7『さぁって解決編』
7『さぁって解決編』
「バッカーノってさ、酒の神が語源の、酒の上での馬鹿騒ぎって意味なんだよね」
「急になんだよ」
上で大暴れしているのは、おそらくあの吸血娘であろう。
それに相対しているのは神殿騎士団か。
「昔、ダチに聞いたんだが、たまにゾンビにならず、意思持った不死の人間ができるとか。まぁ、ヴァンパイアのこと」
「あの吸血女のことか?」
「もしくは君のこと。まぁ、システム構造が同じかどうかまでは知らんがね」
「なんだよ、まさかもう、俺が……」
「試しに怪我して見る?」
「誰がするか!」
「……どうも、役者がもう一度、勢ぞろいって感じだな」
「上か? っつか、よくわかるな」
「ん? 足音と暴れ具合と、あとは推測かな」
「足音聞こえるのかよ」
「嗚呼、グチャグチャと、足音にも成らない、歪な生命の音もな」
と言われ、クリスも手にしたダガーを投げ捨てる。
もともとは腕だったか足だったか、節くれだった奇妙な触手が、ぼたりと落ちる。
死体を片付けていた部屋から、次々と――
「ち、手抜き掃除が見破られたぜ」
〜〜〜〜
廊下に立ち尽くしていたアズリエルは、ひと時、混乱していた。
自分を守りにきたという、兄……
一体何者なのか? 一体何故? と言う疑念ではない。
その混乱の名は、感動と言う言葉で、涙となって、彼女のバンダナに現れていた。
わけがわからないと、と硬直したアズリエルを放置するライラと、何か言いた気にしつつ、そのままライラに続いたアリス。
涙が止まると、冷徹な思考が再び湧き上がる。
兄は地下にいる。
会いに行かねばならない。ライラたちが、やってきた地下通路へは、だいたい察しがつく。
急がなければ――――「お前は……」――――
ふと、姉の言葉がよぎる。
「お前はいつだって、直情過ぎる……感情に流され安すぎる」
……吸う、吐く。
深呼吸を一つ――自分を冷静にする。
まずは、アリスと騎士。だがクリスの姿が見えない。
あのゾンビの群れの中にもいなかった――アズリエルにはわかっていた。
あの惨殺っぷりは、一種のカモフラージュであること。
何より、『クリスを死んだように見せた』何者かがいると言うこと。
誰か――?
だが今は……
〜〜〜〜
「……僕が勝ったら、返してもらうよ?」
「フザケルナ。私は、【命をよこせ】っつったんだ!」
始まった――この時点で乱入しても、もう二人はとまらない。
逆に自分が現れても、事態の火に油を注ぐだけだ。
吹き抜けの向こうから、見下ろす形で眺めているアズリエル。
奇しくもそこはあの暗殺者が、事態を静観していた場所でもあった。
アズリエルの兄が、見下ろしていた場所でも、ある。
この位置が、位置的に真下から見えにくく、見つかりにくく、そして全体を見渡しやすい。
広間の真上、巨大シャンデリアの上。
光源がなくなっているとはいえ、豪勢な半球を描いたシャンデリアは全身を覆い隠してくれて、移動の際は天井に開いた穴から、屋根裏へと自在に動ける。
……自然とこうなっていたと考えるより、このために作られたと考えるほうが自然なほど、巧妙な監視場所である。
「さて、どうしたものか」
アズリエルの視線、いや、目隠しをした瞳の奥、その脳髄に浮かんでいるのは、ライラでもセラフィスでもなく……
懐の拳銃を握り締めている、アリス。
「私が飛び出して、助け出すのは最悪と考えるべきか」
そんなことをしたら、また袋叩きの目に合う。
さきほどはレメラがいたから切り抜けられたが、自分ひとりであれを切り抜けられる、と自惚れるほどの自信を、己には宿していない。
「どうしたものか……?」
と、不意に別の気配を感じた。
……そういえば、一階にもあったな、トイレット。
二階のスロープの、一番奥の扉。
便所を示す、男女のマーク、その男子トイレに、アズリエルは忍び足で進んでみた。
……ゴロリ――
それは、アズリエルの想像をある意味、絶する光景だった。
「……な、何をやっとるんだ? お前らは……」
思わず、素の口調に戻ってしまうほど、馬鹿みたいに驚いていた。
と言うか、キャラを作っていたアズリエル。
男子トイレの奥には、関節という関節を外されて、奇妙な形にくみ上げられ、球体に固められた神殿騎士団、ローランとその仲間たちの変わり果てた姿であった。
階下の喧騒が、一旦静まったのは、この瞬間だった。
それは、ライラの殺気が、極限まで高まった瞬間である。
ライラの勝ちか……
身を乗り出せば、髪を自在に靡かせたライラに惑わされ、セラフィスの胴が抉られていた。
そして、アリスは……
「ちぃ――」
仕込んでいた種を――一つ咲かせる。
〜〜〜〜
「我は、王である。
生まれながらに、勇者として、王として、人の上に立つ責務を背負わされた――
ただの人間の小僧に過ぎぬ。
だが――
我は、逃げ出した。
――王になど、ならぬと。
ただ、好きなように生きようと――
好きなだけ、好き勝手、好きなことを――」
「?」
「我は、何が好きなのだ?」
『それは、王――いえ、愛しいアナタ、それを見つけていくことではないでしょうか?』
『楽しいこと、笑えること、嬉しいこと』
『それを見つけ出そうと、あなたは旅立ったのでしょう?』
「そうだ、我は、面白おかしく、この生を謳歌したい。王などという身分など、本当はどうでも良い!
ただ、お前らが――我が友たちが、愛しい妃が――人間ではないからと……
ならば、我が王となろう。
人も魔も、関係ない――
そう、人と魔と――」
(……あきれるほどのエゴだな)
お前は、弱者だ――
「……人と、魔、と――お前は?」
お前は、敗者だ。敗者はただ、失うだけ――
「その通りだ。
それを、俺は何度も味わってきた。
ならば、我が強者となろう、勝者となろう! 王となろう! 誰も、我に逆らうな!
我が突き進むのは、楽園への道――大いなる王の道筋――!」
お前は、理解していない。私は――
破滅を望んでいる人間なんだぞ。楽園は、私には地獄と同意だ。
(そういえば、天国も地獄も、どちらも死んだ後の世界と言うのは皮肉だな)
「……な、ぜ、だ?
アズリエル――お前は、何が望みなのだ! 何を求めておる!
何ゆえ、我が妃を殺した!」
(そういえば、たいした理由じゃないわね)
怖いから、強いから、悲劇だから――
お前の女は、私の大切な物を奪える力があって、お前は奪う引き金に違いなかった。
「我は、あの小娘を殺そうとはしていない!」
(違うな、だからこそ――なんだよ)
だが、妃は違う。お前が望まなくても、私に敗れる前に、人質にはとっていただろう。
……私は、嫌なのだよ。お前と同じなんだよ。
自分の思い通りにならないことが、すこぶる大嫌いなんだ。
……あ
(わかるだろう。なまじ自分に力があると言う自覚があるなら)
お前を、半殺しにした時点で、あの女は、妹を半死半生に変えるだろう、一瞬で。
私が悲鳴を、上げる、たった一瞬で――
お前もそうだ――
私たちは、ただ、コインの表裏のように、勝者と敗者に、分かれた――ただ、それだけだ。
「ふざけるな!」
そうだ、現実はふざけている。何が二者択一だ――何が勝敗だ。何が【それだけ】だ。
「……貴様が、何を抜かす!」
私だからこそ――言うのだ! お前にわかるか?
【この世で自分が最も憎い】人間がいることが――
「ならば、自殺でもすればよい! 我の女を殺すいわれにならぬわ!」
だからこそ、貴様は――
【餓鬼なんだ】
…………
頭痛がする、少し、本気になり過ぎた。
……念話、っと言うにはお粗末な、単なる風の魔術で『言葉』を乗せた、小さな会話である。
あとは、ギルガメッシュの心の声に、耳を傾けるには――
私にはない力、ならば――その力を持てる、持っている人物を経由すればいい。
(……化け物、ですね。貴女って)
「よく言われる」
言い返しながら、トイレで寝ているローランドたちを解放している。
恐ろしいことに、骨折は当たり前だろうと思われる奇妙な向きは、外されていた関節を戻せば、元の人間に戻せる――無傷の状態に治せる不思議で不気味な状態であった。
(なのに、なんで……私たちを助けたり、彼らを救おうとするの?)
「……わからない」
それは本音だった。
目覚めかけたローラントを、手刀で再び眠らせて、解体作業再開。
ちょっと腫れ上がった関節部に、治癒魔術を施していけば、無傷そのものだ。
幽霊――のような状態の、エンキドゥはそんな作業に勤しむ彼女を眺めながら、
(貴女、本当に戦場でたくさん人を殺したの?)
ギルガメッシュの心を読み、思いを教え、そして対話に導いた存在は、肉体を得て死を迎えた、彼女。
それは、【死者を視る】力を持つ彼女にしかできない、彼女の異能。彼女を彼女とたらしめた、不幸な力。
「殺した。……子猫を蹴り殺されたんだ」
「……そう」
「訪れた村じゃ子供が親を殺されて泣いてたし、婆さんは息子と奪われたと泣いてて、私は……」
何かできる力があって、何もできなかった。
「何かしたかったんだろう。でも、する機会を失って、涙ばかり。泣かれて泣かれて泣きつかれて……」
嗚呼、うっとうしいって思った。
「だから、戦争をやっている連中が、拾った子猫を踏み潰したとき、私は思ったよ」
コイツラ、人間ジャネエ……
「気がついて、死山血河を切り開いて、ようやく気づいたよ。嗚呼、これが【戦争】かって――
人間を狂気の渦に巻き込み、化け物に変える――世界」
(それで、皆殺し?)
「ちがう、絶殺と言う」
(絶……殺?)
「うん……決着がついたな」
軽い、まるではねるような快音とともに、ライラが吹き飛んだ。
「あの娘のことだ……最後に何かやらかすだろう。エンキドゥ王妃」
(はい)
「女同士の約束だ。貴女を、生き返らせ、ついでに望みであった人間の器もあげるから」
(片腕の人と、あの女の子、ですね)
「嗚呼、妹に引き合わせてくれ」
(……貴女にとって、家族が何よりも変えがたい絆だったのですね)
「そうだ――死んでいた私を救ってくれたのが、あの二人だ」
あの二人以外は、みんな死んでしまった……
「……できれば、私のことも」
(内緒、ですね。良いでしょう――貴女は覚悟の上で、【アズリエル】を名乗っていたのですから)
ルルダ……アズリエルは指先に魔力を宿し、ギルガメッシュの切り落とした腕を触媒に、錬金術を構成する。
エンキドゥの霞のような意識が、しだいに広がっていく。
人の視界が。
「あ、駄目です――彼らに邪眼が効かないッす!」
「何ぬわ嗚呼!」
「どうも神経系で動いてるんじゃないっぽいです」
「役立たずぅぅぅ!」
『やれやれ――相変わらずですね』
〜〜〜〜
エンキドゥ、蘇生完了。
続いて、解体終了の終えた、ローランドの分隊……
「……早く目をさまさんかい!」
裏手の階段で、一階までガタゴト運んでから、目覚める寸前で【隠蔽】なる魔術で身を隠す。
「……あ、う……」
「た、隊長? わ、我々は一体」
「ニャッハッハ! ウェイバー? 隊長はセラフィ〜だにゃん。寝ぼけてる〜♪」
「……今、母ちゃんに叩き起こされたような」
「おい、広間が騒がしいぞ」
目覚めてからずっと真顔のまま、ローラントが告げると、全員が臨戦態勢となり、扉の向こうへ突撃――
「あ、ローラン!」
「隊長、無事でありましたかッ!」
分隊が帰還して、エンキドゥの蘇生術が完了してから、
この歴史、否――教会に記された物語は、前回の部分にて、終了となっている。
よって、この先は――存在しない者たちの、種明かしとなる。
「義理は果たした――ここからは、私事の時間だ」
呟いたアズリエルが、地下室に現れると――
「待ちかねたぜ」
紅い怪人が待っていた。




