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5.その背中に背負うもの

 ルイスさんの話によれば、つい先程大広間の大窓を突き破り、黒騎士が暴れ出したのだという。

 警備は厳重だったはずなのに侵入を許してしまった現実に、団長さんの顔が険しくなっていた。


「ですから早く、お二人はここから避難を!」

「待って下さい! あの危険な黒騎士が暴れているという事は、怪我人が出ているのでは⁉︎ それなら私はすぐに治療にあたります!」

「負傷者は騎士団の病棟に搬送中だ。フラムちゃんはヴォルカン殿下と団長と一緒にそっちへ向かってほしい」

「……ルイス、お前は避難誘導に向かえ。俺は後から大広間の方へ応援に向かう」

「はっ!」


 ルイスさんは団長さんの命令に従い、すぐに部屋を後にした。

 すると団長さんはこちらに振り返り、真剣な面持ちで腰の剣を引き抜く。


「それではヴォルカン殿下、我々の宿舎の方へお連れ致します。そちらでしばし避難をお願いする事になりますが、宜しいでしょうか?」

「宿舎って隣にあった建物だよな? つーか、黒騎士って何者なんだ?」

「無礼なのは百も承知しておりますが、ゆっくりご説明している時間すらも惜しいのです。今は城から離れる事を優先させて頂きたい……!」

「おう、じゃあ後でしっかり聞かせてもらうからな」


 団長さんを先頭に、私達は黒騎士に充分警戒しながらその部屋を後にした。

 大広間から逃げ出して来たであろう紳士淑女達が騎士団に護られながら、青い顔をして外への扉を目指し足早に去って行く。ルイスさんもその誘導に加わっていて、私達も急いでお城を出る。


「何なんだ、あの黒ずくめの男は!」

「あの恐ろしい魔力は何なのだ! あんな災厄のような者を相手にして、殿下は無事で済むのか⁉︎」

「クヴァール王子と騎士団でどうにかなる相手なの⁉︎ いったい何なのよ、もう!」


 自分で歩いていける避難者の中には目立った外傷を負った人は居なかった。

 もしかしたらまだ、大広間から動かせない程の大怪我をした人も居るのかもしれないけれど……。

 逃げて来た人々の言葉が真実ならば、殿下もあの場所で黒騎士を食い止めている事になる。

 今は病棟に運ばれた患者さんを最優先すべきだけれど、殿下の事も気掛かりだ。せめて、私が防御結界の魔法でも使えていれば助けになったはずなのに……!


「……っ! そうだわ、彼女に援護を任せられれば……!」


 フランマを喚び出せれば、私が大広間に戻るまで彼らと一緒に戦ってくれるだろう。

 けれど私の胸元にあるのは、彼女との契約の証であるネックレスではなく、この日の為に用意された真珠のネックレスだ。

 ドレスに着替える際に侍女さん達に預けてあるそれが無ければ、私はフランマを召還する事が出来ない。あれは私と彼女を結ぶ縁そのものなのだ。


「団長さん、ヴォルカン様をお願いします! 私も後からすぐに追い掛けますから!」

「はぁ⁉︎ この緊急事態に何言ってんだ!」


 突然足を止めた私に、団長さんが怒鳴った。

 それもそのはずだ。今も大広間の方からは大きな破壊音が聴こえて来る。その上、不気味な魔力が渦巻いているのも感じる。


「あの黒騎士と戦って全員が無事で居られるとは限りません。ですから、ここはフランマに助力をお願いしたいんです! でも、それにはあのネックレスが必要で……」

「それを取りに戻るっていうのか⁉︎ お前一人で行かせられる訳が無いだろ!」


 自在に姿を現す黒騎士が戦闘の意識を明らかにしている今、城の外も中も一人で動き回るのは得策ではない。

 しかし私は、そんなとんでもない相手と対峙している殿下や騎士団の皆が心配だった。

 もしも彼らを失うような事があれば、私はきっと後悔するだろう。

 あの時私が行動していれば、彼らを救えたかもしれない──そんな風に自分を責めるはずだ。

 だから私は、自分に出来る事は何でもやりたい。それが私にしかやれない事なら、尚更。


「でも、こうしている間に何かあったら……!」

「……それならコイツを連れて行け」


 そう言って、ヴォルカン王子は親指で自分の隣を指差した。

 すると、そこに姿を現したのはがっしりした体型の厳つい男性。

 彼は王子と同じくらい見慣れない雰囲気の鎧を身に纏っており、岩のようにゴツゴツとした印象の髭面で私を見下ろしている。


「こ、この方はもしかして……大地の大精霊様……?」

「我はバザルト。事の事情は把握しておる。炎の御子よ。我が契約者の命により、しばし貴様にこの我が力を貸そう」

「コイツは見ての通りのむさ苦しいオッサンだが、女一人を護るぐらいは楽勝だ。オレは生憎武器を置いてきちまったから、これぐらいしか役に立てねえけど……」


 悔しそうにそう告げた王子に、私は頭を下げた。


「ありがとうございます、ヴォルカン様! バザルト様!」

「べ、別にそんな喜ばれるような事でもねえから! オラ、さっさと忘れモン取りに行ってこいよ。そんでとっとと怪我人治しに戻って来い!」

「はいっ、本当にありがとうございます!」

「では行くか、炎の御子よ」


 のっそりと歩き出したバザルト様の背後から、団長さんが困った顔で溜息を吐いていた。

 そして、もう私が意見を変えるつもりが無いと察した彼が言う。


「フラム、危なくなったらすぐ逃げるんだぞ! いくらお前が優秀な癒し手だからって、女がホイホイ傷を作るもんじゃないからな」

「はい……!」


 

 そうして私とバザルト様は、契約のネックレスを取りに来た道を走って戻って行った。



 ******



 小さくなるフラムの背中が見えなくなったところで、隣に居たヴォルカン殿下の声がした。


「そんなに心配か、アイツの事」

「……彼女は、我々騎士団の大切な仲間ですから」


 本当なら俺がフラムに付き添ってやりたがったが、俺はアイステーシス王国の騎士団長だ。その立場上、友好国の王子であるヴォルカン殿下を危険に晒す事は出来ない。

 悔しさはあるが、大精霊だというバザルト様が側に居るのなら……不安は拭いきれないものの、あいつ一人で行かせるよりはマシだろう。


「……良いヤツなんだな、アイツ。真っ先に怪我人の心配をして、そうかと思えばヤバそうなヤツと戦ってる連中の事まで気に掛けてた。自分の事なんかより周りの人間の事ばっか優先して、全部取り零さないように必死で生きてる女だ」


 ヴォルカン殿下の言葉は、すっと俺の心に染み込んだ。

 まさしくフラムは全ての人間の為に心を砕き、全ての人間の為に命懸けで全ての命を救おうとする女性だ。

 それはきっと、産みの親と育ての親の両方を亡くした彼女だからこその生き方だろう。

 フラムは身近な人間を亡くす痛みを知っている。それを他人にも味わわせないように、自分の身を犠牲にしてでもそれを阻止しようとしている。

 それは俺達騎士にも通ずるものがある。

 護るべきものの為に剣を取り、命を懸けて戦う──這い寄る死と戦う癒し手も、己の誇りと共にある戦士と言えるだろう。


「そんなヤツだから、あんな危なっかしい生き方しか出来ねえんだろうな……」


 もしも護りたいもの(それ)を一つでも取り零したら、彼女はどうなってしまうのだろうか。

 そのもしもを思うと、胸が押し潰されそうだった。


「……宿舎へ急ぎましょう、殿下。出口はすぐそこで──」

「──近くに武器庫はあるか? 手頃なモンがあれば手ぇ貸してやる」


 しかし、その言葉は殿下の発言によって遮られる。

 急に何を言い出したかと思えば、彼は真剣な様子で言葉を続けた。


「ああいう女が折れるのは気分悪いしな。戦力不足ってんなら、このオレがいりゃあ何とかなんだろ? それに……バカ真面目なヤツは嫌いじゃねえ」

「殿下、相手は謎の多い輩です! ここはどうか避難を……!」

「ああ? 堅い事言うなよ騎士団長。オレの邪魔すんなら国際問題に発展させんぞ? 良いのかオラぁ!」


 理不尽だ!

 この赤髪王子、理不尽が過ぎる‼︎

 俺の悲痛な叫びは誰に届く事も無く、ここにも止められない赤髪が居たのかと内心頭を抱えた。


「……っ、承知しました。ただし、最低条件として私も同行させて頂きますが宜しいですか?」

「おう、話せば分かるじゃねえかオッサン! ウチのクソ貴族共とは大違いだぜ!」

「お、オッサン……⁉︎」


 確かに俺は若造という程若くもないが、それでもまだ二十代後半だ。

 ヴォルカン殿下からのオッサン呼びに地味に心を抉られたが、この傷は酒に癒してもらう事にするしかない。

 俺は廊下を横切ろうとしていた騎士に声を掛け、宿舎に居る騎士に必要な分の薬品の使用を許可する旨を伝えるよう頼んでおいた。

 余程の深手を負っていなければ、多少の切り傷や打撲ならフラムのポーションで対処は可能だろう。

 グラースに任せたアイーダ渓谷への護衛任務。そこで入手した材料で作製したというフラムの新しいポーションは、これまでのレシピよりも良い効果を発揮する。それは先日のクヴァール殿下との任務の時に確認済みだ。

 そうして俺はヴォルカン殿下を城内にある騎士用の武器庫へと案内し、殿下はその中から剣を選び取った。


「太刀と弓以外は滅多に使わねえが……ま、これでもどうにかなんだろ! んじゃ早速、アイステーシス王子の助太刀に参上してやろうかねえ」


 ヴォルカン殿下のあまりにも楽観的な思考に、思わず頭が痛くなる。

 どうしてクヴァール殿下は彼と気が合うのか、俺にはさっぱり分かりそうになかった。

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