6.彼らの助けになる為に
大地の大精霊バザルト様にお護り頂きながら、私はドレスに着替えたあの部屋に戻って来た。
お城の侍女さん達も一斉に避難を開始していたようだ。
ここまで来る途中に見掛けたのは騎士団か衛兵さん、そしてお城が破壊されないよう結界を強化して回っている魔術師団の方々ばかりだった。
幸い部屋の鍵はこの騒動のパニックからか締め忘れていたらしく、難なく入る事が出来た。
「確かこの辺りに……!」
ドレッサーの近くに設置されていたテーブルの上に、侍女さんが私が身に付けていたバレッタ等を入れていた宝石箱があった。
私は急いでその中からネックレスを取り出す。
燃えるような真紅の石。間違い無い、私とフランマを結ぶネックレスだ。
それをぎゅっと手の中で握り締め、彼女に語り掛ける。
「フランマ、お願い! またあの黒騎士が現れたの。貴女の力で、殿下達を助けてあげて!」
私の呼び声に応え、目の前に炎の渦と共に現れる情熱的な女性。
彼女もバザルト様と同じく、今の状況を何らかの手段で知り得ていたらしい。目付きが至って真剣そのものだった。
「久し振りだねぇバザルト。だが今は昔を懐かしんでいる場合じゃなさそうだ。フラム、あたしは大広間へ向かえば良いんだね?」
「ええ、お願い。私は病棟の患者さん達を治したらすぐにそっちへ行くわ。それまで皆を護ってあげてほしいの!」
するとフランマはニタリと不敵に笑う。
「アレを仕留められる機会さえありゃあ、今度こそあたしがあいつを倒しちまっても構わないだろう?」
「そうね……チャンスがあればそれでも良い。これ以上被害が大きくなるのは避けたいもの」
「炎の御子の守護は我に任せよ。これは我が契約者からの命でもあるが故な」
バザルト様がそう告げると、彼女は訝しげに彼を睨み付けた。
「あんたの契約者っていうと……スフィーダの王子だったか。確かにあんたの岩壁なら護りは硬いが……万が一あたしのフラムに傷一つでも付けようもんなら、例えあんたが相手でも容赦しないからね」
「無論、それは我も望まぬ。それ、急がねば何が起きても後の祭りとなっても知らぬぞ?」
「チッ、分かってるよ! それじゃあフラム、また後でね」
「うん、行ってらっしゃい!」
再び炎と火の粉を散らして姿を消したフランマ。
きっと彼女は今頃大広間に姿を現しているんだろう。私達も急がなきゃね。
手の中に握り込んだままのネックレスをパールのものと付け替えて、私達は大急ぎで病棟へと直行した。
宿舎の出入り口にはお城から飛び出してきた人達が溢れかえっていて、彼らの間を縫って通路を進んで行く。
ようやく辿り着いた頃にはとっくに息が上がっていたけれど、そんな些細な事は気にしていられない。早く患者さん達を治療しないと……!
「皆様、お待たせして大変申し訳ございません。私は王国騎士団専属の治癒術師、フラムと申します」
病室に到着した私は、その場で名を名乗りながら現場を見渡した。
埋まっているベッドは七つ。そこに寝かされた全員が身体のどこからか出血している。
その内二人は意識が無いのか、私の声に反応せず目を閉じたままだった。
「フラムさん、状況を報告します」
応急処置をしてくれていたらしい騎士さんが二人居て、一人が私の側にやって来た。
「お願いします」
「窓を破って侵入して来た黒騎士の攻撃に巻き込まれた方が十九名。その中で破片等で軽傷を負った方々はポーションでの治療により、目立った外傷はほぼ完全に治癒されており、隣の病室に移しております。残る七名はこちらの病室で同様の処置を施しましたが、魔力的な攻撃による傷が深く、完治には至っておりません」
怪我を負った十九名という人数に対し、この短時間で可能な限りの処置を施した彼らには感謝しか無い。
彼らの日頃からの意識の高さや経験、そして私の前に居た治癒術師による指導が良かったのだろう。
これならここに運ばれた人々がすぐに命を落とすような事は無さそうだ。
「ですが二名は意識が戻らず、出血が多いようです。止血は済ませてありますが、増血薬を飲ませようにも難しく……。力及ばず、申し訳ありません」
「これだけ適切な処置をして頂けていますから、後は私にお任せ下さい。すみませんが、たらいをいくつか持って来て頂けると助かります」
「はい、すぐにお持ち致します」
それだけ騎士さんにお願いして、私は小さく拳を握って気合いを入れ直した。
意識不明が二人なら、まずはそちらを優先して治療を行おう。
壁の方が頭に来るように設置された一番奥のベッド二つに、その患者さん達が寝かされていた。どちらも若い女性で、美しいドレスが血で汚れてしまっている。
「それでは、治療を開始します」
まず私は、出血量の多い女性の方に魔法を施していく事に決めた。
乾き始めた血は少しずつ変色し始め、白い肌を赤褐色の血液が汚していて傷が見えづらい。
「彼の者の穢れを祓い清め給え……」
私は洗浄の魔法によって、彼女の身体と衣服に付着した血を取り払い、傷口を綺麗に洗い流す。
血が取れた事で、魔法で焼け爛れた皮膚や割れたガラスが突き刺さった腕の傷がよく見えた。
すぐに痛み止めの魔法を掛けて、大き目の破片をピンセットで丁寧に取り除いていく。ガラス片は騎士さんに持って来てもらったたらいに移し、取り切れない程のものはもう一度念入りに洗浄の魔法で除去しておいた。
爛れた皮膚は顔の半分から露出した肩の方まで拡がっておい、残る傷は先程のガラスで出来た刺し傷が主だった。
出血量は見た目ほど多くは無いらしい。意識を失ったのは心因的なものが大きいのかもしれない。
きっともう一人の女性もどこかのご令嬢だろうから、黒騎士から受けた恐怖による精神的な傷が響いているのだろう。
「暖かき光、汝を癒す……《ヒール!》」
かざした両手から広がる癒しの光が、彼女の身体を包む。
すると、顔の火傷痕は徐々に健康的な肌を取り戻し、肉が見えていた刺し傷もみるみる塞がっていった。
「見たか、今の……! あの娘、たった一度の詠唱であれだけの傷を癒しおったぞ!」
「騎士団が腕の良い癒し手を雇ったと聞いてはいたが、まさかこのような神業を持つ者だったとは……」
貴族らしき男性達からの視線と驚嘆を浴びながらも、私は治療の手を休めず続けた。
目立った外傷は治しきったはずなので、ひとまず痛み止めの魔法は解除した。後は彼女が目を覚ますのを待って、増血薬を飲んでしばらく安静にしていれば回復するはずだ。
それからもう一人の女性にも同じように治療を済ませ、残る患者さん達にも治癒魔法を掛けて回っていく。
その最中で、さっきの男性達から治療中に色々な質問をされた。
あまり下手な事を言ってオルコに私の事が知られても怖いので、「只今勤務中ですので、すみませんが私個人への質問はティフォン団長を通して頂けると幸いです」と繰り返し答えてどうにかごまかした。
これで納得してもらえた気はしないけれど、こっちは命が懸かっているから勘弁して頂きたい。それにこれだけ元気に喋れるのなら、後は気付け用のポーションを渡しておけば大丈夫だろう。
そうして七名の治療が済んだ後は隣の病室へ顔を出し、一人ずつきちんと診て回り医務室へ向かった。
「ひとまずこれで大丈夫でしょう。向こうの部屋の患者さん達には、起きたら増血薬を飲むように促して下さい」
「はい。治療お疲れ様です、フラムさん」
「いえいえ、お二人もありがとうございました」
「我々はこのまま病棟で待機する予定ですが、フラムさんもこちらで待機をされるんですよね?」
騎士さんからの問いに、私は苦笑しながら首を横に振る。
「いえ、私はお城の方に戻ります」
「えっ、この状況でですか⁉︎」
「城には今、あの黒騎士が居るんですよ⁉︎ そんな危険な場所にどうしてフラムさんが……」
驚かれるのは予想していたから、私は簡易的に纏めたカルテを机に置いて椅子から立ち上がって言う。
「そんな場所だからこそですよ。まだ大広間では殿下や他の騎士さん達が残って戦っています。だから私も出来るだけ彼らのサポートをしたいんです」
そうして私は病棟の裏口へ向かおうとしたのだけれど、私を心配してくれる騎士さん達が引き止めてきた。
「フラムさんのお気持ちは痛い程分かります。ですが、貴女に何かあっては我々も悲しみます!」
「彼の言う通りです! どうか考え直して下さい、フラムさん!」
裏口へと歩きながらも、私を必死で呼び止める彼ら。
普通に考えれば、彼ら言葉の方が正しいんだろう。
私には戦う力は無いし、行ったところで大きな変化は無いかもしれない。
だけど、王都には今グラースさんは居ない。任務に出た彼の分まで、私が殿下や団長さんの助けになれればと思うと恐怖がいくらか和らぐのだ。
「……ごめんなさい。それでも私は、お城に行きたいんです。絶対無事に戻って来ますから」
「そうは言っても……!」
「案ずるな、若人よ」
裏口の扉を開けると、そこにはバザルト様が待ち構えていた。
堂々とした風格の彼は、その重みのある渋い声で言う。
「このバザルトがこの者を護るのだ。そなたらの杞憂など、我が力によって粉砕してくれようぞ」
「バザルト……? それって確か、大地の大精霊と同じ名前だったような……」
「そ、そういう訳なので、バザルト様と一緒に向かうのでどうかご心配無く! それでは留守をお願いします!」
「えっ、本当に向かわれるんですか⁉︎」
これ以上時間を掛けるのは不安なので、首を捻って悩む騎士さんと心配症の騎士さんを置いて裏口から走り出した。
バザルト様は体格が立派だから歩幅も大きいようで、それほど急いでいるように見えなくても脚が速い。
ヴォルカン王子はとっくに宿舎へ避難を終えているだろうし、団長さんも向こうに戻っているはずだろう。
またヒールで走るのは大変だけれど、そうも言っていられないものね。
「殿下もフランマも団長さんも、皆無事だと良いんだけど……!」




