Chapter-3
ランガルド公国は、人間世界とは別の次元に存在する国だ。
その国の地下空間に、多くのナイトメアが集まるアジトがあった。
その大きさは香川県がまるごと入ってしまうほどの大きさだ。
《人間世界に侵攻した同志からの報告はまだか?》
と、キリンに似た顔のナイトメアが牛に似た顔のナイトメアに訊いた。
《いえ、まだ入ってきておりません》
《一体何をやっているというのだ? 早急に連絡をしろ》
《それが……、先ほどから連絡をしているのですが、まったく繋がらないのです》
《なんだと!?》
キリンのナイトメアは声を上げた。
牛のナイトメアは思わず震えあがる。
《で、では……、誰かを向かわせましょうか?》
《…………そうだな。 では、パンテーラを至急向かわせろ!》
《承知いたしました……》
牛のナイトメアはどこかへ走って行った。
《何かある……。 これまでにはなかった何かが……》
キリンのナイトメアはふとそう思った。
********
カヲルの家。
「……ナイトメアっていうのは、どんな奴らなんだ?」
カヲルはシャーリーに訊いた。
「ナイトメアっていうのは、前にも話したと思うけど魔法を悪用する奴らよ。簡単に言えば、魔法によってその土地の人の意思を操ることで、その人たちを支配・使役するの。 その力でならどんな軍隊だって奴らの思うがままに操ることができるわ」
「なんか、ヤバい奴らだな……」
「そのために魔法少女がいるのよ」
「なんか、責任重大だな……」
「でも、大丈夫。 あなたならきっとできるわ!」
「その自信はどこから……」
カヲルは小声で言った。
「お兄ちゃん? 開けてもいい?」
と、誰かが部屋の扉をノックした。
「ああ、いいぞ」
カヲルは声の主に促した。
と、静かに扉が開いた。
声の主はカヲルの妹のヒナタだ。
「お兄ちゃん、手伝ってほしいんだけど……」
「どうした?」
「これなんだけど……」
と、ヒナタが手に持っていたものを見せた。
それはお姫様の姿を模した人形であった。
ヒナタは通っている中学校で演劇部に入っており、そこで培われた演技力を活かした人形劇を毎月近所の幼稚園で披露しているのである。
「人形がどうかしたのか?」
「ティアラがうまくできなくて……」
よく見ると、普通だったら頭部につけられているであろうものがなかった。
「そっか……。 分かった、作ってやるよ!」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
そう言うと、ヒナタは人形をカヲルに預け部屋を出た。
「ぷはああああ、喋らないのってけっこう大変ね!」
シャーリーが大きく息を吐き出しながら言った。
「まあ、猫が人の言葉を話し出したら誰だって驚くからな……」
カヲルが言うと、シャーリーは「それもそうね」と納得した。
********
次の日。
「起きて、カヲル! 学校に遅刻するわよ!」
カヲルの朝はシャーリーの声ではじまった。
「ん……、いや、土曜だから……」
「え!? 土曜日は学校はないの!?」
シャーリーは仰天した。
「ねえよ……。 ちなみに明日もない……」
「日曜日もないの!?」
シャーリーはさらに仰天した。
「そんな毎日毎日行ってられねえよ……」
眠気を覚ますために、カヲルは顔を洗いに洗面所へ向かった。
「そ、それもそうね……。 休みは必要だものね」
「そうだよ……」
顔を洗い終わると、カヲルは昨日妹から預かった人形と裁縫箱を持ち出した。
「さてと……」
「その人形を仕上げるのね?」
「ああ……。 一応、手先には自信あるしな」
そう言うと、カヲルは裁縫箱の中から裁縫道具を取り出した。
「あら? 裁縫なんてできるの? 私が手伝ってあげようかしら?」
「猫に裁縫ができるかよ!」
「ふっふっふ、これを見なさい」
と、シャーリーが何かを呟いた。
すると、シャーリーの体が輝きだし、気付けば一人の少女がそこにいた。
「……! だ、誰だッ!?」
カヲルは目の前で起こったことに驚愕した。
「もう! 散々目の前でいろんなことが起こってきたっていうのに、こんなことで驚かないの! 私よ、私! シャーリーよ!」
少女は少し不機嫌ぎみに言った。
「ひ、人の姿にもなれんのかよ……。 なんでもありだな……」
「それが魔法っていうもんじゃないの?」
少女の姿になって伸びた黒の長髪をかき上げながらシャーリーは言った。
「ってことは、リアも人の姿になれんのか?」
「ええ、もちろん」
シャーリーは得意げに言った。
「……で、私も裁縫手伝おうっか?」
シャーリーは身を乗り出して提案した。
急に身を乗り出したために、たくましく成長した胸元が大きく揺れる。
カヲルはその光景を見て反射的に目を背けた。
「い、いや……! お、俺一人でや、やるから、だ、大丈夫だ!」
カヲルは明らかに動揺している。
だが、年頃の男子ならば仕方のないことだ。
「そう? せっかく手伝ってあげようと思ったのに、残念だわ……」
「と、とにかく元の姿に戻らないか? ヒナタが来たら大変だ」
「それもそうね」
そう言うと、シャーリーは少女の姿から元の猫の姿に戻った。
「ふう……」
思わずカヲルは息を大きく吐き出した。
「カヲル、どうしたの?」
「な、なんでもないッ!!」
カヲルは気を取り直して人形につけるティアラ作りをはじめた。
********
同時刻。
とあるビルの屋上。
その給水塔付近に何者かがいた。
《ここが人間世界か。 実に騒々しい場所のようだ》
何者かは屋上から見える町並みを見てそう言った。
《しかし、それだけ掃除のしがいがあるというものだ》
そう言うと、何者かはふいにビルの屋上から飛び降りた。
下には誰もいなかったため、何者かはその様子を見られることなく着地した。
と同時に犬へと姿を変えた。
《さて、誰の体を借りようか……》
人の言葉を話す犬はそのままどこかへ走り去って行った。
********
「よし、できた!」
カヲルは三十分かけてティアラを完成させた。
「お疲れ様!」
シャーリーはカヲルを労った。
「あとはこれをヒナタに渡すだけだ」
「ヒナタちゃんならさっき出掛けて行ったわよ」
「それ、本当か? どこに行くって言ってたんだ?」
「確か……、友達の家に行くって、そう言ってたわ」
「そうか! すぐ行ってくる!」
「どの家か分かるの?」
「見当はつく!」
カヲルは家を飛び出した。
カヲルが向かったのは櫻庭チナミという子の家だった。
チナミはヒナタのたった一人の親友であった。
ヒナタが友達の家に行くといえばここへ来るとしか考えられなかった。
「ヒナタちゃん、やめて!」
と、カヲルは聞き馴染みのある声を聞いた。
それは紛れもなくチナミの声だった。
が、どうも様子がおかしい。
「チナミちゃん、どうしたんだ!?」
カヲルが訊くと、チナミが二階にある自分の部屋から顔を出した。
「ヒナタちゃんが! ヒナタちゃんの様子がおかしいの!」
「……! ヒナタがどうかしたのか!?」
「それが……! きゃあッ!!」
と、部屋の奥から誰かが出てきてチナミに襲いかかった。
「ひ、ヒナタ!?」
カヲルはその姿を見て思わず叫んだ。
ヒナタがチナミを窓から突き落とそうとしているのである。
「やめろ、ヒナタ!」
が、その声は届いていないのか、ヒナタはやめようとはしない。
「……ぐ、く、苦しいよ、ヒナタ……ちゃん……。 やめ……て……!」
「ツインテイルはどこにいる!」
「……!」
その言葉を聞いてカヲルは気付いた。
「まさか……、ナイトメア……!」
「ほお……」
と、ヒナタが五メートルはあるであろう部屋の二階から飛び降り、常人では考えられないほどの身のこなしで着地する。
「まさか、俺の正体に気付くとはな」
「お前が探しているツインテイルは、この俺のことだッ!」
「何?」
「キラキラ! ツインテイル・メタモルフォーゼ!」
カヲルはツインテイルに変身した。
「なるほど……。 貴様が俺たちの計画の邪魔をしているというツインテイルか。 では……」
そう言うと、ヒナタの姿を借りていた者がその正体を現した。
顔はヒョウに似たものに変わった。
腕や足は太くなり、それぞれ鋭い爪が生える。
ヒナタの姿を借りていた者はヒョウの怪物へと姿を変えた。
《この俺が、貴様を葬り去ってやる》
「よくも、ヒナタを……。 絶対に許さないッ!! 剣よ、出てきて!」
ツインテイルはいつものように剣を出現させる。
剣を手にすると、そのままナイトメアめがけ駆け出した。
「はああああああああ!」
《闇雲に向かってきても無駄だ》
そう言うと、ナイトメアは手を前に出す。
すると、手の上に何かが出現した。
「……!」
それはごく普通の人形だった。
が、目や口がなければ服も着ていない地味な人形だ。
《はッ!》
ナイトメアは人形に魔力を込めた。
すると、人形が勝手に動きはじめた。
「なッ……!」
《貴様の相手など、この人形で十分だ。 やれ》
ナイトメアが命令すると、人形がツインテイルのもとへと駆け出した。
「に、人形なんかにやられるわけないでしょ!」
ツインテイルは剣を構えた。
《それはどうかな?》
ナイトメアが指を鳴らすと、人形の見た目が見る見るうちに変化をはじめた。
まず、手の平ほどだったサイズが普通の人間ほどまでに大きくなった。
胸部はどんどんと膨らみはじめて豊満な胸を形作る。
頭部からは髪が伸びはじめツインテールになった。色も金色に染まる。
体にはドレスのような服が形成された。
下半身はバルーンスカートを形作る。
足元は白ソックスが膝辺りまで伸び、赤いトゥーシューズも形成された。
最後にドレスとスカートにそれぞれリボンが付いて変化は終わった。
「こ、これは!」
ツインテイルはその姿を見て驚いた。
見覚えのあるその姿。
人形はツインテイルの姿に変わったのである。
「わ、私!?」
《その通り。 俺の魔法が込められたこの人形はターゲットをコピーすることができるのだ》
「でも、見た目だけ変わっても意味ないわッ!」
ツインテイルは人形に向けて剣を振りかざした。
《コピーできるのは見た目だけではない》
と、人形が両手を前にかざした。
『剣よ、出てきて』
すると、ツインテイルがいつもやっているように人形は剣を出現させた。
そして、その剣でツインテイルが振り下ろした剣の動きを止めた。
「な……!」
ツインテイルは思わず後ずさった。
「魔法までコピーしたっていうの!?」
《その通り、何から何まで貴様そのものだ! さあ、やれ!》
ナイトメアがさらに命令すると、人形は攻撃に転じた。
ものすごいスピードの剣さばきでツインテイルを圧倒する。
「く……、う、受けきれない! ああッ!」
と、ツインテイルは攻撃を受けきれずに衝撃をもろに受けた。
「う……!」
《はっはっは、どうした? 人形なんかにはやられないんじゃなかったのか?》
「く……!」
《さて、そろそろ仕上げだ。 実にあっけなかったが、なかなかおもしろかったぞ》
そう言うと、ナイトメアは再び手を前にかざした。
と、ナイトメアの手が輝きだす。
《最後はこの俺が仕留めてやる。 ありがたく思うんだな。 ハッハッハッハッハ》
ナイトメアは思わず高笑いをした。
「ちょっと! そこで負けるなんて言わないでしょうね?」
と、高らかな声がその場に響き渡った。
「……!」
ツインテイルは思わず顔を上げた。
空に浮かぶ謎の人物の姿を捉える。
《だ、誰だッ!?》
攻撃を邪魔されたナイトメアは吠えた。
「あたし? あたしの名前が知りたいの? だったら教えてあげる! あたしは古より語り継がれる伝説の戦士、単髪の魔法少女ポニーテイルよ!」
彼女が名乗り終えると、どういうわけか彼女のまわりでド派手に花びらが舞った。
《単髪の魔法少女ポニーテイルだと!?》
「ナイトメア、あなたの悪事もここまでよ!」
《黙れ! 貴様らに俺たちの計画が砕けるか! やれ!》
ナイトメアの命令で人形がポニーテイルめがけ攻撃を仕掛けた。
「その程度の攻撃、私には通じないわ」
《口から出まかせをッ!!》
「出まかせなんかじゃない」
そう言うと、ポニーテイルは魔法で銃を取り出した。
「発射!」
銃口より勢いよく放たれた一発の銃弾が的確に人形に命中する。
人形は地面に倒れたあとそのまま動かなくなった。
《な、なんだとッ!?》
「次はあなた……」
ポニーテイルは次にナイトメアに銃口を向ける。
《ひ、ひい! た、頼む! 殺さないでくれッ!》
「もう遅い……」
ポニーテイルが引き金を引くと、放たれた銃弾がナイトメアの頭部を吹き飛ばした。
「……!」
ツインテイルは目の前で繰り広げられる光景をただ見ることしかできなかった。
「大丈夫?」
と、ポニーテイルがツインテイルのもとに近づいてきた。
「あ……、だ、大丈夫……」
「それはよかった!」
ポニーテイルがニコッとほほ笑む。
「え、えと……、あなたは一体……?」
「だーーかーーらーー! さっきも言ったでしょ? 単髪の魔法少女ポニーテイルだって」
「な、仲間?」
「強いて言えばね」
「え、えと……」
ツインテイルの頭の中はまさにパニック状態だった。
「もしかして……、シャーリーとリアから聞いてないの!?」
「えと……、まったく……」
「まったくもう! 肝心なところ抜けてるのよね、あの二匹は」
「……って、あの二匹と知り合いなんですか?」
「知り合いも何も、私はリアと契約を交わしたのよ」
「ええええええ!?」
ツインテイルは仰天した。
「当たり前でしょ? 魔法少女になるためには使い魔と契約する必要があるの。 マギレイシアの使い魔はあの二匹しか生き残っていない。 これで分かったでしょ?」
ポニーテイルは得意げに笑みを浮かべた。
その話を聞いてもツインテイルは驚きを隠せないままだった。
「なんで説明してくれなかったんだよ!」
カヲルはシャーリーを問いただした。
「ごめんってば、忘れてただけよ」
シャーリーは言ってなかったことを謝った。
「でもまあ、仲間がいてくれるのは心強いな」
「でしょ? これで鬼に金棒ね!」
「……ほんとに、シャーリーっていい加減なのな……」
カヲルは呆れながら小声で言った。
********
再び、ランガルド公国。
《何ッ!? パンテーラからの連絡も途絶えただと!?》
キリンのナイトメアが牛のナイトメアに訊いた。
《はい……。 しかし、彼は重要な情報を手に入れたそうです》
《重要な情報、だと?》
《ええ……。 それによると、我々の計画の邪魔をする存在が現れているそうです》
《なんだと?》
キリンのナイトメアが目を大きく開いた。
《なんでも、双髪の魔法少女だとか……》
《双髪の……魔法少女……か……。 何はともあれ、これ以上我々の計画の邪魔をさせるわけにはいかん。 奴を目覚めさせろ》
《や、奴と言いますと……?》
牛のナイトメアの問いにキリンのナイトメアは不気味な笑みを浮かべた。
《ランガルドの眠れる獅子だよ……》
<次回へつづく>