第24話
かくして、次の戦闘で遭遇したのは、バーニングイーグルが四体とラヴァゴーレムが一体という混成部隊だった。
「ああもうっ! だから言わないこっちゃない!」
その現れたモンスター群を見て、エフィルが一人、焦りを露わにする。
だけど俺には、彼女が何をそれほど焦っているのか分からない。
このパターンの混成部隊なら、これまでにも相手をしてきた。
今のリソース状態でも、十分に対応でき──
──えっ、まさか。
「だから何なんだよお前。このモンスター構成なら、お前がミィルを守ってさえいれば、普通に倒せるだろ」
ロナがエフィルにそう言って、ミィルのカバーに入るようにジェスチャーする。
だが、ロナのその言葉に、エフィルは絶叫を返す。
「だから──今のボクには、それができないんだよ!」
そのエフィルの叫びに、パーティの誰もが言葉を失う。
──ガードのスキル、『カバーリング』。
対象のすぐ近くに居さえすれば、対象へのあらゆる角度からの攻撃を、対象の代わりに受けることができる。
消費MPは1。
今のエフィルのMPは、0だ。
「なっ……! なんでそれを早く言わねぇんだよ!」
「社長はプレジデントプレートを見ていたんだ! その社長が、ボクの残りMPを0だと知って進むって決めたんだから、ボクには何にも言えないだろ!」
……そうだ。
俺は確かに、エフィルのMPが0であることを、プレジデントプレートの表示で確認していた。
ただ、気付けなかったのだ。
エフィルのMPが切れているということが、どういうことなのかに、考えが至らなかった。
何となく、全員のMPがもう残り少ないなというぐらいにしか、把握していなかった。
「だけど、もう言っても遅いことだ! そんなことより、少しでも早く、バーニングバードを一体でも多く倒さないと!」
エフィルはそう言いながらも、自らは単身、ラヴァゴーレムに向かって駆け出す。
──エフィルの判断は正しい。
いずれにせよ、ラヴァゴーレムだって、誰かが抑えなければならない。
そしてそれをするのに適役なのは、防御力に優れたエフィルに他ならない。
俺とロナは、慌ててバーニングイーグルの群れに向かってゆく。
だが、俺の放った渾身のダブルスラッシュは、その一撃目を回避されてしまい、返す刀の二撃目だけが命中しても、撃墜には至らない。
一方、ロナの斧による一撃も、俊敏に飛び回るバーニングイーグルの体を捉えることができずに空振ってしまう。
「──アイシクル、ジャベリン」
呪文詠唱を終えたミィルの魔法が、無傷のバーニングイーグルの一体を捉える。
太い氷の槍に貫かれたその一体は、すぐさま活動を停止して落下する。
だが残った三体のバーニングイーグルは、一目散に後衛に向かって飛んでゆく。
「──さ、させません!」
ティアラがメイスを構え、ミィルを守るように立ちふさがる。
そして、飛来する炎の鷲に向かって、メイスを振り上げ、タイミングを合わせて振り下ろす。
その一撃は、一体のバーニングイーグルに命中し、少なからぬ打撲傷を与えた。
その一体が、俺が切りつけたのと同じ個体であったなら、その一撃で撃墜していたかもしれない。
だけど、猛スピードで飛んでくる三体のバーニングイーグルの中から、俺が傷つけた一体を狙い撃ちにすることは、ティアラに可能な芸当ではなかった。
結果として、三体ともが、戦闘能力を残したままで健在してしまう。
「きゃあっ!」
ティアラには、一体のバーニングイーグルが襲い掛かった。
その炎に包まれた鋭いくちばしが、ティアラが着ているスケイルアーマーを貫き、彼女の腹部に突き刺さる。
そして一方で、残った二体のバーニングイーグルは、ミィルへと襲い掛かっていた。
ミィルは必死に、その攻撃を回避しようとするが、ままならず──
「あっ……」
それは、一瞬の出来事だった。
一体のバーニングイーグルのくちばしが、ミィルの華奢な腹部を、深々と貫き。
その直後、もう一体のくちばしが、エルフ少女の喉を貫通していた。
そのエルフの少女の体は、首から噴水のように血を噴き出し、倒れる。
そして、その眠たそうな目を開いたまま、口元から血を垂らし、動かなくなった。
……嘘、だろ……?
「──うああああああああっ!」
俺は絶叫し、剣を振り上げて、バーニングイーグルの群れに斬りかかって行った。
その光景を見てしまったら、会社の損得勘定などは、出てこなかった。
ただただ、これまでずっと一緒に冒険してきたエルフの少女が、無惨にも命を落としてしまったということしか、頭に浮かばなかった。
そして、彼女の命が失われたことの原因が、俺の判断ミスにあることを認めたくなくて、ただただがむしゃらに叫んで、剣を振るうことしかできなかった。
だが、感情任せの俺の一撃は、狙ったバーニングイーグルを捉えることができず、すんでのところでひらりと躱されてしまう。
そして残った鳥たちは、俺を無視して、今度はティアラに向かって殺到してゆく。
金髪の女性の全身が、次々と貫かれ、啄まれてゆく。
──ははっ……何だよこれ。
まるで悪夢じゃないか。
もっとも、悪い奇跡が起こったのはそこまでで、残ったバーニングバードたちはその後、俺の剣とロナの斧とで、殲滅した。
この間に、ロナとともに俺もいくつかの怪我を負ったのだが、そんなものは何とも思わなかった。
だけど、それで戦闘が終わったわけではない。
「──早く逃げて! これ以上はボクも保たない!」
巨大なラヴァゴーレムを単身で請け負っていたエフィルが、悲鳴のような声を上げる。
見ると、彼女の自慢のプレートアーマーは、ラヴァゴーレムの苛烈な攻撃を一手に引き受けていたせいで、至る所が無様にひしゃげていた。
しかも、エフィル自身はと見ると、どうやら片脚を引きずっているようだった。
ラヴァゴーレムの豪腕による一撃を、脚か腰にでも受けてしまったのだろう。
……つまりエフィルは、もう走れないってことで。
「逃げよう」じゃなくて「逃げて」って言ってるってことは、自分を見捨てて逃げろと言っているわけだ。
──冗談じゃない。
俺のせいで、ミィルとティアラの二人が、目の前で死んで。
それでなお、エフィルまで見殺しにしろと?
一瞬だけ、銀貨何千枚という金銭勘定が頭に浮かぶが、そんなものは瞬時に思考から吹き飛ぶ。
──ふざけるなよ。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな──っ!!
「──うぉぉあああああああっ!!」
俺は雄叫びを上げて、ラヴァゴーレムに切りかかってゆく。
「アーヴィン、落ち着け! ──ちっ、くそっ!」
俺の後ろから、悪態をつきながらロナがついてくるのが分かった。
そして俺の振り上げた剣が、ラヴァゴーレムの硬い体へと振るわれる……
それからのことは、よく覚えていない。
とにかく頭に血が上っていたことだけはよく覚えていて、あとは、斬っても斬っても倒れないラヴァゴーレムの硬い体に、とにかく苛立ったことも覚えている。
そして、エフィルとロナが順々に倒れてゆき、俺の体もついには限界を迎えて、崩れ落ち、意識を失ったことも。
──俺が意識を取り戻したのは、街の神殿のベッドの上だった。
知らない真っ白い天井が見えたかと思うと、次には、瞳にいっぱいに涙を浮かべたメイド服の女性の顔が視界に飛び込んでくる。
そのメイド服の女性、リアナさんは、子どものようにわんわんと泣きながら、ベッドに寝ている俺にしがみついて来る。
俺はそれで、何となく察した。
俺は、死んだのだ。
そしてパーティ全滅の憂き目に遭い、緊急救出転移魔法でこの神殿に飛ばされ。
そして、蘇生魔法で復活してもらったのだろう。
一通り泣いて落ち着いたリアナさんに話を聞くと、一緒に緊急救出転移魔法で飛ばされてきた残る四人の死体は、今も安置所に保管されていて、復活魔法の順番待ちをしているらしい。
復活魔法は、数十人の上位神官が一堂に集まって、一日がかりの儀式で執り行う大魔法である。
このため、一日に復活できるのは一人だけであり、一日に複数人の死者が運ばれてきた場合には、必然的に順番待ちが発生する。
──まあ、そんなことはどうでもいいか。
いずれにせよ、数日後には全員息を吹き返して、元通りの健康体として活動できるということだ。
死んだことを、お金でチャラにできる世界。
それであっても、あの光景は忘れられそうにないし、殺された本人には、あの体験がトラウマとして残ってしまうかもしれない。
金勘定だけで考えればいいというわけではないことは、忘れてはならないと思う。
だけど、それとは別軸で、金銭の問題は、莫大だ。
今回の俺の失態で、会社にいくらの損失が発生したのか。
計算はそんなに、難しくはない。
俺、ロナ、ティアラ、ミィル、エフィルの合計五人の蘇生費用。
しめて、銀貨5,000枚。
ついでに言うなら、使い捨ての緊急救出転移魔法の行使代金である、銀貨1,000枚も損失したことになるが──まあ、それはこの際、関係ないだろう。
だってもう、そんな魔法に使える資本金は、うちの会社には残っていない。
うちの会社の資本金は、五人のパーティが全滅しても蘇生代金を支払えるだけの資本金、銀貨5,000枚に、ようやく乗ったばかりだったのだ。
実際に全滅して、銀貨5,000枚を失ってしまえば、そこに活動資金なんて残るはずがない。
そして、冒険者カンパニーとして活動をするためには、最低でも銀貨3,000枚の資本金が必要になる。
うち1,000枚で緊急救出転移魔法をかけてもらい、残りの銀貨2,000枚は、死亡者を蘇生させるための保証金として必要になる。
でも実際には、銀貨3,000枚なんて大金は、会社にも俺のポケットマネーにも残っていないわけで。
それはつまり、どういうことかというと──
「事実上の、破産かぁ……」
口に出してみたら、何だか悲しくなってきた。
ベッドの上で横たわったまま、涙を流す。
俺は俺のミスで、すべてを失ってしまった。
あれだけ楽しかった日々は、もう戻って来ない。
「ははっ……俺、これからどうしたらいいんだろう……」
発する声は、震えている。
涙はとめどなく、溢れてくる。
俺はその日、神殿のベッドの上で、何度も何度も後悔した。
浅はかだった自分を、迂闊だった自分を、驕っていた自分を責めた。
いくら後悔しても、いくら自分を責めても、そんなことでは何も戻ってこないと分かっていても、そうせずにはいられなかったのだ……。




