4『ちょい腹減ったな』
4『ちょい腹減ったな』
「ご両親が何をしてたかは知らないが。それを恥じる意味も、必然ももうないだろう?
……二人は死んだ。現実にも、心の中にも」
死体を片付けながら、アズ兄はこともなさげに、そう言った。
「そうだな」
と、こちらも何事も無かったように死体を蹴り飛ばし、どこかの部屋に捨てるクリスこと――
否、もうここにクリスはいない。
つき物が落ちたような、あるいはしがらみから放たれたような――ソレではない。
浮かぶのは――無感動。
「……殺しちゃ不味かったかな」
「何が?」
「お前の心。いうなら、「『人間止めないか?』って誘っちまったわけだし」
「俺はただの怪物だ」
「怪物がどんな顔して少女と再会するんだ?」
「……もう会わないさ」
「で、おじさんに任すって? そいつぁ〜無理だな」
「なぜだ?」
「勘――お前はもう一度、彼女と再会するよ」
「……」
「これを考察、推察で表すなら、君が嫌がっても、向こうからアリスちゃんの方から飛んでくるんじゃないか?
……俺からしてみれば、あの子が一番、この面子の中で怖いぜ」
「アリスが? なんで」
「こんな状況下に陥って、まだ生きているんだ。と言うか、普通なら発狂したり、パニックになってても不思議じゃない。
が、クリスと居て、はっきりわかったよ。コインの表裏の法則だ」
「コインの表裏?」
「そ、裏と表は交わらないって法則。俺たちが異端であれば、あの子は極端。
もしクリスがいなかったら、あの子は『そう』だったんだろう。いや、いなくてもああいう態度だったのかもしれない。
……彼女は『普通』なんだ。こういう異常事態でも『普通』過ぎる。それっておかしくないか?
多分クリス……そう短くはないんだろう? 二人の付き合いって」
「たかだか半月だよ」
「十分だ。……あの動きからだと田舎から出てきたクチっぽいから、嗚呼、やっぱ異端だ。ロクなもんじゃない」
「……おい」
「あ? 違う違う、別に悪い意味でいったんじゃ……だが極論、悪いほうかな。
なぁ、『普通』って何だ?」
「……」
「ぶっちゃけ、複数の人間を集めて、均一、均等にした統計とか、淘汰した際の基準――が、『普通』って解釈なんだろうけど。
……彼女にはその比べるべき『複数の人間』が――圧倒的にいない。その一人が」
「俺か」
「そゆこと、それでいて――あの子は心身ともに普通だ、一般人、どうしようもないくらい。
人並みの人生で人並みの生活で人並みの道を進んでて、こんな横道だ。
が、それさえも彼女には普通に見えている……かもしれない」
「なんだよ、かもしれないって」
「憶測ってこと。俺、彼女と喋ってないから」
「ま、待ちやが――ッ!」
超人の部屋から、まるで引きずるように現れたライラを――
クリスは払いのける仕草で、弾き飛ばした。
アズリエル兄にしてみれば、ただの手刀。
見えない一閃での――首筋への強打――
「……確かに、アリスは変わってる。でも、それだけだ」
「そう。そのソレダケってのが、結構人生の落とし穴なんだよ。その落とし穴に嵌めたのが」
「俺とでも言いたいのか」
「言いたいけど待て。お前、今、何飛ばした」
「ごみ」
アズリエル兄は、目元を押さえて「やっぱ殺しちゃ駄目だったかなぁ〜」と頭痛のポーズ。
「……つかぬ事を聞くが処女、お前、乙女心とか、感傷って言葉知っているか?」
「生きる上で必要の無いもの」
「あるわ! この厨二病」
……それは的確に貴方の事だと思う。
呆れつつ、アズ兄はライラの元へ。
「助けるのか?」
「生きているなら後味悪いし、ちょっとヤボ用もあるから」
クリスの疑念が、再び吹き荒れるが――
「いや、とりあえずこの館のラスボスの居場所、知っときたいだろう?
お前は一遍、アリスちゃん起こして怒られてこい」
『それ』……超人はまだ、生きていた。
再生しようともがく、離れ離れの四肢。何かに変形しようとしたそれが――
何者かに喰われていた。
ライラである――部屋から去った二人を確認した刹那、食欲本能のまま、貪り始めた。
小さな彼女の顎では、この巨体は中々砕けない。
悶絶する、超人――もがく四肢。
ライラを砕こうと伸びた腕だが、腕一本ならライラでも軽くあしらえ――その指を全部噛み千切った。
補給は終えた――
廊下へ飛び出し、全力で――十全の力で、飛び掛った。
〜〜〜〜
あっさり、首の骨を砕かれた――
そして、死ねない――
超人が停止した直後。ライラは息絶え絶えに部屋に、研究施設まで戻り、戦慄する。
超人は息絶え、腐敗が始まっていた。
「あ、あの――化け物がぁぁ……あ、」
砕けた顎でそれだけの呪詛を呟き、ツインテールが尾を描き、床に落ちる。
その前には、超人と呼ばれた 巨躯の化け物が、五体不満足の状態で――首だけ机の上に鎮座している状態。
体が床につく前に、太い腕が彼女を支える。
暗殺者――この施設、邪教団に雇われた、あの暗殺者――名をカエンと言いましたか。
「やれやれ――しっかし、何だな」
折られた首――普通は神経が通らないだろうが、触れてみて――神経だけは見事に繋がっている回復力に――
「ふ、ご都合って奴だな」
と言うか、貴方の周りは常に不都合が悪くなっているのね。
ライラの状態を無事と認識した彼は――迷うことなく、ある隠し通路を見つけ出し、その扉を開く。
--地下大聖堂--
暗殺者の彼は――出来過ぎた情景に
(都合が良すぎるのも考え物だな)と、現実感の薄れていく世界に、しみじみと哀愁を覚えてしまう。
「……問題は?」
「あるまいて――あの蒼き娘が始末してくれよう」
「問題は、あの王と」
「アズリエル。まさかこの様な場にて出会えようとは」
「王の戦意は喪失しておる。捕らえるなら、今このときを置いて」
「ならば、【蒼の娘】では足りぬ――【超人】をはなつか」
「完成度は?」
「十中八九――勝算は高い」
「ならば、放て――アズリエルは?」
「それは、上からの意向で――【可能な限り、捕縛】しろと」
「……んな無茶な」
それは、暗殺者の彼の、心の吐露であった。
「あの姉やん、王様より化け物だったんジャン。それをどう捕まえろってんだ」
当たり障りの無い回答。だが、実際は――
1 アズリエルを倒せるのは、現時点ではクリスのみ(実は別口で、理由有
2 アズリエルは束縛を良しとしない。多分、捕まっても最悪自害。
3 アズリエルは一人ではない。後二人の姉妹が残っており、どちらも厄介。
4 超最悪の場合、アズリエル三姉妹が手を組んだら、今の俺でさえ不可能
の、四つの結論に基づいている。
「言葉に気をつけろ――」
厳しい顔つきの黒衣が、大仰に告げる。暗殺者は(カエルのおじさん)と勝手に決め付けた。
「へいへい――だが、楽観気味だが大丈夫なのかい?
その超人だとか――あんた等結局、ただの研究者だろうがに――
今のこの場は、完全な殺戮領域だぜ。
舐めてかかったら、首掻かれるのはこっちだぜ」
さも面白そうに物語る。が、その実――一望し、ため息交じりの落胆をこぼす。
(おいおい、全員無能じゃん)
全員が、年配の学士下がりの面々ばかり――黒幕と思しき上座の席の人物でさえ、どうやら単なるこの地の主でしかないらしい。
「【死にたがり】が――まぁいい。お前好みの戦場なのだろう」
その台詞に、皮肉が利いていたのを、見逃さない。(と言うか、ホープダインってそのままかよ、コイツは)
「お前も、【蒼の娘】の補佐――いや、どうせならアズリエルに喧嘩を売ってくればいい」
「うへぇ〜……それ、死にたがりじゃなくて、自殺志願じゃねえか。勘弁してくれよ」
へらへらした対応、だが黒衣の老人たちは不思議な顔を見せる。
(やっぱ、俺の話にはついていけないか――知らねぇよな、マインドレンデル)
「ついでに地下に落ちてきた、ゴミを排除しろ」
「俺は清掃業者じゃねえっつうの!」
曖昧な返答をして、とりあえず席を立ち――
暗殺者カエンは、隠し扉を閉め――廊下を一瞥する。
アンデッドはさっきの遁走で、あの部屋――【超人】とか言ってた奴の前に固めて、まとめて清掃。
「まぁ、確かに清掃業務だったな」
おかげで、廊下の腐臭は少し残るが、進めなくは無い、立派な通路となった。
その通路を――
「おろ?」
小柄な少女と、長身片腕の男が進んでいく。
〜〜〜〜
(……俺は、どうしちまったんだ)
クリスは……天井に張り付いて、息を殺しながら焦っていた。
無論、クリスの手が吸盤になっている、ワケではない。天井と壁の角に両手足を広げて、器用に踏ん張っている。
おじさんとアリスの部屋に戻ろうとしたら、扉が開いて一瞬、驚いた。
アリスの前に、おじさんと目が会って、ふっと天井に張り付いてしまった。
少しだけ沈黙した後、「誰も居ない」とおじさんと、アリスが出てきて……そのまま行ってしまった。
(って、まだゾンビが残っているかもしれないのに! 何考えているだよ!)
〜〜〜〜
元将軍、現在、二人のおじさん、になっている男はと言うと――
(さて、クリスに関して、どう話したものか)
事実をあっさり話すのは簡単だが、あの血まみれの風体を見せては、と思っていたら、アリスの方から「脱出しましょう」と言い出してきた。
〜〜〜〜
「あいたたたた……」
「……ふぅん? それほど――深くは落ちてない筈だが」
体が冷えていたので、自分の外套をアリスの布団代わりに掛けていたのだが、あるいは寝違えたのか。
……ピチャリ。
頭に何かがこぼれて来た。
――乾ききっていない、ゾンビたちの鮮血か。
見上げれば――真っ暗。だが、壁に一筋の線を描きながら広がる黒は――おそらく、上のホールの穴から染み出した血であろう。
「おじ様、ここは?」
「おそらく、地下だろう……」
「……今、この扉向こうに、何か居ます?」
――ッ
鋭いな、と素直におじさまは驚嘆します。
しかし、聞き耳を立てても――気配はしない。
ゆっくり扉を開けて、
クリスと目が合った。
そして、慌てて天井に張り付いてしまい――そのクリスの何ともいえない表情に――
おじさんは、寡黙に頷いた。
「大丈夫だ。行ける」
「じゃあ、脱出しましょう」
「……嗚呼」
目配せだけして、おじさんはアリスと共に、脱出を図った。
その後すぐに、クリスは天井から降りて――
「大変だな、クリ坊」
「うるせぇ馬鹿」
「気づいてるか? さっきより顔真っ赤だぞ」
「うるせぇ阿呆!」
「あと、お前、その表情可愛いな」
「うるせぇロリコン! 俺がピンチじゃねえか! ……ってぬわぁ?」
後ろに立っていたのは、アズ兄ではなく――暗殺者カエン。
「……お前、だよな」
「うん、アズのお兄ちゃんだよ。
いやなに、実は初っ端乗り込んだ際に、ちょいとね。
こいつの顔と姿拝借したんだ。今頃、便器の上ですっぽんぽんになって涙流してるぜ」
「なんで便器なんだよ」
「尿意催したら最悪だろう? 武士の情けって奴だ。水もあるし、飲みたいとき飲める」
「最低だ、コイツ」
「それ俺の褒め言葉なんだ」
「変態だ、コイツ」
「それは褒めてないな。素直に怒るぞ」
「ロリコンだ、近寄るな、妊娠する」
「うるさいレズビアン」
「誰がレズだ!」
「んじゃ、百合」
「……百合って何?」
「主に学園モノの話で使われる。先輩後輩、女子同士でチョメチョメしてる」
「俺は学生じゃねえから! ぜってぇ違う! あと、チョメチョメ――うぁ」
「これ以上虐めると戦意喪失しそうだから止めておこう」
血のせいでなく、別の性で顔を真っ赤に染め上げる――怪人と。
それを楽しそうに眺める、帽子にベストと――あまり目立たぬ服装の、化物。文字通り、別人物に化けての――。
「とりあえず、あの二人を脱出させるか」
「嗚呼――そだな」
一瞬で落ち着きを取り戻して、さぁ二人を追おうとして――
「あ――」
二人、凍結。
おじさんとアリスは、二人でライラを抱えていた。