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4.策士と獲物

 五年前の地震による落盤の影響で、この近辺の土地は立ち入りが禁止されている。

 理由としては、大きな落盤があったすぐ側に王国騎士団の宿舎があった事が挙げられる。

 宿舎周辺の地下には大きな空洞があり、そこが地震によって地盤が崩れ、そのまま宿舎を利用するのは危険な状態となってしまった為だ。

 そしてもう一つは、その空洞の奥深くから遺跡が発見されたからだった。

 国からの依頼を受けた学者達は、魔術師団による地属性魔法での地盤補助のサポートを受けながら、遺跡の調査を開始した。その結果、どうやらそこは伝説として語り継がれる古代の魔女を封じた場所である事が判明したのだ。

 これらの理由により、遺跡と旧宿舎周辺には強固な結界が展開されるようになった。


「サージュちゃんの話だと、黒騎士を見たのはこの辺りだったはずよね?」

「ああ。どうにかしてあいつの根城を発見出来ないかものかと後を追ってみたが、例の結界がある周辺で奴は闇の中に消えていった」


 もうしばらく行けば旧宿舎が見えてくるという辺りで、私達は足を止めた。

 私達の少し先に、この区域の危険を知らせるようにぼんやりと赤い光を放つ透けた壁が見える。あれが結界に違い無いだろう。

 すると、シャルマン団長が結界の方へと歩き出す。


「立ち入りの許可は陛下からちゃんと戴いてあるから、パパッとコレ解除しちゃうわね」


 言いながら彼は結界の目の前で立ち止まると、光の壁にそっと右手を添えた。

 だったそれだけの事だったが、その単純な動作のみで彼は本当に結界を解除してみせた。

 シャルマン団長はにっこりと微笑みながら、


「さ、これでもう通れるわよ」


 と、平然とした態度で私達を手招いている。

 今のは陛下から解除方法を授けられてやってみせた事なのだろうか。特に儀式的な事をしているようには見えなかったけれど……ひとまず先へ進むべきだろう。

 そこからは何の為足元にも注意を配りながら、騎士団と魔術師団の合同調査隊は先を急いだ。


「見えてきましたね」

「今のところ、あの嫌な気配は感じないな……」

「けれども油断は禁物よ。慎重に行きましょう」


 明るい時間帯では無かったのが残念だが、久々に眺める旧宿舎に、私は一人懐かしさを感じていた。

 現在の王都内に建てられた宿舎とは異なり、この旧宿舎は古くからある砦のような険しい外観をしている。

 ここで過ごした三年間が、まるで昨日の事のように鮮明に思い返される。


 当時から大酒飲みだったティフォンは、よくトネール団長と飲み比べをして大騒ぎをしていた。

 トネール団長を知る騎士達は、きっと誰もが彼に憧れて剣を振るっていた事だろう。

 一つに縛った無造作なグレーの髪に、稲妻を意味するエクレールと名付けた愛用の大剣で無数の魔物と戦い抜いた屈強な老騎士──灰色の雷鳴、トネール・グリ。

 私も彼のような輝かしい戦果を上げ、皆から慕われる懐の深さを併せ持った騎士になりたいと今でも強く憧れる、とても偉大なお方だった。


 ……けれども、そんな彼にも突然の死が訪れてしまった。

 地震が発生する数日前に出発した遠征先で、トネール団長は遺体すら残らないような酷い死を遂げたのだ。

 かなり厳しい任務だった事もあり、彼と共に戦った騎士達までもが皆命を落としていた。

 その任務で経験を積んだ優秀な騎士を数多く失った結果、残された私達の中からティフォンが新たな団長として選出された。

 しかし、騎士になってたった数年の彼を団長にするのは、いくらアイステーシスが実力主義の国だからとて早すぎるのではないかという声も上がっていた。事実、彼よりも長く勤めている騎士は大勢居たからだ。


「古い宿舎の鍵も借りてあるから、ここが済んだら遺跡の方も調べていくわよ。あの真っ黒騎士の魔力の残滓が見付かると良いのだけれど……」


 手分けをして黒騎士の手掛かりを探す中、私は気が付けば当時の訓練場にやって来ていた。

 ここでティフォンは彼の団長就任に反対する先輩騎士達を纏めて相手取り、何とその全てに打ち勝ってみせたのだ。

 彼らも全員弱かった訳ではなかった。

 けれどあの日、ティフォンは恐ろしい程の気迫を見せていた。まるで、亡くなったトネール団長が彼の身に乗り移っていたかのようだったのだ。

 その日を境にティフォンは名実共に団長として皆からの信頼を勝ち取り、こうして今日まで私達を導いてくれている。

 そんな様々な思い出の日々の欠片を残した旧宿舎は、もうあの時のような輝きを取り戻す事は無いのだろう。

 私は一通り訓練場を見て回り、名残惜しいその場所を後にするのだった。



 ******



「ウチの貴族連中は、オレとアンタをどうにかくっ付けようと躍起(やっき)になってやがんだ。見た所アンタはクヴァールと良い仲みてえだし、昔馴染みの女を寝取るようなマネはしたくねえ」


 ヴォルカン王子はそう言いながら、眉間に皺を寄せ腕を組む。

 そしてチラリとティフォン団長に目を向けた。


「オレの方からも今夜の事はアイツらに伝えておくつもりだが、万が一って事もある。オヤジはオレ以外に男が生まれなかったせいで、世継ぎを心配して頭抱えてんだ。その不安を煽ってる貴族連中は、多分手段を選ばねえだろう」

「……と、仰いますと?」

「コイツをしっかり護っとけ。どうにもスフィーダの国民性かは知らねえが、ウチの奴らは後先考えねえ脳筋ばっかでなぁ……。建国時代の王と妃の再現だっつって、オレとコイツを無理矢理にでも結婚させるつもりだ。本人達の意見なんざ聞く気があるかも怪しいぜ」

「そ、そんな事って……」


 彼の口から語られた話は、あまりにも酷いものだった。

 火山と岩の国であるスフィーダを建国した当時の王は、ヴォルカン王子と同じ大地の御子。

 そしてその妻は炎の御子で、二人はその力によってスフィーダを豊かに栄えさせていったのだという。

 王子の話を信じるならば、私はその建国時の国王とお妃様と同じ役割をさせようと目論んでいるスフィーダ貴族に狙われているらしい。

 偶然にも大地の御子として誕生したヴォルカン王子と、彼に近い年齢の私。貴族達からしてみれば、私達はそれを再現する為に最適な役者なのだろう。何とも迷惑な話だ。

 けれどもそれに怒るよりも前に、彼はとんでもない誤解をしているのではないだろうか。


「……ええと、ヴォルカン様。色々ととんでもないお話が出て来て混乱しているのですが、一つ訂正させて頂きたい事がございます」

「あ? 何だよ」

「私はクヴァール殿下とはそういった関係ではありません。よく気に掛けて頂いているのは事実ですが……」


 私は殿下とお付き合いをしている訳では無いもの。

 ……求婚はされているけどね、ええ。彼にドレス姿を披露した時だって、何だかジェラシーを感じていたようではあったけれども。正式にお付き合いをしてはいないからね、絶対に。

 しかし、殿下との関係を否定してもヴォルカン王子の疑問は晴れないようだった。


「いや、それは無えだろ? どう見てもアンタらカップルにしか見えなかったぞ」

「そ、そんなまさか……!」

「それならどうしてアイツはアンタをエスコートして会場に来たんだよ! 庶民のアンタがそんだけ仕立ての良いドレス用意してもらった挙句、婚約者も居ない未婚の王子にエスコートされてんのに何も無えワケがねえだろが‼︎」


 ……え、それ本当ですか?

 私と殿下、そんな風に見えてたんですか?

 王子のキレのあるツッコミに、私の頭は思考を放棄しかけていた。

 高級なドレスとアクセサリーの用意。

 王侯貴族の集まる盛大なパーティーにエスコートされた私。

 婚約者すら居ない未婚の王子。

 ……これ、側から見たらどう考えても私が殿下に好意を寄せられているようにしか見えないわ。

 誤解されて当然の要素しか無いわよねコレ! 私、どうしたら良いの⁉︎


「殿下に外堀を埋められていってるやつだわ……! 策士だ! どうしよう、殿下がとんでもない策士だったパターンよコレは‼︎」

「何かおかしな気はしてたが、やる事えげつねえなぁ……流石殿下……」


 あの団長さんですら思わず本音が飛び出てしまっている。

 本気で私を落としに掛かろうとしてるわ! クヴァール殿下ったら、あんなに綺麗な顔しておいて物凄い肉食系プリンスだった‼︎

 何これ、人生最大のモテ期か何か⁉︎ 今を逃したら婚期も逃すやつなのこれ⁉︎


「わ、私、これからどうしたら……!」

「ま、まあとりあえず落ち着けよアンタ。別にまだ婚約発表とかされたワケじゃねえんだしよ」


 ヴォルカン王子のその言葉に、少しだけ冷静さを取り戻す私。

 そうだ。まだ殿下は私の事だって招待客の皆さんに紹介した訳じゃないんだ。

 まだ殿下が社交界では一度も見た事が無い女性を連れて会場に現れた段階だもの。誤解はまだ解けるはず。……解けないと困る。


「そう……ですね。ありがとうございます、ヴォルカン様」

「……そんだけ必死に否定するっつー事は、他に男が居るのか?」

「えっ……と、それは……」


 気になる人は、確かに居るんだけどさ……。

 この王子様、人の恋バナにめっちゃ食い付いて来るんですけど。こういう場合、ちゃんと質問に答えないと不敬になるのかしら?

 どう反応するのがベストな選択なのか考えていると、ヴォルカン王子はしまったといった表情で片手で顔を覆った。


「あー、すまねえ……! そこまで聞くのは野暮だったな。まあ、相手が居るなら居るで早めに婚約なり何なりした方が良い。さもなきゃ──」


 その時だった。

 部屋の外から会場の警備をしているはずの騎士、ルイスさんが血相を変えて飛び込んで来たのだ。


「ティフォン団長! ヴォルカン殿下とフラムちゃんをお連れして、今すぐここから避難して下さい!」

「何があったんだルイス! 敵襲か⁉︎」

「大広間にあいつがっ……黒騎士が現れました‼︎」

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