2.意外性
アイステーシス王城魔術師団は、その名が示す通り王城を主な活動拠点とする一団である。
彼らはその魔法の腕前が必要となる任務が舞い込んで来ない限りは、個人やグループで進める魔法やポーションの研究、魔道具の開発に全力を注ぐのが一般的だ。
その過程で、私も書庫に調べ物をしに来る魔術師さんをよく見掛ける。
集中して研究・開発に臨める設備と、難しい専門書も取り揃える書庫。そして寝泊まり出来る居住エリアまでもが揃ったこのお城は、彼らにとって夢のような職場であると言えるだろう。
けれども、今の魔術師団にはそれらを後回しにして挑まねばならない最重要案件がある。
それは魔女ジャルジーの復活によって溢れ出た瘴気の封印維持と、魔女の追跡だった。
彼ら王城魔術師団は、騎士団と同じく貴族出身者だけでなく、確かな実力を持った一般人も所属する才能溢れた集団だ。
膨大な魔力を持つとされる魔女は、オルコと共に夜の闇へと姿を消した。彼らはその魔法技術を最大限に活用し、既に魔女ジャルジーの捜索が開始されている。
昨晩、サージュさんからの目撃情報を元に黒騎士捜索の手掛かりを調査に向かっていた、シャルマンさんとグラースさん。
遺跡にて戦闘を行なった彼ら三人も含めた治療は私の手で済ませたものの、私が癒せるのは身体に受けた傷が精々で、精神的な疲労までは回復出来ない。
それに、魔法で戦うシャルマンさんとサージュさんなら、その疲れはあまりにも大きいはずだ。魔法の行使は、魔力だけでなく精神力も消費する。
殿下達が駆け付けるまでグラースさんと共にオルコと戦っていた二人は、玉座の間を出るとすぐに休むと言っていた。
なのに私は、今こうしてシャルマンさんの部屋を探してここまで来ちゃった訳なんだけど……。
「……今を逃したら、シャルマンさんと話す機会が減っちゃう。シャルマンさんは魔術師団の団長さんなんだから」
魔女追跡に駆り出されている組織のトップである彼。
彼がこの扉の向こうで休んでいる今を逃せば、所属の違う私達が顔を合わせるのは困難になるだろう。
私はいつも携帯している薬品ポーチに手を伸ばした。
このポーチには、緊急時に必要となった時の為に数種類のポーションを常備している。
その中の一つ、青い液体の入った瓶──『愛の呪い』に耐性を付ける薬を取り出し、それを手早く口内に流し込む。
何かあった時の予備として渡されていたこの薬は、何度味わっても驚くくらい飲みやすい口当たりだ。美味しく飲める新しいポーションを作るというのは、素人にはとても真似出来るものではない。
中身を全て飲み干した私は、もしかしたらシャルマンさんの迷惑になってしまうかもしれないという不安をどうにか抑え込みながら、勇気を出して扉をノックした。
「……王国騎士団所属のフラムです。お休みのところすみません。もしお時間があるようでしたら、少しお話をさせて頂けないでしょうか?」
疲れて眠っている相手に、かなり失礼な事をしている自覚はある。
彼は少しでも長く休んでいたいはずだろうに、私はそれを無視してまで、自分の身勝手なわがままに付き合わせてしまおうというのだから。
あと数秒、彼からの返事が無ければすぐに帰ろう。
そう思いながら待っていると……
「あら、フラムちゃん。アタシに話があるなんて、急にどうしたの?」
シャルマンさんはいつもの魔術師団のローブ姿のまま、すぐに私を出迎えてくれた。
ついさっきまで眠っていたとは思えないハキハキとした受け答えに、私は少し言葉に詰まってしまう。
「え、ええと……シャルマンさんは、お部屋でお休みになられていたのではなかったのですか?」
その質問に、彼は困ったように眉を下げて言う。
「ああ、ホントはそのつもりだったんだけどねぇ……。アタシの事は気にしないで頂戴。それよりもアナタの方を優先しなくちゃね。あ、そうだ! もうあの薬は飲んでくれているかしら?」
「はい、先程飲ませて頂きました」
「それなら一安心ね!」
こんな所で女の子に立ち話をさせる訳にもいかないわ。さ、入って! と、あっさり彼の部屋に通された私。
爽やかな柑橘系の香りが漂う室内は、中性的なシャルマンさんのイメージにピッタリの印象を受けた。
「少し机の上とか散らかっちゃってるけど、そこはフラムちゃんの胸の内に留めておいてね。うちの副団長ったら、アタシの部屋が荒れてるとすぐに小言を言ってくるのよ〜?」
大きな本棚がいくつも並ぶ広めの部屋は、研究熱心な魔術師らしい独特の散らかり方をしていた。
積み重なった本の塔が机の上に立ち並び、急いで書き留めたような文字が書かれた紙が何枚も床の上に落ちている。
それを照れ臭そうに笑いながら拾い集めるシャルマンさん。
「あ、私もお手伝いさせて下さい!」
「やだぁ、そんなのしなくても良いのよ? フラムちゃんはお客さんなんだから」
「いえいえ! 約束も無しに急にお邪魔してしまったお詫びになれば良いんですが……」
せめてこれぐらいの簡単な片付けくらいは手伝おうと、近くに落ちていた紙を屈んで手に取った。
そうして二人の目が届く範囲のものは全て回収しきったので、それを纏めてシャルマンさんに手渡した。
「これで一通り集まったかと思います。どうぞ」
「ごめんなさいねぇ。お掃除をしに来てもらった訳じゃないのに手伝わせちゃったわ。ちょっとそこに座って待っててもらえる? この前良い紅茶を貰ったから、せっかくだしお手伝いしてくれたお礼にご馳走するわね!」
言いながら彼は奥の扉を開ける。
どうやら向こうには小さめのキッチンがあるようなのだけれど、ちらりと見えた景色もまた荒れ模様だった。
いつもきちんとした身嗜みのシャルマンさんだけれど、自室やキッチンの整理整頓は得意ではないらしい。
今度きちんと掃除のお手伝いに来るべきかしら……。
騎士団も魔術師団も、副団長が団長に頭を抱えているのは同じだったようだ。




