第25話
翌日。
最初にエフィルを復活させてもらうと、俺は彼女に、謝罪とともに、あの日の賃金である銀貨24枚を支払った。
エフィルはその銀貨を受け取ると、バツが悪そうな顔で、こう言った。
「……ボクも悪かったよ。ボクに見えてないモノがあるって言われて、頭に血が上ってた。プレジデントプレートの情報は見てるんだから分かってるはずだなんて考えずに、ボクが危惧してた可能性を、もっとちゃんと説明するべきだったと思う。それにそこまでの、ボクのリソース配分の判断も間違ってた。──だから、その……ごめん」
そして、エフィルとはそれっきりで、別れてしまった。
そうして、それから三日後──全員分の蘇生が完了した日。
俺はロナ、ティアラ、ミィルの三人を、社屋の社長室に呼んで、謝罪した。
「謝って済む問題ではないかもしれないけど、今の俺には、これしかできない。本当にごめんなさい。俺のせいで……」
それ以上は、言葉が出なくなってしまった。
こんなときに泣くっていうのは卑怯だと思うのだが、感情が溢れ出て、止められなくなってしまったのだ。
「……社長、……アーヴィンのせいだけじゃない。……私があのとき、エフィルを止めてなかったら、彼女は社長を説得できる意見を、提示していたかもしれない」
ミィルが自分の見解を言う。
あんな惨たらしい死を受けてなお、彼女は俺を恨むことも、責めることもしないかった。
「……ああなっちまったのは、あたしのせいでもある。肝心な時にあんな雑魚を始末できねぇで、何のためのアタッカーだよ。あたしがあそこできっちり一体でも仕留めてれば、あんな風に総崩れは、しなかっただろうによ……ちくしょう!」
ロナは腹立たしげに、社屋の床を蹴りつける。
「私も、あのときに、アーヴィンくんが傷つけたヤツを、しっかり狙って落としていればよかったんです。そうすれば……」
ティアラすらも、自分に責任を感じていた。
そんなもの、わずかな可能性の一つでしかないだろうに……。
何だか全員で反省会をするような流れになってしまったが、そんな話をしたかったわけじゃない。
俺は半ば強引に、話を切り替える。
「それで……みんなとは一年間での雇用契約を結んだばかりだったけど、これでもう、うちの会社は資本金不足で、存続ができなくなってしまった。申し訳ないけど、雇用契約は事実上、維持できない。みんなには明日から、別の働き口を探してほしい」
俺はそう言って、再び三人に頭を下げる。
だけど彼女らは、この話は寝耳に水だったようで、
「はっ……? ……え、嘘だろ? アーヴィン、お前、社長やめちゃうのか?」
「そ、そんなあっ! ダメですよアーヴィンくん! そんなの嫌です! ──あのっ、私の賃金少なくていいから、もっと社長続けましょうよ!」
「……私も、賃金は多くなくていい」
「あたしだってそうだよ。そんなことはいいから、社長続けようぜ……な?」
彼女らは思い思いの言葉で、口々に俺の社長存続を希望してくる。
だけど俺は、首を横に振る。
彼女らは分かっていない。
そういう問題じゃなく、冒険者カンパニーとしての活動そのものが、許可されないのだ。
その後も彼女らと幾ばくかのやり取りをしたが、どれだけ言っても俺が首を横に振るばかりなのを見て、彼女らもやがては諦めて、退出していった。
一人になった俺は、社長室のソファーに座り、脱力する。
そして、ぼんやりと天井を見ながら、考える。
……これからどうしよう。
社長を辞めても、10レベルファイターとしての俺の体は残っているんだから、普通に雇われ冒険者をして暮らそうか。
……でもなー。
そうやって、ただ普通に生きるためだけの仕事をして、俺はこれから、何のために生きて行くんだろう……。
そんなことを考えていたら、社長室の扉が開き、リアナさんが一礼をしてから入室してきた。
……もう社長じゃないんだから、そんなに礼を尽くさなくてもいいのにな。
「ロナさんたちから聞きました。社長をやめるおつもりだそうですね」
リアナさんの口から、不可解な言葉が発せられた。
社長をやめるおつもりって……ロナたちならともかく、会社経営に詳しいリアナさんなら、存続が不可能なことは分かっているだろうに。
「やめるおつもりも何も、それしかないだろ。俺だって、社長続けられるなら、続けたいよ」
我ながら子どもじみた、ふて腐れた言葉だなと思う。
リアナさん相手だと、何か子どもでいていい気がしてしまう。
でも、リアナさんはさらに、よく分からない言葉を投げかけてくる。
「それでしたら、また社長を始めれば良いではありませんか」
これには俺も、さすがに苛立ちを隠せなくなる。
俺はソファーから立ち上がり、執務机にバンッと両手をついて、リアナさんに向かって叫んだ。
「だから! そんなの無理だろ!」
「いいえ、無理ではありません」
「どうやって! 銀貨3,000枚なんて大金、どうやったって調達できないだろ!」
「いいえ、できなくはありません」
何なんだ……何なんだよこの人。
一体さっきから、何が言いたいんだ。
「さっきからリアナさんの言ってることが分かんないんだよ! だったら俺に、どうしろって言うんだよ……!」
「私には、社長にそうしろと指示する権利は、ございません。そもそも、社長ご自身の意志で為さなければ、それを成し遂げることは、叶わないでしょう」
「……もう、謎かけはいいよ。俺はどうしたら、銀貨3,000枚を調達できるんだよ」
「ですから、社長自ら、銀貨3,000枚を、調達すればいいのです」
「だから、どうやって」
分からない、分からない、分からない。
リアナさんの言いたいことが、彼女が俺に何を示唆しているのか。
だけど、その俺の思考の堰は、彼女の次の言葉で切って落とされる。
「どうやって、という手段に関しては、いくつか考えられますが、お勧めできる方法と言えば──普通に、地道にです」
狭まっていた思考が、開けてゆく。
「……普通に、地道に……?」
俺はそれでようやく、リアナさんが何を言いたかったのかを理解したのだった。




