1『邪魔ずるぜぃ』
1『邪魔するぜぃ』
「隊長! もう無理です、あの群れでは!」
「駄目だ、彼を助けるんだッ!」
押し寄せる腐乱の嵐――蠢くたびに爆ぜる肉片――
蒼い髪の少女の乱入――
もう、クリスの姿は見えない――
セラフィスの伸ばした手が扉の向こうに消える。
その扉に拳を叩きつける蒼い髪の娘――
邪魔なゾンビを掻き分け、やっと望みに望んだ相手に伸ばしたては届かず 扉の血に触れた。
ライラの真上に巨漢のゾンビが叩きつけられ、花散らすように、血飛沫を撒き散らしていた。
振り返れば――赤と黒がいた。
お互い、両手に小振りの鉈――
何より、二人揃って、単なる人間。
「……なぁ、アンタ――」
それは、紅い化物から発せられた、少年のような少女の声。
「何者だ?」
「単なるでしゃばりさ。それにさ、助けに来てやっただろう? いらん世話かもしれんが」
剣閃――ライラは眼を見開いた。
自分の、吸血鬼の、人間を超えた超感覚で――『剣閃』の見える太刀筋とは、どういうことか。
『剣閃』は言うまでもなく、剣の振るう起動が、一閃の筋に光って見えることであるが、
逆に言うなら、光に見えるほど早すぎる一閃であり、刀身の残像すら残さない――切っ先だけの筋しか見えない。
そんな、見えない一撃を――
黒は右手で紅の左剣を、
紅は右手で黒の左剣を、
それぞれ、叩き合わせている――いや、鍔の無い鍔迫り合い。
次は――踊る。
絢爛舞踏も何のその――その剣閃が衣装を着飾る宝石。
衣装は、全身を染めた血染めの真紅と――深い闇を映し出す漆黒の男性礼装。
無骨な金属音が行進曲なら、ゾンビを難なく踏み荒らす足音は彼ら自身が自身へ送る拍手。
観客は――ライラ一人のみ――
なんて、最悪な挙式であろう。
吸血鬼と化したライラですら、反吐が出る。
この醜悪で歪な死層空間で――まるでそれすらを意に介さぬ美を奏でる二人は――
今日見た中で、一番、人間らしくなかった――
あのアズリエルでさえ、妹思いの単なる娘だったと言うのに。
死体の頭をボール代わりに蹴りつける紅に、その頭を見て笑みをこぼした黒は、死体の長い足をもぎ取って、バット代わりにして天井にたたき返す。
その大きな動作を見逃さず、鉈を――投擲用ではないそれを、的確な直一――一直線に飛ばす紅。
黒はそれを――死体バットを手放さず、開いた口で噛み止める。直接正面ではなく、投擲方向を読んで衝撃の少ない、進行方向に沿って、真横から噛み止める遣り方は、正解だろう。
顎の力は強いとはいえ、鉈の直刃では舌を切る。ミスれば口からナイフを咲かせた間抜けな死体の出来上がり。横から噛めば――いや、横に引いた時点で、噛む必要すら普通は無い。
ゾンビを、開いた鉈をだ――何が感染するかわかったものじゃないだろう。
ぺっぺと鉈と血を吐き捨てながら、黒衣は邪悪な笑みを浮かべて――目元のバンダナを押し上げる。
アズリエルが巻いていた際は、行動技能の制限のようであったが。この黒衣は、それに酷似しつつも、何かが違う。
制限の意味では同じだろうが、行為は――『拘束着』のそれに近い。
「面白いお嬢だな。これだから人間は止められない。お嬢みたいな『規格外』が、世界にはゴロゴロいやがる」
「別に、俺はアンタやアズリエルとは違う。単なるいっぱしの、そこら辺にいるガキだ」
「はっ――自分を特別だと言う凡才は世界中の九割九分九厘に上る。
自分の凡才を世界に見せ付けられても気づかないのはただの馬鹿だ。
真の天才ってのをよぉ、凡才が、人様の世間が、見つけられる訳がねぇだろう」
そういいながら、今度は黒が鉈を――同じように、一直線――回転無しで投擲――
紅は――二本の指を挟むだけで止めた。
真正面から、刀身は根元を挟まれて――
「へぇ、チャレンジャーだな」
「……俺はお前みたいにトリッキーじゃねぇんだよ」
「おろ、女の子が、俺? ……別にいいけど」
鉈、一本同士となった刹那――
死体の山に、次々と刃が生まれる。
剣、槍、斧、刀、短剣、長剣、波打つ剣、両手剣、両刃剣、長柄武器から投擲武器――
ただし、拳銃は無い。幻想殺しだけは、存在しない。
「アイツが使った技の、まぁ、劣化版ってトコロだ。もう少し遊んでいこうぜ?」
「……断る」
「えぇ〜〜〜?」
「遊んでる暇はねぇんだよ」
再び投擲――と、思えば――
投げたのは、奇しくも、セラフィスとライラの兄が戦った際の情景と同じ――
投げたのは、全部だ。
手近に生まれた刀剣から、近場の死体――それらをすべて、『蹴り出して』――駆け抜ける。
そして、――最初の戦いの情景と違うとすれば、
螺旋を描く軌道で、壁を駆け抜けて、天井まで駆け上がった紅が、自分をまるごと、黒の真上に投げ出して、武器の雨の渦中に自らを晒したことか――
その手には――最初の鉈。
どうやら蹴りだした武器の中には、魔性や破壊の効果を放つものもあったらしく、黒はそれを馬鹿丁寧に全て捌き――
真上に躍り出た紅を見、笑みをこぼしたかと思えば――
鉈はすでに、黒の喉元に入り込んでいた――
決着――の前に、ライラはすでにその場を後にしていた。
あの化物同士――勝手に自滅してくれればいい。
まだ起動させていない、ゾンビを仕掛けた小部屋、その部屋の隠し通路から地下へ。
小さく吐血――自分を蝕む何かが、日に日に大きくなっていく。
だが、それももう、終わる。
「……くふぅ、また――壊しちゃった」
ツインテールの少女、ライラは――吸血種でありながら、魔力異常飽和にも見舞われていた。
兄が起こした――あの災害で生き残ったのは、この活性魔力のおかげ――
そして、その寿命を縮めたのも、間違いなくこの症状のため――
魔術師でもない彼女には、この症状を有効利用する術はない。たまり続ける魔力は、やがて内側から膨張し――やがて、破裂する。
その前に
「でも、まだ壊していない」
本当に壊すべき、愛すべき兄を殺した――あの白いガキを潰すまでは……
――――ザンッ
それは、首を落とす筈だった刃が、風のみを切った音――
紅――クリスの眼前には、二本の指。
対して、黒きアズ兄の首にはやはり、鉈の真刃が紙一重を切り裂いて止まっている。
このまま、相手の首を切り落とし、自分は瞳を失うか。
クリスには、できる。
両目を失ったとしても、クリスはアリスを助け出す自信が、その体には、秘められているし、実際可能である。
眼だけが全てではない。命とこの五体が満足なら、その思考すら必要ない。
だが、止めた――
初めから、気づいていたから――
これは単なる、余興に過ぎない。
「で、アンタはアズリエルの縁者ってことでいいのか?」
「おぅ、一応、アレの兄貴ってコトでよろしく」
鉈をあっさり引いて、黒衣も口元はへらへらと笑っている。
喰えない奴――クリスの第一印象はそれだった。自分に加勢しておいて、次は加勢した相手に喧嘩をふる。
微細な殺気だったが、あのアズリエルに酷似した姿に、彼女に劣らぬ戦闘能力と――同じ特殊能力。振り切れる気はなかったが――理解も早かった。
……こいつの目的は、その剣筋と戦いぶりから理解した。
しかし、妹は目元を隠せば表情がまったくわからないのに対し、兄のほうは目を隠していてもあっさりと表情が見抜けてしまうのは何故だろう。
「ってか、意識は兄貴って感じか」
「?」
「詳しく話すとアレだから、結論だけ。幽霊みたいなもので、妹を守りに来たのが俺の目的だ」
「結論早いな。意味もわからないし」
「意味だったら君が大切なお友達を助ける際に解けるさ。
嗚呼、みなまで言うな。
君の目的も行動もわかっているが、君の出生や目的や真意なんかはどうでもいい――それが礼儀だと思うしさ」
「見透かしたように言うんだな」
「見透かしているのさ。だからって何でもできるわけじゃない。だから、何でもするのさ」
「……わけのわからない変人だな」
「変人か、俺には最高の褒め言葉だ」
「変態だ」
「うわぁ〜い、褒められ……てねぇ! ってか正体バレた!」
「やっぱり変態か。そのスタイルから、マゾか」
「あぁん、お姉さまぁん ……って乗せるな! あと俺乗るな!」
「自分に突っ込むとか、新手のマゾかよ」
「違う、俺はエスだ」
「うるさい、姉貴萌え」
「な、なぜ俺に姉がいると! 貴様、見透かしているな」
「見透かされる発言をしているのさ。だからってアンタの姉をどうこうできるわけじゃない。だから、変な真似したらお前の姉貴を――」
「是非、殺してください。勇者と呼ばせていただきます」
「お前の姉貴って魔王なのかよ」
「いんにゃ、聖天使」
……出会い頭でお前呼ばわりされてるよ。
二人は言い合いながらも、落とし穴のあった箇所の死体を退けて――
勢いよく、踏み抜いた。
落下――




