第23話
さてそんなわけで。
俺は、ロナ、ティアラ、ミィル、エフィルという四人の雇われ冒険者を連れて、『灼熱火山』へと向かうこととなった。
役所の冒険者窓口に行って、早朝のうちにリアナさんが提出しておいてくれた『灼熱火山』探索の仮申請を、ほかのカンパニーからの重複申請がないことを確認してから本申請へと切り替え、街を出る。
街の北の市門から出て、林道を三十分ほど歩いてゆく。
そうすると、やがて木々が失われ、ごつごつとした岩石で構成された岩肌の大地へと出る。
そこでもう、火山そのものは遠くに見えるのだが、ダンジョンの入り口に辿り着くまでには、さらに二時間ほどの徒歩での進軍を要する。
で、その足場の悪い灰黒色の大地を二時間ほど歩いた頃、辺りの気温が急激に増してくると同時に、視界一面を、巨大な火山が覆うようになってくる。
それでもなお進んでいくと、ようやく火山の麓にぽっかりと開いた、洞窟の入り口へと辿り着く。
俺はその、こちらを圧倒してくるような雰囲気を持つ入り口を前にしながら、パーティメンバーたちにそれぞれ一本ずつ、『アイシィボトル』というアイテムを渡してゆく。
これは小さな瓶に入った薄水色のドリンクで、これを飲むことで一定時間、体表の周囲に薄い冷気の膜を発生させ、熱さを和らげるという効果を持つ。
一本あたり銅貨1枚で売られているアイテムで、『灼熱火山』探索の際の必需品と言われている。
「さてと……火山の中は通路も結構広いから、三人が横に並べるよ。ボクと社長、それにそこのドワーフの──キミ、名前何て言ったっけ?」
「……ロナだよ」
洞窟の入り口でさっそく仕切りに入るエフィルに、ロナが少し不機嫌そうな顔で答える。
「そっか、じゃあボクと社長とロナの三人が前衛っていう形でいいかな? 残りの二人が後衛ってことで」
「……異存はない。……でも、新入りに我が物顔で仕切られるのは、少し面白くない」
今度はミィルが、エフィルに食ってかかる。
あわわ、ヤバイなコレ……なんでこんな嫌われてるんだ、エフィル。
俺が見てないところで、彼女らの間で何かあったのか?
「あれっ、ボク歓迎されてない? 困ったなぁ。──でも、ボク思うんだけどさ。このダンジョンのことをよく知ってるのって、ボクだけだよね? それならボクの仕切りに従っておいたほうが、うまく事が運ぶと思うんだけど、どうかな」
エフィルがそう言うと、ミィルはいつもの淡々とした様子で返す。
「……だから、少し面白くないだけで、異存はないって言ってる」
「あはっ、そういうこと。でもそれなら、黙っていれば良かったんじゃないかな。そういうの、パーティの不和の原因になるよ」
「……あなたがそれを言うと、すごく滑稽」
あああああ……な、何なんだこのギスギス具合は。
……いや、究極的には仕事に支障さえ出なければいいんだけどさぁ。
できれば仲良くやってほしいなぁと思うのは、俺の贅沢な望みなんだろうか。
まあとは言え、彼女らもそれなりにプロ意識のある冒険者たちだ。
戦闘では互いに協力して──
「ああもうバカっ! 魔法はラヴァゴーレム用に取っておけって言っただろ!」
「……バカって言う方がバカ。……今あのフレイムドッグを潰さないと、社長が危なかった」
「それはボクがカバーリングで守るつもりだったんだよ! ボクのMPなんかより、キミのMPのほうが大事なんだよ!」
「……そういうことは、言ってくれないと分からない。……自分の中だけで作戦完結されても、困る」
周りでぼっこんぼっこん溶岩が沸いている中、俺たちは、広い岩盤の上でモンスターの群れと戦っているのだが。
その最中にも、相変らずぎゃーぎゃーと言い争っている、エフィルとミィルがいた。
……何かコレもう、放っとけばいい気がしてきた。
ちなみに戦っているモンスターは、大型犬のような姿で口から火を吹くという、フレイムドッグという名のモンスターだ。
最初五体いたフレイムドッグは、今は、うち一体がミィルの放った氷の槍に貫かれて腹を氷結させて絶命し、別の一体が俺とエフィルの協力攻撃で倒れ、残り三体となっている。
「だああっ、くそっ、また避けられた!」
一方、当たれば一撃必殺の威力を持つロナの斧は、今日も元気に定期的に空振りしていた。
うーん、フレイムドッグが若干素早いタイプのモンスターとはいえ、実際は五回に四回ぐらいは当ててるはずなんだが……妙に外してばっかりの印象があるのは、斧という武器の宿命なんだろうか。
「何やってんの、ロナ! キミが討ち漏らしてたら──うわっち、熱っ、熱っ!」
俺のすぐ隣のエフィルが、ロナの空振りに気を取られ、目の前のフレイムドッグが吐く炎で炙られている。
炎による攻撃は物理攻撃でないから、エフィルの防御力も形無しなんだが──ああもう、全体にぐだぐだだよ……。
とは言え、そんなコミカルな様子だったのも、最初だけの話だ。
やがてだんだんと、俺たちもエフィルも、互いの呼吸のようなものを掴んできたのか、うまいことコンビネーションを組んで戦うことができるようになっていった。
10~11レベルの俺たちと19レベルのエフィルとの差は、このぐらいの難易度のダンジョンになってくると、それほど大きなものじゃない。
個人の能力で見れば、何となくエフィルの方が総合力で勝っている印象はあるが、それよりはクラス差による個性の方が大きいとか、そのぐらいの差しかない。
だから『初心者の洞窟』でそうしていたような、あらゆる局面でエフィル頼りの戦術などは、当然ながら通用しない。
お互いの協力や協調、弱点を補い、強みを活かすといった戦術が、必要になってくる。
そしてその上で、遭遇するモンスターたちも個性派揃いの、油断できない曲者たちばかりだ。
先ほど戦っていたフレイムドッグは、比較的与しやすい相手だが、個々の戦闘能力は決して低くはない上に、群れで襲い掛かってくるのでどうしても消耗戦を余儀なくされる。
溶岩で体を構成された人型の巨体モンスターは、ラヴァゴーレムという名称。
巨躯から繰り出される攻撃の威力が恐ろしいのもさることながら、何よりの特徴はその防御の硬さで、俺、エフィル、ロナの三人がかりで総攻撃を仕掛けても、硬い岩石の体は三度も四度もしぶとく反撃を繰り出してくる。
三体以上が同時に現れたことはないが、単独でもパーティ全員で相手取らなければならないほどの強力なモンスターだ。
ただ、こいつにはミィルの氷の魔法が非常に有効で、逆に言うと、それが頼みの綱になるような相手だった。
バーニングイーグルという名のモンスターは、鷲に似た外観を持つ鳥形モンスターで、その名の通り全身に灼熱の炎を纏っている。
こいつが厄介なのは、前衛の俺たちを飛び越えて、後衛のティアラやミィルに攻撃を仕掛けてくることだ。
それなりの防具とタフネスを持つティアラはともかく、極めて防御の脆いミィルなどは二発攻撃をもらっただけでも餌食になってしまうので、エフィルが張り付いてガードしてやる必要があった。
で、そんな強敵たちと死闘を繰り広げていれば、戦力的な消耗はやはり免れない。
十回強ほどの戦闘を乗り切った俺たちの残存リソースは、このような状態になっていた。
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アーヴィン HP:368/420 MP:3/13
ロナ HP:404/512 MP:1/13
ティアラ HP:295/372 MP:5/23
ミィル HP:222/222 MP:4/24
エフィル HP:465/552 MP:0/19
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なんだかデジャブみたいなものを感じるなと思ったら、一年ほど前の、初めて『死霊の森』を探索した時の状況にそっくりであることに気付いた。
ティアラのヒーリングが一回分だけ残っていて、保険としてヒーリングポーションが何本か荷物に入っている状態。
アタッカーのMPも、少しだけど残っている。
「──エフィル、このダンジョンの最終地点までは、あとどのぐらい?」
俺のその問いに、エフィルは少し考えてから答える。
「ここまででダンジョンの踏破度は、だいたい九割ってとこだね。戦闘は起こって、あと一回か二回ぐらいだと思う。──でもボクは、ここで撤退するべきだと思うよ。死人が出るかもしれないリスクは、極力回避するべきだ」
エフィルが強い眼差しで、俺に訴えてくる。
だけど俺は、違うなと思った。
エフィルは、ガードという役割の性格上なのか分からないが、どうも慎重すぎる提案をする傾向にある気がする。
最初の『初心者の洞窟』で雇った時もそうだ。
エフィルの言う通りにエフィルを雇ったら、赤字になるしかない仕組みになっていた。
エフィルの言っていることは、一見正論なんだが、重要な情報が欠落しているために、妥当な判断になっていない。
その重要な情報とは、冒険者カンパニーの利益に関する事柄だ。
エフィルは冒険の成否しか見ておらず、その成否によってカンパニーにどういう額の利害が及ぶかを理解していない。
だから、こういう境目の判断では、バランス感覚のない、会社にとって不適切な判断をしてしまう。
そう思ったから、俺はエフィルに、そしてみんなに、こう言った。
「──いや、進もう」
だが俺のこの決定に、エフィルは噛みついてくる。
「何でだよ!? ボクの判断が間違ってるっていうの!?」
「間違ってるっていうか、エフィルには見えてないものがあるんだ。それが俺には、社長っていう立場上、見えてるっていう話」
「何だよその、ボクに見えてないものって!」
エフィルはなおも、食ってかかってくる。
だけどそのエフィルに対して、ミィルが言葉を発する。
「……エフィル、そこまで。……意見を言うのはいい。……でも、最終決定をするのは、社長の仕事」
「──っ!」
このミィルの指摘に、エフィルは言葉を失った。
ミィルの言っているのが、正論だと分かってしまったからだろう。
何だかんだでこの少女、正論には従うのだ。
それでもエフィルは、自分の気持ちをどこに向けて吐き出せばいいのか、しばらく逡巡していたようだった。
しかしやがて一つ、大きく溜め息をついて、
「……そう、分かった、従うよ。ボクが危惧している通りにはならないかもしれないし、何よりボクは、責任も不利益も負う立場にないんだからね。──だけど、この先どうなっても、ボクは知らないよ」
そう言ってエフィルは、ふて腐れながら先へと歩いて行った。
『死霊の森』のときの焼き直しというには、少し剣呑な雰囲気になってしまったが、その辺はティアラとエフィルの性格の差だろうか──
そんなことを思いながら、俺はエフィルのあとについて歩いてゆく。
そしてほかのみんなも、遅れじとついてくる。
──だけど、俺はこのとき、このエフィルの忠告を、もっと真剣に聞いておくべきだったのだ。
過去の成功体験が、俺から慎重さと注意力を奪っていたのかもしれない。
エフィルが『危惧』していたものに気付けるだけの材料が、俺には与えられていたというのに。
成功に次ぐ成功が生んだ「今回も何とかなるだろう」という楽観主義が、気付かぬうちに俺を蝕んでいたのである……。
次話から鬱展開に入ります。
苦手な方には、本作の作品キーワードの最後を、再確認してからお読みいただければと思います。