2『さぁ、誰が主役だい?』
2『さぁ、誰が主役だい?』
「……クリスに、……誰だ」
「どうも初めまして、ロマンスグレーなおじさま。俺は」
「アズリエルの兄貴だそうだ」
さて、場面は黒衣のアズ兄、そして鮮血のクリスが、アリスを抱えたまま蹲る、片腕の男と再会する。
アリスは、気絶していた。落下の際に気を失っていて、まだ間もないことである。
「っつ〜か、クゥちゃん。自己紹介くらいさせてよ」
「……」
「うへぇ、シカトかい?」
「いや、アンタもう帰っていいぞ」
「ナニソレ酷ッ!」
「だって、俺はアリスとおっさんを助けに来ただけだ。あとはおっさんと俺で……」
「あ、それ考え甘い」
アズ兄は手招き小招き――唯一一枚の扉へ耳打ちするよう、促す。
扉の向こうから――
カチャ――ズルッ――ズッチャ――ああぁぁぁぁ〜〜〜
などと言った擬音、先ほどとニュアンスは違えど……
「雑魚ゾンビか」
「金属音もあったし、多分――改造ゾンビーMrkIIじゃねえ?」
「厄介だな」
「うん、多分この響き具合からさっきみたいな広間じゃなくて、狭い暗い臭いの三拍子揃った通路だろう。
さっきみたいに大暴れは難いぜ。それともさっきみたいに強行突破するぅ?」
「さっきみたいにを一台詞に三回も連発するなんて器用な奴だな」
「さっきみたいに血液が無毒だったVerと違うかもしれないし、さっきみたいに肉片を散らかしたら、こんどは君のお姫様が失神しやしないかい? 嗚呼、さっきみたいに……」
――ネタが尽きたようだ。
「さっきみたいな威勢はどこいった?」
「オチを奪われたからそこでへこんでいていい?」
「勝手にへこめ」
馬鹿なことを言い合いながら、扉越しで物思う――
「脱出は厳しいか」
「そか?」
「…………」
思った。――
アズ兄を野放しにする。
↓
好き放題に暴れる。
↓
廊下ぐちゃぐちゃ――
↓
まぁ、脱出はできる。
↓
その際、アリス寝ていてくれたほうが好都合……
アリスの表情を盗み見る――単に気を失っているだけだが、いつ眼覚めるだろうか。
「単なる失神っぽいからねぇ。気付けてやりゃすぐおきると思うけど?」
「起こすな」
「いや、俺の勘じゃ、数分……結構早めに起きるぜ。この子、病弱とか言う設定はないだろう? まさか隠し設定であるとか?」
「ねぇよ。父親探しに一人、森に入る込む度胸の持ち主だぜ」
「ふふふん、馬鹿め。そう言う子に限って打たれ弱った際のダメージってでかいんだぜ?」
「もうすでに悲鳴キャンキャンあげてたじゃねえか」
「あり? 騒いでたのって、あずあずの連れ子じゃなかったか?」
「誰だよ、あずあずって――」
「アズリエルだから、『あずあず』。あずでも良かったけど、アイツ、萌え属性がねぇだろう?」
「……萌え属性って何だよ」
「俺も最近知ったんだ、ふふん。可愛いの最上級形らしいぞ」
「変体型の間違いではないか、それ」
「うわぁ、どっかの某異世界の住民たちを敵に回す発言! 怖い怖い怖いッッッ」
「知るか」
「画面向こうの八百万の神々、ごめんなさい」
「安心しろ。ぜってぇ八百万もいねぇから」
「え? 八百万の意味は知ってるの?」
「どこかの地では、そんだけ化け物がいるって話を聞いたことがある。そういえば、あのあずあず、……結構発音しやすいな」
「だろう? ……ってか、ギルガメッシュと言い、エンキドゥと言い……世界って面白いな」
「面白い?」
「コッチの話。同姓同名の友人と、神様がいたって話」
「はぁん、で、そのあずあずだが、アイツの使ってた拳銃って禁忌、あれも【最も遠き世界】の技術だろう?」
「知るか。俺、専門用語は嫌いなんだよ。何でレジェンディアで【伝説の地】なんだよ。直訳かよ、ひねりねぇな〜」
「……伝説の地?」
「俺の母国語での翻訳だよ。嗚呼、嘘ついた、俺、イギリス人じゃねえや」
……わけがわからん。
クリスは理解するのを諦めた。
大体やるべきことは理解したし――。
言い合いながら二人は、かちゃりかちゃりと音立てて、ナイフやらナイフやら鉈やらナイフやら――
「で、その拳銃って武器だけど――欲しい?」
「いらね、使い方がわからねぇし――意味無いだろう」
「そだね――っつか」
言いかけて、アズ兄は止めた。
扉に手をかける、クリス。
それに続く、アズ兄。
「んじゃおじさん、留守番よろしく――」
――バタン――
〜〜〜〜
――バタン――
「まぁ、なんて素敵な歓迎なんでしょう!」
「ゴチャゴチャ言ってないで――走るぜ」
「ん? ……嗚呼、なるほど」
細く狭い通路。三人並べばそれで埋まるほどの通路に、二体一組……否、二対一体で活動する不気味なゾンビたちが、一斉にこちらを凝視し、不規則な身体を揺らしながら、一対の足で駆け抜けてくる。
上半身は一つ、頭と手足だけが二対――無理やり両手と頭をくっ付けた、グロテスク極まるゾンビたちが、武装を固めている姿に――二人は慄き……
「嗚呼、そういえば昔、あんな感じの化物と戦ったなぁ」
「感想は? 人生の先輩」
「それは、暗に俺をおっさんと呼びたいのか」
「そうは思ってないが、おっさんという自覚はあるのか」
「ぶっちゃけ、高校に入ったら人間、みな、おっちゃんにおばちゃんだしな」
「高校って何」
「義務教育――国が定めた最低学力を終えて、さらに学力を高めるために入る、教育施設。年齢基準は15〜18かな」
「へぇ――じゃあ、俺もおっさんか」
「お前、女の子だろうが!」
「俺? 俺は人間じゃないさ――お前とおんなじ――」
怪物さ
「はっはぁ! 怪物か! 化物じゃない分、幾分かマシだな!」
「マシなのかよ」
「ああ、【化ける物】と【怪しき物】とでは、ずいぶんと意味が違う。人生の後輩、教えておいてやる。
お前なら十分【怪物】でチョーOK。ベリグ。文句なしだ――
だが、俺はどっちかって言うと【化物】って呼ばれる存在さ。もともと人は【化物】で足りえるんだ。空を飛びたきゃ、鳥になり。海を抱きたければ魚になりゃいい。大地になりたきゃ土に埋まってしまえばいいさ」
「無茶苦茶、極論だな」
「嗚呼、極論さ――後輩、俺は最初――お前ぐらいのちっこい時に、何を願ったと思う?」
「……さぁ」
「【強さ】さ! 誰にも負けない、挫けない、鉄壁の強さって奴をだ!
ところがどっこい、人間ってのはそう単純じゃねぇ――ガキの時分の願いなんざ、いいや、ガキであれ大人であれ、人間ってのは本当、計算高く生きてるモンなんだよな。気づかないうちに。
まぁ、その願いの【裏の意味】ってのがあってな、最近――って最近でいいのか。時間間隔なくなってきたな」
「阿呆くさっ」
「そうさ、阿呆さ――ぶっちゃけ、裏の願いってのはよ【嫌なことを抹消】したかったから。はっ――なんてエゴイスト」
「いや、ガキでも大人でも当たり前ジャン」
「だが、ガキも大人もそう嫌なことを、嫌々言ってたら死ぬだけだろう? 俺は違った――【だったら死んだほうがマシだ】ってな」
「阿呆臭いんじゃない、真性の阿呆だ」
「いやぁ〜それほどでも〜」
「……」
「にや〜〜〜」
「……てい!」
「にゃぁぁぁぁぁ!」
場面に戻ろう。
二人は天井を駆け抜けながら、時折壁を蹴って補正しながら、ゾンビ軍団の真上を駆け抜けていった。
武装があだとなり、真上に武器を振り回しても、当たらず、当てられず。
元来、真上――自身の身長より上位に当たる箇所と言うのは、存外当てにくいもの。
二人は、扉から出たと同時に壁を左右対称に蹴り上げて――螺旋を描くように天井を駆け巡り――
……会話でブチ切れたクリスが、アズ兄に足払いをかけたというのが、現在のシーン。
では、続きを――
「まぁ、色々あって――【嗚呼、人生ってこんな簡単なんだぁ〜】ってレヴェルまで登り上がっちゃって、
ぶっちゃけやることなすこと、詰まんなくなってるのが現状かな」
「……なんて怠惰な奴なんだ」
「嗚呼、誰か世界征服とかたくらんで、この星に隕石落としてくれないかなぁ」
「星? 嗚呼、この世界って球体状であるって説か」
「まだそこまでのレヴェルの知識しか広まってないのか、この世界!」
「失礼な。お前の世界、世間がどこまで進んでいるかは知らないが、空が実は動いているって」
「天動説キタァァァァァ!」
「おい、話は最後まで聴きやがれ! テメェ、さっきから人の話割り込んでばっかじゃねえか!」
「ハッハッハ、友は俺を、KYB(空気 嫁無い ぶち壊し)と呼ぶ」
「は? KGB?」
「なんでそこでロシアの黒い制服のおじさんたちの団体が出て来るんだ!」
「ち、噛んじまった」
「噛むか普通! ケーワイビーだぞ! KYB。」
「ケーゲイビー」
「ナニソレ!」
「危険な ゲイ バイバイ」
「本当におさらばしたいなぁ! ってか、それだと俺がピンチじゃん。Youは処女、Meは男児!」
「な! 何で俺が未通ってバレた!」
「っつか、16で……あ〜、田舎だし、16でやっちゃっててもおかしくねぇんだよなぁ」
「……おっさんは、童貞か」
「うっわぁ! 見抜かれた瞬間から、【おっさん】扱いかよ! 凹む、これは凹む――
だが、童貞には童貞にしか得られない、真の漢たる力が眠っているのを知っているか!」
「知りたくねぇよ! むしろへんな方向に進んでねぇか! この話!」
「俺もそう思う! っつか、俺顔赤いですから!」
「鏡ねぇのにわかるのか!」
「顔面温度が上昇中! あと、クリ坊、お前も赤いでよ? 頬が」
「てりゃぁぁぁぁぁ!」
「にゃぁぁぁぁぁ!」
……えっと、何か主人公面子である二人のテンションが、おかしな方向に曲がっていったので、
【傍観者】である私が、小さく解説させていただきましょう。
現在も二人は天井を駆け巡っており、縦横無尽そのままに地下を練り歩いて、いえ練り走っております。
が、二人とも現時点まで「息も切らさず」あまつさえ、上記の会話――
どうやら、アズのお兄さんは、このレッドバロンを大層気に入ったようで。
いいえ、どうやら見抜いたのでしょうね。彼が、「自分の主人公」だって――
「…………なんの、騒ぎ」
と、ここへ【蒼の娘】こと、ライラック・アズールが登場し、戦慄いたします。
血の匂い――クリスの被った鮮血の紅を頼りに、無数のゾンビたちが、一斉に群がっているではありませんか。
「おろ? さっきの嬢ちゃんじゃん」
「嗚呼、……そういえば、敵っぽかったし――やっとくか」
二人は天井駆けを止めて、床に着地――廊下には犇くゾンビたちが一斉に飛び掛り――
それを、アズの兄上が二本の鉄棒を伸ばして、制します。
「んじゃ、クリ坊。ここは俺に任せて、先に行け。じゃなかった、その娘、やっちまいな」
「……あのよぉ、死亡フラグもそうなんだがなぁ。台詞の節々が、今回はいかがわしいぞ。どっかの誰かのせいで」
「ん? 死亡フラグはあれだろう? 俺、この旅が終わったら、アリスと結婚するんだ」
「しねぇよ! できねぇよ! しかも俺が死亡かよ! 死なねぇよ! 死ねねぇよ! 声真似まで再現するな! お前の中の人優秀だなこん畜生! っつか、やってみさらせ! この童貞!」
「言ったな! おぼこ! ぺったんぺったんつるぺったん♪」
「意味わかんねぇよ! ちっちゃいキャンタマ!」
「キャンタマって発想が、俺の中学時代の体育の先生と同じじゃねえか!」
「知るか!」
……あのぉ〜? 主人公二人?
あのさ、この【間違った少女】ってタイトル、意味違ってきてませんか?
「……」
「死に晒せ、この変態童貞!」
「はっはっは、恥晒せ! ツンデレ処女!」
血蓮公爵vsアズリエルの兄 再戦開始。
恐ろしいことに、この戦いでの被害者、いや「巻き込まれた」のは――皮肉にも巻き込んだ側の筈である、ゾンビとライラ。
この章のほとんどを会話で潰しているが、実在の戦場でなら、それはありえない。
喧嘩でアレ、戦争でアレ、何より二人がほとんど行っていたのは、天井というイレギュラーな場所であるが、単なる走法でしかない。
走りながら喋れるとは、どれだけ余裕があるというのだ。
プロのスポーツ選手でさえ、走りながら喋くりするなどするまい。
「……な、ナンなんだ、この変態どもは」
ライラの問いに答えるのは至極簡単。
だが、ライラの――いや、目の前の光景を皆様が一瞥しても、不気味にしか思えないだろう。
何てこと無い、二人はただ『疲れてない』だけなのだ。
側転やバック転を息つくまもなく繰り返したり、天井裏を駆け上がって走り回ったり、さっきの天井疾走……
あれすら、
「なんか、飽きてきたぞ。人生の先輩」
「なんだい、処女の後輩。手ぇ抜いてると、ゾンビ菌だかゾンビ病が感染するぜ?」
「するのか? こいつら」
「嗚呼、するする。ご丁寧に身体が生きてても腐敗してくタチ悪いの」
「……治療法は? 俺、一杯血、浴びちまったぜ」
「んじゃ、あとで――って、今の俺じゃ治療薬にならねぇな――うっし」
(あとで、アズリエルから血、貰おう)