アクター1『アズリエルの兄』
アクター1『アズリエルの兄』
さって、アンタたちに話す前に【アヴァター】って存在について、教えておくか。
なぁに、コイツは今回、別にたいした存在でもねぇし、単に【血蓮公爵】とつるんでいたって程度の奴さ。
実はさ――アズリエルも【アヴァター】なんだよ。
アヴァターって言うのは――
(割り込み幕間 ある兄妹の会話)
「アヴァターって言うのは、姫っち――気づいているか?」
「へ? ……あの黒衣皆がそうですよね? 【分神】または【化神】と」
「そう、もともとは宗教語、だったかな――神様の移し身の意味合いなんだが、
じゃあ、姫ッち――【神様】って何だ?」
「哲学ですか。あんまり好きじゃないんですけど」
「……まぁ、普通はそうだよな。じゃあ難しい話を取っ払って、ここでは【心】を【神】と置き換えようじゃないか」
「なるほど、心の移し身、コピー」
「詳しく分解するとコピーとか模写に近いんだろうが、現象的には【ドッペルゲンガー】が一番近いだろうな」
「自分と同じ姿存在で、出会うと死んでしまうと言うアレですか?」
「そう、ドッペルゲンガーのような姿形で、心まで同じ。
――クローン人間だと、姿形は同じでも心までは模写できないだろう。
【アヴァター】ってのは、それだ。実は姿形は完全に一致ではないんだがな――派生云々がいろいろあって――」
「【心】の定義、でしょうか?」
「嗚呼――鋭い姫っち」
「だって、【花】や【電気】のアヴァターって明らかに変じゃないですか? 心は電気信号だ〜ってシデンが言ってましたけど」
「【花】に心があってもロマンがあるんじゃない?」
「【空気】や【剣】にもですか?」
「……何でもありじゃねえか、【心】なんて――まったく、なんて陳腐な設定なんだか」
「この世界を創造した神様でもいるなら、絶対陳腐なんでしょうね」
と、ようは【人間】のコピー体のようなもんだと思ってくれ。
でだ、今回登場する【アヴァター】ってのが……ややこしいんだ。
アズリエルの【アヴァター】なんだよ。
だがな? アズリエル自体が【アヴァター】であって、そう――【本体】がいるんだがな?
アズリエルの兄貴――それが、アズリエル……【ルルダの本体】なんだよ。
……ふっふ、アズリエルの兄貴に関して? そいつは規定外だ。
兄貴君は登場者に過ぎないよ、単に分をわきまえているってだけのようだけどね。
――――
何が真実屋だ。
間違いだらけじゃないか。その説なら、アズリエル……ルルは男、弟でなきゃならないじゃないか。
ん、俺か? 俺の名は――まだ名乗るときではないな。
この世界――すべての世界を取り巻く事象を眺めていれば、俺の名前なんてすぐにわかるさ。
何でか知らんが、俺はどこにでもいるんでね。
別に特殊能力とか、そう言うのじゃない。ただ――
物語に俺が組み込まれている――
偶然もあれば、必然でもあり。
だが今は『アズリエルの兄』と名乗っておこう。
俺が知るのは、時間軸にしては後になるが、アズリエルがアヴァターなのは事実だ。
そして、俺が『兄』と呼ばれるのも間違いは無い。
……もしこの時、また別に妹がいたと知ったら、俺は何も知らずに喜んでいたのかもしれないな。
それはそうと、俺の役どころだな。読者ら、それが知りたいんだろう?
俺が誰に話しかけているか、お解かりいただけたかな?
まぁ、そう言う存在なんだな、俺は。
今回の俺は『夢人』と言う、言うなら【夢魔】の一種で参戦していた。
ん〜? 俺の本体? ……いや、実は諸事情で俺、……そうそう! 封印されていたんだ。多分、このニュアンスで正しいさ。
どえらい悪いことっちゅうか、色々仕出かしてな。別の妹ともども、現在暗い世界で居眠りしてるのさ。
で、ただ眠るだけでは詰まらないから、精神――でも心でも魂でも何でも良い、それを飛ばしてアズリエルの【夢】を具現化して参上したんだ。
俺は『何でも出来る』んだ。
力が欲しいなら『人間』になり、
空を飛びたいから『鳥』になり、
大地を駆けたいから『風』になり、
海を統べるために『海龍』になり――
これは魔法云々の話じゃない、『信念』の話だ。そりゃ、並大抵の信念では無理だ。
人間の一生を注ぐくらいの信念でもまだ足りない。それを加逆するのが『心』じゃないかな。
ハッハ、本当便利な言葉だな、【心】ってよ。
さ、戯言はおしまいだ。
時を遡ろう――俺は、どこからやってきて、どこへ行ったのか。
この事件を――どこで眺めていたのか……
………………
記憶が繋がったのは、戦場だな。
アズリエルに数人の傭兵崩れが、束になって襲い掛かっている場面だ。
同じ男から言わせて貰えるなら、ありゃ情けないな――いくら世界最強でも相手は女の子だぜ?
って、その女の子も無茶苦茶だな。
容赦ねぇ〜もん。胴を両断したり、首飛ばしたり……あんま子供らに悪影響与えたくないから書かないが……
山賊紛いだな、連中。身なりがだらしねぇ――【死んでもいい】人間って判断下したな、アズの奴。
そうなると迷いねぇな、手刀でまず手前の二人の喉笛を掻き切って、それが始まり。
死んだ二人から長剣を奪って投擲――左右の二人の胸板を貫き、次にリーダー格の怒声。
だけど次の瞬間には物質創造――錬金術だな、で剣を二本創造、駆け抜けて急所一閃――優しいね。
まるで映画のワンシーンだ。あ、俺は映画そんなに見ないけどな。でも出来すぎた光景。
だけど、俺には違和感ないな。あるとしたら、【生殺し】をしないって部分か。だから【優しい】ね、なんだ。
山賊リーダーが前口上か、命乞いかなんかやってる――声は聞こえない、そりゃそうだ。
今の俺の視点は、アズリエルが主人公なのだから。
そう――俺は今、【夢を見て】いるんだから。
これが現実だとは思っていないし、まぁ現実であってもおかしくは無いと思う。
経験上【夢の世界】を冒険したことがあるから、その辺はドライな考えになっていたんだ。
扉が開いた。山賊リーダーがアズリエルに飛び掛り――腹部を貫かれて、観音開きみたいに左右に開かれた。
……アレ、結構痛いんだよね。アズの気に障ることでも言ったんかな?
不意に、アズリエルの顔が、蒼くみえた。
やっぱし、この娘……人を殺すのが怖いな。
優しいんじゃない、甘いんじゃない、でも怖がりでもない。
俺とおんなじだ。自己欺瞞者さ。
両手に――血まみれた剣をぶらさげて、俺は聞いた。
悲鳴――あれ? 声は、聞こえないんじゃなかったっけ?
二つ目の悲鳴があがった刹那――
「ありゃ? ……レメラの? じゃないな――」
……空気が、変わる。
「ふむ、眠い……」
両手にぶら下げた剣を引っさげて、彼女はやって来て――。
眠りに落ちた。
俺は、その体をいつの間にかそっと抱きかかえていた。
……記憶が混在する。クリアーしない。あれ? 俺の? 妹の? 合わせ鏡? 妹は姫だろう?
だって【俺は寝ている】筈で、これは夢。
夢の筈だが――ならば、
剣を形成していた物が、いつの間にか買い物籠に代わる。
錬金術の定番、等価交換と質量保存の法則を利用していた模様。
だけど、食材で人を殺すなよな。
……突っ込みいれたら平成に戻った。そりゃ年号だっての。平静だっつの。
うん、詰まらない一人ぼけ突っ込みも全開だ。
……霧よ――
雷鳴よ――
俺に従え――
渦巻く曇天――舞い踊る霧雨――そこに落ちる雷撃――
生まれた蜃気楼に、自身の姿を確認する。
アズリエルと同じ、【黒髪黒瞳】の――ざんばらな髪の青年の姿が浮かぶ。
魔術式――理解。
異世界の数によって、魔術の生み出し方は異なる。と言うかぶっちゃけ科学?
……ん?
自分の体に触れられない事実を発見。なるほど、見えない線でアズリエルと繋がっている。
俺の夢……俺の妹……俺……夢……結論、ならば俺は【夢人】と呼べば良いだろう。
アズリエルの【夢】を、錬金術ではないにしろ【具現化】して、それを俺が仮初の体として動かしている。
……んじゃないかな〜なんて仮説を立てたところで――悲鳴を思い出す。
瞳を凝らす――アズリエルのうなされよう。
悲鳴――館の中――――了承。
どうやら、何で俺が【アズリエル】を認識できるとか、【館の情報】とか、理解が早いのはご都合過ぎると思ったが、氷解した。
俺は【アズリエルの夢】なのだ。
アズリエルの【望む夢】。【願う夢】。
この場合、【望む夢】と【眠りの夢】とが重なって同じ意味合いなのがツボだ。……あ、小説なのにこんなの言っちまったら興ざめだな?
まぁ、アズリエルの情報はだいたい俺に流れ込んでくると言うこと。
もう一つ――
俺は理解した。
これは【俺が主人公】ではない、と。
……嫌だな、俺、根っから【主人公】体質っつか、【主人公になりたい】キャラなのに。
仕方ない、名脇役で我慢するか。
となると、アズリエルを抱えて全力ダッシュッッッ!
おい、妹――全力でサポートしてやる。だからをい、頼むぜ――
俺を愉しませておくれ――
俺はきっと、そのためにここに来たんだ。




