11.不穏な風
魔女の遺跡に向けて馬を走らせる。
私は殿下の背にしがみつき、高速で走る馬から振り落とされないように必死だった。
「もう少しの辛抱だぞ、フラム。その手を離すなよ」
「は、はいっ……!」
先頭を走るのは団長さん。
それに続いてヴォルカン王子と、私を後ろに乗せた殿下の愛馬が続いている。
禍々しい魔力を放っていた黒騎士……トネールさんの件を参考に、それに似た魔力を持った人が居ないかどうか、王都では今この瞬間も騎士団の皆とフランマ達が魔女の虜探しに全力を注いでいるはずだ。
王都に架かる大橋を駆け抜けた後、暗い森の中へと入っていった。
そのまま森を突き進んでいったところで、団長さんの声が聞こえて来る。
「間も無く立ち入り禁止区域に入ります!」
「結界は……見えないな」
「このまま馬で進みますか?」
「ああ。なるべく早く合流したい」
「では、遺跡の手前で馬を繋ぎましょう」
本来、立ち入り禁止区域には何人も通さない強力な結界が張られている。
しかし、先に調査に向かっていたシャルマンさん達がそれを解除していた為、後から来た私達も問題無くそこを倒れるのだそうだ。
それが逆に魔女の虜が付け入る隙になっていそうで怖い。
けれども、本当に虜が誕生していれば真っ先に向かうのは遺跡のはず。そこで調査をしている彼らの身にも危険が及ぶかもしれないのだ。
虜が来る前に迎え撃つ用意を整えられれば問題無い。その為に私達は急いで向かっているんだもの。
だがその時、ヴォルカン王子が異変に気付く。
「風に乗った血の匂い……。やべえな、もう敵さんがお出ましみてえだ」
「何だと……⁉︎」
「そんな……」
鼻が効くらしいヴォルカン王子のその言葉に、殿下達は次々と馬を止める。
そこは丁度目的地のすぐ近くだったようで、どこか味のある建物の側にある木に馬を縄で繋いでおいた。
殿下と団長さんはそれぞれの愛剣を。ヴォルカン王子はお城で借りたままの弓を持ち、ある方向に目を向ける。
「状況は予想以上に悪かったな。この先が例の遺跡だよな、クヴァール」
「そうだ。この旧宿舎からしばらく行けば、落盤によって発見された魔女の遺跡に辿り着く」
弓の調子を確かめながら、ヴォルカン王子は私の方に振り向いた。
「なあアンタ、ここで待ってた方が良いんじゃねえか?」
「で、ですが……」
彼は続けて言う。
「向こうの状況は多分かなりエグい。ここまで接近したから余計に分かるんだが、遺跡の方じゃ死人が出てるだろう。あまり気分の良いモンじゃねえと思うが……」
声のトーンを落としたヴォルカン王子。
彼は私の事を心配してくれているんだろう。風に乗る程の濃い血の匂いがするという事は、向こうにはかなりの怪我を負った人々が居るはずだ。
その気遣いは純粋な優しさから来ているものだと分かる。だって普通の女性なら、そんな惨状を見ればとても冷静ではいられないだろうから。
私はギュッと両手を握り、首を横に振る。
「いいえ、問題ありません。怪我人が出ているというなら尚更です」
フランマは言っていた。
炎の御子が操る生命魔法は、死者すらも蘇らせる炎属性の治癒魔法。
先生はその事を知っていたのかもしれない。だからこそ私に治癒魔法を教えてくれたんだと、今なら分かる。
だけど、生命魔法は何でも叶えられる万能の魔法ではない。
「私は治癒術師ですから。やるしかありません。その為に私はここに居るんです」
けれど、この先にはまだ私なら救う事が出来る命があるかもしれないから──!
彼の翡翠の瞳を真っ直ぐ見上げる私に、ヴォルカン王子は困ったように眉を下げた。
「後でどうなっても知らねえからな」
「心配いりませんよ、ヴォルカン殿下。フラムは俺の自慢の部下ですから」
そんな嬉しい事を言ってくれた団長さんに、私は自然と笑みが零れた。
ひとまず私の同行を了承したらしいヴォルカン王子は、大きな溜息を吐いてから言う。
「……分かったよ。んじゃ、念の為バザルトとお前の大精霊を念話でここに呼ぶぞ」
「既に魔女の虜が到着しているのなら、戦力は多い方が良い……という事ですね」
「分かってんじゃねえか。さっきオレがやってたみてえに、意識を集中させて相手に呼びかけろ。オレは説明すんのが得意じゃねえから、後はもう感覚でやってくれ」
「分かりました」
すると、王子は握り拳を額に当てて瞼を閉じた。
念話というのは試した事が無いし、彼が目の前でやるまでその存在すら知らなかった技術だ。
ぶっつけ本番なのは少し不安だけれど、一国の王子様に向かってあれだけ大口を叩いてしまったんだから、これで念話に失敗するのは恥ずかしすぎる。
私はフランマに貰った契約のネックレスを両手で包み込み、静かに目を閉じた。
そして、彼女に向けて伝えたい言葉を心の中で口にする。
フランマ。
この声が届いているのなら、どうか返事をして。
これで本当に彼女に、呼び掛ける事が出来たのだろうか?
そんな不安を抱いていると、すぐにフランマの頼もしい声が頭の中に響いて来たではないか。
『どうしたんだいフラム。あんたが念話をしてくるなんて、もしかしてあの王子の指示かい?』
私はまさかこんな簡単に念話を成功させられるなんて思っていなかったから、一発で念話が出来た事に呆気にとられそうになっていた。
でも今は呆けている場合ではない。私は急いで彼女に用件を伝える。
『分かった、すぐにそっちへ向かうよ』
目を開けると、その言葉通りに炎の渦と共に姿を現したフランマが居た。
炎そのものを纏ったような赤いドレスを見て、私は安心して胸を撫で下ろす。
隣の方では少し念話に手間取っているヴォルカン王子が居て、私のすぐ後にバザルト様をこちらに呼び出す事に成功していた。
どうやら念話は魔力操作に通じるものがあるように感じる。普段から魔法をよく使う私は簡単に思うけれど、肉体派のヴォルカン王子には少し難しいもののようだ。
「良し、これで頭数は増えたな。遺跡へ急ぐぞ」
私達はクヴァール殿下の言葉に頷いた。




