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7.怒りの雷

 大広間まで後少しといったところで、向こうから激しい破壊音が聴こえてきた。

 何かが思い切り砕ける音。

 そして、泣き叫ぶような男性の声も聴こえる。


「炎の御子よ、貴様はしばし我の背に隠れているが良い」


 そう言ってバザルト様は岩を削り出したような大剣を召喚し、それを肩に担いで一足先に大広間へと突入する。

 私も彼に従って、その背後から中の様子をそっと窺った。

 ほんの一時間程前までは煌びやかだったパーティー会場は、まるで嵐にでも遭ったかの如く窓も床も大きくひび割れている。

 それらを破壊したであろう黒騎士は、サージュさんの薬草園からの帰りに見た時と同じく忌々しい魔力を放っていた。その魔力の影響からか、空気が重苦しい。

 瘴気による体調不良によく似たその感覚が、少しずつ私を蝕んでいこうとしているようだった。

 しかし、それすらも吹き飛ばす程の光景が私の目に飛び込んで来た。

 ネックレスを取りに向かう際に別れたはずのヴォルカン王子と、彼の護衛をしていた団長さんが黒騎士と戦っていたのだ。

 どうして二人がここに戻って来てしまったのかは分からないけれど、見たところクヴァール殿下やフランマ達もまだ無事でいてくれたらしい。それは本当に良かったんだけど……。


「やっぱ使い慣れてねえ武器だと調子が出ねえなぁ」

「頼みもしていない救援に来るそなたが悪い。怪我をする前にここを去った方が身の為であろう」

「何だよ、せっかく助けに来てやったのにそういう態度取んのかよ! 別に怪我の一つや二つぐらい気にするようなちっぽけな男じゃねえ!」


 喧嘩する程仲が良いとは言うけれど、この状況で口喧嘩に発展するのは王族たる余裕のせいなのかしら……?


「多少の怪我ならあたしのフラムが治してくれるだろうが、あんまり悠長に構えている暇は無さそうだよ!」


 フランマの言葉に、二人の視線が黒騎士の方へと集中する。

 何やら相手は魔力を高め始めたらしく、その手に握られた大剣から真っ黒な雷がバチバチと音を立てていた。


『復讐を……復讐を……! アイステーシス王家に、裁きの雷を‼︎』

「あれは攻撃魔法か……! おい炎の! 防御間に合うか⁉︎」

「打ち消すぐらいしか思い付かないねぇ!」


 どんどん魔力の濃度を高めていく黒騎士に対し、フランマも自らの炎で敵の雷魔法を相殺しようと急速に魔力を練り上げていく。

 けれども、それで完全に攻撃を防ぎきれる保証は無い。

 それはバザルト様も理解していたらしく、すぐに対策に動き出した。


「攻める以外に能の無い貴様に、あの攻撃が防ぎきれるものか」

『滅びを! 王家の血に滅びを与えよ‼︎』


 黒騎士が大剣を床に突き立てた先から、漆黒の雷が津波のように一気に飛び出して来た。

 しかしその攻撃はバザルト様が出した巨大な岩のドームによって防がれ、中に覆われた殿下達には届いていないようだった。

 雷を吐き出しきった黒騎士は、それを防いだバザルト様に気付いてこちらを向く。

 全身鎧を纏っているから表情は分からない。でも怒っている事は間違い無いはずだ。


『俺の……俺達の邪魔をするなぁぁぁぁぁぁ‼︎』


 怒りを爆発させながら叫ぶ黒騎士は、バザルト様目掛けて一直線に走り出す。

 するとバザルト様は黒騎士を迎え撃つように数歩前進し、相手が斬り掛かる寸前に右脚で強く床を踏み付けた。

 そこから石柱がズンと飛び出し、黒騎士の身体は跳ね飛ばされ大きく宙を舞う。

 足元からの急な攻撃に受け身を取れず、黒騎士は地に叩き付けられるしか術が無かった。


「これしきで倒れる程度ではあるまい。そうであろう、黒衣の騎士よ」


 彼の呼び掛けに応えるように、黒騎士はゆっくりと身体を起こしながら呻く。


『邪魔者は……排除、する……。俺達の……復讐を……復讐を遂げねばならぬ……!』


 何が黒騎士の復讐心を駆り立てているのだろう。

 私には何が出来るだろう。

 戦う術を持たないくせに、一丁前にこんな戦場の最前線に来て……。だけど、戦えない私だから出来る事が一つくらいあっても良いはずだ。

 私は医務室から取って来たあるものの感触を手の中で確かめる。

 これを使えば、何かが変わるかもしれない。変えられるのかもしれない。

 その小さな可能性に、賭けてみたいと思うんだ──



 ******



 いつか見た覚えのある巨漢。

 私達を黒騎士の黒雷から岩のドームで護ってみせたのは、我が友ヴォルカンの契約する大地の大精霊バザルトに違いないだろう。


「この岩、バザルトの……!」

「という事はまさか……フラムまでここに来たってワケかい⁉︎ 何考えてんだあのジイさんは‼︎」


 何故か救援に駆け付けたヴォルカンからフラムの話は聞いていた。

 大精霊フランマをこちらへの援護に回し、彼女は病棟に運ばれた怪我人の治療にあたると聞いていたのだ。

 しかしどうした事か、彼女の護衛を任されていた大精霊バザルトと共にフラムはここへやって来てしまったらしい。

 大精霊フランマが岩で隙間無く覆われたドーム内で明かりを灯している中、外から金属が叩き付けられる音が微かに漏れ聞こえてきた。


「ヴォルカン、このドームは中から突破する事は可能か?」

「大精霊クラスの魔法でならブチ開けられるかもしれねえが……この狭さじゃ、中に居るオレ達まで巻き添え喰らって焼け焦げちまわねえかなぁ」


 となると、術者本人がこのドームを解除するのが安全策なのだろう。

 このままではフラムを庇って戦える者が一人しか居ない。それは極めて危険だ。

 私とヴォルカン、フランマ、そしてティフォンの四人を咄嗟に護った事は称賛すべきだが……彼女の身に何かあっては取り返しが付かない。


「剣でどうにかしようにも傷一つ付きません。これ以上試しても、剣の方がダメになりそうだ……」


 ティフォンが残念そうに言う。

 するとそれを見たヴォルカンが大きな溜息を吐きながら、握り拳を己の額に当てた。


「仕方無え……。コレ苦手だからあんまやりたかねえんだが、どうにかこん中からオッサンにこっから出すように言ってみる」

「念話か。念話は複雑な魔力の操作と集中力が必要だから、そりゃあんたみたいなタイプの人間には難しいだろうねぇ」

「うっせえババア! 分かってんなら黙っててくんねえか」

「はいはい、それじゃあババアはお子様の為に静かにして差し上げましょうかねぇ〜」

「落ち着けヴォルカン。今はそんな安い挑発に乗っている場合ではないはずだ」

「分かってるっつってんだろ……!」


 相性が悪いのか、ほんの些細な発言で衝突する二人に私は内心頭を抱えた。

 ヴォルカンは固く目を瞑り、拳を当てた箇所に意識を集中させていく。

 しばらくその姿を見守っていると、岩のドームは上部から砂粒のようにパラパラと崩れ去り、跡形も無く消滅していった。バザルトとの連絡は無事取れたという事なのだろう。


「よし、オッサンが防御解除してくれたぜ!」

「ああ、すぐに奴を……」


 私の目に映った光景に、思わず言葉が途切れた。

 剣を支えに起き上がろうとする黒騎士の前に立ち塞がる、小さな女性。

 私が贈った青のドレスに映える赤い髪と、それに良く似た色合いのネックレスが輝く気高き者──フラム。

 彼女の手の中には、薄桃色の液体が入った小瓶が握られている。


「おい、何してんだいフラム! 危ないからさっさとそいつから離れるんだ!」


 そういってフランマが彼女を護るべく飛び立とうとしたところを、私は腕で制した。

 すると当然、私の行動にフランマは怒りを露わにする。


「何の真似だいあんた! この状況が分からないような馬鹿じゃないだろう⁉︎」

「分かっている。だからこそ、今はそなたの出る幕では無いと言っているのだ」


 彼女は……フラムは何かをやろうとしている。

 それを止めるべきではないと、私は根拠も無い確信に突き動かされていた。

 フラムを信じよう。己の欲の為ではなく、他者の為に行動する真白な心を持った彼女の事を、私は信じたい。

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