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アクター2 『片腕の将軍』

 アクター2 『片腕の将軍』

 

 そうそう、片腕の人物、がいたなぁ。

 元 神聖ガルフォニア第二分隊騎士団長。通称、【銀将軍】。

 奴も、今回(・・)は傍観者だったな。――アレでも結構有名な将軍さんだったんだぜ?

 ……【紅蓮剣】に右腕を持っていかれるまではね。

 

 

 (将軍)

 

 復讐に身を落とした俺は、ただがむしゃらに馬を走らせ――その街に辿り着いた。

 

 戦争があった。大きな大きな戦争だ。

 我が軍は勇敢に戦った、俺の片腕も、名誉の負傷には違いなかった。

 だが――俺の心は、俺にしてみれば人生を奪われたも同然であった。

 

 最初は、俺を支えてくれていた女がいた。

 剣がもてなくても、もう片腕で守る盾はもてるでしょう、とな。

 楽な暮らしはさせてやれなかった。それを悔やみながら、俺は一生懸命働いてきた。

 だが――片腕と言うリスクは、思いのほか世間では通用しない。

 義手など作る金はなく、俺は日々仕事を探しては、酒に飲まれ――アイツに不自由ばかりさせていた。

 飲む、殴る、泣く、その繰り返し――

 

 そのウチ、女は出て行った。

 ただ一言、「さようなら」を言い残して――

 

 俺は、気づいていた。

 抱きしめられた鼓動に、一際小さな胎動が――

 

 そうか、俺――父親になるんだ……

 

 しっかり、しない……と……

 

 

 

 そして、アイツは去った。

 汚い部屋、雑多な俺の城――こんなところで……俺は――

 だが、思いのほか――心はすっと穏やかになり、同時に――張り裂ける痛みが俺のすべてを包み込んだ。

 

 ああ、戦える。また、剣を持てる――ッッッ!

 

 昔の伝手で、全財産を、馬と剣に変えた。もう必要ない――

 そして、あの男の情報――赤毛の豪将軍の話。

 

 奴が――生きている!

 

 

 奴が根城にしている酒場に現れ――俺は――

 

 

 俺に出会った。

 

 妻に振るった拳を振るう、俺。

 妻を蹴った足を――

 罵声を――

 

 それを止めに入ろうとした、少年がいた。

 死んだ瞳を持った、少年――俺は、戦慄した。

 

 俺の、子供の、姿に映ってしまった――……

 

 

 

 何より、その子供は――自分の父親(・・・・・)殺される(・・・・)のを、黙って(・・・)

 

 ただ、死んだ目で、見ているだけだった。

 

 

(俺は、何を――シテシマッタンダ?)

 

 

 絶望に打ちひしがれながら、少年に一人の少女が近づいた。

 茫漠とした感情に、初めて色が挿した――

 

 心が、洗われたようだ。

 

「復讐なんて面倒くさい――巻き込むのも、巻き込まれるのもうんざりだ」

「そのとおりだな」

 

 つい、口を出してしまった。違う、独り言の筈だった。

 それを、今しがた――俺がしようとしていたのだ。

 後悔と、無念が募りながら――俺はマスターに酒を頼み、煽った。

 

 我ながら、死体があるというのに不謹慎だ。

「復讐なんて、つまんないこと仕出(しで)かすもんじゃぁ、ないな――結局、小僧の言う、負の連鎖を繰り返すだけだ」

「失礼ですが、どちら様で?」

「何。ただの敗北者ルーザーさ――」

 

 俺は、失われた右腕を晒した――俺にはもう、持てる剣は、無い――

 

「……親父の、関係者っすか?」

「知り合いといえば、な。お察しの通り――君の父上に右腕を持っていかれた。だが、どうしたことだ」

 

 私は、今、別の復讐者に憐憫を覚える。

 目の前の少年は、復讐心すら枯渇してしまっている。だがどうだ?

 

「ようやく、ようやく復讐を遂げられると思えば、この様だ。

 俺は、何をやっても、上手くいかない」

 

 そう、この少年こそ――何も無い。

 何も無さ過ぎる――私の剣は堕ちた。

 だが、少年よ――君のその幼い右手には、握り締めた小さな手があるではないか――

 

 私は、立ち上がることから逃げ出した。

 だが、子供よ――君たちはどうか、逃げないで――

 

「上手く、いかない?」

 

 ……少年は動かない。ただ、私を凝視し、注視し――まるで見抜くような視線を挿し続けるだけ……

 私は、本当に何も出来ないな。

 

「嗚呼。いや、人の恥など聞くに堪えんだろう」

 いらぬ、おせっかいであったか――

「それともお父上の武勇伝でも聞きたいかね? ……嗚呼、私にはもう、復讐心など――もうない。

 私に君らのような子供らを手にかけるつもりなど、なおさらな」

 

 むしろ、今、あの復讐者の代わりに、私を殺してくれればいい。

 

「親父の腐れ話だったらいくらでも。子供の頃、裸で町内一周しただとか、襲った街でハーレムやらかしたら、その娘ら全員暗殺者だったとか」

 

 こ、この少年は――何だ?

 目の前に父親が死んで、

 さらに目の前には別の復讐者――

 

 今、剣は右腰、左手で抜ける位置にあり――私の間合いなら、君たちなら一瞬で――

 

 あ、嗚呼――――

 この、瞳の色――

 

 鳶色の瞳は、見たことがある――

 これは、私の腕を落とした、男の目ではない。

 

「豪放磊落――とは聞いていたが」

 ……私が、腕を落とされるわけだ。

 

「実際は単なる変態親父ですよ。俺はその際の失敗作だったそうで」

「……そうか」

 その意味(・・・・)では、失敗だろう。だが、違うのではないか?

 

 いくつも吹き荒れる感情のさなか――私は酒を煽る。

「これから、どうしたものか」

「僕らだって一緒ですよ。嗚呼、金食い虫が消えたのは楽っちゃ楽なんだけど」

「街に、居辛いのか?」

「いや、この娘の親見つけ出さないとマズイんで。俺一人なら何とかなるけど……」

 

 良かった。そう、この子はまだ、どちら側でもないのだ。

 まだ、子供なのだ。

 

「……君は、辛くないのかね?」

「はぁ?」

「父上が死んで。母上はご健在か?」

「いんにゃ、親父に飽きて蒸発しやがった」


 そうか、彼女(・・)は――死んでしまったのか。


「だいたい、俺は親父の失敗作なんだよ。何やったって駄目なんだよ。

だけど、ここまで育ててもらった、それだけで御の字よ」

「……強いな」

「強さも間違ってたら意味ないね。おっさん、アンタ、何が言いたいんだ?」

「私は、その強さすらなくて、失敗してしまったよ」

「だったら、今度は成功させましょう?」

 不意に、割り込んできたのは――少年の手を握っていた、少女。

「おじさん、失礼ですけど……ご家族は?」


「……騎士を辞めたと同時に、失った。私も酒に逃げたのだよ――だが……」

 告げると、話すと……疼く。

「失敗の痛みが、疼くのだ。なくなったはずの腕が、痛いのだよ」

「今も、か?」

「……嗚呼」

 

 少年の瞳が警戒のソレに変わる。その瞳に移った私は酷い顔をしていた。

 それを見たお陰で、落ち着いた。痛みよ、静まれ……

 

「……先に言ったが、君らに手を出すつもりは毛頭ない。私にも、子供がいる、ハズだ」

「ハズ?」

「……家内が、出て行ったのさ。私の子を宿して」

「それじゃあ、会ってただいまを言いに行きましょう!」

 

 ……この娘も、強い。

 

「会える筈も無かろう……私は、逃げ出した」

「だからって、戻ってはいけない理由にはなりません!

 もしかしたら、その腕が泣いているのは、抱きしめたかった子供を抱けなかった悲しみで痛んでるかもしれないじゃないですか!」


 後で知った話だが、この娘もまた、父親を探しに飛び出したのだ。

 今思えば、この反応もまた当然だったのだと思えよう。


「君は詩人になるといい、その前に、大人の事情を覚えてからな」


「――呟く。私はその娘に賛成だ。府抜けた二人が」

 

 

 その声でわかった。

 ……私は、殺される、と。

「ご婦人、貴方は――」

 振り返ったのは、本当に反動、反射の一言であろう。

「返答。――何、単なる流浪の者よ。酔い酒と戯れたくてな……もっとも、さきのイザコザで中々楽しめはしたのだが」


「失笑――一種の精神論よ。我の戯言(たわごと)よ。

だが、戯言士の我に言わせて貰うなら、主ら二人は実に腑抜けている。

堕ちるに墜ちた騎士とその忌み子よ、主らにそれ以上落ちる場所があるのか?」


 ……答えられる。そんな場所は無い。


「……俺に、どうしろと」

「不可答――そこまで我に面倒を見ろと? 我に何か対価でもあるのか?」

 たしかに、そのとおりだ。

 今の私に何が出来る。いや何がしたい(・・・・・)

暇潰(ひまつぶし)。我はただ、腑抜けていると助言するだけ(なり)。主らに落ちる場所などない。落ちるのは精々、かじり続けたプライドと言う親の脛であろうに」


「……なんて人! 人の話を盗み聞くなんて」

「いや、筒抜けだったんじゃない? マスター」

「ま、まぁなぁ――」

「気にすること無いわ、クリス」

「いや、気にするな――あんだけバッサリ言われるなんて、親父だけじゃねえんだな」

 


「……シャンパーニュ」

 俺の口が自然に、開いた。

「……見えないな、遺された人生」

「人生なんて見えたらツマラナイさ」

 知ったように、少年は告げる。

「その通りだ。私も、もう一度探してみよう――見えざる人生(わたしのいみ)を」

「そっか……じゃあな」

 

「おい、クリス。これからどうするんだい?」

「とりあえず、親戚訊ねる。ガルフォニア神聖帝国のどっかに、親父の筋があったとか聞いてるし」

「お、おいおい、遠いじゃねえか――道程、たしか三日以上かかるだろう。馬車代あるのか?」

「大丈夫さ――」

 

「……俺の家だ。片道だけなら、ガードになろうか?」



「それじゃ、頼むよ。おじさん――」

 返事は、あっさり返ってきた。

 感情の無い声だった。

 

 

 紆余曲折を経て、私たちは離れ離れになってしまった。

 だが、私は――信じている。

 

 今、握り締めているこの手の温もりは――

 あたたかいのだから――

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