11『中々愉しいミステリーだったよ』
【間章】?
11『中々愉しいミステリーだったよ』
……勇者を倒すチームだって? はぁ?
阿呆くさ。だいたい、魔王だって単に俺が修行時代、精神的にきつかったさいの比喩に過ぎねぇってのに。
魔王とは、また馬鹿馬鹿しい表現だな。
悪魔でも何でも良かったんだよ、本当は。自分の中に巣食う負の感情を現すんだったらよ。ただたんにその前と後の行動が魔王チックだからって、連中が勝手に後付したんだよ。
ふぅん、で、その魔王的行動って何だよ。
色々さ――
〜〜〜〜〜
舞台は、クリスの実家の酒場に戻る。
場面転換ばかりなのは、過去回顧だからさ――誰のって? 俺とクリスに決まっているじゃないか。
「なぁ、クリストファー・ローラント」
「あん? 気安く名前呼ぶんじゃねえよ」
「そういえば、その情報屋だっけ? 何者だ」
「【真実屋】。まぁ、あながち間違いじゃないな、Dシリーズの名をパクるなら、アイツは情報収集に特化した馬鹿だから」
「ふぅん。あいつは、俺らの真実は知ってたのか?」
「嗚呼、あいつの中では、あの屋敷の地下で生き埋めになった。になってるだろう――いや、この世界を世界であるためなら、そうせざるを得ない。【神隠し】なんて、あいつの【真実】にはこの世界に表現できないからな」
神隠し――そう表現せざるをえないだろうなぁ。
だって、別世界に転移した、なんてのは、ミステリーにしちゃ外道じゃん。
まぁ、オマケみたいなもんだと解釈したらいいか。
真実なんて、いつもふざけてる。
〜〜〜〜〜〜〜
地下への入り口が、瓦礫に埋まっていた。
足元には、元吸血少女の遺体、そして腕の中にはアリス――
……奴の声は聞こえない。
まさか、俺に力を継続させただけで息絶えたとか? あり得る――
ギルガメッシュとの喧嘩で、ほぼ逝き掛けてたしな――
……The End――か――
短い人生、だったか――美人薄命とも言うか。
アリス――ごめんな
「クリス……?」
「何やってるんですか、貴方たちは」
と、目の前にいた女の子が、俺たちを罵倒した。
いや、違う――どこだ? ここ――
金属質な室内。
異音ひしめく――不快な場所。
そう、これは鉄だ。
鉄がこの室内を埋め尽くして、それでいて光っている。
何だろう、この光は?
何なんだ――この空間は……
「……組織の人、ではなさそうですね。血塗れですし。
誰かに襲われたんですか?」
「……ぞ、ゾンビの集団に」
答えたのはアリス。俺は身構えていた。この少女に――
なんだかわからないけど、冷静すぎるし――何より。
あの【アズリエルの妹】と瓜二つ。いや、同一すぎる。それでいて、言葉を話し、俺たちと会話している。
この娘は、一体何者なんだ?
「ゾンビ……あの闇の人が実験にモンスターでも作ったんでしょうか?
どこから入ってきたか、わかります?」
「闇の人? ……おい、ここはどこなんだ?」
「……ここは実験室です。で、そこで眠ってるのが――」
と、俺たちは背後に――まったく気づかなかった。
確かに、俺は感じていた。
そこにいると、実感シテイタ――
だが、なんでそこにいるんだ? ――アンタは?
巨大な水槽にふわふわと浮かんでいる、黒衣の人間――
それは、間違いなく――今、俺の中に封じられている、意志の――本体だと確信した。
黒髪、目元にはあの手拭を巻いて目隠し、全身黒尽くめ――
概容は、アズリエル姉妹にほとんど酷似していて、性別だけが違う。
「……説明してください? 靜兄さん」
怒気を孕んだ声に、水槽の中の人物が震え――
ガラスが割れる。同時に中に居た人物が開放され――俺の中の何かが雪崩れ込むかのように――その人物に吸収されていく。
「……あ、くっ!」
「? 大丈夫」
心配してくれる謎の少女だが――
現れた男のほうはしばし模索するように、それでいて、謎の少女に向きやると、
会話を始めた。
「……変な夢を見た」
「そうですか。どんな夢です?」
「女の子が出てくるんだ。俺にそっくり、いや、どっちかっていうと、実妹にかな。
ナミの黒い版」
「ナル姉さんは元から黒いじゃないですか。お腹も」
「上手いこと言うな。いや、でもアッチは垢抜けてと言うか、
スパッとしたような、何かこう……空気みたいな、スカッとした感じがあるじゃん。
肉親の復讐をあっさり諦める、みたいな。
あぁいうのは、【蒼さ】な気がするんだ」
「青さ……」
「いや、未熟の青じゃなくて、【蒼さ】
――蒼穹(空)のように、懐が深く大らか過ぎて、誰も掴めない深遠みたいな、
でも【大らか】なんだ。
だが【黒さ】ってのは、アレだ。今言った、深海の奥底のような、堕ちる様な、【深遠】なんだよ」
「黒、深遠?」
「黒はすべての色を混ぜた、なんて台詞があるが、ありゃ間違いだ。
黒は『光色』の前では、かすんで灰になって、はいさようならだ。
黒の真の意味は、【無変】――何も変わらず、何も起こらず、ただ【停止】を意味するだけだ。
その黒に触れると、飲み込まれると言うよりは【感染】るんだ」
「うつる?」
「黒ってのは正負あれど、強大な力だからね。
……不思議の国のアリスってさ、アレ、見方によっちゃ、それだよね」
「アリスが?」
「だって、俺デズニー版が印象深いンだけど、女王に喧嘩売って、キノコ食って大きくなるだろう?
その辺――黒いぜ。少女の腹黒さというよりは、正義感から反転した、黒さって所か」
「兄さん、アリス嫌いなんですか?」
「いいや、大好きさ。俺、腹黒い女の子は好みだ。大抵、頭がいいから」
「そっちが理由ですか」
「純粋な子だって嫌いじゃない。そんな娘はたいてい、優しすぎる。
完全に純粋無垢で無邪気ってのは、普通に最悪なんだけどな」
「最悪なんですか」
「嗚呼、自分の過ちに気付かないし、下手をすると周囲も気付かない。いや気付けない《・・・・・》。
でも着実に小さな世界を滅ぼしていく……
また話それたが、夢の中の娘は、そんな感じ――まさしく、アリスだった」
「アリス、金髪だったんですか?」
「いいや、翼が金色の燐粉してた。髪は黒――ハッ、翼は俺と対照的で『蝶の羽根』だったがな」
「……アレ? たしか――」
「そう、天使の翼は基本は、鳥類――羽根、羽毛で覆われたアレだが、あの娘のは『翅』だった」
「……兄さん、何ぼ〜っと?」
「いや、【翼】ってのは自由とか飛行とか――そう言う意味を持つけど、
裏意味には【逃避】ってのがあるんだ。何かから抜け出したい、投げ捨てたい欲求。
過去の俺はそれそのものだったんだけど――蝶の翼ってのは、何を意味してンだろうなぁ」
「蝶の翅の意味なんて決まってるじゃないですか。着飾って遊んでるだけですよ。
まるで兄さんじゃないですか」
会話は、途切れ――次に少女は俺たちに視線を向けた。
「で、彼女たちは何なのでしょう?」
「? ……ちょっとまって。今、記憶引っ張り出す」
「引っ張り?」
「寝てる間、いくつか【化神】をたくさん起動してな。記憶がごっちゃになってんだよ」
「一度に分身をいくつも飛ばしてた、と解釈して?」
「そういうこと」
「ますます化け物じみてますね」
「簡単さ。擬似人格を意識の底で作って会話すりゃ良いんだよ」
「単なる可哀想な人の、独り言です」
「そ、俺可哀想なんだよ。ってか、姫っち、口悪くなってる……」
「悠久のような時間を放置されてたら、誰だって寂しく八つ当たりたくなります」
「……ごめんなさい」
と、化け物は素直に謝った。
目隠しをとると、そこには単に人当たりのよさそうな、普通の兄ちゃんがいるだけで――
「で、ごめん――だいぶ放置してて。
ようこそ、魔王の居城へ」
「何気取ってるんですか。そこが着飾ってるんです。何たぶらかしたか知りませんけど、いい加減返してあげてください」
「いや、記憶穿り返したら、地味にシリアスなんよ――姫っち」
「……?」
「一から説明してると時間掛かるから、パス。……」
ふっと、奴が俺の頭に手を当てた――
暖かい手だった――
「これでよし」
ッ?
「姫っち――リナっちの部屋でまた待っててくれない?」
「……また、ですか」
「なんだったら、リナリナに時間圧縮してもらいな。
なに、すぐ終わらしてくるよ」
「時間圧縮したら、確かにすぐでしょう――いるんでしょう? リナ」
呼ばれて、奴の背後には――新たな別の少女が、柔和な笑みを称えて――
「ええ、知っているわ。ずっと見ていたもの」
「彼女は永遠の傍観者にして、時間の化神。元人間――あんま気にしないで普通におしゃべりして待っててな」
「って、靜――私の台詞取らないでよ」
「うるさいな。この子らに取っちゃ、もうこの物語は終盤にして架橋なんだよ。今更変な奴らがゴロゴロ登場したって戸惑うだけだろう。
嗚呼、あんしんしな、この少女二匹は戦闘能力のせの字もねぇから、アリス嬢、アンタの拳銃で一発ころり程度。
でも、撃たないでね? 俺が怒るから」
とひょうきんな笑みを浮かべて――こんな笑みもできるのか。
「じゃあ、リナ、姫っち。二人よろしく。すぐもどるから」
「すぐ来させるから――ん?」
靜――とそいつは呼ばれた。そいつは何か目配せしてから、頷くと――世界が暗転し、
どこか、居心地の良い――室内に居た。
漆喰の匂い、暖炉、ふかふかな布団――気づけば、俺はベッドの上。
「あなたは疲労してるから、そこに飛ばされたんでしょう。まずはゆっくり休んでて――」
それから、安堵感が襲ってきて――
目覚めたらアリスと、あの少女二人がけらけら笑い合っていた。
「あら、お目覚め? ……具合大丈夫かしら?」
と、アズリエルの妹似の少女が、俺のでこに触れてくる。
「身体の疲労、それに感染症の何かがあったけど、靜が除去してたわ。
気絶に近かったから、身体疲労が完全に回復してるとは思えないけど」
さらにあの化神と呼ばれた少女。
「良かった……クリス」
で、最後に抱きついてくる、アリス。
「ここでタイミングよく、俺登場!」
『空気読め!』
左右の小娘二人から突っ込みを受けて、嬉しそうな顔して――
人生の先輩は、おめでとう、と賞賛してくれた。
〜〜〜〜〜
「転移魔法、だったのかアレ」
「嗚呼、錬金術なあずあずにゃ、できない代物さ――時間系に当たるのかな」
おどけて話すしぐさも、相変わらず。
……あれから、二年。
「結局、何やってたんだ?」
「へ? ……嗚呼、時間の流れがおかしいのか」
「……」これだよ。
「まぁ、俺の時間軸か、クリスの時間軸、どっちを支点で見るかによると、そっち二年で、こっち一週間になるわな」
「一週間かよ」
「いや、本当はあのあと、組織の紆余曲折あったんだが、まぁそっちにゃ関係ないしな」
俺は、その組織とやらについて、詳しく知らないし、聞かされていないし、聞いていない。
別次元とか、突飛な事象が絡んでいる時点で、一個人にはどうしようもできない世界だ。
何、相手は魔王様だ。別世界から別の魔神とか呼び出すなんて話を聞いても、不思議じゃない。
現に、呼び出した大魔術師がいるという噂もある。
「で、どうする? 昔話の後日談で閉めにするか?」
俺は――杯を飲み干すと、小さく頷いた。