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5.約束

 シャルマンさんとのやり取りがあってから、もう二日が過ぎていた。

 アイステーシスでの滞在期間を延長したヴォルカン王子は、魔女復活による捜索支援の件を国に持ち帰る為、今朝お城を出発した。

 王子は討伐に前向きな姿勢を見せているそうで、また近い内に彼と顔を合わせる機会もありそうだ。私も彼も御子だからね。私達でなければ魔女の封印が出来ないんだもの。

 クヴァール殿下の指示により、魔術師団は引き続き遺跡の瘴気の封印維持と魔女の捜索を。一方、騎士団は漏れ出した瘴気によって活発化した魔物の討伐に駆り出されていた。

 今回は王都からそう遠くない地域での任務という事で、私は宿舎で留守番だ。

 いつ魔女が発見されるか分からない為、可能な限りで治癒ポーションや魔力回復効果のあるポーションの製造に取り組んでいる。

 なので朝からずっと調合室に籠りきりだったのだけれど、そこへドアをノックする者が現れた。


「レディ、私です。少々お時間宜しいでしょうか?」


 グラースさんの声だ。

 私はハッと顔を上げて返事をする。


「ど、どうぞ!」

「失礼致します」


 私は素材を刻む手を止め、彼を迎え入れた。

 今日の任務にはグラースさんと団長さんは向かっておらず、各部隊の隊長に現場を任せていた。

 二人は黒騎士の件での書類報告や、魔術師団からの報告の整理などで忙しいと聞いている。そんなグラースさんがこうしてやって来るなんて、何かあったのだろうか。


「作業の邪魔をしてしまい申し訳ありません」

「いえ、そろそろ一度休憩を挟もうかと思っていたところですから。ところで、私に何かご用でしょうか?」

「ええ。先程、シャルマン団長の使いの方から伝言を預かったのです。レディ・フラムと私に、昼食を兼ねた相談事があるそうで……」


 シャルマンさんから相談事……?

 それも、私だけでなくグラースさんも一緒に?

 私と同じく、グラースさんもそれに疑問を抱いているようだ。


「何のお話なのかはまだ分からないのでしょうか?」

「はい……。彼の事ですから、何か魔女の件で進展があったという事も考えられますが……。如何なさいますか?」

「……呼ばれているのでしたら、断る理由はありません。そういえば、そろそろお昼の時間帯ですよね」

「場所はこちらの宿舎の食堂になります。それでは私はシャルマン団長にお返事を伝えに参りますので、時間になりましたらまたお迎えに上がります」

「はい、ありがとうございます」


 よし、それならグラースさんが来るまでにこの辺の薬草は片付けておこうかな。夏だから室温で劣化しやすいし、きちんと保管袋に戻さないと。

 そんな事を内心で考えていると、無言のままのグラースさんと目があった。シャルマンさんに会いに行くと言っていたにも関わらず、彼はその場から動く気配が無い。

 私はそんな彼が心配になり、声を掛ける。


「グラースさん、どうかなさいましたか……?」


 眉を下げ、眉間に皺を寄せる彼。

 すると、グラースさんは絞り出すように声を発した。


「……私の力が至らなかったばかりに、貴女を危険な目に遭わせてしまうかもしれません。魔女の遺跡……私は最初からあの場に居たというのに、魔女の虜となったオルコ・ドラコスを食い止める事が出来なかった……!」

「グラース、さん……」


 そう言いながら、グラースさんは悲痛な面持ちで言葉を続ける。


「フラムっ……! 私は、貴女に相応しい男だと言えるのでしょうか……?」

「グラースさんはとても素敵な人です。それは間違いありません! ですから、そんな辛そうな顔をしないで下さい……」


 あの日の夜から、ほとんどグラースさんと話す時間が無かった。

 彼はずっとその事を悔い悩んでいたのだろう。やっと二人きりで話せるこの機会に、抱えていた不安や苦しみが溢れ出してしまったのかもしれない。

 私は不安に揺れる澄んだ空色の瞳を見上げながら、彼の頬に右手を伸ばす。

 そっと触れた指先に、彼はピクリと肩を震わせた。


「あれは、貴方一人の責任なんかじゃありません。歴代の王様や、それを隠してきた側近の人達……。それに、一番の原因は魔女本人なんです。力が及ばなかったのは、オルコがあの場に向かうまでに追い付けなかった私だって同じです。全部ぜんぶ、グラースさんが背負うような事じゃないんですよ?」


 彼の全てを知っている訳ではないけれど、私は彼の責任感の強さを知っている。正義感の強さを知っている。

 そして何より、本気で私の事を想ってくれているのだという事も──。

 そんな彼だからこそ、こんなにも思い詰めてしまったのだろうから。

 だから私も……そんな彼を支えたい。


「ですが私は、貴方の身に降り掛かる危険や不安を、全て取り除いてみせると誓ったというのにっ……!」


 そうして彼は、声を震わせながら固く目蓋を閉じた。


「グラースさん。私だって、貴方と同じ気持ちなんですよ……?」


 今ならきっと、私のこの気持ちを伝えられるかもしれない。

 次第に高鳴っていく胸の鼓動を感じながら、私は意を決して行動に出た。

 私は精一杯背伸びをして、彼の頬にそっと唇を寄せる。

 ほんの一瞬の出来事だったけれど、それだけで私の心臓はこれ以上に無いくらい激しく脈打っていた。


「……っ⁉︎ フラム、今のは……!」


 驚いて目を開けたグラースさんと視線が絡み合う。

 自分のやった事がどうにも恥ずかしくて、彼の顔を見るのが照れ臭いにも程がある。

 だけど、今の彼に私の本心を真っ直ぐに受け止めてもらうには、これしか思いつかなかったんだ。


「わ、私も、グラースさんの事が心配なんですっ! オルコと戦った時の怪我だって、必死で必死で治したんですよ? 出来る事なら、私がグラースさんの身代わりになりたいぐらいでした」

「フラム……そんなにも私を想ってくれていたのですね……」


 グラースさんは今にも泣き出しそうな、けれども幸せそうな微笑みを浮かべて私を抱き寄せた。

 私も彼の背中に腕を回し、視界を潤ませながら彼を見上げる。


「今度は私も一緒に戦います。アイステーシス王国の、炎の御子として……!」

「貴女が私を必要として下さるのであれば、私もこの命に懸けて貴女と共に戦いましょう。そして、その暁には……必ずや貴女にこの愛を捧げるとお約束致します」

「はい、約束です。二人で、一緒に……!」


 その約束を互いの胸に刻み付けるようにして、グラースさんは私の額に唇を落とした。

 私達の誓いの口付けは、全てに決着を付けた──その時に。

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