3『じゃあ、始めてくれ』
3『じゃあ、始めてくれ』
「あ、相手にしてられるかッ!」
ライラは本能的に理解していたようね。
そう、アレは――この種の人間こそ、『敵』でも『味方』でもない連中こそが、この事件での【最悪】にして【災厄】。
それに、ライラには一刻も早く――しなければならないことがあった。
ライラを蝕む魔力異常飽和。それを抑える――抑制剤。
ようするに、薬を取りに戻ったの。普通は常備しているはずだけど……彼女がクスリとして、食おうとしていたのは……
がぶり――
ライラは奥の広間に安置されていた、巨大な肉体をもつ『何か』に噛み付いて――
その巨大な何かが、目覚める。
――え?――
「あ〜らら、血の臭いで目が覚めちゃったんかな?」
天井へ――大の字で叩きつけられたライラ。の背後で、ライラの背に潰されながら、アズの兄が言った。
「よっと――さて、馬鹿吸血お嬢はそこでねんねしてな――俺は」
ライラを器用に姫様抱っこしながら
「あのでっかいのを……ってえぇえぇぇぇぇぇぇ!!」
さて、アズの兄上が馬鹿している間に何が起こっていたか――
〜〜〜〜
ライラが部屋に侵入した際――
クリスも同時に突入し、巨大なゾンビを相手に一瞬、怯んだ。が、吸血されて目覚めた瞬間、
(あ、倒せるな――)
と、ライラが片腕で持ち上げられ――床に叩きつけられた反動で、天井まで浮き上がる。
その一瞬――
巨人、いや後に血だまりの一塊と化す『黒衣の教団員』たちの弁では【超人】と呼ばれるソレは――
ライラを叩き付けた右腕が、関節技で、もぎ取られていた。
両腕の間接を使っただけではなく、ナイフと関節部を巧みに組み合わせた技にて。
「ギガガッ! NNNNNNGAAAAAAAAAAA!!」
痛みは無いのか――残った腕で、右腕を固めていたクリスを押しつぶさんと、拳が飛ぶが――
その固めていた腕を盾に、後ろへ吹っ飛んで――否、その衝撃を【器用にも不安定な姿勢】と言う矛盾を孕んだ形で――【超人】の頭の上――真上を取って――
首を、手の力だけでねじ切った。
軽く百八十度回転させて、さらに半回転――筋肉にそって、骨と筋肉神経を無駄なく抜き取り、背骨は回転処理――ポキリ。
着地した机の上に、そのグロテスク(顔面半分が血管だらけ。その部分の眼球は飛び出し)な頭を捨てると――
クリスの蹴り上げた足と、超人の振り下ろした左腕が交錯する――
左腕が飛んだ――
左足に仕込んでいた、ダガーナイフが音立てて根元から折れ――
空を切った断面が、床を叩く。
〜〜〜〜
「……圧倒的じゃ〜無いですか」
ポカン、と馬鹿みたいというか、馬鹿なので驚いているアズ兄は――拍手をしようとして、抱えているライラに思い当たると。
そのライラに、思いっきり噛み付かれた。
ただし、噛み付いたのは鉄棒――
「っつ〜か、後輩。お前だったらギルガメッシュに喧嘩売れたんじゃないか?」
どう見積もったって、この超人はギルガメッシュよりさらに巨体、加えて――不死。
両腕をもがれてもなお、クリスを蹴り潰そうと――人類の規格ではありえない、クリスの上半身ほどはある足裏を、叩きつけようとして
股関節から、分断された。
どうやら鉈の寿命は尽きたようで、蹴りだした足の付け根には、血と油でギトギトに艶光る鉈の刃が刺さっており、その反対側からもう片方の鉈が右足を文字通り叩き落した。
机の上で、牙を向ける頭部――を、アズ兄が手のひらを押し当て――黙らせた。
波紋が、何か、広がったような――(……へぇ)
クリスは、それを「物真似」て――残った左足に「叩きつけて」みた。
手応えのある、反動、緩衝。加えて――軽くもぎ取ってみると、あっけなくぶちりと、左足は外れた。
「……おいおいおいおい、見よう見まねでそこまで出来るか? 普通」
「お袋がこう言うの好きだったんだよ。内陽功だとか、発剄だとか。俺の家系、魔術はからっきしだったからな」
「はっ、魔術だって100%の努力と0%の才能だぜ?
……しかし、前智識があったんなら、いや――その術後からみるに、『初めて』成功いや、使用したって感あるな」
「初めてだが――? んなもん信じてなかったんだから。アンタが見せてくれるまで」
「お前は猫かッ!」
「はぁ?」
「【猫目】つってな、元の意味はコピーキャット、
相手の技を盗んで自分の技術にしちまう連中のこと。まぁ、俺の姉貴がそうだったんでね」
「へぇ〜」
「いや、姉貴は『猫目』じゃなくって、『心眼』だったな。その技の持ち主より最大限に引き出して、モノにできる」
「ふぅん、怖い姉貴だな」
「俺はそのトンデモ姉貴に地獄を見せられて育ったからなぁ」
「そうか、それがアンタの強さの秘訣か」
「はん、秘訣なもんか。単なるトラウマだよ」
「トラウマ?」
「傷心的記憶だよ。思い出したくない、あんまり良くなかった過去の思い出」
十字を描くように回転する鉈――
翼のように広がる刃物――
もう、何が起こっているのかわからない――
「ただの人外」、「単なる人造吸血鬼」である、彼女には――
私は【彼】から、【映画】と言うものの知識を得ているから、理解は出来る。
現実には、できない。と思ってたけど――
まぁ、「彼」だからね。
彼は何だってできるのだ。
そして、あの「彼女」――血蓮公爵。あの子はとっても彼、あず兄に似ている。
「何でもできる」のだ。
普通は「何でも」できないから、現実に抗うのが、
通常の、
普通の、
一般的な、
不幸も幸福も均一に並べられた人間の人生の【現実】。
彼らは違う。
常人ではありえない道を進んだがゆえに、望まなくとも「何でもできる」。
その道の名は……
文字通りの「血の滲む努力」。
「……思い出したくない、か」
「あんだ? 感慨深げに――あ、そっか、後輩、まだ直接殺人したことねぇんだな」
「嗚呼……それが?」
「はっ――だが、間接的に何人かは――殺っちまったって顔だな。
自分が手を下してないから、尚更――自身の罪深さを嘆いている。って違うな、お前は罪なんざ感じちゃいないな。
お前は――そう、人を殺した時の激情を知らない、それを恐れている」
「……」
ライラは――ただ呆然と地べたに座り込むしか出来ない。
クリスは、さっきから【殺意】を持って、この黒い化物、アズの兄と会話をしている。
隙あらば――と言う具合なのだが、この殺意を正面から当てられている黒い化物――は平然と、笑っている。
クリスの、深く澱んだ闇色の奥――
黒布の下に隠された、瞳――
化物たちの会話は、マジメなのか単調なのかは知れない。
「言うなれば【未知】を恐れている。未知の【痛み】だ。
後輩、お前が毎日血の滲むような日常を送っていたのは、一目見れば想像つく。
16だってのにその小さい体は、機敏と小回りのそれに適して、体に合わぬ筋肉は力任せのそれではなく、ベクトル――力の流れに沿った正しい筋肉のつき方だ」
「別にアンタみたいに、血塗られた修羅の道なんざ歩んでないよ。普通の貧乏一家だったさ。朝早く起きて、夜遅く寝る」
「それも、全部運搬系の重労働と、おじいちゃんおばあちゃんたちのマッサージかな。この辺り、戦争が起こったんだろう? そんな昔じゃない。過疎化した村で――君のような若くて、力強い子は、重宝されてたんじゃない?」
「……」
……殺意が、疑心を織り交ぜて放たれる。
「おいおい、ちょっとした推理だっての。言ったろう? 俺は何だってできる――相手を見抜くのだって、一種の推理、推察だろう?
続ける? 嫌?」
「人の過去を見抜かれるのは、気持ちがいいもんか?」
「俺は気持ち良いな。あたると嬉しいし」
「そうか、俺は肌をナメクジが這うくらい気持ち悪いな」
「んじゃ、止める――どう? 変わりに俺を虐め返すか?」
「……馬鹿馬鹿しい」
クリスはそう言い放つと、ライラには眼もくれず――もはや眼中にない――部屋から立ち去ろうとして、
「他人を一人殺したくらいじゃ、君は傷つかないよ。何も思わないさ――。
未知の痛みを知りたいなら、まず君の場合――手近ならアリスちゃんを殺す」
クリスの殺気は最大限に上がった――
「――は、俺が許さない。しないだろうがね」
「……できもしねぇこと、言うんじゃねえ」
「できるさ。君の力ならね」
「誰が殺すかッ!」
「ん、だから【未知の痛み】だって。自分の大切なものを、自分の手で壊す――もう、痛みとかじゃなくて俺からしちゃ恐怖だよな」
クリスは、大体察した。
コイツ自身が何を壊したかまでは知らないが。
「もう一つは、戦場に出て一人で100人を皆殺しにする」
「無理だ」
「君にならできるね。まぁ、平原で一対多数は厳しいだろうけど――」
―こういう屋敷なら、君は可能だ―
「屋敷に限らず、森、街中――」
そういった、限定状況下――お袋が、母さんが【得意】としていた、暗殺術。
それを、クリスは知っていた。知っているだけだ。したことはない。
想定したことはあった。馬鹿親父との喧嘩の際――
母親の酒の愚痴、父親とのイタチごっこ――
もう終わった筈の、クリスの現実――
自分の行為が、激しく嫌になる。
「へぇ、後輩――この力、嫌いなんだ。いや、技術か」
「……当たり前だ。これは」
人を殺す技なんだぞ。
「違うな、違うな! ち〜〜〜が〜〜〜う〜〜〜なぁぁぁ!
クリス、お前、間違っている! 盛大に、大いに、絶大的に大間違いしている!
親父とお袋が――お前に、人殺しを? 違う、違うだろう? 考えればわかる筈だ!
俺の推察が正しければ、両親はアンタに人殺しの術は、一切教えてない筈だ!」
「なんでそんなことが言える」
「父親と、母親だからさ――子供の前で、泥臭い姿を見せる親は普通はいねぇ」
「殿睡する糞親父と、酔うと殴る母親だぞ?」
「で、殴られた跡はなしと――後輩、実はお前、頭回る方だろう? 親の振り見て我が振りなおせ――を再現しちまったら、立派にご両親の技術を継いじまったわけか」
「親父は出てって、最近帰ってきて死んだ」
「んじゃ、母親か――母親で戦士っつうと、難しいな。どっかの暗殺部隊か」
「……人の過去を」
「ん? 嗚呼、悪い悪い――ん、だいたい経緯はわかった」
クリスは、ようやくこの化物の正体を見切った。
技術、体術だけではない、こいつは――頭も回る。推理にしてはチグハグでずさんな気がしないが、見抜く視線だけは、確かだ。
戦場でもそうだ、眼力――状況を見て把握する技術は、長生きする秘訣でもある。
対戦相手の力量を、人目で理解するのと同じ――
……猫の目。
相手を見抜き、奪う瞳。
「なんでお嬢が破格に強いかのルーツは、だいたい解った」
「そうかよ」
「嗚呼、環境、感情、そして何より無感動――全ベクトルが技術に集中している。天才も真っ青な努力か。
で、そのご両親は、いや親父さんは逝ったのか」
「どっちも死んだ」
「でも、君の中じゃ死んでない。じゃあ、俺が殺してあげよう」
不意に――黒衣の化物は、
目隠しをはずした。
意外にも、普通の顔だった。
ただ優しげな眦の、少し微笑んだ――
戦慄――無表情。
それは、微笑みの筈なのに――
その黒瞳は、何も映していない。
闇よりのなお深く。
星撒く夜よりもなお暗く。
何も見えていない、深い――「 」。
その「 」が問う。
「……お父さんとお母さんを、愛していたかい?」
咄嗟の答えが――でなかった。
この瞳には、嘘が付けない。いや、嘘さえ意味がないと。
無意味だと、気づいた。
この「 」が、真実しか映せない。
それに多分、この「 」は――
誰にも、理解されないだろう。
ならば、これは――(鏡合わせの問答)
「大好きだったよ。どうしようもなく最低で、どうしようもなく最悪で、殴ることと傷つけることしか、教わらなかった親だけどよ」
高熱を出したときは、仕事も捨てて看病してくれた母。
ろくでなしの癖に、アリスを助けたり、俺に出会って泣いたりしやがった父。
最低な、糞みたいな――
なんで――あんな奴らのために……
泣かなきゃならないんだよ。
〜〜〜〜
……絶殺、完了。
蛇足だけど、クリスはアリスに憧れていたんじゃないのかな?
顔も知らぬ父親を探し出したアリス。
父を知らずにいたら、向こうから来て出会ってしまったクリス。
感情のないクリス。
素直なアリス。
まるで鏡合わせの二人――
そんな彼女だからこそ、クリスはアリスに惹かれ――導かれ。
今、彼女に無いものをもってして、彼女を守ろうとする――
ふっふ、幻想美譚であるから、こんな風にロマン溢れる解釈もできるのよね。
でも、実際はどうかしら?