第9話
「社長……失礼いたします」
リアナさんはそう、一つだけ断ってから──俺を優しく抱擁してきた。
──はへ?
「なっ、ななっ、何、をっ……!」
俺は動転する。
ソファーに座っていた俺は、その顔から頭を、彼女の胸と両腕とで優しく包まれている。
メイド服の布地を押し上げる豊満な胸が目の前にあって、女性らしい柔らかな匂いがふわっと、俺の鼻腔を刺激してくる。
「……社長は、少し人が良すぎます」
リアナさんは俺の混乱をよそに、そんなことを言ってきた。
「私は先代から、社長のことを頼まれました。社長には経営者として、もう少し功利的になっていただかないと、心配です……」
リアナさんはそう言って、さらにしっかりと、俺を自分の胸元へと抱き寄せる。
──あ、ああ、なるほどね。
リアナさん的には、俺っていうのは先代から任された守るべき存在で、まだ子ども扱いなんだな。
それに、この世界の俺──アーヴィンという十五歳の少年の容姿は、金髪碧眼の美少年でイイトコの坊ちゃまといった雰囲気なのだから、リアナさんからすればこういう抱擁も、まだそう違和感はないのかもしれないが……。
いやでも、十五歳の男子相手としても、どうなんだこれは?
「だ、だけど、要は赤字にならなきゃいいんだろ。銀貨13枚あるんだから、リアナさんに銀貨6枚渡したって、赤字にはならない」
俺はリアナさんをやんわりと押しのけつつ、反論する。
きっと今の俺の顔は、真っ赤だ。
「……ですが社長、ご自身の給料のことは、計算に入れておられますか?」
俺を解放したリアナさんの、再反論。
うっ……俺の給料か、そう言えば考えてなかった。
確かに、俺も冒険者として働いているんだし、社長としてそれ以上のことも考えている。
少なくとも、最低ランクの賃金よりは幾分か上の給料ぐらいは貰わないと、釣り合いが取れない気がする。
いやいや、だとしてもだ。
「俺の給料なんてどうでもいい。それに、銀貨13枚から6枚を渡したって、まだ7枚残る。リアナさんより多い。新米社長としては十分すぎる額だ」
俺はムキになって反論する。
もう我ながら、子どもが親に反発するみたいな構図になっている気がするが、気持ち的に止められないのだからしょうがない。
そしてリアナさんはというと、その俺の反論に対して、至って冷静なツッコミを入れてくる。
「社長、その銀貨7枚、そのまま社長の懐には入りませんよ。所得に掛かる税金は、役所で討伐報酬などを渡される際にすでに天引きされておりますが、冒険者カンパニーの経営には、ほかにもいくつかの経費がかかります。そのあたりは週単位での計算をするのが一般的なので、日単位での具体的な数字を提示することは難しいのですが……」
ぬぐぐ……くそっ、リアナさんの方が持っている情報量が上なもんだから、どうしても言い負かされるな。
……にしてもこの人、どうして大人しく給料貰ってくれねぇかな。
リアナさんにとっては得するだけなんだから、素直に貰っておけばいいものを。
──と、そこまで考えて気付く。
……はぁっ。
それを言うなら、俺も一緒か。
銀貨1枚でいいって言ってくれてるんだから、その好意に素直に甘えておけばいいものを。
「……分かったよ。でも経費云々に関しては、俺まだ分かんないから、その辺がはっきりしてからまた考えるってことで。それまでは、リアナさんの日当は銀貨1枚ってことで、ありがたく保留させてもらう」
「そうですね、今週の収支がすべて出揃いましたら、週あたりの経費についても改めてお話いたしましょう」
とまあ、そんなあたりで、ひとまずは話の折り合いを付けておくことにした。
リアナさんめ、週末には吠え面かかせてやるから覚えてろよ!
──しかし、それにしても、だ。
「……お互い強情だな、俺たち」
「そうかもしれません」
俺とリアナさんはそう言って、くすくすと笑い合った。