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6.アイステーシスの歴史と男達の戦い

 クヴァール殿下の生誕パーティーに向けて、あれからほぼ毎日グラースさんとのダンスのレッスンを続けている。

 一週間が経った頃には、流石に記憶が飛ぶ事は無くなってきた。それでもグラースさんはいつもキラキラしてるから、心臓に来るものがあるけどね。

 そうそう、花の聖水が無事に完成したのよ。

 タイミングを見てシャルマンさんに試してもらおうかと思っていたんだけど、どうやら魔術師団の方は仕事が立て込んでいるみたいで、急に会いに行くのも気が引けて……。

 落ち着いた頃合いを見計らって、どうにか聖水を受け取ってもらえると良いんだけどね。難しいわ。


「それにしても、もうすっかり夏になっちゃったなぁ」


 今日は私の仕事が休みなので、お城の書庫でゆっくり調べ物をしようと決めていた。

 今回は薬草やポーションについてじゃなくて、この国の歴史を勉強しようと思うんだ。

 私がこのアイステーシス王国に移り住んでから、それなりの月日が流れている。だけど私が知っている事と言えば、アイステーシスは昔カウザ王国と戦争をしていたという事実ぐらいだった。

 王国騎士団の専属治癒術師としては、仕える国の歴史はしっかり学んでおかなければいけないと思うのよ。

 そんな訳で、今日はお隣のお城へと向かう途中なんだけれど……日差しが眩しい。そして空気が暑い。

 流石にこの熱気の中で髪を下ろしているのは苦行すぎるから、すっかり愛用の品となっている雪のバレッタが活躍してくれている。

 ちょっと外に出ただけでも流れ出す汗を顔や首に感じながら、私は足早に書庫へと向かった。


「おはようございます、サーブルさん」

「あ、フラムさん! おはようございます!」


 書庫のカウンターには、朝から明るい笑顔を振りまく管理人のサーブルさんが居た。

 夏でも元気そうにしている彼なら、きっと夏バテなんてしなさそうだ。

 そんな事を心の内で考えながら、私は早速彼に話し掛けた。


「今日はアイステーシスの歴史が書かれた本を探しに来たんですが、こちらにありますか?」

「歴史の本ですね。それならその棚までご案内しますよ!」


 まだ朝だからか、今のところここに居るのは私達だけのようだ。

 研究熱心な魔術師団の方々は夜型が多いってティフォン団長も言っていたし、それで人気が無いのかもしれないわね。多少大声を出しても睨んで来る相手が居ないから、サーブルさんが生き生きとしているように見える。

 すぐに目当ての棚まで案内してもらえたので、いざ調べ物と意気込んでいると、


「ところでフラムさん、どうして歴史本を探しにいらしたんです? この前は癒し手さんだから薬草の本を探してたと思うんですけど、今日はどうしたのかなーって」


 と、興味津々といった様子で質問して来たのだ。

 確かにここには色々な本があるみたいだし、治癒術師が歴史本を求めてやって来るなんて不思議に見えるのかも。

 リスのようなくりっとした眼でこちらを見詰める彼に、私はありのままに答えた。


「私、実はカウザ王国の出身なんです。なので、せっかくこちらに移り住んだのにこの国の事を知らないというのは情けないような気がして……」

「あー、それで歴史を勉強しようと思ったんですね! 自分も両親がカウザの出なんですよね〜。何か親近感湧いちゃうなぁ!」

「えっ、そうなんですか? ちょっと嬉しいです!」

「そういう事ならこの本がオススメですよ〜! 分かりやすいうえに豆知識とかも満載の本でして、有名な学者さんが書かれた今年出版されたばかりのものなんです!」


 言いながら彼が本棚から抜き取った本を受け取り、その表紙を見る。

 タイトルは『新・アイステーシスの歴史 古代から近代、そして未来へ』と書かれていた。

 パラパラと中をめくっていくと、精巧に描かれた建物や肖像画が丁度良い配分で並んでいた。解説も丁寧に書かれているようで、お薦めされるに相応しいものだと言えるだろう。


「ありがとうございます。早速読んでみますね!」

「はい! また何かあったら呼んで下さいね」


 前回の時と同じテーブルに着いて、まずは目次から読んでいく事にした。

 タイトルの通り、アイステーシスという国が誕生するよりも前から記された本のようだった。

 予定では何冊か読み比べていこうかと思っていたのだけれど、これだけボリュームのある内容だったらこの一冊で事足りそうだ。



 まずは古代。

 遥か昔、この大陸は神々が生み出したとされる獣が支配していた。

 獣達は様々な土地に適応した姿をしており、人々はいつしかそれらを神獣と呼ぶようになったという。

 しかしある時、とてつもない魔力を持つ悪しき魔女の手によって、神獣達の魂が穢された。それがこの世に初めて魔物が誕生した瞬間だったのだ。

 魔女は魂を蝕まれた神獣達を魔獣と呼び、それらを思うがままに操った。そうして全ての人類を大きな力によって支配しようと動き出す。

 だが人々は魔女の支配から逃れようと結束し、魔獣達と戦った。

 多くの犠牲を出す中、神々は新たな命を生み出した。それが大精霊と呼ばれる、自然を司る者達だった。

 大精霊達は人々の魂に力を分け与え、魔獣に対抗する力──魔法を操る術を人類にもたらしたのだ。

 これによって人類と大精霊は次々と魔獣を打ち倒し、魔女の封印に成功する。

 この時、最も優れた魔術師は大精霊からの祝福を受け、大精霊に愛されし者たる称号を授かったという。これが現代まで語り継がれる御子の始まりであったとされる。


「こんなに昔から御子が居たのね……」


 魔女が封印されし地を中心に、それぞれの御子が住むようになった土地はいつしか集落となり、やがてそれが国へと形を変えていった。

 我らのアイステーシス王国は、それらの国々の中心である。

 近年の研究によって明らかになった話であるが、魔女が封印されたとされる遺跡が王都アスピス近郊で発見されている。

 これは地震による落盤事故によって偶然発見されたもので、魔女の遺跡のほど近くにあった旧王国騎士団宿舎が閉鎖され、現在その近辺は立ち入り禁止区域として指定されている。

 どのような危険があるか不明な為、決して近付く事の無いように。


「旧王国騎士団宿舎……って、私達が住んでいるあの宿舎じゃないわよね」


 ここに来てすぐの頃、グラースさんが話してくれた事を思い出した。

 今の宿舎は五年前に建て直されたものだ。ここに書かれている旧宿舎は、どこか別の場所にある。彼らならその場所を知っているんだろう。

 だけど、そこに行かなければならない用事がある訳でもない。無いのだけれど……。


「落盤って事は、その遺跡は地下にあったって事よね」


 ここに記されている事が事実なら、魔獣を操った魔女が封印される遺跡の近くに旧宿舎があって、更なる落盤の危険がある為新しい宿舎がお城の隣に建てられた事になる。

 身の安全の為に宿舎が移されただけなら気にする事も無いはずなのに、何故だかこの一文を読んでから嫌な予感がしていた。

 私一人が悩んだところで仕方が無いと、その時はそれ以上考えないように割り切って本を読み進めていたのだけれど──まさかその予感が的中するなんて、思いもしなかった。




────────────────




 ある日、グラースはフラムにダンスの指導を頼まれた。

 本来であれば、彼女のような一般家庭の出身者が招かれるはずのない、第一王子の生誕パーティー。そこに招待されてしまった彼女が、グラースを頼りにしてくれたのだ。

 グラースは貴族の血を引いてはいるものの、生まれ落ちた家はそこまで高貴な家柄ではない。貴族の遠い血縁者、というだけだった。

 なので、彼自身もダンスに馴染み深い人生を歩んだ訳でもなかったのだけれど、若くして騎士となった折に、とある理由からダンスを学んだ経験があった。

 その経験を活かせるというのだから、グラースは喜んで彼女の申し出を受け入れたのだ。



 一週間も経てば、フラムのダンスはなかなかの上達振りを見せ始める。

 最初の頃は俯きがちだった顔も、きちんとこちらの目を見てタイミングを合わせられるようになってきた。

 机を部屋の端に寄せた静かな会議室で、二人の足音と、時折交わされる会話がよく聞こえる。


「良い調子ですよ、フラム」

「ほ、本当ですか? ありがとうございます。これも全部、グラースさんが丁寧に教えて下さっているお陰です」


 嬉しそうに、けれども少しだけ恥ずかしげに()()()()彼女。

 野に咲く可憐な花のようなその微笑みに、グラース自身の頬もだらしなく緩んでいくのを感じていた。

 彼女の笑顔は、見ているこちらにまで幸せを感じさせる。

 こうして笑うフラムを見ていると、いつの間にかグラースの心の領域の大部分をフラムが占めているという事を実感してしまう。


「いえ、私の指導など大したものではありません。全ては貴女自身の努力の賜物です。ですが、あまり根を詰めすぎるのは良くありません。今日のところは、ここまでと致しましょう」


 気が付けば、彼女との二人きりの時間はあっという間に終わりを告げる。


「あ……そう、ですね。こんなに遅くまで毎日お付き合いさせてしまって、すみません……」


 グラースの口から出た終了の合図に、彼女と触れ合っていた手が離れていく。

 と同時に、名残惜しそうに眉を下げるフラム。

 つい先程まであんなに幸せそうに微笑んでいたのに、今の彼女は、雨に打たれた子猫のように寂しげな表情だった。

 そんな彼女を励ますように、グラースは言う。


「そのような事はありませんよ。意外に思われるかもしれませんが、ダンスというのは稽古の一環になるのです」

「そ、そうなんですか?」

「ええ。互いに呼吸を合わせて一つのダンスを作り上げるというのは、戦闘においての連携にも繋がります。そして、身体の軸を意識してステップを踏むというのも、ブレない剣技を育むよい訓練になるのです。ですから、貴女と過ごすこの時間に無駄な事など、一つも無いのですよ」

「ああ……言われてみれば、最近身体のキレというか、動きが良くなってきたような感じがします! 実は私、グラースさんにご迷惑をお掛けしているだけなんじゃないかと不安で……。でも、そう言って頂けると、気持ちが軽くなります」

「それは良かった。ではまた明日、同じ時間にここで待ち合わせを致しましょう。パーティー本番までもう間も無くですから、完成度を高めていきましょう」

「はいっ、頑張ります!」


 そもそも、彼女と過ごす事自体に無駄などあるはずもない。

 いつでも相手を気遣う心を忘れず、健気に努力を続ける彼女への尊敬と愛情を募らせながら、今日のレッスンは終了した。

 最後に部屋の後片付けを手伝うと申し出た彼女に、グラースは首を横に振って断った。

 彼女は今日、調合室で薬品作りに励んでいたはずだ。かなりの時間部屋に篭りきりだったので、きっと多くの魔力を消費しているに違いない。

 そう思ったグラースは、魔力の回復の為にも早く休んだ方が良いと勧めたのだ。



 そうして彼女と別れた後、彼が一人会議室で机を戻す作業を始めた──その時だった。


「やはりここに居たか、グラース」

「クヴァール殿下……」


 おもむろに扉を開けて顔を出したのは、この国の王子であり、最も騎士団と馴染み深い人物であるクヴァールだった。

 グラースは作業の手を止め、胸に手を当て礼をする。


「そのような堅苦しい態度は、今は要らぬ。私が夜分にここに足を運んだのは、他でも無い。一つ、そなたに確認しておくべき事がある故だ」

「はっ、何なりと」


 クヴァールの鋭い金の瞳が、私を捉えている。

 グラースは妙な胸騒ぎを覚えながらも、彼の次の言葉を待った。

 そして、その口から飛び出した質問に、グラースは顔を強張こわばらせる事になる。


「……グラースよ。そなたは彼女を……フラムを、どう思っている?」


 突如として投げ掛けられたその問いを、頭の中でもう一度繰り返す。


 ──そなたは彼女を……フラムを、どう思っている?


 その質問の意図を、グラースは瞬時に把握した。

 王子が夜分遅くに一人の騎士の元を訪ね、わざわざこのような話をしてきた理由。

 ……そんなものなど、一つしか考えられなかった。


「……その言葉の意味を、ありのままに受け取って回答しても宜しいですか?」


 グラースがそう返すと、彼は無言で頷く。

 自身の本心を打ち明けてしまえば、もう後戻りは出来なくなるだろう。

 それでもこの問題は、いつまでも放置して良いものではない。

 一人の女性を巡る男同士の対話。あるいは──


「とても、魅力的な女性だと思っております」

「それは……フラムを一人の女として見ての発言か?」

「当然です。私は、彼女に恋をしています。彼女の事を、他の誰のものにもしたくはない……そう、思っております」


 グラースは、クヴァールの金色の眼を真っ直ぐに捉えながら、はっきりとした口調でそう宣言した。


「そうか……。そなたの意見、私も大いに同意する部分がある」


 彼はそう告げると、更に言葉を続ける。

 けれどもその眼光は、味方に向けられるような優しいものではなく……。


「……つまりは、私とそなたは恋敵こいがたきという事になる。私も同様に、彼女を誰にも譲るつもりはないのだからな」


 ──これは殿下から私に対する、宣戦布告だ。


 彼らは共通の女性に魅力を感じ、心惹かれた。

 けれども彼女は……フラムは一人しか居ない。

 彼女の側に並ぶ事が許される男は、一人だけ。


 凍り付くようなピリピリとした空気の中、クヴァールは鋭い眼差しを保ったまま、口を開く。


「私は既に、フラムへ想いを伝えている」

「なっ……!」


 その発言に、グラースは大きく目を見開いた。


 ──彼女はもう……殿下からの告白を受けている?


 それに対して、フラムは何と答えたというのだろう。

 不安と焦りを感じながら、グラースの胸中を埋め尽くしていくその疑問。

 それは、彼からの返答によって明かされた。


「彼女は未だ答えを出してはいない。けれども、そう遠くない未来──私の生誕パーティーの後にでも、もう一度心を確かめるつもりだ」


 彼の言葉に安堵した一方、まだ不安要素が残されている事実に、グラースは眉根を寄せた。

 グラースの主観でしかないが、クヴァールは女性の視点で見れば、素晴らしい男であると言えるだろう。

 彼はアイステーシスの王子であり、眉目秀麗、剣術と魔術の腕も確かなもの。冷静な判断力と、民衆を思う慈悲の心。

 欠けたものなどまるで無い、完璧な男。


 ──私が彼に勝るものなどあるのだろうか。唯一挙げるとすれば……フラムへの、この想いだけ。


 民衆に慕われる一国の王子と、その下で剣を振るう騎士。


 ──私は……それでも私は……!


「……それは、させられません。絶対に」

「ほう……?」


 グラースも負けじと殿下を睨み、牽制する。

 それに対して彼は、好戦的な笑みを口元に浮かべて言う。


「相手が私であっても、譲るつもりは無い……。その心意気、私はとても嬉しいぞ」


 むしろグラースの方こそ、彼の心意気に感謝していた。

 一国の王子程の地位のある人物であれば、グラースから自由を奪い、フラムへの想いなど伝えられなくする事も出来るはずだ。

 それを選ばないという事は、彼らの『恋敵』という関係性すらも楽しむ余裕があるのだろう。

 その証拠に、彼はグラースをある場所へと連れ出した。





「私もそなたも、彼女を譲るつもりは無い。そして、彼女自身は答えを出していない。ならば……」

「剣と魔法で決着をつけよう、という事ですか」


 二人がやって来たのは、王城に備え付けられた訓練場だった。

 宿舎にも訓練場はあるものの、万が一フラムの目に触れれば、彼女に余計な動揺を与えてしまう危険がある。

 王城の訓練場は、宿舎のものよりも面積があり、訓練用の剣やダミーの人形なども豊富だ。

 ここは基本的に王族が使う場所とされている。

 他に足を踏み入れる者といえば、王族への剣術指南役に任命される者や、ここを整備する者ぐらいなものだろう。つまりはグラースの友、ティフォン団長などが主に挙げられる。

 クヴァールは訓練用の剣が並んだ方へ目を向けたものの、そこから剣を手に取る事は無かった。


「左様。その方が、そなたも納得出来るのではあるまいか?」


 言いながら、彼は腰に差していた愛剣を撫でる。


 ──……そうか。殿下は、私に本気を出させようとしているのだろう。


 王子である自分に、遠慮など不要。

 互いの愛剣を用いた真剣勝負で、彼女に相応しい男を決めよう──と。


「……お気遣い、痛み入ります。それでは私も、遠慮は致しません」


 自然と互いに距離を取り、長方形のフィールドで向き合う。


「これは──決闘だ。フラムを護り、人生を共に歩むに相応しい男を決める戦いだ」


 フラムには、明確な敵が居る。

 彼女の命を奪わんとした貴族、元婚約者のオルコ・ドラコス。

 あの男によってその身を脅かされたとしても、必ずや彼女を護る事の出来る……彼女だけを愛する存在が必要なのだ。


 ──それに相応しいのは……私か、殿下か。


「……グラースよ。覚悟は良いな?」


 クヴァールは剣を引き抜き、その切っ先をグラースに向ける。


「はい、勿論です。私は、貴方に勝ちを譲るつもりは毛頭ありません。誇り高きアイステーシス王国の騎士として……何より、彼女を想う一人の男として、全力で臨ませて頂きます」


 グラースも愛剣を鞘から抜いて、いつでも戦闘に入れるよう、万全の状態を整えた。

 その様子を見た彼は、


「それで良い。それでこそ……我が国の騎士に相応しい」


 と、満足そうに返答する。



 そしていよいよ、二人の男の戦いは幕を開けた。


「──行くぞ、グラース!」

「グラース・アヴァランシュ、いざ参る‼︎」


 改めて名乗りをあげたグラースは、こちらへ向かって駆けて来ようとするクヴァールへ向けて、下位の氷魔法を詠唱する。


「飛翔せよ、氷の矢!」


 その言葉を合図にして、クヴァールの足元に鋭い氷の矢が三本放たれていった。

 しかし、彼はそれを横に飛んであっさりと避ける。その上、今度はクヴァールの方から攻撃が開始されてしまった。


「開幕早々、氷の魔法か。であれば、私も全力を尽くすのみ! 我が呼び声に応えよ、光の精霊よ!」


 その詠唱に反応した精霊の気が、クヴァールの周囲に集まっていくのが分かる。

 と同時に、彼の剣に光が満ちていくではないか。


「我が魂はその身を浄化する、純白の光の聖剣なり!」


 ──この詠唱はまさか、ベルム村への遠征で見せたあの魔法……⁉︎


 全力を尽くすという先程の発言に、何の誇張も無かったらしい。

 クヴァールの本気を──全力を浴びせようとする、殺気にも似た刺々しい感情がグラースを焦がす。


 ──ならば私も、早々に決着をつけるしかないようだ……!


「我が呼び声に応えよ、氷の精霊よ! 汝なんじはあらゆる者を呑み込む白き大海。純白の雪崩なだれとなりて、我に仇なす者を呑み込むが良い!」


 クヴァールの魔法によって呼び寄せられた精霊の気を、無理矢理にこちらの魔法にも利用させてもらう。

 この人生で、まだ成功させた事のない大技。

 しかし、これだけの魔法に対抗出来るものといえば、グラースにはこの魔法しかなかったのだ。


 ──見るが良い……! これこそが氷の騎士、グラース・アヴァランシュの全力だ──‼︎


「《ブラン・リュミエール・エペ・サクレ‼︎》」


 クヴァールの振るう輝く光の剣が、グラースに向かって放たれる。


「《ブラン・メール・アヴァランシュ‼︎》」


 そして、グラースの剣から生み出された雪の渦と共に、私は殿下のそれに真っ向から相対した。

 互いの純白が、光と豪雪が、二人の視界を真白に染め上げていく。

 それと時を同じくして、自身の身体から大量の魔力が消費されていくのが、はっきりと感じ取れた。


「はああぁぁぁぁぁぁっ‼︎」


 光の剣と、氷雪の剣がぶつかり合う。

 クヴァールの勢いは衰えず、グラースはごっそりと失われた魔力の反動により、ぐらりと視界が歪んだ。

 その隙を見逃さないクヴァールは、更に魔力を高め輝きを増した剣で、グラースの魔法の豪雪に対抗していく。


「ぐっ……この、ままでは……っ!」


 グラースの意識が保つのも、あと数十秒あるか無いか。

 ただでさえ無理をして行使した魔法を──それも未完成としか言えない未熟な魔法が、どこまで操れるのか。

 しかし、ここで意識を飛ばしてしまえば、彼の負けは確定する。それだけは断じてあってはならない。


 ──負けられない。この勝負は、何が何でも……負けたくない‼︎


「……っ、うおおおぉぉぉぉぉぉおおっ‼︎」


 身体の隅々から魔力を掻き集め、精魂尽き果ててでも成し遂げる。


 ──この程度で折れるような想いならば、私に彼女を愛する資格など微塵も無いのだから……‼︎


「負ける……ものかあぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあッ‼︎」


 その瞬間、グラースの中で何かが弾けるような感覚があった。

 突如として湧き上がる強大な何かと、そしてそれに呼応するようにして増大したブラン・メール・アヴァランシュの威力によって、クヴァールの白き光は豪雪に飲み込まれようとしていた。


「何だと……⁉︎」


 そして遂に、グラースの剣が殿下の光を突破し、彼の剣を弾き飛ばす事に成功した。

 空中で勢い良く回転し、ガラン……! と音を立てて床に落下した、クヴァールの愛剣。

 クヴァールも勢いに押され、背後に大きく体制を崩す。


 ──今が好機……!


 その隙を突き、床に膝を付いたクヴァールに距離を詰めるグラース。

 だが、相手は幼少期から騎士団長に剣を習い、魔術師団長より魔法の手ほどきを受けてきた魔剣使いである。


「我が武器は──剣だけに非あらず……!」

「なっ……⁉︎」


 クヴァールはこの数瞬の内に、魔力を練り上げていたのだ。

 その魔力は明確な敵意をもってグラースに向けられ、光の矢が彼の掌から発射される。


 ──まだ魔法を使えるだけの魔力が残っていたというのか……! いえ、これは……っ‼︎


 僅か数歩の距離。

 グラースの意表を突いたクヴァールの矢は、避ける余裕も無く腹部に直撃してしまう。


「くっ……!」


 だが幸いにも、グラースの鎧には魔法攻撃をある程度軽減させる力が備わっていた。

 相手を殺す為の戦いではないこの決闘では、互いに致命傷を与える程の火力は不必要だ。

 ……開幕の大魔法のぶつけ合いは例外であったが。


 しかしこの一撃で、今度はグラースに隙が生まれた。

 その間に立ち上がったクヴァールは剣を拾い上げ、体勢を立て直したグラースと再び睨み合う。


「油断したな、グラース」

「ええ……結果を急ぎ過ぎました。流石の機転ですね」


 剣を構え直しながら、グラースは先程のクヴァールの姿を思い返していた。

 彼が光の矢を放ったあの瞬間、右手首に見えた銀の腕輪。

 今は亡き王妃──クヴァールの母の形見である、乳白色の宝石があしらわれた腕輪だという事を、グラースは知っている。

 宝石には魔力が宿るものであり、そこに魔力を貯蔵して戦闘時に利用する手段がある。

 クヴァールは魔力をそこから引き出して、あの矢を生み出し攻撃してきたのだろう。

 それを失念していた事に、グラースは奥歯を噛み締めた。


 ──ですが……純粋な剣の腕前では、私も彼には劣らない!


「はあぁぁああぁぁっ‼︎」


 グラースは己を奮い立たせ、眼前の恋敵へと駆け出した。


「来いっ、グラース‼︎」


 対してクヴァールも、勢いに乗せて降り掛かってくるグラースの剣に立ち向かう。

 ぶつかり合った二人の剣が激しい金属音が鼓膜を揺らし、火花が散る。

 力で押し切ろうとするグラースと、それを堪えるクヴァール。

 日頃の訓練の差で生じた筋肉量によって、少しずつグラースがクヴァールを追い詰めていく……その時だった。

 蓄積されていく腕への負荷によって、クヴァールの反応が僅かに遅れ──


「隙ありっ!」


 突然つばぜり合いを中断したグラースの剣が、クヴァールの剣を下から上へと叩き飛ばしたのだ。


「しまっ──」

「これで……勝負ありです」


 その宣言と共に、剣が飛んだ方向に目をやったクヴァールへ、グラースが剣先を突き付ける。

 そうして、彼は悔しさと悲しみが混じったような表情を浮かべた後、


「……今度こそ、私の負けだな」


 と、呟いた。


「……彼女の事を、任せるぞ」


 その言葉に、グラースは黙して頷きながら剣を収める。

 するとクヴァールは、こちらを見上げながらこう言った。


「だが、私はまだフラムを諦めた訳ではない。そなたの身に何かあれば……私は、必ずやそなたを……」

「ええ、それはどうぞご自由に。他者に想いを寄せる事は、誰にでも許されるものでしょう。もし……もしも、私が彼女を傷付けるような事や、万が一の事があれば……」


 ──その時は、貴方に全てを託します。

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