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7.薔薇の女当主

「お二人共、準備は宜しいですか?」

「はい、大丈夫です」

「いつでも出発出来るわよ〜」


 三人で話し合った結果、私達は翌日の早朝にソルシエール邸へと出発する事になった。

 ソルシエールのお屋敷は、王都の南西の川を越えた先にあるのだそうだ。

 それほど遠い場所でもないらしく、馬車で行けば夕方には到着出来るそうだ。グラースさんが御者として馬を操り、私とシャルマンさんを乗せてくれるのだという。


「それではソルシエール邸へ向かいましょう。さあレディ、足元にお気を付け下さい」

「ありがとうございます」


 グラースさんに促され馬車に乗り込み、シャルマンさんも私に続く。

 それから間も無くグラースさんによって馬車が走り出した。

 道中に何度か魔物が現れたけれど、全てグラースさんとシャルマンさんの手ですぐさま倒された。その間私は馬車の中で二人を見守るしかなかったけれど……彼らが怪我しなかった事が救いだろう。

 合間に休憩を挟んで馬を休め、予定通り日が暮れる頃にシックな外観のお屋敷に到着した。

 夕焼けに染まるお屋敷はどこかもの寂しい雰囲気を感じる。馬車が到着したと同時に、大きな鉄製の両開きの門が開かれた。

 馬車を降りると、長いスカートのメイドさんが出迎えにやって来た。


「お帰りなさいませ、シャルマン様」

「久し振りね、ジュリア。お姉様から話は聞いてるかしら?」


 黒髪をお団子状に纏めた青い目のメイドさんは、シャルマンさんの言葉に小さく頷く。


「はい。そちらの女性は炎の御子、フラム・フラゴル様ですね? わたくしはソルシエール家にお仕えするメイドのジュリアと申します。失礼ながら、そちらのお方はどなた様でしょうか?」

「私はアイステーシス王国騎士団の副団長、グラース・アヴァランシュと申します。本日はレディ・フラムの護衛として同行させて頂きました」

「左様でございますか。それではシャルマン様、フラゴル様、アヴァランシュ様。ご主人様をお呼び致しますので、客間の方へご案内させて頂きます」


 余計な私語は一切挟まないジュリアさん。

 シャルマンさんのお姉さんは厳しい方だと聞いているから、きっとここで働くメイドさん達も真面目でしっかりした人達なんだろう。

 手入れの行き届いた庭をちらりと眺めながら、私達はソルシエール家のお屋敷へと足を踏み入れた。


 内装は魔術師の家系らしい落ち着いた印象で、どこからかさっぱりとしたハーブの香りが漂っている。

 エントランスを抜けて案内された客間に入り、しばらくしてドアをノックする音が聞こえて来た。

 ジュリアさんの手で開けられた扉の向こうには、シャルマンさんによく似た──とは言っても、顔付きは薔薇の棘のように鋭く美しい女性が立っていた。


「想定通りの日時の到着だったな。私の屋敷へようこそ、炎の御子よ。そして、我が愚弟(ぐてい)シャルマンよ」


 女性でありながも、彼女は男性向けのデザインの礼服に身を包んでいる。

 それが当主であるが故なのか、彼女個人の服の趣味なのかは分からない。

 けれど、きっと彼女なら礼服でもドレスでも完璧に着こなしてしまうんだろう。それだけの華と気品を兼ね備えているのが一目で分かる。


「私はこの家の当主、コンセイユ・ソルシエールだ。会えて嬉しいぞ、炎の御子……フラム・フラゴル」


 姉弟で同じ薄紫色の髪を持つコンセイユさんは、その滑らかなロングヘアーを微かに揺らしながらそう言った。


「この度はお招き頂きありがとうございます、コンセイユ様」

「ああ、急な誘いにも関わらずありがとう。それから、氷の騎士グラースよ。この愚弟が迷惑を掛けてしまってすまないな。そなたにも出来うる限りのもてなしをさせてもらう」


 そう言って、コンセイユさんは私達の向かいのソファに腰を下ろした。

 それからすぐにジュリアさんが温かい紅茶を用意して下さったので、その香りと味に馬車移動での疲れがちょっぴり癒される。

 すると、コンセイユさんがティーカップから口を離してから言う。


「……さて、そろそろ本題に入ろうか。そなた達が欲しい情報というのは、魔女と御子に関するものだったな」

「ええ。その為にお姉様の……ソルシエール家当主だけに伝えられる話を聞きに来たの」


 シャルマンさんが口を開いたその瞬間、コンセイユさんの眉がピクリと動いた。

 あまり仲が良くないのか、彼女の声のトーンも少し下がっている。


「お前は本当に相変わらずだな……。まあ良い。こうして御子殿と顔を合わせる機会を得られたのだ。もうじきそれどころではなくなるだろうからな」


 その発言に、グラースさんが疑問をぶつけた。


「それどころではなくなる、とはどういった意味でしょうか?」


 彼女は静かにカップをソーサーに置きながらそれに答える。


「我がソルシエール家が魔法に長けた一族だというのは知っているな? その愚弟は爆炎魔法を、それに対して私は召喚魔法を最も得意としている。例えば……」


 と、コンセイユさんはパチンと指を鳴らしてみせた。

 それを合図に、彼女の頭上に一匹のコウモリが現れた。コウモリはパタパタと元気に飛び回っている。


「このコウモリは私の使い魔だ。他にも様々な種類と契約を交わしているが……私はこれらを用いての情報収集をしているのだ。クヴァール王子にも協力を要請される事もある程度には、確かな実力があると信用してもらって良い」


 コンセイユさんが殿下から協力要請を……?

 もしかしたら、これまでの任務で彼女が掴んだ情報に助けられた事もあるかもしれないのね。

 もう一度彼女が指を鳴らすと、コウモリはキー! と一声鳴いて姿を消した。詠唱も無しに魔法を操るというのは、最上位の魔法の使い手である事の証明だ。


「ここ数日、アイステーシスをはじめとする貴族達の間で御子殿の事が話題になっていてな。遂に四人目の御子が出現し、王子がその娘と共に生誕会の場に登場したと大盛り上がりだ」


 確かに私はクヴァール殿下の生誕パーティーに出席していた。

 おまけに殿下にエスコートされる形で大広間に向かったし……。知らない女性が殿下の隣に居れば、話題にならないはずがないか。


「でもお姉様、どうして彼らの間でフラムちゃんが炎の御子だって話が拡まってるの? 殿下の事だから、あまりその事は公にするつもりはないと思うんだけれど……」

「シャルマン団長の仰る通りです。殿下は当然の事、レディ・フラムも自らその件を他人に明かすような方ではありません。それも、見ず知らずの貴族になど……」

「ああ、確かに王子も御子殿もそれを言いふらした訳ではない。情報の出所はとある貴族の男だ」

「貴族の……男性……?」


 私はパーティーの日の夜を思い返す。

 貴族の知り合いなんて心当たりは無いし、あの日知らない誰かと話したような記憶は特に無い。

 可能性があるとするなら……。


「もしかして、黒騎士の襲撃で怪我をされた方々が……?」


 私の言葉に彼女は頷いた。


「騎士団の病棟でそなたの治療を受けた貴族達は、瞬く間にあらゆる傷を治していく様を見ていたからな。貴族は噂話やら何やらが大好物だ。驚異的な治癒魔法を操り、王子が目に掛けているそなたこそが四人目の御子に違いないと言いふらしたのだよ」

「あっ……」

「魔女復活も知れ渡り始めた今、伝説に語られる御子が四人揃えばどうなると思う? あやつらは魔女の再封印、もしくは悲願の討伐を期待してしまうだろう」


 更に彼女は続けて言う。


「それだけではない。王国内には魔女派と呼ばれる一派の存在も囁かれている。あやつらがそれを知るのも時間の問題だ」

「魔女派……。強大な力を持つ魔女こそが世界の全てを支配すべきだと訴える、王国否定派の者達ですね。確かに彼らが実在するというのなら、この機会を逃すはずがありません」


 魔女派にとって、魔女ジャルジーが復活した今こそがその願いを叶える絶好のチャンスだろう。

 そうなれば、彼らにとって最大の邪魔者である私やヴォルカン王子が命を狙われる危険がある。


「だから私は、それどころではなくなると言ったのだよ。魔女だけでなく、魔女派の一味も捕らえなくては御子達の安全は今後もどうなるか分からない」

「お姉様の言う通りね。魔女をどうにか出来たとしても、それを恨んだ魔女派からフラムちゃんが狙われる危険性は消えないんだもの」

「まあ、その件に関してはそろそろ魔女派の目星がついてくる頃だろう。氷の騎士よ、そなたらの手で御子殿を護ってやってくれ。そちらは私がどうにかしてみせよう」

「勿論です、ミス・コンセイユ。彼女は私が……必ずや……!」


 確固たる意思を込めたグラースさんの言葉に、私は思わず頬が熱くなる。

 ちらりと隣に目を向けると、彼のアイスブルーの瞳もこちらに向いていた。


「その意気だ。少し話が逸れた気がしないでもないが、一度本題に戻るぞ」

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