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1 楽しいお食事会


「……それにしても、ベッドの下に飴玉を隠してて、ひとつも分けてくれなかったルイーズが結婚とはね」

「窓の外に来ている手紙の小鳥がその飴玉を狙ってる、って嘘を信じてお菓子の缶を必死に隠そうとしていたのは面白かったよね。あの頃は可愛かったなあ」


 姉二人は妹は小さかった頃の思い出話に花を咲かせている。お洒落なレストランで食事をつつきながら、末っ子は不利だ、とルイーズは思った。何しろ齢が離れているので、可愛がってもらった事は覚えていても、姉二人の振る舞いが面白かった記憶はあまりない。


 ここは店内の雰囲気からして、かなり高級な場所だと推測できるのだが、恐ろしい事に貸し切りである。姉二人も店側も全く疑問に思っていないようなので、価値観や金銭感覚はきっともう合わないのだろう、と少し切ない気持ちになった。


 それから市場で迷子になりかけていた件は黙っていようと心に決める。ヒューイがちゃんと見つけてくれたので、つまり未遂で済んだので問題はない、と都合よく解釈した。



 先ほど、市場でルイーズの婚約者と上手く合流できた父はそのまま、諸々の手続きを済ませに向かうと宣言した。ところが姉達が連れて来た孫達に引き摺られるように、馬車に乗せられ遊びに連れて行かれてしまったのである。遊園地とサーカスと動物園が一体になった移動式の娯楽施設が、毎年この時期に王都まで興行に来ているらしい。


 話の展開に取り残されたルイーズとヒューイは昼食へ誘われ、そこへ姉達の結婚相手達まで姿を現した。一切前触れ無しでの高位の貴族の登場に、姉達も仕事はどうしたのだ、と呆れ果てた様子だった。


 姉二人のそれぞれの夫が持つ、翡翠と紫紺の瞳の色は、ルイーズの記憶の中に小鳥として刻まれている。社交シーズンが終わって子爵領へ帰って来た姉のところに、何羽も飛んでやって来ていた。小鳥の訪問を、姉達は窓へ張り付いて待っていたのを覚えている。


 そんな突然現れた相手に、ヒューイは特に物怖じした様子もなく、移動中も、食事中も会話に応じていた。本人の手紙によればずっと国境にいた上に、社交界とは程遠い育ちだと書いてあった。しかし、その事実を全く感じさせないほど堂々としている姿に、ルイーズは感心してしまう。



「……それでルイーズ、その耳飾りと、首飾りはどうしたのかな?」

「ヒューイ様に贈ってもらったの」


 食事も終わり、何となく男女分かれて話を弾ませていた。そこで姉達に、この首飾りと耳飾りはヒューイが鳥の手紙を使って寄越して来たのだと伝えると、二人して何やら頬を緩ませながらそうなの、なるほどねと何やら囁き合っている。


「もしかして、ルイーズは首飾りを贈る意味を知らないの?」

「『貴女は私だけのもの』 、っていう独占欲を周囲に見せつけているのよ」

「ど、独占欲……?」


 ルイーズは真剣な表情で話し込んでいる婚約者に目をやった。きっとルイーズには全くついていけないような難しい話に違いない。それにしても独占欲、とは自分とは違う世界の話に思えて仕方がなかった。


「いやでも、そんなヒューイ様に限って」

「本人に聞いてごらんなさいよ」

「……そんな恥ずかしい事は聞けません」

「わかった、じゃあお姉ちゃんが代わりに聞いてあげる」


 ワインでいい気持ちに酔っぱらっている姉が同時に立ち上がりかけたので、思わずルイーズは自分で聞くからと制止してしまった。


 その声は男性陣にも聞こえてたようで、どうかしたのかという三人の視線を浴びる。恥ずかしいが自分で聞いた方がまだマシだと言い聞かせ、席を立ってヒューイの傍まで走り寄った。ちょっとだけごめんなさい、と耳元で前置きしてからヒソヒソと問いかける。


「……ヒューイ様は、女性に首飾りを贈る意味をご存じですか?」

「……手紙に書いた通り、似合うと思って選んだんですが、……もしかして実は失礼な意味があるとか?」

「あの、決してそんな……。独占欲とかじゃなくて……」


 それはもう、受け取って数日は何も考えられないくらい嬉しかった。浮かれすぎて父母使用人達みんなに心配された程である。


 そこでルイーズははたと気が付く。ヒューイはさっき市場で顔を合わせ、そして父がすぐは近くにいない事を確認した時と同じ表情を浮かべていた。そしてその後、ヒューイが一体何をしたのかを思い出し、ルイーズは耳元まで真っ赤になってしまう。この人は油断ならない。


「……ちょっと、……もう一回作戦会議してきます」


 ルイーズは一時退却を余儀なくされた。


「どうしよう。ヒューイ様が……絶対わかってるけど知らないフリしてる」

「……真面目な軍人さんかと思ったらなかなか手強いわね」 

「退いてはダメよルイーズ。ここは強気に攻めなくちゃ」

 

 姉二人が助言どころか、単に面白がっているだけだとはルイーズは気が付かなかった。


 





「……じゃあね、ルイーズ。結婚式は行くよ。お母様によろしく」

「子供も大きくなったし、これからは定期的に帰れると思うの。心配掛けてごめんね」

「……うん、待ってるから」


 結局、解散は夕方近くになった。それぞれの旦那様に支えられるようにして、姉達は馬車に乗り込んでいく。嫁いで行く時はかなり揉めたものの、何とか暮らしているようでほっとした。子供達を迎えに行って、ついでに父も泊まる予定の宿まで送り届けるという言葉に甘える事にする。


「……疲れた」

 

 ヒューイがぐったりと呟いたのは、大通りで捕まえた馬車に乗り込んだ直後だった。座席の背にもたれて、大きくため息をつく。


「……ヒューイ様?」

「流石に、公爵とか侯爵と呼ばれている人が突然出てくるとは思わなくて」


 お義父上までどこかに行ってしまうとは思わなかった、と先ほどまでの余裕は虚勢だったらしい声で呟いた。


 ルイーズは、父が姉二人にずっと言い続けた言葉を思い出す。どんなに相手が気にしないと言ってくれても、身分が違い過ぎる相手に嫁いだら跡継ぎを生むまで、そこは自分の家ではない。それに耐える覚悟があるのか、と。


 子爵家の令嬢だった姉二人ですら、そこまで承知した上で嫁いで行ったのを見たはずなのに。そんな雲の上の相手をいきなりヒューイにさせてしまった。

 もしかしたら、最初から試すつもりで父と引き離したのかもしれない。


「ご、ごめんなさい。私、ちっとも気が回らなくて…」


「いや、……婚約者殿がいたから最後まで何とか、ボロ出さずに粘れましたよ。途中でコソコソ話をしに来てくれたおかげで、話も変えられたし」

 

 恰好つけたくて、とヒューイはやっと笑ってくれた。 


「い、一体どんな話に…」

「そこからはずっとルイーズ殿の話で凌げました。姉上殿にも渡さなかったという飴玉と手紙の話で」


 結果的にはかなり短い内容の手紙を出してしまった事に気が付いたのは、碧い小鳥が北へ飛び去った後だった。それに今思うと、婚約者相手に贈るものが飴玉ではあまりにも子供染みている。


 これからはもっと、ちゃんとヒューイを支える存在にならなければ。もう、父に守られるだけのこどもではない。


「つ、次は飴玉じゃないちゃんとしたものを贈らせて下さい」

「飴玉でいいですよ、美味しかったから」 

「ヒューイ様ぁ……」

「……じゃあ、首に巻くものがいいな」

 

 ヒューイからの要望に、王都にいる間に何とか父を説得して、二人で買い物に行く算段をつけなければと決心する。マフラーはもう季節が過ぎてしまったから、出かける時に身に着けるネクタイ辺りだろうか。ネクタイピンもセットで買って、と共通の話題で話が弾んでいく。


 彼は髪の色が明るいから、似合う色をちゃんと選ぼうと意気込んだ。 

 

「…素敵な独占欲を、是非」

「……え、え!?」 


 くつくつと笑う、やっぱりこの人は油断ならなかった。



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