1.熱は冷めやらず
王都の近くにあるという魔女の遺跡や、あれから何故か目撃情報が途絶えた黒騎士について、ずっと心に引っかかるものがあった。
けれども私一人でどうこう出来る問題でも無いし、このまま何も起こらなければそれで平和になれる。
私なんかよりずっと優秀な魔術師団の皆さんが黒騎士の追跡を続けているのに、何の手掛かりも得られていないらしい。やはり私が手を出せる事件ではないのだろう。
それよりも今は、目の前の事に集中するべきだ。
何故なら──
「如何でしょうか? フラム様のご希望通り、アクセサリーは上品なイメージに纏まるよう選ばせて頂きました」
今日はいよいよクヴァール殿下の生誕パーティーの日。
一度試着してピッタリのサイズに仕上げてもらった一着目のドレスは、とても美しい優雅なデザインだった。
爽やかなライトブルーの布地は裾の方にいくにつれて深い青色にグラデーションし、アクセントとしてパールがふんだんに散りばめられており、華やかな印象を与えてくれる。
お城の侍女さん達が張り切って髪を結い上げ、白のリボンを編み込んでくれた髪型はまるでどこかのお姫様のよう。
それに合うようにと選ばれたネックレスにもパールが使われていて、耳には雫型にカットされたブルーサファイアをあしらったイヤリングが揺れている。そして普段はしていないお化粧まで施されていた。
大きな姿見に映る自分の顔は、最早別人のようだった。
「凄い……とっても素敵だと思います! 私なんかの為にこんなに色々とご用意して頂いて、申し訳無いぐらいに……」
普段の制服姿からは想像も出来ないような変貌に、私自身が一番驚いていた。
すると、侍女さんの一人がこう言った。
「フラム様は日焼けもしていない綺麗なお肌ですし、こうしてドレスアップされたお姿はより一層お美しいですわ」
「そ、それは……あまり外に出ない仕事が多いからですし……」
「青いドレスにフラム様の真っ赤な髪がよく映えて、まるで南国の海に広がる珊瑚のように鮮やかです!」
「パーティードレスとしては控え目なデザインですけれど、素材が良いお方ですから存在感がありますわ。これなら貴族のご令嬢と並んでも引けを取りませんわね」
他の侍女さん達からも次々に賞賛の声が上がり、嬉しいながらもふわふわとした実感の無さが同居する。
何だかこの状況が夢を見ているようで、これからパーティーに出席するというのもまるで実感が湧かなかった。
けれどもこの日の為にグラースさんとダンスの特訓をしてきたんだ。私を招いて下さった殿下の為にも、しっかりと役目を果たさないと……!
そう思うと、徐々に緊張感が増してきた。
今日はただ単にパーティーに出席するのが目的ではない。
殿下の幼馴染である大地の御子、ヴォルカン王子とお会いするという大事な役割があるんだ。
「もうじきお時間です。胸を張って下さいませ、フラム様。私達の持てる技術を全て発揮して輝く貴女様こそ、今宵のパーティーで最も輝く事でしょう」
「皆さん、ありがとうございます……!」
彼女達に励まされ、私は心から感謝の言葉を述べた。
思わず見違えるような素敵な衣装を着せてもらえたのは、彼女達が確かな技術と膨大な時間を掛けてこのドレスを仕上げてくれたからだもの。
そして勿論、これを手配してくれた殿下にも。
子供の頃に夢見たような豪華なドレスに身を包んだ私の元に、規則的なノックの音が耳に届いた。
「王国騎士団団長、ティフォンだ。約束の時間となったので、クヴァール殿下がフラムの迎えに来た」
「支度は整っております。どうぞお入り下さいませ」
「失礼する」
宣言通りに姿を現した団長さんは、私を見て嬉しそうに白い歯を見せて笑った。
「おお、似合ってるじゃないか! やはり殿下の見立ては一流ですなぁ!」
「ありがとうございます。それに、これを仕立てて下さった侍女さん達の腕も一流ですからね」
「まあ、フラム様ったらお上手ですこと!」
和やかに微笑み合う中、彼と一緒にやって来た殿下はとんでもなかった。
何がとんでもないかというと、その礼服だ。
普段よく目にする衣装もとても上品で麗しいのだけれど、それは遠征などで魔物と対した際を考慮し、鎧と礼服を合わせたようなデザインの戦闘用礼服のようなものだった。
しかし今夜の殿下が纏うそれは胸元にいくつもの勲章が付けられていて、彼が羽織る青いマントも光沢が美しい最高級品であろうもの。
長い銀糸の髪を結うリボンの色もそれに合わせた色で、いつもの五割増しレベルの高貴さと華やかさで目がやられそうだった。
これが本物の王子様パワー……! これには世の女性達が放っておかないだろう。
……あれ? そういえば殿下ってご結婚されてたかしら?
これだけご立派な方なんだから、婚約者は居て当然だと思うんだけど……。
そんな疑問を抱いていると、スーパーキラキラ殿下がその唇を開いて言う。
「うむ、私の見立てに狂いは無かった。そなた達も良い働きをしてくれた。とてもよく似合っているぞ、フラム」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます。ですが、その……こんなに豪華なドレスをご用意して頂いて、本当に良かったのでしょうか? それもこのドレスだけではなく、もう一着も……」
一着作るのにどれだけのお金が掛かっているのか分からないけれど、こんなに着心地の良い生地や沢山の宝石が使われているのだ。かなりのお金を使わせてしまっているのは間違い無い。
それに、私はまだ殿下に何の恩返しも出来ていないのだ。
なのにこうして素敵なドレスやアクセサリーを用意してもらっているのが心苦しかった。
あまりの申し訳無さに俯いていると、殿下がグローブ越しに私の手を取った。
「顔を上げてくれ、フラム。これは私の望みでもあったのだ。そなたが気に病む事ではない」
「ですが……」
彼に言われて顔を上げると、殿下は私の指先にそっと唇を寄せた。
お互い手袋をしているから、手の温度も唇の温度も伝わりにくい。けれど視覚から入って来るその光景だけで、自分の頬が熱くなるのが分かった。
殿下はそっと唇を離すと、その切れ長の眼で私を見詰める。
「……もしもそれ程までに負い目を感じているのであれば、これからの働きで私に成果を示してはくれないか?」
「成果……ですか?」
「今日までの日々、グラースからダンスの手ほどきを受けていたそうだな。急な頼みであったのにも関わらず、こうしてこの日の為にと努力をしてくれたのであろう。その成果を発揮してもらえれば良い」
そして殿下は私にしか聞き取れないような小さな声で、こんな事を囁いた。
「そなたの練習相手が私では無かった事が、酷く妬ましいな……」
「えっ……」
「……さて、そろそろ時間だ。パーティー会場は大広間だ。他国からの招待客も多いが、会場には騎士団を警備に配置している。緊張するなというのは無理があるだろうが、見知った顔があれば幾分か心も休まろう」
クヴァール殿下が、グラースさんに嫉妬している……?
彼から殿下に報告が上がっていたのか、それともどこからかその情報を得ていたのかは分からない。
だけど、今確かに殿下は「妬ましい」と口にしていた。
私みたいな普通の庶民の為に、一国の王子様が騎士に嫉妬を……⁉︎
待って。確かに以前殿下に熱烈ラブコールはされたけど、あれは本当に冗談じゃなくて本気だったって事なの⁉︎
『……お前が欲しい、フラム。どうか、私の妻になってはくれないか……?』
あの日受けた殿下からのプロポーズの言葉が、鮮明に思い起こされた。
さっき彼が漏らした言葉も、あの言葉すらも殿下の本心って事……?
「会場までのエスコートは私だ。かなりの視線を浴びるであろうが、そなたは我が国自慢の癒し手だ。私の隣でしっかりと胸を張り、堂々としていれば良い」
「は、はい……!」
そう言って殿下は私の手を取って、団長さんも一緒に大広間へと歩き出していく。
あの日見た殿下の熱っぽい瞳を思い出し、あれからも私に向ける感情が変わらない様子の彼の顔をまともに見られそうになかった。
考えれば考える程訳が分からなくなりそうで、必死に冷静さを取り戻そうと深呼吸を繰り返す。
けれどもコルセットがきつくて、思うように気持ちを落ち着かせる事は出来そうになかった。




