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3.森の奥へ

 履き慣れないヒールでどうにか二人に追い付いたところで、大広間からしばらく行ったところにある部屋へ通される。

 友人のクヴァール殿下の招待客とはいえ、ヴォルカン王子も立派な王族だ。護衛の一人ぐらい連れていてもおかしくないと思うんだけど……特にそんな様子は見られない。

 そのままティフォン団長と三人で客間らしき所へ入り、団長さんはソファに座り向かい合う私の背後に控えていた。

 すると、座り方までもがワイルドな雰囲気のヴォルカン王子が口火を切った。


「……アンタが炎の御子って話はマジなのか?」


 彼からの急な問い掛けに、私は表情が固まる。

 私が炎の御子だというのは、大精霊のフランマを召喚した事で証明されている事実だ。

 しかしそれを知るのはここに居る団長さんや、あの古代鰐から溢れる瘴気を浄化した現場に居た騎士団と魔術師団。そして任務に同行していた殿下ぐらいのものだろう。

 どうしてヴォルカン王子がその話を知っているのかしら……。殿下から密かに伝えられていたの? でも、それなら一体何の為に……?

 この事はあまり公にすべきではないと殿下から聞いている。

 ここは否定するべきなのか、それとも彼相手であれば肯定しても良い話なのか……。

 返答に迷っていると、王子は大きく溜息を吐いた。


「ハァー……ったく、まどろっこしいからハッキリ言うわ。ぶっちゃけた話、アンタが御子だってのは調べが付いてる。オレも同じ御子だからな」

「……は、はい。そのお話はクヴァール殿下からお聞きしております」


 それならそうと言ってくれれば良かったのに!

 さっきまで悩んでいた時間は何だったのかしら……。


「私達が御子である事が、ヴォルカン様がこの場を設けられた理由なのでしょうか?」

「まあそうだ。で、この話は出来るだけウチの連中には聞かせたくなかった。だからこっちの護衛は城下で待機するようにキツく言ってきたんだが……」

「……席を外しましょうか?」


 何やら内密な話があるらしい王子に、団長さんがそう告げる。

 けれどもヴォルカン王子は首を横に振った。


「いや、アンタは居て良い。むしろこの件はアンタら騎士団にも把握しておいてもらいてえからな。一応コイツ、アンタんトコの癒し手なんだろ?」

「はい……。では、どうぞお話の続きを」

「んじゃ、早速本題に入るぞ」


 王子はその翡翠の瞳をこちらに戻し、改めて口を開いた。



 ******



 今夜は殿下の生誕パーティー当日。

 団長は会場の警備に回り、副団長である私は魔術師団からの応援要請で、部下を率いて王都近郊の森を訪れていた。

 この一ヶ月、フラムにダンスの手ほどきをしてきた私だったが、残念ながら今回は彼女のドレス姿を目にする事は出来ないだろう。

 しかし、こういった機会はまた巡って来るはずだ。

 その為に殿下はドレスを二着用意させたのだろうから。落ち込むにはまだ早い。


「突然呼び出しちゃってごめんなさいね、グラースちゃん」

「いえ、問題ありません。ところでシャルマン団長、あの報告の件ですが……」


 目的地に到着した私達は、調査任務にあたっていたシャルマン魔術師団長の部隊と合流した。

 暗い森の中で、魔法によって作り出された人工的な光が周囲をぼうっと照らし出している。

 すると、彼の背後から苦い顔をした青年が現れた。


「今回は確かな情報よ。そうよね、サージュちゃん?」

「だから、僕をちゃん付けで呼ぶなと何度言えば分かるんだ!」

「あらあら、そうやってぷりぷり怒る所が弄り甲斐があって楽しいのよね〜」


 シャルマン団長がフレンドリーに接する相手は、よく見知った森の魔術師……ミスター・サージュだった。

 どうして彼がこの場に居るのか。

 一瞬そんな疑問が浮かんだが、それは彼自身の言葉にわってすぐに解消された。


「……僕は見たんだ。あの禍々しい黒騎士が、この辺りで姿を消したところを。だからそれを城に報告へ行ったんだが……そこで面倒な奴に絡まれてな」

「面倒だなんて酷いわねぇ。アタシはいつも薬草を届けに来てくれるアナタの目撃談だからこそ、他の証言よりも信頼してるってだけなのにぃ……! ううぅ〜……」

「そういうリアクションが面倒だって言ってるんだろうが……!」


 面白おかしく嘘泣きをするシャルマン団長と、心底面倒そうに顔を歪めるミスター・サージュ。

 側から見るとそれほど険悪そうには見えないうえに、長年薬草の配達に携わっている彼もシャルマン団長の性格は理解しているはずだ。

 その証拠に、早々に全てを諦めたらしい彼が話の続きを再開した。


「……例の黒騎士を見たのは昨日の夜だ。王都からの帰りが予定より遅れてしまったせいでそんな時間になってしまったんだが……。今日はあんた達も忙しいはずだろうが、あんなものを放っておくのもまずいだろう?」

「これまで王都での目撃情報しかありませんでしたから、これを切っ掛けに事態が大きく進展する可能性がありますからね」

「ああ。この先では僕の魔法も役に立つだろうから、調査への協力は惜しまないつもりだ」

「それじゃあそろそろ向かいましょうか。黒騎士と接近戦になったらアタシ達だと少し不安だし……その時は前衛お願いするわね、グラースちゃん」

「ええ、お任せ下さい」


 そうして私達騎士団を先頭に、我々はミスター・サージュが黒騎士を見たという場所へと歩き出した。


 私達が進むのは、使われなくなって久しい馬車道だった所だ。

 手入れも人通りも途絶えた為に草で荒れ果てたこの道を行くもの、もう五年も前になる。

 あの頃の私はまだ騎士団に入団して三年目で、今よりも剣技や魔法の腕は拙いものだった。

 その年にティフォンが二十三歳という若さで団長に就任し、彼の電撃的な異例の昇進で王都は大きな衝撃に揺れていた。

 自分よりも先に入団していた彼は、あらゆる面において当時の私を遥かに圧倒していた。

 彼以外に団長に相応しい者は居なかったと断言出来る。彼の戦術と仲間を纏め上げるカリスマ性は、天性のものだろう。

 騎士としては先輩である彼は、私と同い年だった。

 その重い現実が、あの頃の私に大きくのし掛かっていたのをよく覚えている。


「……という事は、今年で彼が亡くなって五年が経ったのですね」


 彼の名は、トネール・グリ。

 灰色の雷鳴と呼ばれ恐れられた、先代の騎士団長であった男。

 まるで彼の死を合図にしたかのように使われなくなった旧宿舎が、今まさに私達が目指している場所だった。

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