【お詫び】5『イタダキマス』
盛大なお詫び……
えぇ、この章を晒した後、6部から7部にかけて、ボツボツ書いててふと、
「あ、物語が、食い違っている!?」
と、平行物語にあるまじき、大ポカをやらかしていた事実に気づきまして、うわちゃ〜〜!! と電車内でのた打ち回っておりました。
最初のアズリエル『魔蝶の女』はワードで全6ファイル。
現在の『間違う少女』は4ファイルと、参考にしていくファイルを分断していたのですが、配置を間違えたようです。
混乱された方々に、改めてお詫びいたします。
5『イタダキマス』
「……しまった、あの小娘片付けるの忘れてた」
「始末したんじゃねえのかよ!」
「えぇ〜、後味悪いじゃん」
黒衣の馬鹿と紅色のガキが廊下で取っ組み合う。
いや、一方的に小柄なガキが黒衣の大人を締め上げている。
「まぁ、任せろ。俺のお得意、変装術で得とごらんあれ」
「……(疑いの眼差し)」
「……任せとけって!」
〜〜〜
「おう? 蒼いお嬢ちゃんじゃんか? アンタら、殺したん?」
第一印象爽やかに! あ、視線が冷たい、痛い痛いっ!
「はっは――んなわけねぇか――手当てかい?
この辺りの部屋、鍵かかってて開かねぇだろう?」
ガッゴン――と、近くの部屋を蹴飛ばして、中へ。
確かここは、腐乱死体も何も片付けていない、まだマシな部屋だったはずだ。
実験室。いや、仮眠休憩室っぽいな。
多少の実験器具が転がってはいるけど、どっちかっていうと寝台が大半を占めている。
……ついでにゾンビ病の血清ないかな?
アリスちゃんがおっさんと一緒に、手際よくライラを寝台に寝かす。
「……正直な話、少々慣れてしまいました」
止血、手当て、その所作に一切の迷いなし、不手際在らず――血だらけだったライラを瞬く間に応急処置してしまう。
「不憫だな。いや、豪胆――なのかも知れんな」
「ただ単に、クリスが喧嘩っ子だっただけです。自然と覚えたんです」
「そ、そうか――」
と、おじさんの視線が、カエン――アズ兄に注視されている。
見抜いているのか、……警戒しているのか。
考えあぐねいて、後者にならざるを得ないのが事実だろう。
「あ、忘れてた。おじさん、ありがとうございます」
おじさんと呼ばれても、平然と受け流すのが紳士の礼儀。
「いいよ、おじさんで。何……その娘っ子は知り合いでね。
うちの上司の娘っ子でさ――さっき来てた白い教会のお兄さんたちがいただろう?
あの白いお兄さんに、実の兄を殺された妹さんさ」
「……あ」
ふと、一瞬だけ――何とも言えないアリスの表情に、嗜虐心を大いに煽られ、それを精一杯自重しようと努力に駆られた。
(この二人、相性良過ぎるなぁヲイ)
まるで、左右対称の合せ鏡――
「……まて、貴様」
と、おじさんのほうが睨んできて――その視線の奥に、「どういうつもりだ?」と書いてある。
「おっと、おっさんおっさん。殺すんだったら、さっさとそのお嬢ちゃん人質にして殺してるって。
お察しのとおり、俺はここ根城にしてる邪教団とか言われてる連中の雇われ人だ。
ハッ――俺も堕ちる所まで堕ちた暗殺者ってわけだ」
「……」
……うん、芝居くさかったかな?
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!」
と、空気を読まない、いや読んでくれた展開が。
目覚めたライラがアリスに襲い掛かる、のを、座ろうとしていた椅子を投げつけて、吹っ飛ばす。
無論、介抱されていたライラが、目覚めた瞬間、さっきの恐怖を思い出して、暴走したんだろう。
唐突の展開についていけない、アリスとおじさんを尻目に、彼女に交渉を持ちかける。
「落ち着けって、ライラ――吸血鬼に堕ちたアンタが、何を恐れる」
ことさら、吸血鬼を強調してやる。そう、実際――人間と吸血鬼では生物のランクが違う。
生物界のヒエラルキーにおいて、人間は――捕食者ではなく、被捕食の関係に位置する。
この幻想世界では――な。
「がっ――はぁぁぁっっ!」
優雅なツインテールが床にしなだれ、少女は体をちぢ込ませたまま――目を見開いて、何かに怯えている。
目の前の――人の皮を被った化け物に――
〜〜〜〜
な、なんでコイツが、ここにいる?
あの化け物が――姿形は変えても、相対した際の気配、それに――『血の匂い』だけはどうしようもない。
血を喰らう吸血鬼なら、なおさら……
「なぁ、ライラ。教えてくれ? 俺は、どうしても、どうしてもど〜〜〜しても、知りたいんだ。なぁ?」
白々しく、こいつは諳んじた。
「なぁ、あの【超人】の化け物を縊り殺したのって、誰だ?」
「……貴様だろうが、この化け物」
「……」
すぐ手近、そう――黒髪の少女に手をかけようとして、硬直した。
背後に――殺気。
目の前のコイツではない、誰かの殺意。
「ちょ、超人?」
「あの、巨人っぽい化け物か」
「そゆこと……この子が倒れていたそばにあったでしょ?
……バラバラ死体が」
「あれ?」
戦慄するライラの空気を読まず、素っ頓狂な声がアリスからあがった。
「なんで、このお姉さんが、死体のそばに倒れていたって知っているんですか?」
「………………あっ?」
今度は間抜けな声が、暗殺者からあがった。
(あぁんのぉ、底抜け大馬鹿野郎!)
隠れていたクリスの心の悲鳴が――脳内で響き渡った。
〜〜屋上 乙女たちのお茶会〜〜
「さきほどから、幾つかの邪な気配が次々途絶えている」
「然様。当然。必然。自然」
「姉様、なんで『然』って言葉ばかり使っているのです?」
「……我思故我在」
「キャス姉、ネタが無くなってきたのなら普通に喋ったら? レメラの無言癖だって、姉さんの影響よ、絶対」
「……謝罪」
「私は無言癖じゃなくて、単に無感動なんです」
「だったら直しなさい」
「ルル姉は男癖を直しなさいね」
「なんで! 私は色狂いの女ではない! 二人とも絶対誤解してる!」
屋上での一幕、ただし――茶を嗜んでいるのは長身の巫女乙女と、小柄な黒衣の少女。
黒いエプロンドレス姿の娘、アズリエルことルルダは……腰に長柄の大太刀、腿に小型の銃器、次いで漆黒のバンダナを目元に巻くと――視界が閉ざされ、新たな闇の世界が広がる。ただ単に見えないだけだが――
嗅覚、触覚、味覚、そして何より聴覚が格段に研ぎ澄まされ――不安定な屋根の上であろうと、優雅な所作で歩いていく。
「じゃあ、姉様――アリスをお願い」
「判った――私が撒いた種だ」
屋根から滑り落ちて、一番手前の窓ガラスを破って進入する。
「……疑問、何処から何処まで、自分で種を撒いたか、アイツ気づいているのだろうか?」
〜〜〜〜
「……では、あなたが超人さんとやらを倒したわけではないのですね?」
「事実だけを言うなら。、俺は一切手を出してないな」
(あいつ、絶対ぇ……間抜けの中の間抜け、間抜キングだ)
もはやクリスも頭を抱えて、悶えたくなるのを必死に抑えて、荒縄でグルグル巻きにされているアズ兄を見守っていた。
ちなみに、隠れている場所は――
「……何故隠れている」
ライラの座る、寝台の下であった。
ベッドの斧男よろしく、ライラがもし下手を撃つ際は、容赦なく出るつもりではある。
「頼む、少しだけ……」
気づいていて囁いたのは、片腕のおじさんだった。
おじさんもおじさんで悟ったのか、と言うより、全身血まみれのクリスの姿は、誰が見ても気持ちのいいものでもない
乙女心もあるのだろう、寡黙な年配元将軍は、何も言わずにただ察した。
なお、縄を提示したのはアズ兄本人である。ライラの焦燥もそうだが、片腕のおじさんもアリスも、暗殺者カエンに関しては、何も知らされていないから、一応「念のためってやつで、ちょっとした妥協案さ」
(気休めにすらならねぇよ)
クリスの頭の中には、カエン――アズ兄が縄を一瞬で抜ける、もしくは縄をつけたまま一瞬でこの場をほかの場所と同じ、血の池に変えるかの算段が、すでに十ほど浮かんでは消えていた。
ここで本当に危険なのは、ライラではなく、むしろ正体不明の……この男であった。
「……でさ、ライラっち?」
「……っち、ちぃ?」
「ん、何か堅苦しく芝居しなくなって楽になったし、ここで全員の目的を整理しようぜ?」
縛られた状態だと言うのに、意にすら介していない。
「俺は、ここの護衛だったが、個人的他人的事情で破棄。
ライラっちは、あの白い小僧に復讐だよな?
で、アリスっちとおじさんは脱出と……どうだい、ここで取引だ」
「取引、だと?」
「嗚呼、ギブアンドテイクだ。ライラっち、この二人連れて、上にあがってくれないかな? どうせあの白い小僧はこの二人を救出するために乗り込んでくるだろうし。って、援軍呼ばれたらまずいけど、そうなったらそうなっただ。二人盾にどうこう対処したらいい」
「な、何を言っているんです、貴方!」
急に怒り出すアリスだが、
「で、アリスとおっちゃんだが、このライラっちを助けてやってほしい」
「はぁぃ?」
「ライラっちは、死ぬ気だから。
別にそれに関してどうこういう気はないけど――でもな、復讐にはラストチャンスってところだろう。違う?」
言われて、ライラは……座った状態のまま、歯噛みする。
「強制的に吸血鬼の力を伸ばしすぎたな。
別の症状まで発祥してて、廃人一歩手前だろう?
このまま休めばあと数年は持つが、その期間で再びあの小僧に合間見えるかどうか……」
事実、それは誰よりライラが気づいてた。
蝕む魔力飽和の病……急激な吸血鬼への変化――
「わかっちゃいると思うけど、彼――白髪の彼を殺しちゃうと、君も死んじゃうの、気づいているよね?」
魔力飽和状態――戦時中、死者の内在魔力が、生き残った者に流れ移る、魔力の異常膨張からなる、症状。
死者からの、魔力供給――
「……構わないさ」
「うん、知ってる。そんな覚悟した他人を、邪魔する気は無いしね。
さっきは色々成り行き上、ぶっ飛ばしたけど。今のってことでチャラに……」
ライラの視線が冷たい。
「ならねぇか……」
アズがいりゃ、多少の延命や治療薬くらいできるんだが……と、暗殺者は首を捻る。
アリスは、ただただ呆然と、死相を見せる少女に戦慄する。
寡黙な片腕の元騎士は、やはり寡黙に見守るだけ――
「……で、お前は何なんだ?」
と、口火を切ったライラに対し、
「俺はあんた達とは対極さ。
あんた達には目的はある。それを手に入れるために、手を伸ばす、手を出し、力で持ってそれを征しようと。
だが俺は違う、基本的目的なんて無いね。
楽しければいい、享楽であれば、愉快であれば――だけど、本来の目的ならあったね」
「……金か? 違う、お前は、カエンではない――カエンはもっと軽薄で、度胸の無い、平坦な殺人鬼だったはずだ。
だから、問う」
お前は誰だ?
「アズリエルの兄、通称【D】……妹を守るためにやってきた。
……筈、なんだけど、助ける必要何ざなかったよなぁ。
俺、何しに来たんですかって感じだよ……」
と、本当にやる気の無さそうな、それでいて気だるげな……この物語の中で、もっとも不誠実な男が、そこに現れていた。
「正味の話、ここの連中も全然、詰まらなくって退屈してたんだ。
正義の味方に、インスタントヒーロー、加えて巻き込まれた一般市民ABC。
敵は悪の秘密結社にトラウマ吸血鬼、物語にすら登場しない暗殺者。最後、何か格好よさそうだが、その実、単なる敵前逃亡だし。
――だから、俺はその役を貰って、乱入してみたんだが……いや何、なかなか面白い展開になっちゃったしな」
その怠惰な男は、意味深に笑みを零し――
「ライラっちも、そして誰もが、気づいてない――うん、噛み付いたライラっちでさえ、判ってなかったんだ。
あの【超人】がどれだけの怪物だったのかって――」
不意に――
殺意が――吹きあがる。
ライラが震え上がり、アズリエルの兄が、微笑を零す。
「まずは自分のやるべきことを、果たしな――」
〜〜〜〜
廊下を抜ける――
アズルエルは呆れかえってしまった。
視界にはすっと伸びる廊下、昔から放置されっぱなしの装飾や埃被った調度類。
(……詰めが甘い)
よく調べれば、それらの小細工は別に素人でもできる、簡素な代物だ。
埃の体積具合の歪さは、ただ集めた埃を上からまぶしただけだろうし、この森の一軒家に、多少の旅人が集まっていると言うのに、金目を醸し出す調度品の数々……微細な違いだが、勘が鋭ければ、気づくだろう。
十数年前、いや数年前から廃屋と化していたとしても、ここまで屋敷内が整っているのは、不自然すぎた。
(もう少し、気配を配るべきだった)
長旅で久々の家具の整った野営ができると、喜んでいたレメラを少しだけ恨む。単なる八つ当たり。
他者の気配はしていたと気づいたが、どれもがこの地を抜ける旅人たちばかりだと……
考えるべきだった。立派な野営地のあるこの地域で、アンデッドが生息するその意味を。
この手の狡猾さから、普通の旅人は狙っていないのだろう。
山賊、ならず者――行方不明になっても、差しさわりの無い一団を巧みに狙って襲っている。
いやまて、ギルガメッシュ旅団や、神殿騎士団……襲うには危険が高い。
――狙いは何だ?
……私か?
〜〜その頃〜〜
邪教団団員が、【超人】の反応がないことをいぶかしみ……封印の部屋に訪れて――
その惨劇を目の当たりにして、大急ぎで大聖堂へ駆け戻っていた。
その団員を尻目に、ライラ……その後にアリスとおじさんが続く。
(見つかると面倒だから)
ライラにとって邪教団はセラフィスを見つけ出すまでの手段でしかなく、義理すらない。
あの崩壊した街で燻っていたら、向こうから接触してきた、異質な集団。
あの時は従うしかなかったが、今なら――手を捻るまでも無い。
神聖魔術ですら、今のライラには届かないのだから――
圧倒的な、魔力量――
「……今の人」
「放っておけ。お前らには関係ないし、関わったら引き返せないよ」
ライラはアリスに言い放ち、隠し階段を抜けた小部屋にでた。
アズリエルと遭遇した。