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第4話

 満を持して始まった戦闘だったが、その内容はというと、これはまったく一方的なものとなった。


 コボルト三体と、エフィル一人の対決。

 数の上で見ればエフィルの方が不利なのだが、個体の戦力差がこれだけあると、数の差なんてほとんど意味がないよなぁと思えるような内容で──つまりは、エフィルという少女一人が、コボルトの群れを圧倒していたのだ。


 コボルトの牙や武器による攻撃のほとんどは、あるいは盾に阻まれ、あるいは少女の全身を守るプレートアーマーを貫通できず、エフィルの体を傷付けるには至らない。

 一度だけ、装甲の薄い部分に攻撃が食い込んで、少女にわずかな苦悶の表情を浮かべさせたが、それも有効打と言うには程遠い、かすり傷程度のものでしかない。


 一方で、エフィルの槍による攻撃は、その一突きごとに、確実に一体のコボルトの体を深々と貫き、その命を奪っていった。

 だから、エフィルが三度目の槍を振るったときには、勝負は決していた。


「ふうっ……ま、こんなもんかな」


 エフィルは振り返り、満面の笑顔でVサイン。

 言動とか色々鼻につくけど、可愛いは可愛いんだよなぁ……。




 その後の洞窟探索も、エフィル一人でだいたい片が付いた。

 ゴブリンが出ようが、ジャイアントラットが出ようが、基本的に彼女が無双して、蹴散らしてくれる。

 もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな、と思ったぐらいだ。


 ちなみに、「実は敵がめちゃくちゃ弱いだけなんじゃね?」と思って、一度エフィルに下がっててもらって、俺自身が戦ってみたりもしたのだが。

 コボルト三体を相手にして、勝つには勝てたのだが、俺はその一戦でだけであっという間に重傷を負ってしまった。

 そして戦闘後には青くなって駆け寄ってきたティアラから、一日六回しか使えない貴重なヒーリングの魔法をかけてもらう羽目になってしまった。


 そんなわけで、エフィルが最初に言っていた「ボク一人で相手した方が、被害が少なくて済む」という意味が、だいぶ分かってしまった。

 俺の戦闘能力でもエフィルの横に並んで戦えないこともないが、それよりは彼女一人で前に立ってもらって、俺は後ろでカンカンと攻撃を弾きながら無双する彼女を眺めていた方が、確かに被害は少なくて済む。

 パーティにエフィルがいる以上は、俺が出しゃばることは、無駄に被害を拡大することにしかならないということだ。


 なお、モンスターを倒すと『経験値』が手に入って、将来のレベルアップのための糧になるのだが、これもパーティ登録さえしておけば、パーティ内の誰が戦って、誰がモンスターにトドメを刺しても、パーティ全員で均一に分配されることになっているらしい。

 この点でもやはり、俺が自分の体を動かす必要性は、さらさらなかったりする。


「──よし。これでダンジョン踏破だね」


 エフィルが、洞窟の最奥に溜まっていた水を水袋に汲み上げて、俺に渡してくる。

 この水が『初心者の洞窟』の目玉となるトレジャーで、希少なポーションの素材として、高く売れるのだとか。

 ちなみにこれは、汲んでから一日ほどで、この場所にまた溜まるとのこと。


「それじゃ、今日の探索はこれで終わりでいいかな、社長?」


 そのエフィルの問いに、俺は頷く。

 ここまで十数回のモンスターとの遭遇があったが、そのどれも、エフィルが蹴散らして終わっただけだった。

 エフィルは戦闘ごとに多少の傷は負っていったが、結局ここまで、ティアラのヒーリングが必要なほどの怪我はしていない。


 どうにもダンジョンの難易度と保有戦力とがアンマッチした感じだが、まあまあ、何となくの雰囲気は掴めたし、よしとしよう。

 最初から安全マージンを高く取るつもりだったんだし、おおよそ計画通りの結果とも言える。

 あとは、街に帰って収穫物を売り払って、清算をするのみだ。




 洞窟に向かったときと同様、やはり三時間ほどをかけて歩き、街まで帰ってくる。

 その頃にはもうすっかり日は落ちて、視界の色彩が黒と青とで構成されるようになってきていた。

 俺たちは店じまいをする露天商たちを脇目にしながら、役所の灯りを目指して歩いてゆく。


 役所には、冒険者窓口と呼ばれるコーナーがある。

 冒険者カンパニーは、その日の仕事の成果を、この窓口で「買い取って」もらう。


 買い取ってもらうものとしてまず挙げられるのが、モンスターの討伐証明だ。

 この国では、定期的に退治して回らないといけないモンスターの除去を、主に冒険者に一任している。

 冒険者には、モンスター掃除人スイーパーとしての役割があるのだ。


 モンスターを倒したカンパニーは、その証明として、モンスターの体の一部を切り取って、役所の冒険者窓口まで持ってくる。

 モンスターそれぞれに討伐証明部位は決められていて、例えばコボルトなら尻尾、ゴブリンなら両耳、といった具合だ。

 そして、役所の冒険者窓口ではその討伐証明部位を受け取り、代金を支払う仕組みとなっている。


 また、買い取ってもらうもののもう一つ大きなものが、『初心者の洞窟』の最奥で汲んできた水のような、トレジャーの類だ。

 これは何らかの希少なアイテムの素材になることが多く、当然ながら高値で買い取ってもらえる。


 これらを換金し、うちの会社が今日獲得した収入は、こんな感じになった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ●討伐証明

 コボルト×12……銀貨6枚

 ゴブリン×6……銀貨4.5枚

 ジャイアントラット×6……銀貨4.5枚

 殺人コウモリ×5……銀貨5枚


 ●トレジャー

 『初心者の洞窟』の水……銀貨10枚



 以上の合計額……銀貨30枚


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 これが、今回のダンジョン探索による収穫の、すべてである。




 ……さて、お気づきいただけただろうか。


 今日の収入の合計額が、銀貨30枚。

 エフィルに支払う賃金が、銀貨24枚。

 ティアラに支払う賃金が、銀貨6枚。


 結果、綺麗さっぱり、収支ゼロである。


 ただ、これを額面通りに、収支ゼロと解釈するわけにもいかない。

 会社付きメイドのリアナさんの給料だって支払わなければならないし、その他にも、冒険者カンパニーの経営には、さまざまな経費が掛かるらしいし。

 そういうことも考えれば、実質的には、大幅な赤字だと考えられる。


『正直あまりお勧めはできませんが……場合によっては両方雇うというのも、一つの手ですね』

『何事も経験という側面もございます。その程度の失敗を許容できるくらいには、カンパニーの資金ストックは残っておりますので──』


 あのときリアナさんの言っていたことの意味が、ようやく実感できた。

 なるほど、これは失敗だ。

 そして実際に失敗してみないと、分かりにくいものでもある。


 まあでも、両方雇ったことの問題というよりは、エフィルを雇ったことに問題がある気がする。

 エフィルの賃金、銀貨24枚──これがあまりにも、コストとして高すぎる。

 『初心者の洞窟』の収入では、エフィルを運用するのは無理がある。


 ちなみに、その辺のことをエフィルに聞いてみたところ、


「自分の賃金を高いと思わないかって? んー、ボクの実力からしたら、妥当だと思うけどな。よく分かんないけど、社長って儲かるんでしょ? あんまりケチケチしたことばっか言ってると、嫌われるよ」


 とか言われて、一瞬ブチっていきそうになった。

 堪えたけど。


 まあ何にせよ言えるのは、エフィルほどの冒険者でも、自分の賃金がどういう額であるのか、自分を雇う会社の金回りがどうなっているのかには、とんと興味がないらしいということだった。


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