Chapter-4
「お兄ちゃん、おやすみなさい……」
ヒナタは今にもその場で寝てしまいそうな感じで言った。
「おう、おやすみ」
カヲルが返すとヒナタはそのまま自分の部屋へと入った。
「それじゃあ、私たちもそろそろ寝ましょうか」
シャーリーがそう言ったので、カヲルは部屋の電気を消した。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
そして、二人──一人と一匹?──はそのまま眠りについた。
********
朝。
「ん……、よく寝たあ……」
カヲルは目を覚ますとゆっくりと伸びをした。
「おーーい、シャーリー。 もう朝だぞーー、ってあれ?」
見ると、近くにいたはずのシャーリーの姿がなかった。
「朝の散歩にでも行ったのか? まあいいか」
そう言うと、カヲルは眠気を覚ますために洗面所に向かった。
すると、ヒナタが扉を開けて部屋に入ってきた。
「おはよう、お兄ちゃん……」
「おう、おはよう。 今日はずいぶんと早いなあ」
「いつもどおりだよお?」
「ん? そうだったか?」
カヲルは思わず首をかしげた。
「ねえねえ、お兄ちゃん! 今日映画でも見に行かない?」
「映画?」
「うん! 気になってたのが昨日から公開なんだ!」
「そうか……、じゃあ、行くか!」
今日は日曜日で特に予定もなかったので、カヲルは首を縦に振った。
「やったーー! じゃあ、着替えてくるからちょっと待ってて!」
ヒナタは意気揚々と部屋を出ていった。
「映画見に行きたいから早く起きたんだな……」
カヲルはヒナタのそんな姿を見てそう呟いた。
映画館はカヲルの家からはそれほど離れていない場所にある。
カヲルとヒナタは歩いて映画館に向かった。
「お兄ちゃんと出掛けるのなんて久しぶり!」
ヒナタはとても嬉しそうだ。
「確かにな……。 ヒナタが小学生のとき以来じゃなかったか?」
「そうだっけ? でも、そうかも!」
そんな他愛のない話をしていると、いつの間にか映画館に到着していた。
「なんの映画見るんだ?」
カヲルが訊くとヒナタは嬉しそうにある場所に駆け出した。
そこは上映中や近日中に公開される映画のポスターが並べられているスペースだ。
「これだよ、これ!」
ヒナタが指さしたのはアニメ映画だ。
「それって、子供が見るような映画じゃないのか……?」
ポスターの華やかなデザインからして子供向けのアニメのようであった。
「違うよ! これは、大人が見ても楽しめるんだから!」
「そ、そうなのか?」
「じゃあ、チケット買いに行こう!」
ヒナタはチケット売り場まで走って行った。
「はあ……」
カヲルは思わずため息をついた。
「中学生以下のお子様にはこちらのライトをお配りしております」
と、映画館の女性スタッフが入場者プレゼントを配っていた。
「ああ……、欲しいなあ……」
「ま、マジ!?」
カヲルはヒナタの言葉にかなり驚いた。
「さ、さすがに貰えないだろ、あれは」
「無理かなあ……」
ヒナタはガッカリとした表情を見せた。
「はい、どうぞ」
と、女性スタッフがヒナタに向けてライトを手渡した。
「え、いいの!?」
「もちろんですよ、中学生以下のお子様対象ですので」
「やったーー!!」
ヒナタは先ほどとは打って変わって弾けんばかりの笑顔を見せた。
「いいのか、それで……」
カヲルはそんなヒナタの姿を見て呆れたような顔をした。
********
「ディザイア、これ以上悪さをしたらこのミラクルレッドが許さないわッ!」
《ぐッ……、ミラクルレッドめ、目にもの見せてくれるわッ!!》
そう言うと、ディザイアは指を鳴らした。
すると、物陰に隠れていたであろう戦闘兵が一斉に飛び出してきた。
「……! こ、こんなにもたくさん……!」
《さあ、お前たち! ミラクルレッドをやってしまえッ!!》
ディザイアが命令すると、戦闘兵がミラクルレッドに襲いかかった。
「く……! 私一人じゃこの軍勢を相手にできないッ! みんな、お願い! ライトを振って、私にみんなの応援の力を分けて!」
「がんばれーー、ミラクルレッドーーッ!」
ミラクルレッドの呼びかけで子供たちが例のライトを大きく左右に振った。
当然のようにヒナタもそれを振った。
「がんばれーー、ミラクルレッドーーッ!!」
心なしか、他の誰よりも声を出しているような感じだった。
「ほら、お兄ちゃんも応援して! がんばれーー、ミラクルレッドーーッ!!」
「え……!? あ、ああ……。 が、がんばれーー……」
カヲルは少し恥ずかしながら言った。
「お兄ちゃん、声小さいよ! もっと大きく!」
「……が、がんばれーーッ!」
恥ずかしさをこらえつつカヲルは応援した。
「ありがとう、みんな! みんなの応援のおかげでパワーが湧いてきたッ!」
ミラクルレッドの体が心なしか輝いているようだった。
恐らくこれが応援の力なのだろう。
《な、何ッ!? さ、先ほどまでとはまるでケタ外れのパワーだとッ!?》
「じゃあ、行くよッ!! ミラクルレッド・パーーンチッ!!」
応援の力でパワーアップを遂げたミラクルレッドのパンチでディザイアはあっけなく倒された。
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「いやーー、やっぱりミラクルレッド最高だったーー!」
映画を見終えたヒナタはとても満足げな表情だった。
「た、確かに俺でも楽しめたかも……」
カヲルは少しばかり驚いていた。
「でしょ? お兄ちゃんと見に来れてほんとによかったーー!」
「……そうだな」
「あ、そうだ! グッズでも買おうよ!」
ヒナタがグッズ売り場を指さす。
「そうだな、何か買ってくか」
「やったーー!」
ヒナタは急いでグッズ売り場まで走って行った。
「何買うんだ?」
カヲルが訊くとヒナタはいくつか見せてきた。
「パンフでしょ、ポスターでしょ、クリアファイルでしょ、マグカップも捨てがたいなあ……」
「た、たくさん買うんだな……」
「うん!」
そう答えるヒナタの表情はとても誇らしげなものだった。
「……しょうがねえなあ」
カヲルはそう言うと、自身の財布から千円札を何枚か取り出した。
「無駄遣いするなよ?」
「ううん、大丈夫。 ちゃんとお母さんからお小遣い前借りしたし」
「そ、そっか……」
「じゃあ、買ってくるねーー!」
そう言うと、ヒナタはレジへと向かった。
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所変わり、ランガルド公国。
《それで……、例の作戦は順調なのか?》
キリンのナイトメアが牛のナイトメアに訊いた。
《はい、これといった問題もなく順調であります》
牛のナイトメアが丁寧な口調で答える。
《ランガルドの眠れる獅子は健在、というわけだな》
《左様でございますな》
そう話す二人──二匹?──の見ている先には一人の少女がいた。
あまり外に出たことがないのか、その少女の肌は色白だった。
純白のワンピースを身にまとい、白い肌をより白く見せる。
さらに、腰ほどまで伸びた黒髪がとても可愛らしい雰囲気を醸し出している。
少女は何やら水晶玉に向かって何かを呟いている。
《ふッ、彼女の魔法からは誰も逃れるすべはない》
キリンのナイトメアは不気味な笑みを浮かべた。
《事が全て終わるまで、楽しい夢を見ているがいい、双髪の魔法少女よ……》
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映画を見終わってから、カヲルとヒナタは近くの喫茶店に寄っていた。
「私、オムライス!」
「じゃあ、ビーフシチューで」
二人はそれぞれ注文をした。
「かしこまりました、少々お待ち下さい」
注文をとったウェイトレスが奥へと下がった。
「あれ? そういえばヒナタってオムライス食べられたっけ?」
「もう! 私ももう中学生だよ? 食べられて当たり前だもん!」
「そ、それもそうだよな、あはは」
不機嫌になるヒナタにカヲルは笑ってごまかした。
「お待たせしました、オムライスになります」
ウェイトレスがオムライスを運んできた。
「ビーフシチューのほうはもう少々お待ち下さい」
「あ、はい……」
ウェイトレスのさりげない笑顔にカヲルは思わず顔を赤めた。
「あーー、お兄ちゃん赤くなってるーー」
「ばッ、バカ! 赤くなんてなってねえし!」
しかし、そう言えば言うほどカヲルの顔はどんどん赤みを増していった。
「あれ? カヲルくん、それにヒナタちゃん! こんにちは!」
と、声をかけたのは瑠璃だ。
どこかで買い物をしていたのか大量の袋を手に提げている。
「瑠璃! 奇遇だなあ」
「えへへ、そうだねえ」
瑠璃は年相応には見えないほどの無邪気な笑顔を見せる。
「相変わらず、瑠璃は子供っぽいよなあ」
「もう! 全然子供っぽくないし!」
笑顔から一転、瑠璃はふくれっ面をした。
「あはは、悪い悪い!」
「……で、カヲルくんたちは何してたの?」
「ああ、ヒナタと二人で映画見てたんだよ」
「映画?」
瑠璃は興味心身に訊いてきた。
「子供向けアニメなんだけどさ、それがめちゃくちゃ面白くってさ!」
カヲルは先ほど見た映画について簡潔に話してみせた。
「……そうなんだ、よかったね!」
「うん!」
瑠璃が言うと、ヒナタは嬉しそうに答えた。
「あ、そろそろ帰らないと、お母さんに怒られちゃう! じゃあね、カヲルくん、ヒナタちゃん!」
「ああ、また明日な!」
「じゃあね!」
そう言うと、瑠璃はその場を立ち去って行った。
「……じゃあ、俺たちもそろそろ帰るか……」
「うん!」
カヲルとヒナタも自宅への帰路についた。
********
再び、ランガルド公国。
《ふふふ……、やれ!》
キリンのナイトメアは少女に指示を出した。
《はい……》
少女は手元の水晶玉に何やら呟く。
すると、水晶玉が真紅に輝きを放った。
それからしばらくして、何事もなかったかのように元に戻る。
《ふふふ……、これで奴らは夢の世界から抜け出すことはできない。 そう、楽しい夢の世界からな……》
キリンのナイトメアはニヤリと不気味な笑みを浮かべた。
********
次の日。
「おはよう、カヲルくん!」
登校中のカヲルに瑠璃が元気よく話しかけてきた。
「おう、おっす」
「ねえねえ、今日の私の髪型、どうかなあ?」
と、瑠璃が自身の髪型を見せてきた。
リボンで髪を左右にまとめてある髪型だ。
「髪型? えーーと……」
ここでうまく答えないと女子は傷ついてしまう。
カヲルはなんとか正解となる答えを導き出そうとした。
「えとさ、その髪型ってなんて言うんだっけ?」
結局答えを導き出せなかったカヲルは素直に訊いた。
「え? この髪型って名前あるんだっけ?」
瑠璃はそう答えた。
「あれ? なんか名前あると思ったんだけどなあ……」
カヲルは首をかしげた。
「別にいいんじゃないのかな、名前なんて」
「え? あ、ああ……、そうかもな……」
「ごめんね、変な質問しちゃったね!」
「い、いや、そんなことないって!」
謝る瑠璃に、カヲルは慌ててフォローした。
二人が教室に入ると、当然のように剛史が近づいてきた。
「ヒューヒュー、お二人さん熱いねーー!」
「だから違うって!」
カヲルはそう否定するが、顔は真っ赤になっている。
「まんざらでもないのかよ!」
「だーーかーーらーー!」
カヲルの顔はさらに赤くなる。
「カヲルくん、顔赤いよ? どうしたの?」
瑠璃は心配そうに訊いた。
「まさか気付いていないとは……」
剛史は天然な瑠璃に呆れたようにため息をついた。
「た、剛史くんもどうしたの?」
そんな天然な瑠璃は剛史のことも心配するのであった。
昼休みになり、カヲルは剛史を屋上へと誘った。
「なあ……、ちょっと話があるんだけどさ……」
カヲルの真剣な表情に剛史は内心ドキッとした。
「ま、まさか、愛の告白!?」
「んなわけねえだろ、気色悪いよ! ちょっと気になることがあるんだよ……」
否定するカヲルに剛史はホッとした。
「もしかして俺がいつもやってるトレーニング法についてか?」
「興味ねえし」
「じゃあ、おススメのプロテインとか……」
「真面目に話聞いてくれるーー?」
カヲルは思わず声を上げた。
「あはは、悪い悪い! で、話っていうのは?」
「今日の瑠璃の髪型なんだけどさ、あれってなんて名前だっけ?」
「はあ? 水田の髪型? んーーと、あれだよ……、二つ分けにした……ほら……えと……」
「……要するに分からないわけだな……」
「すまん……、どうやら俺じゃ力になれないようだ……」
「いや……、なんか変な感じになっちまったし、こっちこそごめん……。 なんか気になっちまって……」
「ははは、分かる分かる! あるよなーー、そういうの!」
カヲルと剛史はそのままそこで昼食を食べはじめた。
********
「どこにいるの、カヲル!?」
薄暗い空間をひたすらに走る一匹の喋る猫。
シャーリーが契約を交わした相手の名前を叫んでいた。
「カヲル! 返事をして、カヲル!」
シャーリーは当てもなく彷徨っていた。
時は遡り、一日前。
「ん……、うーーん……」
シャーリーは目を覚ました。
「むにゃむにゃ……」
シャーリーは寝ぼけまなこでそこら辺を歩き回る。
「……カーーヲーールーー?」
と、隣で一緒に寝ていたはずのカヲルの姿がそこにはなかった。
「もう起きてるのーー? カーーヲーールーー?」
しかし、当の本人の返事はない。
「……!」
ここでようやくシャーリーは自分がカヲルの部屋にはいないことに気付いた。
「こ、ここは!?」
シャーリーがいたのは何もない薄暗い空間だった。
「私は、カヲルの部屋で寝てたはず……。 ま、まさか……!」
シャーリーは自身の感覚を研ぎ澄ませた。
「……うーーん、この空間のせいかもしれないけど波長が乱れてる……。 でも、恐らくこれはナイトメアの気配……」
シャーリーはさらに感覚を研ぎ澄ませたが、それ以上のことは分からなかった。
「とにかく、カヲルの居場所を見つけなきゃ!」
シャーリーはカヲルを探すために駆け出した。
そして、時は戻り、現在。
「はあ……はあ……はあ……はあ……」
シャーリーは走り疲れ息を切らしていた。
「この空間、どこまで走っても先がないわ……」
思わずその場に膝から崩れ落ちてしまった。
「いくら魔力で守られているといってもここら辺が限界なのね……」
シャーリーは体力の限界からかつい眠りに落ちてしまった。
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三度、ランガルド公国。
《ふッ、これで奴らに我々の計画を邪魔することなどできまい。 はーーはっはっは!》
キリンのナイトメアは高らかに笑った。
《はい……》
少女は小さい声で答えた。
手元の水晶玉にはある光景が映し出されていた。
暗闇のなかで眠りについているカヲルとシャーリーの姿が。
<次回へつづく>