アクター5『血蓮公爵』
アクター5『血蓮公爵』
【血蓮公爵の証言】
ん――仕事の依頼か?
何?
薄幸の少女の傍らにいた、あの死んだ小僧について?
そうだな――感情が読めないと言うのは、人間味の薄い奴だと言うのを現した典型的なガキだったな。
親御には悪いが、どこをどう間違って生まれて、生活して、育っちまったんだろうな。
でも、そう悪いガキでもなかったとも思うさ。
あのガキはさ、少女を助けたんだよ。
父親をさ、少しでも助けたかったんだよ。
誰も、死なせたくなかったんだよ。
だから、一人で残って、無力なまま死んじまった。
おかげで、俺がこの世界に【召喚】されたってわけなんだがな。
あいつは、間違っていた。間違って間違って、間違いだらけで――
けれどよ、まんざらでもなかったんだと思うぜ。
あいつ、最後に笑ってたからな。
ん、俺の名前、まだ名乗ってなかったな。
【血蓮公爵】。親父とお袋の名をそのまま使うわけにはいかないからな。
【運良く逃げ切ったラックス】
嗚呼? とっとと『血蓮公爵』について語れ?
うっせぇな――手前、自分の頭でそろそろ考えろっての。
お前らも良く知っている人物だぜ?
しょうがない、料金外情報だ。元祖『紅蓮公爵』について話してやろう。
そいつは、一端の暗殺者――否、伝説の暗殺者だった。
聖国と帝国の戦乱の時代、その両国をまたいでいた暗殺組織――その内の一人の『女性』だったんだ。
普段は娼館で働いていて、夜は暗殺者――ボロい商売だな。
実は、公爵って言うのは、その暗殺者を抱えていた領主のコトなんだがな、誰も『公爵』と呼ばれて『女性』とは気づくまい。一種のカモフラージュってわけだ。
だが、ある日、とある凱旋した将軍騎士を暗殺する依頼が舞い込んで――伝説は終わった。
その将軍もまた『紅蓮』――同じく故郷を忌み嫌う『紅』の名を持つ将軍だった。
将軍は片腕、暗殺者はその命を――互いに奪い合ったってお話だ。
さぁ! 物語のピースは、全部揃ったはずだぜ。
いいか? 一つ一つ潰してやる。
まず、アズリエルの兄――こいつは却下だ。自分から『主人公じゃない』って裏方に移っちまったんだ。
次に『片腕の将軍』、こいつも曲者だが却下。片腕であのゾンビ集団を薙ぎ倒せ……ないこともないが、傍らのアリスちゃんが可哀想だろう。
そして『殺し屋』――え? 一体どうなったんだって? さっき話しただけだよ。あいつは完全な脇役。舞台に上がったことすら気づいてないだけ。運がよかったとも言う。
そして――『蒼い髪の少女』もアウト。自分の手駒を殺すいわれはないよな――
あのな? 前の『魔蝶の女』ですでに登場しているんだっての。
気づいた奴は気づいたよな?
そうだよ――
『彼』は『彼女』だったのさ――
〜エクストラステージ〜
【地獄中継による、馬鹿夫婦の会話】
酒場で死んだ、アイツの親父だ。
アイツには色々仕込んでやった。結局死んじまったらしいがな。
というか、なんで俺が話せるんだろうかなぁ――ここは死者の国か?
がっはっは――そりゃいい。
だったら、死んだ奴のオカン、俺の女もここにいるんじゃねえか?
何? いただと? そりゃ好都合――久々に、ラブラブしゃれこ……なぬっ!
て、手前ぇ俺が酒場で遊んでたの見てたのか!
よ、嫁に殺される――ザシュ(ナイフの効果音とか血の流れる音とか……
「どうも〜、死んだコイツの元妻でぇ〜す」
アガガガガガッッッ――
「ちっ、死者だからか、ナイフ刺さっても死にやしない」
バッキャロー! それでも痛いものは痛いんじゃい! もう一遍孕ますぞ!
「バッキャロー! こっちだって痛かったんだぞ!
臨月にはずきずき来たし、産み落とすときは今までにないドでかい●●●落としたかと思ったぜ」
(注釈:あまりにもお下品なので、伏字)
もう一遍体験するか、ゴルワァ!
「やってみな! 前の娼館じゃ、多勢に無勢で詰まらなかったんだ! サシでケリつけてやんよ!」
おぉう! 望むところだ! 片腕だからって手加減いらねぇぜ!
「はっ、死者に片腕も糞もあるか! 生やせば出てくんよ! さぁ、さっさと用意しな」
おぉ、本当だ、生え……ギャァァァァァ!
〜〜以上 地獄から生中継のクリス君の夫婦の会話〜〜
【酒場の店主の証言】
ん、嗚呼――クリス坊やかい。
惜しい子を亡くしたもんだ。
あの子は良い子だよ。聞き分けはいいし、親がアレだったから、馬鹿な大人のあしらい方は人一倍上手かった。
うん、母親? ……嗚呼、ワシは彼女のファンじゃったよ。
彼女は娼館の出じゃッたんだが、聞き上手に話し上手。
まぁそれが商売だからと言われたらそうだが、それにしたって――よく笑う娘さんだった。
結婚した、と言う話は聞かなかったが、身篭ったときは、皆、嗚呼、仕方ないよな――と思う反面、その際に仕事を止めての、ファンだったワシらは快く彼女を村に迎え入れたんじゃ。
ワシらは戦後の騎士崩れやらが多くてな、新たに町や村を起こすものも少なかった。
そんな中じゃ、クリスはワシらにとっては良い働き手であると同時に、この街のアイドルじゃったよ。
みんなの愛を一身に注いでいたと言っても過言じゃない。
いろんなことを教えてやったよ。戦争の話、戦友の死んだ話――血なまぐさい話ばかりじゃったが、クリスは「僕らの先の時代に生まれた人たちの、大切な思い出をそんな風に揶揄したりはできません」と、大人びた口調で凛然と言い放っておったよ。
どうも、母親からも色々苦労話を聞かされてきたらしい。
実は一遍、大喧嘩して母子ともども、顔にでかい大痣作っての――村中大騒ぎになったことがあったよ。
クリスは「僕が悪い」の一辺倒で、母親は「いいや、分からず屋の私が悪い」でどっちも譲らずに第二回戦を街中でやらかしたほどだ。
ワシが仲裁して、コトなきを得たが……
それからしてか、母親がポックリ逝ってしまっての。
そのすぐに父親を名乗る男が現れて、クリスの保護者を買って出たんじゃが――
娘を良い金づるとでも思ったのか――愚かな男じゃ。
ワシらがクリスをそんな軟弱に育てたとでも思ったのか?
酒びたりの親父さんだったが、ついこの間、若い復讐者に殺されおった――
それが、クリスの姿を見た最後の日になったよ。
やはり、家族とはそういうものかの。
片方が消えると、その子もまた――
すまんのぉ、最後は愚痴になってしまった。
どちらにせよ、クリスは我らの街の大切な子供じゃッた。
それだけは、間違いない――
間違ってなど、いないのじゃ――
【独章<アリスの日記> 冒頭)】
お父さんを探し出すために、日記を書き始めました。
日記帳は、知り合った女の子に頂きました。
もう使わないそうなのですが、小奇麗な日記帳で、ほとんど使われていなかったので、丁寧に使わせていただきます。
実は、この日――私は朝早くから水を汲みに出かけ、迷いの森の王に出会ってしまったのです。
いえ、本当に森の王様に出会ったわけではなく、クリス曰く……『蜃気楼』と言う現象に出会ったのではと。
本来は、砂漠? と言う砂だけの地域で発生する現象だそうですが、霧や咲いている幻惑の花の種類によっては、意識を混乱させる症状を起こすらしく……私は、森の中で迷子になってしまったのです。
そうして出会ったのが、クリスのお父様だったのです。
殿酔中のおじさまに絡まれて、そしたら迎えに来たクリスが素手でおじさまを迎撃してしまい、私は感動してしまいました。
同い年の女の子でも、こんなに強いものなんだ〜って。
でも、クリスは自分の力が嫌いみたい。
女の子らしくない、と言うより、お母さんを思い出して嫌みたいです。
クリスは、お母さんがいません。
これは、書くべきじゃないことなので、書きません。不幸な事故だとだけ、書いておきます。
そして、別れていたお父さんの家に転がり込み、一緒に住んでいると。
親がいないと、やはり子供は自由が利きにくい、のだそうです。
私は、そうじゃなかった。
私は、ただ寂しかった――
寂しかったから、危険な森へ飛び出して――
こうして、外の世界へ来てしまった――
そう話したら、クリスは……珍しく表情を曇らせて、
「寂しくなんか、ない」
と言っていました。
それは、とても胸が苦しくなる言葉でした。
【Awaking...】
真っ赤に染まった――
ただ、それだけだった。
多分、俺は子供だったんだろう。その自覚はある。
だから、自棄になった。
もっと早く、何かできたはずだと、俺は急いたんだ。
気がつけば――俺は――真っ赤、に、染まった――
ああ、また間違っブチュリ――
潰れたのは、まだ幼い少年のゾンビの頭。
握りつぶしたのは、今までに無い冷酷な瞳を持つ、『少女』――
――また、なんか潰したな。子供のゾンビかよ――
潰れた果実から吹き出る果肉と果汁が――少女を真っ赤に染め上げる。
まるで、華麗に咲いた紅き蓮華の花のように――
――『私』と似たような服着やがって、気味悪いな――
次に来た、冒険者風体の体に――狙いを済ます。
両腰に据えられた――左右一対の鉈。
奪う――開く――冒険者ゾンビの両腕が飛ぶ。
残酷にも華麗な人体逝け花――
「――へぇ、楽しそうジャン」
どこから覗いていたか、階上の吹き抜けから、黒衣の影が舞い降りる。
「混ぜてくれよ、お嬢ちゃん」
その男は、漆黒のレインコートに、不精な黒髪をなびかせながら、黒と白の肉厚の短剣を生み出し――
少女と同じように、手近なゾンビを開きにした。
鉈――幅が広く厚い刃物に短い木の柄をつけたもの。薪割り・枝打ち、木工などに用いる。
「鉈を振るう(注:切るべき箇所を切って、思い切った整頓をする)」と言う言葉があるように、主に太く切り難い箇所を、手早く切り捨てるのに役に立つ。
これは――大正解。
次々再生し、切り裂かれた箇所を繋ぎ合わせるリバースゾンビたちだが、一撃で五体をばらばらにされては、さすがの再生も間に合わない。
まずは頭を潰し、それでも蠢く四肢を切断――五体を不満足にされた胴体では、もはや行動不能ではない。
肉の塊と果てるだけ。
今はまだ、『少女』――クリストファー・エリス・ローラントと――
『絶殺者』――この世界には実在しない、アズリエルの兄が――
出会ってはならない邂逅を果たした瞬間であった。
はい、役と駒がこれで勢ぞろい――
後はラストまで、書き抜けるだけだぃ