言うな。君とは魔術教育の一環で、一年限りの師弟関係になっただけだろう? それも君がもっと小さかった頃の話じゃないか」

「もしかして、あんまりボクがおじさんと親しくしてると怒られるからかな?」

「分かっているなら直してくれよ、レヴリー。また面倒な連中から小言を聞かされる僕の立場も考えてほしいよ」


 どうやらここはどこかのお城の玉座の間のようだ。

 二人の様子を見る限り、これはまだレヴリーが呪具の素材になる前の出来事らしい。

 コンセイユさんに渡された指輪は彼の過去を記録していると聞いてはいたけれど、まさか過去に戻ってその場を目撃する事になるなんて思いもしなかった。

 ……待って。これって二人に見付かったらまずいんじゃないの? かなり危ないやつなんじゃないの⁉︎

 慌てて近くの柱の影に隠れて様子を伺うも、さっきまで堂々と部屋の中央に立っていた私の存在は気付かれていないような気がする。

 これは私が過去に戻った訳ではなく、()()()()()()()()()を再現した夢の中に居る……という事なのかもしれない。

 そう結論付けても、何となく隠れたくなってしまう小心者の自分が憎い。


「……分かったよ。それではカミール陛下、どうか私と魔女の遺跡に同行して頂きたい。貴方様の持つ風の御子としての力をお借りし、彼の地に蔓延(まんえん)する瘴気からこの私の身をお護り下さいませ」


 先程までと態度が一変したレヴリーは、丁寧に膝をついて国王カミールに頭を垂れた。


「その願い、風の御子カミールがしかと聞き届けた。……やれば出来るじゃないか」

「何せ、ボクはおじさんの弟子だからね」

「僕も本当はこういう堅苦しいのは好きじゃないんだけど……君が行くと言うなら断る理由も無いさ。最も魔法に適した種族と言われていたはずのエルフ……その誰よりも才能を開花させたレヴリーの頼みとあれば、この力存分に振るわせてもらうよ」

「ありがとう、カミールおじさん」


 和やかに会話する二人の姿を眺めながら、私は思う。

 こんな風に自然な笑顔を浮かべている優しそうな彼が、どうして自らの命を投げ出してまであんな呪具を作ってしまったんだろう。

 そして、何故それを他人の心臓に埋め込むという方法を考え付いてしまったのか……。

 そんな事を考え込んでいると、急に目の前の景色が移り変わった。

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