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3.呪いの家系

「それで、アタシに話って?」


 シャルマンさんが淹れてくれた紅茶を一口飲んでから、私は口を開く。


「先程、謁見の間で国王陛下がお話していた時の事なのですけれど……。シャルマンさんは、何かあのお話の中で気になる事があったのではないかと思いまして」


 あの時確かに、彼は何かに気付いたような素振りを見せていた。

 シャルマンさんは古代鰐の事にも詳しかったし、あの話の中で魔女に関する事に心当たりでもあったのではないか……と、私は思っている。


「それが気になって会いに来たって訳ね」


 彼は両手でティーカップを持ちながら、小さく苦笑した。


「まだ憶測の域を出ていないから、きちんと調べ上げてから報告すべきだと思っていたんだけれど……。でも、そうね。御子の一人であるアナタになら、自分の中で整理するついでに話してみるのも悪くないかもしれないわ」


 ソーサーにカップを置いた彼は、ソファーから立ち上がる。

 そして、少しだけ片付けた部屋の奥。その机の上にあった用紙を手に戻って来た。


「その紙は……便箋(びんせん)、ですか?」

「ええ、そうよ。実はね、フラムちゃんがこうして訪ねてくるまで、実家に手紙を書いていたのよ」

「シャルマンさんのご実家に?」


 彼は言いながら、そこ便箋をテーブルの上に置く。

 しかし、それは途中までしか書かれていないようだった。内容が最初の挨拶の部分で止まっている。


「アタシの実家……ソルシエールの家は、大昔から続く魔術師の家系なの。当時の国王陛下からソルシエールという家名を与えられた初代当主様は、王家に仕えていた偉大な魔術師だったと言われているわ」


 彼の家名であるソルシエールとは、古代の言語で『魔法使い』を指す言葉なのだそうだ。

 そんな名前を頂戴する程の魔術師の血を引いているのならば、シャルマンさんが使い手の少ない爆炎系の魔法を操れるというのも納得出来る。彼が受け継いだ確かな才能と、蓄えられてきた知識による実力が織り成す業だものね。


「ソルシエール家の魔術師達は、初代様に倣ってアイステーシス王国において数々の魔法や魔道具を生み出し、国に貢献してきた。一応、アタシもそんなご先祖様に憧れてこの道を志したんだけど……」


 彼は誇らしいはずの歴史を語っているはずなのに、その綺麗な顔を曇らせていた。


「今日、陛下のお話を聞いていた時に……思い出したのよ。ソルシエール家の初代当主は、類い稀なる呪術の使い手で、ある日を境に失踪したそうなの。……この話、聞き覚えがあるでしょう?」

「もしかして……魔女の瘴気を集める呪具の素材になったのが、シャルマンさんのご先祖様……⁉︎」


 震える私の声に、シャルマンさんは重く頷いた。


「恐らく、その可能性が高いでしょうね。その件については、多分アタシよりもお姉様の方が詳しいはずなの。今の当主はお姉様だから、初代様について何か知っているかもしれないわ」


 古代のアイステーシスにおいて、圧倒的な力を誇った魔術師──ソルシエール家初代当主。

 彼の話が事実だとすれば、遺跡から溢れる瘴気を留める為の器……黒騎士へと変貌したトネールさんの心臓に埋め込んだ呪具を開発し、その素材となって自ら命を落とした魔術師が、その人物である可能性が高いという。

 古代の魔術師。

 呪術に長けた者。

 王家に仕えた魔術師。

 ……彼の話と陛下の話に、共通点が多いのは間違い無い。


「今は一つでも多く情報を得た方が良いもの。仮に魔女を見付けたとしても、そう簡単に再封印されるはずがないわ。それに……」

「……魔女を封印するには、地水火風の御子の力が必要なんですよね? それなら私も協力します! あれだけの濃密な瘴気を放つ魔女を、このまま自由にさせて良いとは思えません!」

「そうね。きっとスフィーダのヴォルカン王子も、他の御子達にも力を貸してもらえるよう、クヴァール殿下が動いているはずだわ」


 だけど……と、シャルマンさんは続ける。


「同じ技が二度も通用する相手だとは思えないわ。それにアタシが知る限り、魔女に関する文献には『虜』に関する記述は無かったの。魔女は気の遠くなるような長い年月をかけて、新たな手駒を増やした事になるわ」


 魔女の虜。

 トネールさんが亡くなる直前、口にしていた言葉だ。

 魔女の虜となったオルコは、シャルマンさんをはじめとするアイステーシス王国の精鋭達をを突破し、魔女の封印を解いてしまった。

 私の記憶にあるオルコといえば、顔は良くても性格はとんでもない浮気男。とてもじゃないけど、剣の腕でも魔法の実力でも、オルコは彼ら全員を相手に出来る実力ではなかったはずだ。


「これはアタシの予想でしかないけど、アナタの元婚約者は……何らかの契約によって、魔女から力を与えられているかもしれない。多少様子がおかしい部分もあった。でも、完全な魔女の操り人形という訳でもないみたいなの」

「そうなると……オルコは自らの意思で魔女に従っているという事になるのでしょうか?」


 顎に手を当てて、シャルマンさんは言う。


「契約の形式は大精霊と御子のものと近いかもしれないわ。フラムちゃんの例を見るに、御子は単独でもかなりの力を発揮出来るようだけれど、契約を果たす事で大精霊側に大きなメリットが発生するようなの。それがフランマ様の浄化の炎──契約者であるフラムちゃんの魔力を貰う事でしか使えない、特別な能力ね」

「では、オルコの場合は魔女から魔力を貰う事で大きな力を得ているのでしょうか?」

「多分そう。だけどその力が強すぎるせいか、精神的に不安定な状態にあるみたいなの。あのオルコって子、まるで自分が魔王にでもなったみたいなハイテンションだったわよ」


 魔女の力を得たオルコが、その魔力の影響で気が大きくなっている……?

 本当にそんな事があるのかしら。ただ単にあいつが調子に乗っているだけな気がするけれど……。


「問題なのが、そんな状態でも自我が残っているという事よ。アタシ達が束になっても手こずるような相手が、今の状態でアナタの前に現れたらどうなると思う?」

「あっ……!」


 その言葉に、私は目を見開いた。

 そうだ。オルコは今度こそ私を殺す為にアイステーシスまでやって来たんだ。

 魔女の力を手に入れた今のオルコにとって、非力な私の息の根を止めるなんて息をするより簡単な事かもしれない。


「魔女を封印するには御子の力が必要。でも、魔女の側には虜が居る。アナタと彼が出会うのは、ほぼ確実なのよ」

「……そうかも、しれませんね」

「アナタを怖がらせたい訳じゃないのよ? だからこそ、魔女やその虜に対抗出来る手段が無いか調べようと思っているんだから!」


 そう言って、彼は勇気付けるように力強く笑んだ。

 シャルマンさんの太陽のような笑顔に、沈んだ気持ちが少し軽くなったような気がした。


「ありがとうございます、シャルマンさん」

「お礼なんて良いのよ〜! お姉様に会うのはちょっと……いえ、かなり気が重いけど、しっかり話を聞いてくるつもりよ。実家にも何か手掛かりになる物があるかもしれないもの!」


 けれど、お姉さんの話に戻った途端に暗い表情に逆戻りだった。

 私は疑問を素直に口に出す。


「……ご実家のお姉さんはそんなに怖い方なんですか? シャルマンさんに似た方でしたら、怖いイメージなんて全然無いのに……」


 すると、彼は頬を掻いて


「アタシのお姉様は……かなり厳しい性格なのよ。美人で頭もキレる自慢の姉なんだけれど、あまり気が合わなくって……」


 と、整った眉を下げながら言った。

 男性なのにとても美しいシャルマンさんのお姉さんなら、同じように美人であろう事は容易に想像出来る。

 それなのに性格は正反対のようだから、彼がお姉さんを苦手に思うのも無理はないかもしれない。


「そのせいで早くに家を出て魔術師団に入団したっていうのもあるんだけど……まあ、多分何とかなるわ。ていうから何とかなってくれないと困るわね」

「そ、そうですね……」


 お姉さんの顔を思い浮かべているのか、遠い目をしているシャルマンさんが心配だけれど、私に出来る事は彼の心の無事を祈るぐらいしか無いだろう。

 少し冷めて飲み頃になった紅茶で喉を潤していたその時、私はここに来たもう一つの理由を思い出した。


「あ、そういえば……! あの、私この前こんな物を作ってみたんですが……」


 私はシャルマンさんに小さな瓶を差し出した。

 彼はそれを受け取ると、興味深そうに中身を眺める。


「綺麗なピンク色の液体……。これ、何かのポーションかしら?」

「カザレナの花とペルワラの茎で作った、フルール・オー・ベニートという聖水です。悪魔や魔女、呪いを祓う為に使われていたものだそうで、黒騎士の……トネールさんを正気に戻す事も出来ました。もしかしたら、シャルマンさんの呪いにも効果があるかもしれないと思って……!」

「フラムちゃんが、アタシの為に……?」


 その言葉に、私は大きく頷いた。


「古代鰐の討伐任務へ向かう馬車の中で呪いの話を聞いてから、こんなに優しい人が理不尽な事で辛い思いをされているなんて、どうしても放っておけなくて……。私にもシャルマンさんの力になれるような事があるんじゃないかと、自分なりに調べてみたんです」

「フラムちゃん……」

「頼まれた訳でもないのに、勝手な真似をしているのは分かっています。これは本当に、私の自己満足でしかありません。絶対に効果が出る保証もありませんし……」


 黒騎士となって暴走していたトネールさんは、この聖水で魔女の瘴気から解き放たれた。

 だけど、シャルマンさんが受け継いだ呪いがどれだけ重いものなのかは分からない。


「必要無ければ捨てて頂いて構いません。ですから……」


 私が見付けられた解呪の手掛かりはこれだけだった。

 これが効かなければ、彼をぬか喜びさせるだけの嫌がらせにしかならないだろう。

 すると、言いながら俯く私に、シャルマンさんはこう言った。


「そんな悲しい事、言わないで頂戴」

「シャルマン、さん……」


 恐る恐る顔を上げると、彼は手にした聖水の瓶を見て目を細める。

 その眼差しは、とても穏やかで優しかった。


「アタシなんかの為にアナタが頑張ってくれた事だけでも、アタシはとっても嬉しいの。今までずっと一人でこの呪いを解く手掛かりを探していたから……」


 そうしてシャルマンさんは、私の目を見ると表情を引き締めた。


「……フラムちゃん。これの使い方を教えてもらえるかしら? せっかくアナタが用意してくれた物だもの。早速試してみたいの」

「勿論です! やりましょう、今すぐに……!」

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