第22話
それから俺は、冒険者カンパニーの社長として、日々順調に稼ぎ続けた。
『死霊の森』での稼ぎは大きく、ミィルが休みの日は、別の冒険者を雇って挑んだりもした。
そうして俺の稼ぎは、多い時では週に銀貨100枚を軽く超えるほどになっていた。
しばらくして8レベルに上がったロナですら、週に60枚の賃金であるところ、冒険者としての実力はロナよりも幾分か劣る俺が、これだけ稼げるのである。
……え、社長なのに、その程度なのかって?
いや、こんなもんだよ。
そりゃあ社員を何十人、何百人と束ねる大会社の社長になれば話は別かもしれないけど。
でも生活費別途支払いで、週に銀貨100枚オーバーの収入ということは、日本円に直せば、年収1,000万円近い額になる。
俺みたいな小市民にとっては、万々歳な額だ。
社長業を始めてひと月もたたずにこの状態を作れたのは、かなりの僥倖と言っていい気がする。
ちなみに、そうして手に入れたお金は、ガンガン使っていった。
みんなでリゾート地へバカンスに行ったり、高級食材を使った料理店の絶品料理に舌鼓を打ったりした。
そうして失ったお金はまた稼げばいい、お金なんて使わなかったら貯まって行く一方だし──なんて思えるぐらいには、会社の経営は順調だったのだ。
「経営が軌道に乗った」というのは、こういうことを言うんだろうと思う。
ただ毎日、概ね決まりきった行動をとるだけで、そこそこ多額の安定した利益が弾き出される。
そして何より、ロナ、ティアラ、ミィルといった気心の知れた従業員たちと一緒に仕事をすることは、楽しかった。
社屋に帰ればリアナさんが食事を作って待っており、リアナさんを含めて五人で囲む食卓も、楽しかった。
ちなみに何なら、もっと別のレベルの高い冒険者を雇って、もっとランクの高いダンジョンに挑んで、もっと多額の金を稼ぐこともできたのかもしれない。
でも、俺はそれを望まなかった。
それよりも、気心の知れた従業員たちと一緒に楽しく仕事をし、楽しく生活する日々を、俺は望んでいたのだ。
だから思った。
俺はひょっとしたら、社長業には向いていないのかもしれないなと。
社長として、とにかく多額の利益を追い求め続けるならば、ただ貪欲に、金と会社の成長だけを求めるべきなのだ。
その途中で満足してしまう者には、億万長者の栄光は与えられないのである。
とは言え、俺たちも冒険者として活動し続ければ、徐々にレベルが上がり、高レベル冒険者、ベテラン冒険者の仲間入りをすることになる。
そうなれば、みんなの賃金も上げていかなければならないし、段階に応じてより高レベルのダンジョンに挑む必要性も出てくる。
でもそれは、そのときになってからでいい。
何も今すぐ無理をして、背伸びをして、上へ上へと上り詰めようとする必要はない。
今の従業員たちと一緒に、のんびりと成長して行こう。
俺はいつしか、ロナ、ティアラ、ミィルという三人との雇用契約期間を、一週間から一ヶ月、一ヶ月から三ヶ月、三ヶ月から半年というように、徐々に伸ばして行くようになった。
彼女たちに、別の冒険者カンパニーに雇われたいという意志は見えなかったが、それでも俺はとにかく、彼女たちを手放したくなかったのだ。
そして、俺が社長業を始めてから、もうすぐ一年が経とうという頃。
俺が三人の冒険者たちと、ついには一年契約を希望し、彼女たちがそれを承認してから少しが経ったときに──その事件が、起こったのである。
その頃には、俺、ティアラ、ミィルの三人が10レベルに到達していて、ロナは11レベルになっていた。
例えば、俺のステータスはというと、『死霊の森』を初めて探索した4レベルのときと比べると、こんな感じに伸びている。
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名前:アーヴィン・マクダレス
種族:人間
性別:男
クラス:ファイター
レベル:10(+6)
経験値:9130/9990
HP:420(+54)
MP:13(+2)
STR:38(+5)
VIT:40(+5)
DEX:42(+5)
AGL:33(+5)
INT:15(+2)
WIL:27(+4)
LUK:30(+4)
武器:ロングソード
盾:ラージシールド(←Lank up!)
鎧:ラメラーアーマー(←Lank up!)
ATK:204(+15)
DEF:80(+15)
HIT:127(+7)
AVO:53+10(+22)
スキル
・ソードマスタリー(Lv1)
・ダブルスラッシュ
・コンバットリフレックス(Lv1)(←New!)
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まあ、6レベル上がったところで劇的に強くなったわけじゃないのは、先刻お察しの通りなのだが。
それでも、地味にステータスが伸びて、地味なスキルを覚えて、地味に装備を更新したりして、地味に地味に、しかし、確実に成長はしていた。
で、俺たちはいい加減、実力的にも稼ぎ的にも、『死霊の森』のような準初級レベルのダンジョンでは不足してきており、より上位のダンジョンへと、足を伸ばすべき時期に来ていた。
ただ、中・上級レベルダンジョンの登竜門と呼ばれる『灼熱火山』からは、一気にダンジョンの難易度が跳ね上がると言われていて、俺たち四人では、実力的にも人数的にも厳しいんじゃないかと予想された。
だから俺は、さらにもう一人、高レベルの冒険者を雇って『灼熱火山』に向かおうと考えた。
ちなみに、冒険者カンパニーが一度に雇用できる冒険者の最大数は、カンパニーの資本金として役所に供託してある金額によって、制限がある。
資本金として銀貨2,000枚を供託してあるカンパニーは、一人の冒険者を雇って活動でき、そこから銀貨1,000枚が増えるごとに、同時に雇える人数が一人ずつ増加してゆくことになっている。
これは要するに、パーティが全滅した時に、その蘇生額を支払えるかどうかというのが、基準になっているらしい。
社長自身と被雇用者全員分の蘇生代金を支払えるだけの資本金がないなら、その人数でダンジョンに潜ってはならない、と定められているわけだ。
そして、うちの会社の資本金は、毎週銀貨20枚ずつ役所に納めている積立金によって先日ようやく銀貨5,000枚を越えたため、それによって四人目を雇うことが可能となっていた。
もっとも、この5,000枚のうち4,000枚以上は、俺がカンパニーを引き継いだ段階で会社が保有していた額であり、俺が社長になってから積み立てた額というのは、銀貨1,000枚にも満たないわけだが……。
まあとにかく、晴れて四人目の冒険者を雇うことが可能となった我が社が、最初に雇った高レベル冒険者はというと──
「──ふぅん、初めて『灼熱火山』に挑むから、ボクみたいな高レベル冒険者の手が必要になったってわけだ。まあまだキミたち、レベルも不十分みたいだし、しょうがないね」
社長室で面談する銀髪ショートカットの少女は、およそ一年前に見たときとほとんど変わらない尊大さで、俺の前に立っていた。
シャツの下の存在感のない胸を張って立つポーズも、相変らずだ。
エフィル・パーラー。ガード、19レベル。
最初に会ったときとレベルが変わっていないが、これはこのぐらいのレベル帯になると、1レベルを上げることがそれほどまでに困難になることを意味している。
「……うん、レベル的にはもう一声欲しいところだけど、パーティバランスは悪くないね。氷属性の魔法を使えるメイジもいるし、このエルフの子の滅茶苦茶な脆さはボクがある程度カバーできると考えれば──いや、かなり厳しい気はするけど、ギリギリどうにかなる……かな?」
エフィルは俺に、俺と他のメンバーのステータスシートも見せるように要求して、それをパラパラと眺めながら言う。
別に戦力分析を求めた覚えはないんだけど、それでも経験者の見識は、役には立つは立つな。
……にしてもやっぱり、10レベル平均になっても、まだ『灼熱火山』に挑むには不足なんだなぁ。
中・上級レベルダンジョンの壁は、これほどまでに高いのかと、再認識させられる。
ちなみにパーティメンバーの戦力と、『灼熱火山』のモンスターの戦力とをプレジデントプレートの表示される数字で表すと、こんな具合。
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アーヴィン……HP:420/ATK:204/DEF:80/HIT:127/AVO:63
ロナ……HP:512/ATK:313/DEF:97/HIT:115/AVO:31
ティアラ……HP:372/ATK:160/DEF:62/HIT:117/AVO:43
ミィル……HP:222/ATK:97/DEF:12/HIT:126/AVO:56
エフィル……HP:552/ATK:240/DEF:116/HIT:127/AVO:39
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フレイムドッグ……HP:270/ATK:140/DEF:35/HIT:105/AVO:35
バーニングイーグル……HP:260/ATK:135/DEF:30/HIT:105/AVO:40
ラヴァゴーレム……HP:1500/ATK:210/DEF:140/HIT:115/AVO:25
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で、エフィルは各自のステータスシートから視線を外すと、俺の顔を再び見てきて、「んっ?」っと何かを思い出したかのように唸った。
「──そう言えばキミ、確か『初心者の洞窟』に行ったときに、プレジデントプレートの情報をきちんと見てなかった社長だよね。はー、あのときの社長が、ここまで来たんだねー……あ、でも、今回はああいうの無しにしてよ。火山に着いてみたらアイシィボトル買って来てなかったとか、勘弁だからね」
むぅ……そんな一年近くも前のこと、よく覚えてるなぁ。
そして相変らずの、微妙にイラッとする言い回しだけど、言ってることは役に立つというこのキャラ。
ちなみにだが、エフィルに関しては、住み込み三食付きの長期雇用契約みたいなのは、しないつもりだ。
何故って言えば──あまり常日頃から一緒にいたくないタイプだとか、そういうことは置いといて──そもそもにして、社屋に空きの部屋とベッドがもう残っていないからだ。
それに何かこう、「ええっ、ヤダよこんなボロ家で暮らすの。ボクは一流宿屋のロイヤルスイートにしか泊まらないことにしてるんだ」とか、そんなこと言われそうで、気が引ける。
いや、俺の勝手なイメージだけどさ。