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1.王家の闇

 気が付けば夜が明けていた。

 遺跡から脱出した殿下達の治療をしたり、フランマと協力して瘴気の浄化も頑張った。

 けれども、遺跡の奥からとめどなく溢れ続ける瘴気によって、私の魔力を変換しての浄化作業はすぐに限界を迎えてしまう。

 これを放置すれば様々な危険が伴う為、魔力の使いすぎで倒れる寸前まで粘ってしまったのだ。

 私達と入れ替わるようにして準備を整えたシャルマンさん達魔術師団の皆さんは、大規模な瘴気封印の魔法を発動させた。燃やしきれない瘴気は、その根源であるものを取り除かなければ湧き出し続けるらしい。

 そしてその根源と推測されているのが──


「古代の魔女、ジャルジー。私達の前に姿を露わにした伝説の魔女。これを再封印、または討伐しなければ、我々人類の未来はあやつによって暗雲に包まれてしまう事でしょう」


 クヴァール殿下の言葉に、アイステーシス国王は表情を曇らせた。

 封印から解き放たれてしまった魔女ジャルジーを目撃した殿下と、グラースさん達を始めとする騎士団と魔術師団の団長・副団長。

 彼ら同じく遺跡に向かったスフィーダ王国のヴォルカン王子と、調査に同行していたサージュさん。そして私を含めた七名が、お城の謁見の間に集められていた。

 殿下は続けて言う。


「魔女の封印を解いた者……魔女の虜と呼ばれるその男は、ここに居る炎の御子フラムの元婚約者──カウザ王国伯爵家の長男、オルコ・ドラコスに間違いありません。あの者は近日中に連続婦女殺害の罪で捕える予定でしたが……このような結果を招いたのは、全て私の力が及ばなかったが故の事。陛下には申し開きもございません」


 そう言って、殿下は悔しさを滲ませながら頭を下げた。

 私の元婚約者、オルコ・ドラコス。

 オルコは何らかの手段を用いて私が生き延びていた事を知り、パーティーの招待客に紛れていたと考えられている。

 私を追ってここまで来たというオルコの執念と殺意が、まさかこんな形で魔女に利用される事になるだなんて、誰が予測出来ただろうか。

 招待客として来ていたというのが事実なら、私とオルコは大広間ですれ違っていたかもしれない。その一瞬の隙を突いて、今度こそ殺されていたとしても……おかしくはなかったんだ。


「……(おもて)を上げよ、クヴァール。此度の件は、誰にも想定出来なかった事であろう。そなた一人の落ち度ではあるまい」


 すると、国王陛下にヴォルカン王子が鋭い眼光を向けてこう告げる。


「確かにアイステーシス王の言葉に間違いは無え。今回の事はコイツ一人の責任じゃねえ。……魔女についてやましい事をひた隠しにしていた王にも、充分落ち度があったろうよ。なあ?」

「なっ、ヴォルカン王子……⁉︎」


 国王に向けるにしてはあまりに礼を欠いた彼の発言に、ティフォン団長が驚きの声をあげる。

 しかし、その言葉を向けられた陛下は玉座の上から団長さんを目で制した。


「……そなたの言葉通りだ、ヴォルカン王子よ。事がここまで来てしまっては、もう隠しておく訳にはいくまい。そなたが言いたいのは、トネールの件であろう?」


 それに頷く王子と、顔を伏せた団長さんとグラースさん。

 トネールさんは団長さん達にとってとても大切な人だった。

 そんな彼を魔女の封印を維持する為の生贄としたのがアイステーシス王家であるのだと、トネールさんは暴露していた。


「クヴァール、これはいずれそなたにも伝えねばならぬ話だった。そして大地の御子であるヴォルカン王子、炎の御子フラム……。魔女の復活を目にしたティフォンらにも、全てを打ち明けよう。その為に、既に人払いは済ませてある」


 陛下は決意を固めるように、しばらく眼を閉じる。

 次にその瞳が私達を映した時には、確かな覚悟を宿した表情で口を開いた。



 五年前、魔女の封印は綻びかけていた。

 太古の御子達の封印術は、積もり積もった魔女の怨念によって常に傷付き続けていたのだ。

 魔女は瘴気を自在に操る術を持ち、それを利用して神獣達の魂を穢し、魔獣として手駒に加えた。

 更に、魔女ジャルジーは瘴気から生み出される魔物までもを支配下に置き、圧倒的な強さと物量で人類の平和を脅かしていた。

 それに立ち向かった大精霊と御子達は、多くの尊い犠牲を出しながらもジャルジーの封印に成功する。

 ならば当時と同様に御子達の手で封印をやり直せば良い。そのはずだったのだが……現実は残酷だった。


「魔女ジャルジーの封印が成されてから、人類は地水火風を司る四人の御子を中心として、国家を形成した。恋に落ちた大地の御子と炎の御子はスフィーダ王国の祖となり、豊かな海を愛した水の御子は後のカウザ王国に移り住み、国家の重鎮として働いたという。そしてエルフの国、フェー・ボク王国を建国した風の御子は、長きに渡って国を治めたのだ」


 彼らは人々に魔法を伝え、それによって人類の生活は飛躍的に発展した。

 しかし、長命のエルフであったフェー・ボク王の風の御子以外は人間だった。百年も経たぬうちに三人の御子はその寿命を全うし、地水火風の御子の手で再封印を行う事は出来なくなったのだ。

 大精霊に認められる者は、そう簡単には現れない。

 三人の御子が亡くなって以来、それぞれの御子が全員揃う事が無く、遺跡から溢れ出そうとする瘴気ごと魔女を捕える事は不可能だとされていた。

 けれどもある時、一人の魔術師が魔女を鎮める手段を発見する。


「それは屈強な魂と肉体を持つ者を、魔女の瘴気を溜め込む器とする方法だった。その魔術師は呪術に長けた天才と呼ばれ、その者が開発した呪具を心臓に埋め込む事で効果を発揮するのだ」

「それを五年前……トネールの心臓に埋め込んだのですね、父上」

「そうだ。封印が破られる寸前だったあの当時、我が国で器となるに相応しい者はトネール以外に考えられなかった。私は遠征任務と称し、トネールを……魔女に捧げる生贄として、利用したのだ」


 国王は遠征に出発したトネール団長が殉職したと工作し、口を封じる為に任務に同行した騎士達も抹殺した。

 呪具を埋め込む儀式の為に彼は遺跡へと連れ込まれ、瘴気を呑み込む器に作り替えられてしまったのだ。

 その話を聞いたシャルマンさんが、震えた声を漏らす。私は彼の言葉を聴き漏らさなかった。


「まさか……」


 彼の声が届かなかった陛下は話を続ける。


「儀式は成功したかに思われたが……トネールの意思はあまりにも強く、眩しかった。呪具を埋め込まれた者は、通常であれば物言わぬ人形のように遺跡の奥深くに安置され、その肉体が滅びるまで瘴気を吸収し続けるらしい。だが、トネールの場合は違った。彼は呪具に大きな拒絶反応を示し、あの黒騎士の姿となって魔力を暴走させたのだ」


 瘴気を溜め込む呪具は、この世に一つしか無いものだった。

 それはその呪具を考案、開発した魔術師が素材となる事でしか作れなかったからだとされているらしい。

 とんでもない物を生み出した魔術師を素材としたからか、はたまた呪具を埋め込まれた者達による王家への怨みが爆発したからか……。

 呪具による拒絶反応で一度命を落としたはずの彼は、闇色に染まった鎧の騎士として蘇ったのだ。


「トネールの魔力暴走によって遺跡を中心とした大きな揺れを引き起こし、崩落した地下に眠っていた伝説上の魔女の遺跡の存在が知れ渡る事となった。そして、私をはじめとする王家の者への憎悪を抱いた黒騎士は、遺跡から忽然と姿を消し……再びこの地に戻って来た。これがアイステーシス王家が隠してきた歴史の闇だ。後の事は、そなた達も知っての通りであろう……」


 陛下の話が終わると、私達は沈黙に包まれた。

 それぞれ思う事があるのだろう。私だって色々と考えが纏まらないもの。

 四人の御子が揃わなかったせいで犠牲になった人々。

 そうする事でしか平和を保てなかった王家。

 誰が悪いかなんて、簡単には答えが出せなかった。


 その後陛下と殿下、そしてヴォルカン王子だけが謁見の間に残り、私達は次の招集があるまでそれぞれの持ち場に戻るよう命じられた。

 団長さんとグラースさんはすぐに宿舎へと戻り、まだ一睡もしていないのに仕事を再開するらしい。

 私が勉強の一環として作った眠気覚ましの薬が欲しいと言われたので、後でしっかり睡眠を確保するように注意してから渡しておいた。

 サージュさんはひとまず仮眠したいと言っていたので、殿下が用意して下さった客室のベッドに直行している。

 そしてシャルマンさんはというと……。


「あの時、何か気にしているみたいだったよね。謁見の間を出た後も、何だか顔色が悪かったし……」


 今は副団長さんが魔術師団の指揮をとってくれているらしく、シャルマンさんは部屋で少し休んでから仕事に戻ると言っていた。

 医務室の事務机の上には、予備として作っておいた花の聖水の瓶がある。


「結局、この聖水も渡せず仕舞いだったもんね……。まだシャルマンさんが起きていたら、今のうちにちゃんと話をしておかないと……!」


 彼がもう休んでいるようだったら、大人しく医務室に戻ろう。あれだけの事があったんだもの。彼を叩き起こすような真似はしたくないからね。

 既にドレスからいつもの白い制服姿に着替えていた私は、聖水の入った瓶を手に取ってシャルマンさんの元へと向かった。

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