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小話④



「いいかいヒューイ君、この男はいつもこの調子だからな。はははは!」


 母の実家でもある男爵領本邸に、屋敷の主人である伯父が近しい人々を招待した。母の兄弟達と子爵家は、領地や保養地の運営などで、地理的にも経済的にも深い関わりがある。商売で成功した家なので当然その方面に明るく、父も結婚当初からとても頼りにしていた。


 ところが父は若い頃に苦い思い出があるらしく、母の実家に行こうとしない。伯父と叔父の二人が嫌いなわけでもないだろうに、今回だけは特別だと何回も口にした。母は訳知り顔で、若い頃に色々あったのだと涼しい顔である。



 三時のお茶会から始まった集まりの名目は、一応ルイーズとヒューイの結婚のお祝いである。しかし今回は身内だけで小さい子がいますので、と全員の顔見せと簡単な自己紹介を済ませた後は、堅苦しい事は控える旨を招待主が宣言した。


 そういうわけで早速男性陣は、ヒューイと父を中心にして話を始めた。既に独立した従兄弟達も参加して、領地の運営らしい話が聞こえて来た。


「ヒューイ殿も新しい土地で不慣れでしょうから、ぜひぜひ我々を頼って下さるよう!」


 伯父が、父は屋敷に足を向ければ相手はしてくれるが、呼んでもいつも来てくれないと大袈裟に嘆いている。自分の妻の兄と弟に両側から肩を組まれている父は、噛み潰した苦虫が想像の三倍酷い味だったみたいな顔をしている。ヒューイは相槌を打ちながら、周囲に耳を傾けている様子だ。



「ルイーズも結婚おめでとう。やっと大人の仲間入りね」

 

 賑やかな様子を横目に、女性陣と子供達は美味しいお菓子を囲んでいる。話題に応じながら、ルイーズはヒューイの様子を窺った。彼は大丈夫だと目線の合図を送って来たので、とりあえず父もいるので任せておく事にした。


 

「じゃ、遊んで来るね!」


 一通り食べ終えた子供達が途中で席を立つのはいつもの事である。しかし今日はいそいそと大人の方へ近付いて、隠れ遊びに混ぜてあげる、と主役の手を引いた。

 ヒューイは少し驚いた様子だが、子供の要望に応えて席を立った。しばらくすると一番小さな子が言わないで、と声を潜めながら食堂のテーブルクロスの下に潜って行き、追いかけるようにヒューイが戻って来た。


「探す役として参加しているのですが、入ってはいけない部屋を教えて頂きたくて」


 一階南が寝室ですので、と屋敷の当主夫人が明朗な返答をした。使用人が寝支度を進めているのでわかりますよ、と付け加える。大人達は子供に味方して面倒を掛けている旨を謝罪して、後は知らないフリをした。 

 ヒューイは恭しくお礼を述べてから、よいしょと身を屈めた。息を潜めていた子供を見事に発見したらしく、軽々と腕に抱えて回収して行った。見つかってしまった気恥ずかしさに照れ笑いする幼子を笑いながら見送った後、皆で顔を見合わせた。


「良い人そうで何よりね、ルイーズも。それにしても子爵殿は隣国だけでなく、軍にも優秀な方を紹介してもらえる伝手があっただなんて、流石という他ないわね」


 父がヒューイとルイーズの婚約をまとめたのは数年前だが、相手も忙しいので顔合わせができなかった。それで一体どんな人が、と心配していてくれたらしく、よかったよかったと口々に祝福されれば、ルイーズも母と一緒にお礼の言葉を口にした。そのまま平和に歓談していたのだが、しばらくして後ろからひそひそ声で話し掛けられた。 


「ルイーズちゃん……」


 ヒューイと遊んでいる子供のうち、セリーナという従兄の子供が途方に暮れたような眼差しでこちらを見上げている。手を引かれるままについていくと、食堂の外まで誘導された。


「あのヒューイさんて人、怒らせちゃったかも」


 目をうるませながらそんな様子で訴えて来たため、ルイーズは慌てた。彼女はまだ五歳くらいなのだが、子供達の中では早くもお姉さんとして振る舞うしっかり者である。大丈夫だから何があったのか教えて、と彼女の前に屈んで視線を合わせた。


 セリーナの説明はこうである。何回目かの隠れ遊びで、セリーナはもう隠れる場所が思いつかないと縋りついて来た自分の弟を連れて、ある部屋の衣装箪笥に身を潜めた。ところが探しに来たヒューイは二人をあっさり発見し、一緒に他の子供を探す間、弟は彼に抱っこをせがんだ。


 セリーナは相手が初対面である事を思い出して弟を諫めた。ところがヒューイはあっさりと子供を片手で持ち上げ、それからどうぞ、とさも当然のように彼女にも手を差し出した。


 自分まで抱えられるとは思っていなかったのでびっくりしたのと、ほんの小一時間遊んだだけの相手で正しい対応がわからず、逃げて来てしまったらしい。

 言い訳を総合すると、彼女の父親でも弟とセリーナの両方を一度には抱えられないらしい。使用人も腰が、と目を泳がせるので、同時に抱っこしてもらえると思ってなかったのだと俯いている。

 

「そっかぁ……うん、ちょっとびっくりしただけだから大丈夫だよ」


 彼女の話を聞く限り、ルイーズが想像していたような深刻な事態ではなさそうだった。しかしセリーナはめそめそしている。


「どうしよう、絶対可愛くない子だって思われちゃった」

「ほら、一緒に行ってあげるから」

「……本当は抱っこしてもらいたかった」


 ルイーズは小さなセリーナの手を引きながら、隠れ遊びに参加しているヒューイを探した。子供の頃から、父は来なかったが他の家族と一緒に尋ねているお屋敷なので、懐かしさも感じる。

 ゆっくりとした足取りで進んでいると、廊下の窓から綺麗な夕焼けが見えた。きれいだね、と思わず二人で見惚れている時、近くの部屋の扉が開いた。

 

「……ああ、ルイーズと一緒だったんですね。小さい子達がいる家族は今夜お泊りだから先にお風呂だそうで。他の子はもう、乳母さんが連れて行きました」

「……ほら、全然怒っていないでしょう」


 廊下に出て来たヒューイは、セリーナはまた隠れてしまったと思って再度捜索していたらしい。ルイーズは拍子抜けしている彼女の小さな背中をそっと押した。さっきはごめんなさい、と謝りつつ結局、腕に抱えてもらった彼女は、先程とは打って変わって照れながらにこにこしている。


 やがて屋敷の女性使用人が子供を探していたらしく、迎えに来てくれた。ありがとう、とヒューイの腕から降りたセリーナに手を振ってその場を離れた。

 



「みんな良い子で楽しかったですよ」


 一人ずつ名前を挙げながらヒューイが言うには、セリーナは隠れ遊びで彼女と弟を見つけた際、抱っこをせがむ下の子とは対照的に、心得たように後ろに下がったらしい。


「あんなに小さくてもお姉さんなんですね。ちょっと怖がらせたかもしれないと思って心配だったんですが」


 二人きりになってから、ヒューイはそんな事を言う。食事会に戻るために並んで歩きながら、もう窓の外がすっかり暗くなっている時間である事に気がついた。

 

「どう考えても、元軍人で赤毛の余所者は怖いだろうと思って」

「私はヒューイ様を、そんな風に思った事は一度もありませんよ」


 本当は素直に、弟共々抱っこしてもらえば良かったと嘆いていた旨を説明すると、ヒューイは少しは笑ってくれた。確かに、要素だけ並べ立てると怖いような気がするのだが、ヒューイ本人が普段の物腰が柔らかく、荒っぽさとは無縁である。


 だからルイーズはそんな事はないときっぱり宣言したが、ヒューイの目は意地悪く細められた。


「……では、頑張って猫を被っている甲斐がありますね」


 『猫』っていう装着すると魅力的に見える商品が王都にはあるのだと、珍しく変な冗談を口にした。


「手紙が鳥に変身して飛んで来る魔法があるんだから、実は存在していそうだと思いませんか? ルイーズも」


 いつもより饒舌な彼の話を聞きながら、ルイーズは父の友人であり自称発明家のような魔法使いの事を思い浮かべた。確かに何が作られていても不思議ではない、と一応賛同しておく。



 さっき夕焼けが綺麗で、とルイーズは廊下の途中で足を止めた。けれど思ったより時間が経ってしまっていたらしく、外はもう暗くなっている。残念に思いながら、窓の外から視線を戻した。振り返ると、冗談を言っていたはずのヒューイの表情が、真面目なものに切り替わった。


「……この間、ルイーズに気を遣わせてしまった件なんですが」


 こちらが言葉を返すより先に、部屋の内装の話だと続ける。


「さっき子供のための部屋に入らせてもらって、面白かったですよ。実際に目にすると、意味がよくわかって。棚とか壁の色遣いだけで、ここが子供の部屋だとすぐ理解できたので」


 寝台や棚は明るく色合いに統一されている。また書斎にある本の並べ方一つをとっても、子供の目の高さ、大人の目の高さにある本の違い。それは屋敷の主人である伯父が自分の子供のために整えたものに違いないと彼は言った。


「……よく見ていますね」

「『よく見て』、とその通りにしているだけです」


 ヒューイの声は静かだった。ルイーズは相手の横顔をそっと、暗い中で目を凝らした。深く考え込んでいる様子の彼が、こちらを見返す。


「ルイーズが私にわかって欲しかったのは、誰かを想って何かを選び取る行為は、相手を大事にするのと同じだって事ですよね。自分がこれからあなたや義父上、義母上に、その先の新しい家族のためにする番だと思うと……難しいな、と」


 こちらを静かに見つめるのは冬の終わりの頃、暗い部屋でルイーズを待っていた、あの紅い鳥と同じ色の瞳である。声も眼差しも、まるでやっと見つけてもらえた迷子のように、ルイーズには感じられた。


「もうそんな想像してもいいんだって。それは、……まだここへ来る前から自分の中で漠然としていた、家族ができるという事だと、ようやく理解できて」

「……そうですよ」


 もちろん、と胸を張って言うつもりだったのに、何故か声は上擦ってしまって、ルイーズの声はささやくようだった。腕に手を伸ばして縋るようにして引き寄せて、彼の耳まで届くようにしなければならなかった。


「もちろん、これからたくさん……」


 面白そうな本が手に届く棚。お出かけのための可愛い衣装は季節ごと。いつでも遊んでくれる大人に、そのために整備したお庭。

 ルイーズには両親によって、子供の頃から当たり前に用意されていた。けれどヒューイの世界には今までなかったのだから、彼のために一つ一つ、想像を巡らせながら言葉を選んだ。

 

 思いつく限り挙げた後、二人は静かに廊下に佇んだままだった。ヒューイの服を縋るように掴んでいた指がゆっくりと外されて、二人は正面から見つめ合う。ルイーズはその眼差しや、さり気なく抱き寄せる腕に抵抗しなかった。






 そういえば出先でしたね、としばらく経った後で気まずそうな声が降って来た。我に返ったらしいヒューイがようやく腕を外すまで、ずっとそのままだった。



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