表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

7『さぁって解決編』

7『さぁって解決編』

 

「バッカーノってさ、酒の神(バッカス)が語源の、酒の上での馬鹿騒ぎって意味なんだよね」

「急になんだよ」

 

 上で大暴れしているのは、おそらくあの吸血娘であろう。

 それに相対しているのは神殿騎士団か。

 

「昔、ダチに聞いたんだが、たまにゾンビにならず、意思持った不死の人間ができるとか。まぁ、ヴァンパイアのこと」

「あの吸血女のことか?」

「もしくは君のこと。まぁ、システム構造が同じかどうかまでは知らんがね」 

「なんだよ、まさかもう、俺が……」

「試しに怪我して見る?」

「誰がするか!」

 

「……どうも、役者がもう一度、勢ぞろいって感じだな」

「上か? っつか、よくわかるな」

「ん? 足音と暴れ具合と、あとは推測かな」

「足音聞こえるのかよ」

「嗚呼、グチャグチャと、足音にも成らない、歪な生命の音もな」

 

 と言われ、クリスも手にしたダガーを投げ捨てる。

 もともとは腕だったか足だったか、節くれだった奇妙な触手が、ぼたりと落ちる。

 

 死体を片付けていた部屋から、次々と――

 

「ち、手抜き掃除が見破られたぜ」

 

 

 〜〜〜〜

 

 廊下に立ち尽くしていたアズリエルは、ひと時、混乱していた。

 自分を守りにきたという、兄……

 一体何者なのか? 一体何故? と言う疑念ではない。

 

 その混乱の名は、感動と言う言葉で、涙となって、彼女のバンダナに現れていた。

 

 わけがわからないと、と硬直したアズリエルを放置するライラと、何か言いた気にしつつ、そのままライラに続いたアリス。

 

 

 涙が止まると、冷徹な思考が再び湧き上がる。

 兄は地下にいる。

 会いに行かねばならない。ライラたちが、やってきた地下通路へは、だいたい察しがつく。

 急がなければ――――「お前は……」――――

 ふと、姉の言葉がよぎる。

「お前はいつだって、直情過ぎる……感情に流され安すぎる」


 

 ……吸う、吐く。

 深呼吸を一つ――自分を冷静にする。

 

 まずは、アリスと騎士。だがクリスの姿が見えない。

 あのゾンビの群れの中にもいなかった――アズリエルにはわかっていた。

 

 あの惨殺っぷりは、一種のカモフラージュであること。

 何より、『クリスを死んだように見せた』何者かがいると言うこと。

 

 誰か――?

 

 だが今は……

 

 

 〜〜〜〜

 

「……僕が勝ったら、返してもらうよ?」

「フザケルナ。私は、【命をよこせ】っつったんだ!」

 

 始まった――この時点で乱入しても、もう二人はとまらない。

 逆に自分が現れても、事態の火に油を注ぐだけだ。

 

 吹き抜けの向こうから、見下ろす形で眺めているアズリエル。

 奇しくもそこはあの暗殺者が、事態を静観していた場所でもあった。

 アズリエルの兄が、見下ろしていた場所でも、ある。

 

 この位置が、位置的に真下から見えにくく、見つかりにくく、そして全体を見渡しやすい。

 

 

 広間の真上、巨大シャンデリアの上。

 

 光源がなくなっているとはいえ、豪勢な半球を描いたシャンデリアは全身を覆い隠してくれて、移動の際は天井に開いた穴から、屋根裏へと自在に動ける。

 ……自然とこうなっていたと考えるより、このために作られたと考えるほうが自然なほど、巧妙な監視場所である。

 

「さて、どうしたものか」

 

 アズリエルの視線、いや、目隠しをした瞳の奥、その脳髄に浮かんでいるのは、ライラでもセラフィスでもなく……

 懐の拳銃を握り締めている、アリス。

 

「私が飛び出して、助け出すのは最悪と考えるべきか」

 そんなことをしたら、また袋叩きの目に合う。

 さきほどはレメラがいたから切り抜けられたが、自分ひとりであれを切り抜けられる、と自惚れるほどの自信を、己には宿していない。

 

「どうしたものか……?」

 と、不意に別の気配を感じた。

 

 ……そういえば、一階にもあったな、トイレット。

 

 二階のスロープの、一番奥の扉。

 便所を示す、男女のマーク、その男子トイレに、アズリエルは忍び足で進んでみた。

 

 ……ゴロリ――

 

 それは、アズリエルの想像をある意味(・・・・)、絶する光景だった。

 

 

「……な、何をやっとるんだ? お前らは……」

 思わず、素の口調に戻ってしまうほど、馬鹿みたいに驚いていた。

 と言うか、キャラを作っていたアズリエル。

 

 男子トイレの奥には、関節という関節を外されて、奇妙な形にくみ上げられ、球体に固められた神殿騎士団、ローランとその仲間たちの変わり果てた姿であった。

 

 階下の喧騒が、一旦静まったのは、この瞬間だった。

 それは、ライラの殺気が、極限まで高まった瞬間である。

 

 ライラの勝ちか……

 

 身を乗り出せば、髪を自在に靡かせたライラに惑わされ、セラフィスの胴が抉られていた。

 そして、アリスは……

 

 

「ちぃ――」

 

 仕込んでいた種を――一つ咲かせる。

 

 〜〜〜〜

 

「我は、王である。

 生まれながらに、勇者として、王として、人の上に立つ責務を背負わされた――

 ただの人間の小僧に過ぎぬ。

 だが――

 我は、逃げ出した。

 ――王になど、ならぬと。

 ただ、好きなように生きようと――

 好きなだけ、好き勝手、好きなことを――」

「?」

「我は、何が好きなのだ?」

『それは、王――いえ、愛しいアナタ、それを見つけていくことではないでしょうか?』

『楽しいこと、笑えること、嬉しいこと』

『それを見つけ出そうと、あなたは旅立ったのでしょう?』

 

「そうだ、我は、面白おかしく、この生を謳歌したい。王などという身分など、本当はどうでも良い!

 ただ、お前らが――我が友たちが、愛しい妃が――人間ではないからと……

 ならば、我が王となろう。

 人も魔も、関係ない――

 そう、人と魔と――」

 

(……あきれるほどのエゴだな)

 お前は、弱者だ――

 

「……人と、魔、と――お前は?」


 お前は、敗者だ。敗者はただ、失うだけ――

「その通りだ。

 それを、俺は何度も味わってきた。

 ならば、我が強者となろう、勝者となろう! 王となろう! 誰も、我に逆らうな!

 我が突き進むのは、楽園への道――大いなる王の道筋――!」

 

 お前は、理解していない。私は――

 破滅を望んでいる人間なんだぞ。楽園は、私には地獄と同意だ。

 

(そういえば、天国も地獄も、どちらも死んだ後の世界と言うのは皮肉だな)

 

「……な、ぜ、だ?

 アズリエル――お前は、何が望みなのだ! 何を求めておる!

 何ゆえ、我が妃を殺した!」

 

(そういえば、たいした理由じゃないわね)

 怖いから、強いから、悲劇だから――

 お前の女は、私の大切な物を奪える力があって、お前は奪う引き金に違いなかった。

 

「我は、あの小娘を殺そうとはしていない!」

 

(違うな、だからこそ(・・・・・)――なんだよ)

 だが、妃は違う。お前が望まなくても、私に敗れる前に、人質にはとっていただろう。

 ……私は、嫌なのだよ。お前と同じなんだよ。

 自分の思い通りにならないことが、すこぶる大嫌いなんだ。

 

 ……あ

(わかるだろう。なまじ自分に力があると言う自覚があるなら)

 

 お前を、半殺しにした時点で、あの女は、妹を半死半生に変えるだろう、一瞬で。

 私が悲鳴を、上げる、たった一瞬で――

 お前もそうだ――

 私たちは、ただ、コインの表裏のように、勝者と敗者に、分かれた――ただ、それだけだ。

 

「ふざけるな!」

 

 そうだ、現実はふざけている。何が二者択一だ――何が勝敗だ。何が【それだけ】だ。

 

「……貴様が、何を抜かす!」

 

 私だからこそ――言うのだ! お前にわかるか?

 【この世で自分が最も憎い】人間がいることが――

 

「ならば、自殺でもすればよい! 我の女を殺すいわれにならぬわ!」

 

 だからこそ、貴様は――

 【餓鬼なんだ】

 

 

 …………

 

 頭痛がする、少し、本気になり過ぎた。

 ……念話、っと言うにはお粗末な、単なる風の魔術で『言葉』を乗せた、小さな会話である。

 

 あとは、ギルガメッシュの心の声に、耳を傾けるには――

 私にはない力、ならば――その力を持てる、持っている人物を経由すればいい。

 

(……化け物、ですね。貴女って)

「よく言われる」

 言い返しながら、トイレで寝ているローランドたちを解放している。

 

 恐ろしいことに、骨折は当たり前だろうと思われる奇妙な向きは、外されていた関節を戻せば、元の人間に戻せる――無傷の状態に治せる不思議で不気味な状態であった。

 

(なのに、なんで……私たちを助けたり、彼らを救おうとするの?)

「……わからない」

 それは本音だった。

 目覚めかけたローラントを、手刀で再び眠らせて、解体作業再開。

 ちょっと腫れ上がった関節部に、治癒魔術を施していけば、無傷そのものだ。

 

 幽霊――のような状態の、エンキドゥはそんな作業に勤しむ彼女を眺めながら、

 

(貴女、本当に戦場でたくさん人を殺したの?)

 ギルガメッシュの心を読み、思いを教え、そして対話に導いた存在は、肉体を得て死を迎えた、彼女。

 それは、【死者を視る】力を持つ彼女にしかできない、彼女の異能。彼女を彼女とたらしめた、不幸な力。

 

「殺した。……子猫を蹴り殺されたんだ」

「……そう」

「訪れた村じゃ子供が親を殺されて泣いてたし、婆さんは息子と奪われたと泣いてて、私は……」

 何かできる力があって、何もできなかった。

「何かしたかったんだろう。でも、する機会を失って、涙ばかり。泣かれて泣かれて泣きつかれて……」

 

 嗚呼、うっとうしいって思った。

 

「だから、戦争をやっている連中が、拾った子猫を踏み潰したとき、私は思ったよ」

 

 コイツラ、人間ジャネエ……

 

「気がついて、死山血河を切り開いて、ようやく気づいたよ。嗚呼、これが【戦争】かって――

人間を狂気の渦に巻き込み、化け物に変える――世界」

(それで、皆殺し?)

 

「ちがう、絶殺と言う」

(絶……殺?)

「うん……決着がついたな」

 

 軽い、まるではねるような快音とともに、ライラが吹き飛んだ。

 

「あの娘のことだ……最後に何かやらかすだろう。エンキドゥ王妃」

(はい)

「女同士の約束だ。貴女を、生き返らせ、ついでに望みであった人間の器もあげるから」

(片腕の人と、あの女の子、ですね)

「嗚呼、妹に引き合わせてくれ」

(……貴女にとって、家族が何よりも変えがたい絆だったのですね)

「そうだ――死んでいた私を救ってくれたのが、あの二人だ」

 

 あの二人以外は、みんな死んでしまった……

 

「……できれば、私のことも」

(内緒、ですね。良いでしょう――貴女は覚悟の上で、【アズリエル】を名乗っていたのですから)

 

 ルルダ……アズリエルは指先に魔力を宿し、ギルガメッシュの切り落とした腕を触媒に、錬金術を構成する。

 エンキドゥの霞のような意識が、しだいに広がっていく。

 

 人の視界が。

 

 

「あ、駄目です――彼らに邪眼が効かないッす!」

「何ぬわ嗚呼!」

「どうも神経系で動いてるんじゃないっぽいです」

「役立たずぅぅぅ!」

 

『やれやれ――相変わらずですね』

 

 〜〜〜〜

 

 エンキドゥ、蘇生完了。

 続いて、解体終了の終えた、ローランドの分隊……

 

「……早く目をさまさんかい!」

 裏手の階段で、一階までガタゴト運んでから、目覚める寸前で【隠蔽インビシブル】なる魔術で身を隠す。

 

「……あ、う……」

「た、隊長? わ、我々は一体」

「ニャッハッハ! ウェイバー? 隊長はセラフィ〜だにゃん。寝ぼけてる〜♪」

「……今、母ちゃんに叩き起こされたような」

「おい、広間が騒がしいぞ」

 目覚めてからずっと真顔のまま、ローラントが告げると、全員が臨戦態勢となり、扉の向こうへ突撃――

 

 

「あ、ローラン!」

「隊長、無事でありましたかッ!」

 

 

 分隊が帰還して、エンキドゥの蘇生術が完了してから、

 この歴史、否――教会に記された物語は、前回の部分にて、終了となっている。

 

 

 よって、この先は――存在しない者たちの、種明かしとなる。

 

 

「義理は果たした――ここからは、私事の時間だ」

 

 呟いたアズリエルが、地下室に現れると――

 

「待ちかねたぜ」

 紅い怪人が待っていた。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネット小説ランキング>異世界FTシリアス部門>「幻想魔蝶異端録」に投票 ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回) HONナビのランキング投票になります。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ