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4.氷の騎士

 私は剣に魔力を込める。

 鋭く冴え渡る、氷雪の冷たさ。

 その温度を己の力として宿すべく、氷の精霊へと語り掛ける。


「我が呼び声に応えよ、氷の精霊よ。その鋭き氷の刃を、我が剣に宿し給え! 《グラシエ・ラム!》」


 私の詠唱により、ブラッドベアの攻撃を防いでいた剣は氷を纏った。

 突然温度が下がった剣に驚いたのか、相手は唸りながら距離を空ける。

 それならこちらとしても好都合。私はその隙を逃さず狙いを定め斬り付けた。


「喰らうが良い! はあぁぁぁぁっ‼︎」


 振り下ろした刃は、二足歩行でもろに私の一撃を受けたブラッドベアの腹部を斬り裂いた。

 その傷口の表面は氷で覆われ、またもう一撃を加えればたちまち身体を凍らせていく。


「グオアァァァァァッ‼︎」


 氷の冷たさで動きが鈍っている今がチャンスだ。

 私は奴の背後に回り込み、すかさず攻撃を叩き込んでいく。

 ブラッドベアの身体はもう、私の剣が描いた氷の刃の筆跡で埋め尽くされようとしている。

 これだけの氷があれば、私の魔力量でもあの魔法を発動する触媒となるだろう。

 意識をより集中しながら、私は剣にグラシエ・ラムを掛けた際よりも多い魔力を引き出していく。

 私の剣に埋め込まれた青い魔石が、氷の精霊の力をより高めていくのが分かる。


「氷の槍よ、我に仇なす者を突破せよ! 《グラース・ランス・ペルセ!》」


 氷の魔力によって空中に出現した何十本もの氷柱が、私が剣を向けた先のブラッドベア目掛けて次々に発射されていく。

 普段よりも多い魔法の氷柱が、奴の身体を代わる代わる貫いた。

 グラシエ・ラムの発動によってこの場に集まった精霊の気が、グラース・ランス・ペルセの効果をより上昇させた為だ。

 こうして発動の順番を工夫すれば、魔術師に劣る魔力量でも魔力を節約し、強力な魔法を行使する事も可能なのだ。


「ガッ……グオォォ……」


 全ての氷柱をその身に受けたブラッドベアは、すっかりか細くなった声を絞り出して地面に伏した。

 すると、魔法の効果が切れて黒い雲が晴れる。


「た、倒せたのか……?」

「やった! 副団長がブラッドベアを仕留めたぞ!」

「グラース副団長、素晴らしい戦いでした……!」


 戦いを見守っていたルイス達が、一斉に歓喜の声を上げ始める。

 それなりに魔力を消費してしまったものの、無事に討伐を終える事が出来たようだ。


「多少張り切りすぎた気もしますが……これでしばらくはこの森も安全でしょう」


 剣を覆う氷が小さく弾けて消えていくのを見届けて、私は静かに愛剣を鞘に収めた。



 ******



「いやー、まさかグラースが奴を仕留めるとはなぁ!」


 ティフォン団長は豪快に笑いながら、サージュさんが淹れたハーブティーに口を付けた。

 ブラッドベアは無事にグラースさんが討伐し、今は戻ってきた団長さんも一緒にサージュさんの小屋でちょっとした休憩を取っているところだ。


「俺の方だって随分探したんだぞ? なのにいくら探しても見付からなくて、一旦小屋の方の様子を見に行こうと思ったら、もうブラッドベアは倒されたって言われてよぉ」


 そう言って、団長さんは眉を下げて言う。


「この山は広いからな。少し運が悪かったんだろう」

「そんなに歩き回られたなら、かなりお疲れなのではありませんか?」

「心配は無用ですよ、レディ。彼の体力は底無しですから」

「そうそう、これぐらいじゃ俺はへこたれないさ!」


 増血薬のお陰で少し身体が楽になってきたサージュさんと私達でテーブルを囲み、彼が育てた薬草やハーブをブレンドしたというお茶の爽やかな香りが心地良い。

 隣に座る病み上がりの彼だけに負担を掛けたくなかったから、私もちょっとだけお茶の準備を手伝ったのよね。


「一応、このハーブティーには疲労回復の効果もある。こんな茶一杯だけじゃ大した礼にもならないだろうが、あんた達には感謝している。……本当にすまないな」


 俯きがちにそう言ったサージュさん。


「そんな、謝らないで下さい! ブラッドベアが現れたのはサージュさんのせいじゃありません」

「それは……」

「フラムの言う通りだぞ。俺達は王国騎士団。お前達アイステーシスの国民を護るのは当然だ」


 私達の発言に、彼は不安げに顔を上げる。


「だ、だが……俺は死んでもおかしくなかったところを救ってもらった。こんなに大きな恩をどうやってあんた達に返したら良いのか、分からないんだっ……!」


 彼の言うように、確かに彼はブラッドベアの攻撃を受けて生死の境を彷徨っていた。

 私達が来なければ──いや、あと一時間でも遅れていたら、どうなっていたか分からない。

 人生の瀬戸際に立たされていたところを救われたのなら……その命を繋ぎ止めた私達に、何かしらの感情を抱くのが人という生き物なのだろう。

 私は狼狽する彼の手を取り、安心させるように穏やかな声色で語り掛ける。


「なっ……⁉︎」

「……サージュさん。私は貴方とこうして元気にお話が出来るだけで、とっても嬉しいんですよ?」


 サージュさんは一瞬手をビクリとさせたけれど、抵抗せずに私の手を受け入れてくれた。


「グラースさんとここに駆け込んだあの時、血塗れで倒れた貴方を見付けて……早くこの人を治さなくちゃ。私の目の前で誰かを死なせる訳にはいかないって、そう思ったんです」


 私はまだ、治癒術師という職に就いてから日が浅い。

 先生の下で修行は積んだけれど、患者さんが亡くなる場面には出くわしていないのだ。

 出来ることなら、私の患者さんには誰も死んでほしくない。

 そんな無理な願いは叶わないのかもしれないけれど、私は最善を尽くして全ての患者さんを助けたいと思っている。


「私が街の治療院で働いていた頃、たまに大怪我をした患者さんが運び込まれて来るんです。絶対に死なせちゃいけない。この人が亡くなったら、きっと悲しむ人が居る。だからいつも全力で治療をしていました」


 治癒術師は常に適切な治療をしなくてはならない。

 それでも、どれだけ冷静さを装ったとしても、私が未熟なせいで万が一にもこの人を死なせてしまったら──そんな恐怖と戦いながら、必死に震えを堪えて向き合ってきた。


「サージュさんの治療もそうでした。私が判断を一つでも誤れば、助からないかもしれない……。だから、無事に治療が終わって、貴方が目を覚ましてホッとしました。良かった、私はこの人を助ける事が出来たんだって」


 何事も無く治療が終わり、患者さんに掛けてもらう感謝の一言だけで、それまでの不安や緊張が全て吹き飛んでしまう。

 私はちゃんと誰かの役に立てたんだと、そう強く実感出来るから。


「……今の私にとって、こうしてサージュさんのハーブティーを皆さんと一緒に頂けているこの時間が、何よりの恩返しなんです。だからどうか、そんな辛そうな顔をしないで下さい」


 彼の指先に、少し力が籠るのが伝わった。

 すると、サージュさんは呟くような声量で、私に問い掛ける。


「……そんな思いをしてまで、どうしてあんたは治癒術師になんてなったんだ。そんな仕事をしなければ、あんたがそこまで気に病む必要も無かっただろうに」


 その質問は間違いでは無いのだろう。

 けれども私は、私が私であるからこそ、この仕事を夢見て生きてきたんだ。


「あはは……やっぱりそう思いますよね。でも、そう感じてしまうからこそ、私はこの仕事をやりたいんです」


 私は改めて、彼の大きな手を握り直す。


「……私は、自分の両親の顔も名前も知りません。フラゴルという家名は、私を引き取って下さった老夫婦の名前なんです」


 そうして私は、自分が治癒術師を志した理由を彼らに打ち明ける事にした。

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